【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る29

1名無し三等兵2018/03/16(金) 15:26:28.61ID:WUYvX5y+
旧日本軍の火砲全般を語りましょう。

● 火 砲 と 無 関 係 な 雑 談 ( 政 治 話 な ど ) や 脱 線 は ご 遠 慮 下 さ い 。
>>980 に 達 し た ら 次 ス レ が 立 つ ま で の 間 は レ ス を 控 え ま し ょ う 。

【重要】
荒らしの相手をする者も荒らしです。
スルーを心掛けましょう。

過去スレは>>2

■前スレ
【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る28
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1494250599/

■関連スレ
【6.5mm】旧日本軍歩兵火器総合【7.7mm】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1518851180/
要塞・重火砲について語るスレU
http://peace.2ch.net/test/read.cgi/army/1331303784/
【陸軍】旧日本軍の陸戦を語るスレ6【海軍陸戦隊】
http://peace.2ch.net/test/read.cgi/army/1342350654/

6名無し三等兵2018/05/05(土) 08:06:18.80ID:u0yLcNwh
保守

7名無し三等兵2018/05/05(土) 11:44:56.29ID:F6+zc/bx
チャイコフスキー1812年の楽器

8名無し三等兵2018/05/23(水) 06:18:08.95ID:JiBXh85N
おちんちんランド

9名無し三等兵2018/05/23(水) 09:58:27.12ID:cOU3RFDz
もう誰か話題に出してるとは思うが『知られざる本土決戦南樺太終戦史』って本に
待ち伏せと地の利さえあれば四一式山砲でもT-34を撃破できるもんなんだと驚いた
九六式十五榴とかならなんとなく納得はできたけれども

10名無し三等兵2018/05/24(木) 11:41:28.02ID:RMZxqSVG
あの砲はマチルダの正面も抜ける

11名無し三等兵2018/05/24(木) 11:58:21.42ID:/hhbUHFf
最前線に人力で持ち込める75mm直射砲の有用性ってのは相当なもんがあるよな

12暫編第一軍2018/05/27(日) 00:24:13.17ID:EWQtVBg9
>>9
 山砲の徹甲弾でも近距離なら50mm位の貫通力がありますが、
T34の側面は45mm位ある筈なので同書は未読ですが条件に恵まれたのでしょうね。
或いはタ弾を持っていたのか。
 樺太のソ連戦車部隊は恐らく第214戦車旅団がT26、
第178、第678独立戦車大隊がT34装備と思われます。(「関東軍壊滅す」マリノフスキー他) 
合わせて95輌程度があったようです。

 11日に北斗山の山砲が数輌を撃破したとされるのは恐らく第一梯団の戦車旅団のもの。
しかし装備戦車に多少疑問があるのは、13日に速射砲の命中弾は音を立てるだけで貫通せず、
とある点です。T26にそんな芸当が可能か?
 15日には連隊砲1門で戦車7輌を擱座、16日にも1〜2輌を撃破又は擱座。
 T34装備の独立戦車大隊は15日日没の時点では軍団予備として戦果拡張用に半田付近に集結したとされていますから、
本格的に戦闘参加したのはこれ以降と思われます。
(「一九四五年夏 最後の日ソ戦」他)

13名無し三等兵2018/06/05(火) 17:52:22.51ID:BE19y2uO
>>12
タ弾だろ
そもそも鉄甲弾系の場合、弾道が綺麗に直進しない山砲だと基準値よりも威力削れる
まずタ弾だろうよ

14名無し三等兵2018/06/05(火) 17:56:23.33ID:BE19y2uO
日本軍の対戦車山砲、戦車砲のたぐいは信頼性、命中性、射程性に難があった
このためほとんどゼロ距離でなければ戦車を撃退できなかったが完全にm4、T34を撃ち抜ける能力はあった

逆にm4最大250-290メートル、t34最大200メートルで応戦する能力がある前提で射程が倍あってもほとんど意味がない
ほとんどの対戦車砲はさらに近いゼロ距離応戦が前提で500-800メートルくらいになると命中率が悪化して好ましくないんだよ


戦車において57-47mm砲は致命的にだめだが、短射程前提の歩兵対戦車隊なら問題ない。
これ現在無反動砲が500メートルのしゃていがあっても、平野なら100-200メートルのゼロ距離で応戦するのと同じ

