トマス・ハーディ2

1やれやれ、僕は名を失った2010/09/14(火) 01:01:34
『帰郷』が気に入っている。入手困難な千城版を愛読している。
今、『遥か群衆を離れて』を角川文庫で読んでいるが、
『帰郷』や『日蔭者ジュード』よりやや落ちる。

406吾輩は名無しである2017/10/13(金) 08:43:43.90ID:eyVQEKWY
マルセル・プルーストはハーディの「青い瞳」を高く評価している
彼の書簡には「私がやろうとしていることを100倍も巧みに行っている」という記載があり、「失われたときを求めて」にも「青い瞳」や「恋の虜」が出てくる
無名の語り手は「青い瞳」の繰り返される反復、そして反復から生まれる突然の変化を賞賛し、真に建築的な小説であり、「石工の幾何学」を身につけた作家としている

反復が同じであるならば、それに違う反応を示す人物は「首尾一貫性がない」「きまぐれ」と批判される
このような批判はハーディの登場人物たちなどに投げつけられてきた
しかし、ハーディはこのような彼らに「同じ環境」を提示することはなく、違う反応を示すときには「違う環境」を用意している
それを見落とす読者は、登場人物の態度の急変に戸惑う
プルーストの小説の特徴は、反復されるようで一文ごとに心理が変わるかのような文体であり、ハーディにプルーストが見出したのはこの語りの技法である

たとえば、女性の一般化は作者と登場人物の距離を明確にする
語り手が登場人物の描写からふっと離れてアフォリズムや「人物の要約」を始めるとき、作者は読者よりも広い情報を持っている
それによって読者と作者の間には距離感が生じアイロニカルな「先取りをされた」感覚を覚える
この作者の特に初期に多い描写は女性への偏見を断言しているとか、人物を類型化しているように取られることもある
しかし、ハーディの小説には類型化のような描写が非常に多いにもかかわらず、類型的なはずの人物が急変するような場面があふれている
いみじくも、「青い瞳」で、エルフリードは一つ一つの要素が独特なのではなく、その結合の仕方が独特なのである、と語られるように、類型的な要素を与えながら、とうてい類型的とはいえない

even though my words are badly selected and commonplace,’ she said impatiently. ‘Because I utter commonplace words, you must not suppose I think only commonplace
この発言・異議申し立てはcommonplaceな言葉でつづられた彼女の小説を、ありきたりだ、と批評したナイトに対して、独創的な存在感を印象付ける場面で出現する
一部分を切り出せば、「誰かに先どられた」「ありきたりの言葉」でありながら、ナイトが始めて彼女に恋するのは「類を見ないさま」においてである

407吾輩は名無しである2017/10/13(金) 08:50:02.35ID:eyVQEKWY
限られた要素の中から、ヴァリエーションを生み出す手法
同じことが何度も起こっても、そのつど環境が異なり、反応も異なる
反応が同じであっても、環境が異なればその意味も変貌する
反復を同じものとして捉える時、ハーディの小説は実に要約の簡単な理解しやすいものとなる
高貴な家の出身である祖母が、歌手と駆け落ちし、その産褥で死んだ背景を持つ美しい牧師の娘が、貧しい石工の出である建築家と恋に落ち、駆け落ちをしようとするが寸前でとどまり、建築家の人生の師であるより年長の芸術家肌の男と出会う
建築家との思い出をなぞるかのように、少しずつ彼に惹かれていき、しかし過去の建築家との恋愛が発覚することによって捨てられる
傷ついた彼女は祖母の家系の貴族に後妻として嫁ぐことになり、そして流産して祖母と同じように死ぬ女主人公は、大雑把に祖母や母の人生を反復させられたものとして表される
独創的であったはずの彼女の人生は、差異を捨てられて類型的な鋳型にはめられてしまう
二人の男女が、チェスを指して、一方が圧倒し、わざと負けてみせる
二人の男女が、同じ崖に行き、決定的な出来事が起こり、イヤリングが失われ、発見される
しかし反復される、プルーストに言わせれば折り重なっているエピソードはそのつど含まれる要素が異なり、異なる要素が決定的に違う結果をもたらす
この反復において要素の置換が「対称性」を構成しない、「非対称性」をあぶりだす、conflictを執拗に書き込んでいることから、conflict theoryによる読解に非常に相性がよい

そしてその異なる要素・環境が登場人物には隠されており、読者にはある程度開示されており、アフォリズムで先取りする語り手には全て開示されている
ハーディの小説には読者に対しあっけないほど簡単に暴かれる秘密と、延々と開示されない秘密が混在している
簡単に暴かれる秘密はドラマティック・アイロニーを生み出し、開示されない秘密はプロットのサスペンスを生み出す
そして、語り手がアフォリズムを用いて先回りする箇所では、「語り手の知識に基づいた」断言が追ってきたプロットとの乖離を生み、類型的に要約されたはずの人物の行動の予想が裏切られる
このような、ハーディ小説の第三の分類(Novels of Ingenuity)の手法の実験性は要約では味わうことができない

408吾輩は名無しである2017/10/14(土) 18:59:27.93ID:37AYa76s
A Pair of Blue Eyesをほぼ読み終わる
舞台はハーディが描いたウェセックス地方の中でもっとも遠い崖のある土地
牧師という言葉は、プロテスタントの聖職者をあらわすが、ことイギリスにおいては国教会の聖職者はカトリックの神父という名称に近い
vicarやvicarageという、国教会の牧師に対してのみ使われる言葉は、非国教会の牧師に使われるminister、preacherとは大きく異なる
たとえばFar From Madding Crowdで、「伝統的な国教会の信徒に比べて、非国教会の信徒が天国に近いのは分かりきったことだ」といわれるように、
ハーディの描く国教会徒は清貧ではなく、寛容ではなく、そして出世欲から無縁ではない
「熱のない人」で、厳格だけれど好ましいピューリタンの牧師(minister)が、世間一般の王党派と交わる陽気な女性になってしまうなんて!とポーラを嘆いた
そして同時にポーラを洗礼を直前で拒否されても案じ、宗教論争を吹っかけてくるサマセットに対しても友誼を結ぶ

その対称を描くように、この小説のvicarは「時代遅れの王党派tory」を自称し、世俗の階級と交わることを至上命題とする
しかし、よく考えると、この父権的な父親は決して土着のvicarではない、この地方の聖職者としてわずか1-2年しか経っていない
にもかかわらず、出身はこの地方であって「チャールズ二世が追放されている時代に助けて厚遇され、チャールズ四世に排斥された」家系の持ち主である
(もちろんチャールズ四世など存在しない、これはチャールズ二世の次の次の王、名誉革命のウィリアムV世の時代になって王党派が没落したことを、王党派もホイッグも区別のつかぬ農民が言う事)

409吾輩は名無しである2017/10/14(土) 19:03:38.51ID:37AYa76s
そもそも、主人公が(そしてハーディが)イングランドの辺縁に召還された理由は古い教会の修復(restoration)のためである
緩やかに朽ちていく教会に、vicarは興味などなく、できれば再建してしまいたい(結局塔は作り直すことに)
それでも修復をする理由は教区のパトロンである貴族が命じたからであり、「Dissenterがいなければそんなことをしなくてよかったのに」
1833年に始まる国教会の儀式や典礼を強調する運動を煙たがっている、ある意味昔ながらの国教/toryだろう
この教会修復運動は非国教徒に負けじと国教会をも巻き込むが、提唱者の建築家たちはほとんど非国教会であり、だからこそ、このvicarは修復の見積もりに来た主人公に言う
「私どものような、時代遅れの王党派と付き合うつもりがあるなら」
これは自分が王党派であるだけでなく、ロンドンから来た建築会社の主人公はどうせ非国教会、ホイッグなのだろう、という少し卑屈な身を低くした発言なのだろう
にもかかわらず、都会から来た若者にしては付き合いやすく、「なぜこんなにもこの青年に惹かれるのか?」と思うほどに、vicarは好感を持つ

ロンドンで貴族で、建築の最先端を行きながら、まったく無縁の辺鄙な自分と共通点を見出せる、才能豊かな青年
その正体が、そもそも同じ辺鄙な地方出身の、しかも自分より卑しい身分の、教育を身に着けただけの若造と知った瞬間、vicarの好感度は反転する
彼が勝手に好感を抱いていた共通点はすべて、単に同じ地方で育ったからであり、高く評価した高貴な血も出身も社会的地位も間逆だった
好感を抱いた理由を説明してしまう秘密が判明して残るのは、vicarにとって不快な要素だけでしかない