15名無し三等兵2018/06/06(水) 12:11:23.95ID:d/itNBY9
久し振りに小文字が発狂と

16名無し三等兵2018/06/08(金) 23:30:50.60ID:2uvKFldX
四一式山砲用タ弾は梱包木箱に刻印あるやつがかなりの量米軍に鹵獲されてる
月刊沖縄社「サイパンの戦い」に写真あり
当時、最前線になるとは思ってなく、サイパンは南方各地に送る軍需品糧秣兵員のハブ港
だったから、ニューギニアかソロモンあたりの最前線に届けるつもりだったんだろうが

17名無し三等兵2018/06/08(金) 23:42:50.24ID:2uvKFldX
>>10
徹甲弾で抜くのは無理。実戦で弾かれた記録がある。すくなくとも口径75mm初速で600m/S以上はないと
M4の主砲かPAK97/87で射程500mで命中角度よくてギリくらい。
マチルダ貫通は鹵獲砲のタ弾試験のデーターだ。

18名無し三等兵2018/06/08(金) 23:46:20.00ID:2uvKFldX
7.5p PAK97/38な

19名無し三等兵2018/06/09(土) 20:27:00.07ID:GGdcSCex
初速680m/sの九〇式野砲や改修戦車砲ですらM4の全面装甲貫徹を見込めるのは100mとかあるからな
冶金技術の遅れから、日本の徹甲弾だとこう。
ドイツ軍標準装備PAK40,KWK40だと、T34,M4の前面を1000m射程で抜ける。
T34/76とM4 75mmの主砲で四号の前面抜けるのは500mくらい。これは砲弾よりも初速の差。

20名無し三等兵2018/06/13(水) 20:34:29.81ID:H69PEFhc
ドイツ軍兵器局第一課はM4の75o戦車砲で4号戦車の正面に対する有効距離は100m以内と見積もっていたらしい
(飛翔する砲弾に対し30度傾斜してる場合)

ただし、この見積上の4号の正面装甲は砲塔車体ともに80mmということになってる
実際の砲塔正面は防楯ともに50mm程度しかなく1500mの距離でも貫通したと

逆に4号の7.5cmKWK40による射撃は上記と同じ条件を適用した場合の有効距離は
操縦席前面(車体正面上部)に対しては0m、防楯は100m、砲塔は1000m、車体正面下部は1300mということになっている

21名無し三等兵2018/06/13(水) 21:11:16.93ID:rSgf90V3
日本陸軍火砲の対戦車火力の低さは
冶金ではなく徹甲弾にレアメタルが含まれてないことが元凶
要は材料の差であって冶金をあげても良くなるのは砲身生産のコストや命数の方で貫通力自体は改善しない

22名無し三等兵2018/06/14(木) 02:19:12.47ID:919n6hYC
特甲等の他国と比べられなくもない弾はあったわけだから
材料の問題とは言えなくもないが
日本はタングステンが比較的入手しやすい条件下だったことを思えば
タングステン鋼を大量生産する能力≒冶金に劣るのもまた事実ではないかな

23名無し三等兵2018/06/14(木) 06:28:07.03ID:xXW7enKf
日本が徹甲弾向けにタングステン鋼を量産しなかったのは
もったいない精神で使い捨ての砲弾に貴重なレアメタルを使いたくなかったからだろ

24名無し三等兵2018/06/14(木) 06:41:39.98ID:fVI74f34
レアメタルにもよるけど、タングステンだと当時から産出の大半中国なんだけどな
勿体無いとかじゃなくて正直製造能力の問題でねえの

25名無し三等兵2018/06/14(木) 07:44:22.22ID:vzYi7z9e
>>24
>レアメタルにもよるけど、タングステンだと当時から産出の大半中国なんだけどな

38式歩兵銃の銃剣は、中国人の腎臓を突き刺して、中国人は血小便を流して死んでいった。

26名無し三等兵2018/06/14(木) 09:27:29.83ID:t+u5tTb4
第二次大戦時にはまだ中国でタングステン鉱脈って開発自体そこまで進んでないだろ

27名無し三等兵2018/06/14(木) 09:43:57.52ID:bG0H5EsR
当時だと南方からが主だったはず
タイ・ミャンマー・ベトナム・マレーシアなどが軒並み産地
国内(朝鮮含む)でも取れてたけど南方占領してからはたしか国内は縮小して
他に資材振り向けたんじゃなかったかな・・

28名無し三等兵2018/06/14(木) 09:58:37.46ID:ftD42uds
日本はタングステンを砲弾に使わないんなら、当時何に使ってたんすか?

29名無し三等兵2018/06/14(木) 12:46:02.02ID:zRZtRUt7
銃砲身、工具機械の部品、装甲板など

30名無し三等兵2018/06/14(木) 17:47:46.67ID:kvCYpiwX
>>22
当時の日本では大学の冶金学科卒業生の数が毎年6人(東北帝大)かな
冶金技術者が少なすぎ状態だったみだいですよ。

31名無し三等兵2018/06/14(木) 20:59:46.72ID:fVI74f34
>>26
ハプロ条約での中国からドイツに物々交換で提供した物資の中心はタングステンなわけだが

32名無し三等兵2018/06/15(金) 05:04:04.12ID:YBLQIJIf
では当時の中国から産出されるタングステンの量で日本の国内需要を充分以上に満たせたのかはべつでしょ
銃砲身や工具鋼に使い潰されて徹甲弾には回ってこないってオチだろう

産出されるからといっても大量に本土に運べる訳でもなし

ただし、
これは陸軍の話であって日本海軍は装甲や艦載砲はもちろん、徹甲弾にもクロムやニッケル、タングステンを豊潤に使ってるのでもはやリソース配分の問題だと思う

33名無し三等兵2018/06/15(金) 07:12:10.11ID:CkaS+oqe
>>32
実用的なホローチャージ弾が戦前に入手出来てれば
下瀬火薬宜しくあっちこっちで活躍したんだろうか。

でも実践的になったのって1935-38年頃だから
かなり無理そうか?
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Shaped_charge#Munroe_effect

34名無し三等兵2018/06/15(金) 07:39:00.76ID:ivJph6dv
戦前日本軍の武装と対象を考えると
37mmじゃ成形炸薬弾にしてもあんまり意味がないし
75mm級山砲以上なら当面は普通に徹甲弾や破甲榴弾で大抵の戦車壊せるしで
57mm戦車砲や70mm大隊砲なら戦前にあったなら普及して有効活用されたんじゃないかな

35名無し三等兵2018/06/15(金) 17:04:59.15ID:PtcJ0pcm
過去ログにタ弾の生産数に関する話題あったんで探したらこれか

https://peace.5ch.net/test/read.cgi/army/1406686543/182
生産状況調査表綴(3) C14011034500
生産状況調査表綴(4) C14011034600

によれば下記の数値が正確のようです
三式地雷 1944年度:340,000発 1945年度:25,000発
三式手投爆雷(三式対戦車手榴弾) 1944年度:200,000発 1945年度:56,700発
四一式山砲 二式穿甲榴弾 1943年度:471,000発 1944年度:152,000発 1945年度:55,000発
九二式歩兵砲 三式穿甲榴弾 1943年度:50,000発 1944年度:130,000発 1945年度:35,000発

八八式七糎野戦高射砲 四式徹甲弾 1945年度:4000発
基筒七糎高射砲(四式七糎半高射砲) 四式徹甲弾 1945年度:7500発
一式機動四十七粍砲 四式徹甲弾 1945年度:38,000発
九○式野砲 四式徹甲弾 1945年度:3200発

(以下は個人的に気になったので追加)
九七式五糎七戦車砲 三式穿甲榴弾 1944年度:64,000発 1945年度:8000発
九四式山砲 二式穿甲榴弾 1944年度:37,000発 

36名無し三等兵2018/06/15(金) 19:22:45.18ID:Y1Yhk18c
57mm砲用の三式穿孔榴弾がそこまで量産されてるのだから実戦に使用されてもおかしくない
がつかってみてどうとかは全く聞かないな

37名無し三等兵2018/06/15(金) 20:10:00.09ID:AdHHOkAO
70ミリの大隊砲、戦車砲なら成形炸薬のご利益がある

38名無し三等兵2018/06/15(金) 20:16:43.02ID:UngJKupQ
【オウム死刑、反対″】 TVがUFO報道すれば、マイトLーヤが出てきて、貧困と被爆から大勢救われる
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1529060440/l50