それとは別に、エルフリードが初めてかれの出自を知る場面も、そこはかとなく面白い

410吾輩は名無しである2017/10/14(土) 19:09:56.01ID:37AYa76s
「私の父のなりわいは何だと思いますか?」
「なにか、専門的なお仕事とか、職業でしょう」
「いいえ、石工(メイソン)です」
「フリーメイソン?」
「いいえ、コテージに住んでいて(cottager)、ただのjourneyman masonですよ」
エルフリードは最初何も言わなかった。少しして、彼女はささやいた。
「それって思っても見なかったこと(That is a strange idea to me)だけど、気にしないで、それが何だというの?」
このfor a whileが重く、彼女は自分の言葉に酔わされ、父を説得できると自信を持つ
しかし、この地方においてcottagerと彼女の社会的地位の違いは感情では乗り超えられない

cottagerを調べると、囲い込み運動の前後で意味が少し変わっているようだ
after the Enclosures Act the cottager was a farm labourer without land.
農場で働く、土地のない民
journeymanのほうは、journeyはフランス語で一日から来ており、本来の意味は日雇いの職人でフリーメイソンの一員になれるような立場ではない
見習い(apparenticeship)
一人前(journeyman)
親方(master)
実のところは、彼はmaster masonと呼ばれる、日雇いから親方に移行しつつある石工ではあるが、日雇いで主人公を育ててきたことには変わりはない
ようやく石工として商業にたずさわり、一家を成した両親の会話は訛りだらけの表現になっている
そして、村八分、とはいえないまでも差別されていることの明らかな夫婦が突然もてはやされるようになるラストの描写はおかしみを隠せない
石工を公然と差別する世界においても、「富と名声」を得た息子が出現する(新聞に載る)と手のひらを返すほどには俗物社会が浸透している世界であることが分かる
ところが、「日曜日にはいつでも私どもの家に来てください、専用のカップを用意しておきます」という手のひら返しがあっても、主人公が本当に求める手のひら返しだけはえられない
最後のパートの直前に、如何に主人公が(世俗において)上昇したか、第二パートの「知られることを求めない」「高貴な」求婚者を凌駕するかを描写した挙句に、それが無意味と化する環境を畳み掛ける
第三パートにおいて、父と母が突然厚遇される一章は落差の強調とともに非常に効果的な描写を含む

411吾輩は名無しである2017/10/15(日) 08:28:22.29ID:V8z75Nld
自分のブログでやったら?

412吾輩は名無しである2017/10/15(日) 11:16:37.54ID:LhuDnsou
確かにオナニー投稿はうざいだけだな
ブログでやれ

413吾輩は名無しである2017/10/17(火) 05:36:46.76ID:Q4BA19y6
地形的平行主義、反復と的確なプロットによる登場人物のperceptionの急な変化
“Hardy did a thousand times better what I am trying to do,” he wrote, marveling at the “admirable geometrical parallelism” he created, the use of repetition and superposition and the way the perception of a character changes so swiftly.
Marcel Proust to Robert de Billy
プルーストは、ハーディの小説でみられる石工が切り出した石を組み合わせるように、完璧なプロットを作り、反復や平行を作るさまを賞賛する
ハーディ自身、この「青い瞳」が同時代でもっとも巧みなプロットを持つ小説と賞賛を受けた、と喜んでいる
「失われたときをもとめて」には主人公に決定的な体験を引き起こすものとしてマドレーヌ、エルスチールの絵画、そしてヴァントゥイユの楽曲が出てくる
このヴァントゥイユのわずか1フレーズがまずスワンに決定的な体験をさせたもので、小説を読み進めるごとに数十年をかけてこの楽曲が進化していく
それは徐々に伴奏・多重奏と複雑化していき、全体との調和において輝く反復される主題となっていく
ハーディの小説は、岩石でできた島に高く石が積み重なっていくように、あるテーマが折り重ねることができるとプルーストは言う
これはラスキンという二人の共通点、高く積み重ねていく建築に1フレーズの「意図」を凝視する特質が現れている(ルーアン大聖堂のたった一つの石彫刻の苦悶する男を捜し求めたプルースト)
まさに、ハーディの小説は小説内においても小説間においても折りたたみ、積み重ねられている