39名無し三等兵2018/06/16(土) 01:46:57.40ID:1MnolmJj
>>35
にもあるように昭和十九年度と二十年度の生産実績の差は八月に敗戦ってのもあるし、
サイパン陥落後の十九年後半から空襲による工場被災やら、シ−レーン破綻による占領地
からの資源輸送がはなはだ困難になって戦地の餓死はもちろん内地でも食糧事情が極端
にわるくなる。
明治維新から人口が激増した日本でも、実は国内でコメの需要量はかろうじて賄ってた。
輸出にまわしてたくらいでウクライナの飢餓輸出みたいなもんだね。
貧民は安い南京米や雑穀たべてたなんという歪な構造があったりする。
握り飯にすると粒がぽろぽろ…クソまずい外米食ってた兵隊も日本のコメ腹いっぱい食って死にたいとか言ってた。

40名無し三等兵2018/06/16(土) 01:55:04.41ID:1MnolmJj
脱線したので軌道修正すると、学研から「レアメタルの太平洋戦争」って本がある。
各国の冶金技術の差やら鉱物資源の世界的遍在が戦局にいかに反映したとか蘊蓄ふくんだ
書だ。

41名無し三等兵2018/06/17(日) 14:16:50.31ID:9Fm3vMwz
九一式十糎榴弾砲の総数は
1100門うち300門輸入)+αなのか
国産1100門+α+輸入300門なのか

42名無し三等兵2018/06/17(日) 20:01:56.83ID:Z6ikme4W
いちばん下段でなかったっけ?
いま手元に佐山本ないけど、三八式、改造三八式野砲の完成品輸入門数、半製品輸入、国内製造門数やら
改造三八式野砲のオリジナルからの改修製造ぶんと新造ぶん数量記述がかなりわかりにくかった
記憶がある
どう解釈もとれるような

43名無し三等兵2018/06/17(日) 20:56:21.14ID:voItjrP0
航空優先であの体たらくだもんな、陸軍はどっかの時点で砲迫重視に切り替えるべきだった。

44名無し三等兵2018/06/18(月) 01:14:25.68ID:O+KXbvX6
九一式十榴のwikiはな…
水平鎖栓式の閉鎖機とか、サンプルで輸入したシュナイダー試作砲はたしかにそうなんだが、
九一式では隔螺式だ

奉天で鹵獲、準制式十四年式十榴弾砲wikiも過去スレであったとおりSkoda100mm VZ14/19
の模造品と思われ、原型砲の特定が誤りのはず

45名無し三等兵2018/06/18(月) 01:46:22.89ID:O+KXbvX6
四年式十五榴が最近の佐山本で製造414門だっけか?
90年代の丸別冊の巻頭の佐山さん監修火砲グラビアでは280門となってた

過去スレで奉天兵工廠接収して、四年式の修理で内地から半製品送ってもらい
加工修理したとかアジ歴で記録あるし、自緊砲身は無理だが従来工法の砲身製造能力
はあったから、一貫生産は無理だが新造砲をつくったかもしれんから、さらに門数ふえる
可能性はある

そもそも四年式は軍縮時に大陸の軍閥に何門か売却した模様
余剰兵器輸出目的だった泰平商会のカタログにもあるし、支那事変時で敵の砲と日本兵が取り巻いた鹵獲キャプション
の写真がある「日本の戦史」(毎日新聞社)

46名無し三等兵2018/06/18(月) 02:22:28.68ID:O+KXbvX6
九五式野砲の製造数は536門だったかの数字がPANZER桑原記事にあって、佐山本と
大きく食い違う部分
たいてい従来は陸軍工廠のみの数字で最近、民間会社の製造数が判明して大幅製造数がふえた
のと逆の現象
桑原さんの記事はおそらく戦時中の関係者が記憶にもとつ”いて答えた数字と思われ
たぶん書類は存在しない
佐山さんは確実に書面にのこってるものしか公表しないと思われる
研究者としては当然ではあるね
フィリピンの米軍鹵獲写真での数からいって500門以上だったというのがおそらく
真実
大岡昇平の記録にでてくる75o野砲というのは過半数九五式だろう

47名無し三等兵2018/06/18(月) 15:30:26.04ID:TuzA+ks9
戦前の日本は製造数の統計すら怪しいのか。

48名無し三等兵2018/06/18(月) 16:54:22.56ID:/3I9LejZ
そんなものは常識やぞ句点よ
四年式十五糎榴弾砲なんて昔は総生産数280門だったのが昭和17年10月の時点で414門まで増えたが、逆に九○式野砲は製造数が明らかになるにつれ減った