414吾輩は名無しである2017/10/17(火) 05:41:52.73ID:Q4BA19y6
一例として、エルフリードとその後のヒロインたちの「言葉」と「解釈」のテーマを取り出す
エルフリードが自分の「言葉」はcommonplaceなものであっても、commonplaceな「考え」から出たものではないという
commonplaceな言葉は、デリダのsentenceにあたり、解釈は世界に開かれている
サールはspeech act theoryを用い、デリダはsentenceとmessageの区別をしていない、テクストの「解釈」の多様性という議論は、「文の意味」の多様性から「話し手の意味」の多様性を導出できると考えていると批判する
エルフリードは、彼女の言葉が、メッセージとしての意図を持つことを主張し、自らが思いもよらぬ読解を提示したナイトに訴える
これは(匿名で出版された)作品のauthorityを主張することであり、作品の解釈を作者に取り戻すことだ
しかしデリダに言わせれば、messageにおいてさえ、その意図は常にpresenceとして書かれた時点の主体なるものに帰属するものなのか?
意図が発話者において帰属することは認めた上で、その意図は過去pastに本当に存在したものか?
意図は指摘を受けて自覚したり変化する、頼りないものではないのか?
事実、エルフリードはナイトの指摘を受けて自分のauthority、つまり作者である過去の意図を疑い始める
ナイトによって指摘を受け、作品を書いたpastをpresenceが凌駕し、ナイトの言うことをより真正な知識として正しいと思い始める
彼女の「作者」の独創は、フローベールの紋切型表現が文芸界を支配する19世紀後半の「グランディ夫人」の監視下では許されない
グランディズムと呼ばれるヴィクトリア朝後期の検閲は、紛れもなく読者の多様な解釈を優先し、「解釈されうる悪」を断罪するものだった
これはハプスブルクの検閲とは質が違う
「過去を覆い隠す現在」は、ハーディが「自覚的に」テーマと捉えた「反復」と断言できる

415吾輩は名無しである2017/10/17(火) 05:44:56.88ID:Q4BA19y6
........

そもそも、エルフリードはスティーブンの出自を聞いたとき、日雇いで育った「過去の彼」は不幸だった、と断言している
牛の乳を搾り、農民の作業を手伝い、墓掘りにも従事する父親との生活が幸福だったという主人公は、その言葉に数歩後ずさりしてひるむ
「でも、今のあなたが好きなのよ」
彼女が好きなのは「今の」彼であって、「過去は問題にならない」、だからこそ彼女は出自を気にかけない
彼女はpastを無視してpresentを重んじる(Troyとまったく同じ)人間であり、デリダ的現前であるナイトに強く傾斜していく
その彼女が、現在の誘惑から逃れて、過去の誓約に殉じようとするのが第二部である
皮肉にも、結婚を断罪し、「過去は問題なのだ」という父(実はナイトも同じ意見)に一時的に与している
(そして、彼女の過去を探ろうとするナイトに、「過去が何の問題になる?問題は現在あなたを愛しているということ」という反復された発言をする)

スティーブンは第二部においては現在から過去に移行し、過去・契約という約束を象徴する存在になっている
彼が描いた裕福になって迎えに来る、という約束は、一年で200ポンドをためて彼女の口座に振り込んだとき、父の再婚で年3500ポンドの収入を受けた現在と比較されてしまう
当時のミドルクラスは年100-1000ポンドが相当し、零落したエルフリードの家はその下層に位置したはず、インドで200ポンドを貯金するスティーブンは十分な金額だったはずで、実際に鼻高々で手紙を送ってくる
再婚した父の妻が年3500ポンドの収入を得たという現在の前に、この努力は色あせて見える
彼女はこの200ポンドを破り捨てることで過去をなかったことにできるのなら、と「過去を無視する」誘惑に駆られる
この200ポンドの振込み通知は、小説が決定的なcliffhangerの場面において「過去を現在が圧倒した」時にポケットから落ちてしまい、結局送り返される
「あなたと結婚する」と手紙を送って彼を迎えに来たはずの彼女はauthorityを失い、没我、ナイトの命を救ったという「結果」に隷属することを選び、「過去の夫」との待ち合わせの約束を破る

416吾輩は名無しである2017/10/17(火) 05:48:26.24ID:Q4BA19y6
×牛の乳を搾り、農民の作業を手伝い、
○牛の乳を搾り、農民の作業を手伝う母親と、
エセルバータもまた、speech actとしての詩作を「別の意図として」解釈される
匿名で出版された作品の意図の解釈の独占権は「私が作者なのだ」では通用しない時代になってしまっており、「未亡人という現在」のためにお金をかけてでも「詩人という過去をなかったことにしろ」という要求に抗う
彼女は「ことわざは男が都合よく作ったもの、自らの環境を適切な言葉で表すことのできない女性は馬鹿だ」と主張する
バスシーバも、「言葉とは男が作ったもの、女の意図を表現できない」と勝手に解釈される言葉しか使うことのできなさを呪う
ポーラがどれほど「男からの」representationを否定し続けたか
そこにはサール的な、自らの言葉を「意図」のもとに保持しようと抗い続ける(そして時にそれを手放す)核がある
重要なことはハーディは牧歌的な田園など書きはせず、常に変貌しつつある田園を書いたということ
そこではpastが常に変貌し続けており、あるいは侵入者が、あるいは土着(Native)が変化の災厄を受けるかを書いている
だからこそ、この繰り返される「核」の主題だけを見ても変貌し続けている
「意図」という確固たる、占いや呪い、建築物にまで広げられる過去が地盤を失いつつある時代