49名無し三等兵2018/06/18(月) 20:09:39.70ID:MRNka1zE
四年式十五榴は奉天に製造図面下付しているので、日本軍接収まえに製造してる可能性
が高い
三八式野砲や四一式山砲は正規パテントおよび無断コピーが大陸で製造されていたのは
自明であるが
満州事変前に日式十加を奉天兵工廠で製造した記録があるから、たぶん正規の図面で作った十四年式十加だろう
自緊工法での砲身生産は技術的に無理だったみたいだから

50名無し三等兵2018/06/18(月) 20:51:46.67ID:MRNka1zE
>>48
常識ではない そんな研究成果推移リアルタイムで知ってるのは、日本全国で100人
もいないはず
膾炙してる常識と真理は必ずしも一致しない
ましてや新事実と判明したことが正解とは限らないし
明らかに出鱈目な旧軍火砲の項目訂正する奇特な人はおらんのか?とは思う
文庫本の佐山著作読んでれば露骨に狂って不正確な記述くらいわかるだろうに
おれも面倒くさいからだけど、知ってるやつは暇もないしアホな内容訂正する労力と時間
で放置してるんだろうな
時間持てあました認知能力アレな老人書き込みが長期間残って、誤った説が流布してる状況
は憂えることではある…

51名無し三等兵2018/06/18(月) 20:55:26.91ID:MRNka1zE
旧軍火砲wikiのことな
佐山本読んでても、文章盲かどうみても歳食って認知症かで曲解誤解した持論を開陳したりしてる

52名無し三等兵2018/06/18(月) 21:19:35.57ID:MRNka1zE
>>47
昭和十七年十月から防諜目的で砲身その他の通し番号刻印が廃止されたので
陸軍工廠および民間製造工場の生産実績数合算しないと数字が判明しない
それとて個々の部品のみの出荷、完成砲出荷数やらの内訳を掌握することはむずかしい
機密保持から敗戦時に多くの書類を焼却やら廃棄したもので

53名無し三等兵2018/06/18(月) 23:06:03.42ID:xhbX4S68
むかしから旧陸軍兵器研究で遅れていたのは火砲と工兵機材であったわけだが、佐山本
コンプリートした現在でもかわらんようだ
出来のわるいエピゴーネンが大御所を劣化コピーしまくって拡散してる嘆かわしい事態
おれは佐山さんの記述を100%信用してるわけではないけどね
良質かつ真摯な研究成果なのは間違いない
現在でも信憑性、情報の精度はともかく昔の戦車マガジン「知られざる日本の兵器」連載はおもしろい
佐山さんデビューもここ
旧軍兵器研究史という観点での楽しみがある

54名無し三等兵2018/06/18(月) 23:34:15.73ID:xhbX4S68
高初速ではない陸軍105mm以下の口径なら、民間製造できるから現在公表数字以上の生産数である可能性が高い
重砲は製造できる工場がかぎられてるので現代判明してる数値から大きく逸脱することは
まずないだろう

55名無し三等兵2018/06/19(火) 23:05:12.05ID:5WjAvOvv
十四年式十糎榴弾砲wikiの記述がおかしいのは、そもそも旧軍関係者がシベリア出兵
で鹵獲してるシュコダ山砲(戦後賠償で入手したイタリア軍も多用)と奉天兵工廠接収で分捕った
シュコダ榴弾砲模造品との機種混同誤りなのかも?孫引きで検証してないからとか
おれは未見だが、おそらく戦車マガジン連載初期の「知られざる日本の兵器」に載って
たんでは?
現代の研究水準からみても鑑賞に堪えられるものはグランドパワーから合本再録で別冊
ででてる。
再録されずにいる連載回のやつが怪しい。

56名無し三等兵2018/06/20(水) 00:17:55.38ID:7NcmiMaP
九六式は最新の研究だと600門弱(昭和17年10月で430門+18年度90門+20年度18門+17年度下半期は推測するに45門程度)になる
四年式も昭和17年10月で414門+α
18年度中は生産が続いているとすれば、500門弱程度はいくだろう
師団砲兵や軍砲兵の十五糎榴弾砲はこれで千門超になるので十五糎級の火砲は生産数だけで見れば従来考えられていたより充実してるんよね
(小文字じゃないよ)

ただし実態に近づいてなおそれでも日本の野砲以上の火砲生産数の値は少ないね
19年度は山砲や迫撃砲重視で野砲や榴弾砲の生産数が極端に少なく、20年度に僅かに復活する様な状況にはおそらく変わりないから、一年度分がごっそり落ちている

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