「ジキルとハイド」を生んだ時代は、アイデンティティが魂の同一性であった時代から記憶の連続性に移行していく時代だったとされる
記憶とは過去であり、歴史であり、約束である
この世紀ほど歴史哲学が発展した時代はなく、人類学・考古学・古建造物に注意が払われたこともない
過去に約束をした自分は今の自分と連続なのか?約束を守らないとしたら「責任」は存在しなくなる
過去など現在には無関係だ、と主張するエルフリード(現在)は、スティーブン(未来)と駆け落ちをした過去(そして三代続けて駆け落ちをした血統)をナイト(過去)に執拗に追求され、「過去」を象徴し死んだ息子の墓に現れ続ける魔女に破滅させられる

感情や魂によって恋に落ちる単純なロマンス、過去を忘れる没我の恋物語を脱臼させる小説がこの時期に出来上がってしまっている
過去と現在に葛藤するエルフリードの内面描写はさらに時代を経るにつれ、複雑化し、精緻を極め、より強靭な女性を描いていくことになる

417吾輩は名無しである2017/10/17(火) 09:51:17.21ID:KyHnWxP4
ここまでくると荒らしと大差ないね。
ブログなんか無料で簡単に開設できるのに。

418吾輩は名無しである2017/10/17(火) 10:52:54.31ID:6jSOjh05
こういう長文連投が迷惑なの分からないのかなあ?

419吾輩は名無しである2017/10/18(水) 23:32:46.87ID:W6QH1bCX
アスペでしょ

420吾輩は名無しである2017/10/22(日) 05:50:20.16ID:wjqvbc69
Under the Greenwood Tree: A Rural Painting of the Dutch School(1872年)を読み始めた
Desperate Remedyの次の二作目の小説で、「青い瞳」の前の作品でタイトルはシェイクスピアの「お気に召すまま」から
Under the greenwood tree
Who loves to lie with me,
And tune his merry note
Unto the sweet bird's throat
Come hither, come hither, come hither!
Here shall he see
No enemy
But winter and rough weather.
この小説は、連載小説ではなく冬、春、夏、秋の四部と最後の「結び」に分けられている
最後の文章に、この「お気に召すまま」の引用が現れる
From a neighbouring thicket was suddenly heard to issue in a loud, musical, and liquid voice
“Tippiwit! swe-e-et! ki-ki-ki! Come hither, come hither, come hither!”
“O, ‘tis the nightingale,” murmured she, and thought of a secret she would never tell.
主人公はこの一節を思い出して、唐突に「わたしは自分の秘密を決して明かすまい」と心の中で思い、小説は閉じられる

レズリー・スティーブンがこの小説を読んで「Far from Madding Crowd」の連載を持ちかけたのは有名だが、同時並行で書いていたのが「青い瞳」
主人公Fancy Dayの秘密は、まさに青い瞳のElfride Swancourtが隠そうとした秘密(過去の婚約)と同じものである
「Far from Madding Crowd」や「A Laodecean」の締めくくりと共通する、読者を考え込ませずにはおかない不穏な終わり方は反復されている(ナイチンゲールは詩の象徴として以上に、色濃く死を告げる鳥でもある)
この秘密が露見したときにどうなるのか、より正確にはFancy Dayは牧歌的な結婚式の間中何を考えているのか

「青い瞳」ではこの「過去と現在」の葛藤、そして秘密の暴露による崩壊が色濃く書かれるのが第二部に当たる
まさにこの葛藤、ハーディが深化させていく掘り下げの端緒となったものが表面からは隠されて、葛藤の痕跡と崩壊の予兆が描かれる

421吾輩は名無しである2017/10/22(日) 05:52:22.55ID:wjqvbc69
牧歌的な、ハッピーエンドを書いた小説として自然の描写が高く評価された小説らしい
しかし、不穏な自然の描写、ミツバチの虐殺、狂気に陥った継母など不穏な要素が水面下にあふれている
Fancy(移り気な)という名を与えられた女主人公は女学校教師で、オルガンの技能によって聖歌隊の弦楽器を追放することになる闖入者である
Fancyはエルフリードと比べてはるかに内面の吐露の描写が少ないが、時折異常に追い詰められたかのような嘆息を漏らす
新年に実家に帰って、Dickと一緒に学校に戻ってきたとき、彼のお茶を入れて親密な雰囲気が漂う中で、「誰も私にかまってくれない」
“Nobody seems to care about me”外を見つめて突然もらされるこの言葉は、Dickは地主が気にかけるのでは、というが、そうではない、とするだけでこの言葉の意味は読者には宙吊りにされる
(このような、説明をしないで次の場面にいく箇所が比較的多い)

母親が領主の館のガヴァネスであり、そこの猟番にすぎない男ととなぜか結婚してしまい、母を亡くし父からも離れて学校を営む親戚のもとで教育を受け、第一等の成績を持ち、国家公認の教師の資格を持つ
しかし、どうも女王の奨学生の席次最優秀、という父親が誇らしげに言う肩書きの割には教養がずば抜けている描写はない
(牧師は難しいことばかり言うんです、と)
舞台は執筆時期から数十年さかのぼった1840年代で、女性の教師資格は1839年に始まったばかり、さらにガヴァネスよりも一段低く、実質的な権威のない地位でしかなかった
アン・ブロンテの「アグネス・グレイ」がガヴァネス遍歴をやめて夫とともに学校教師になったことは、「ジェイン・エア」と違って「レディ」respectableになることの断念であり、学校付教師はrespectableな職業とは認められていない
つまるところ、彼女は牧師や地主と結婚できるほどの立場ではあるが、無一文のDick Dewyと結婚できないほどの立場でもない
そして結婚しないのならば、学校教師という作られたばかりの弱い立場で生きるしかない(そしておそらく、継母と二人で暮らしていくことになる)

422吾輩は名無しである2017/10/22(日) 06:00:48.72ID:wjqvbc69
ガヴァネスと猟番という身分違いの結婚をした両親は、母を亡くしてからは父は放浪の旅に出る
都会で知識や言葉遣いを身につけて、学校教師の職を得て、成功した父のもとに戻っても、都会のマナーは全て否定される
父の後妻は言ってしまえば精神を病んでいる人で、Fancyはうまくなだめることはできるが全く愛されている描写はない
この女性は「結婚には決して向かないのに、結婚を求めて二回もしてしまった女」と評される
客が来て食事を提供しているところに降りてきて、この食器は汚い、といって皿を客に持たせてテーブルクロスを新しく敷き、客のナイフやフォークも取り上げて新しく出したナイフやフォークを皿に放り込む
継娘の結婚式を自宅でやっているにもかかわらず、一階に顔を出さず、二階で突然大掃除をはじめている

Fancyは婚約しながらほかの男の突然の求婚に応じてしまう場面の直前でこの女性への呪詛を一瞬だけ漏らす
how weary she was of living alone: how unbearable it would be to return to Yalbury under the rule of her strange-tempered step-mother
it was far better to be married to anybody than do that
結婚しないで生きることは頭のおかしな継母のルールのもとで生きることで、誰とだろうと結婚するほうがいい、結婚までの8ヶ月を生きなくてはならないとは
(「誰も私にかまってくれない」と言う言葉も、「実家から」帰った直後だった)

Fancyは、富と教養、現在と未来を象徴する男たちの求婚を受け、過去に所属するsimpleで気の効かない、ordinaryを四回重ねたような無一文の男と結婚を選ぶ
確かに感情を優先して、彼を愛しているのではあるが、切実な結婚という逃げ場を求めていることはほかの主人公とは違う
結婚が決まっているのに、それを知らず求婚した男は、「都会に行きましょう、教養はもっと高められる、社交界にも参加できる」と口説き、震えるような声で同意してしまう
最も重要な口説きは、「実家から離れ都会に逃げられる」ことだったのではないか?

最初にDickからの求愛でも、も彼女の心を捕らえたのは「妻」という言葉だった
acute observer might have noticed about her breast, as the word ‘wife’ fell from Dick’s lips,
愛よりも、結婚を優先するFancyがほんの少し表層に浮かび上がっている

423吾輩は名無しである2017/10/22(日) 06:07:41.01ID:wjqvbc69
Dickはsimpleな男であり、心理を表す外見に決して気づかないのはFancyがとにかく気づく、空気を読む特性と反対である
このようなことはテキストの表面からは隠されており、単に移り気な、flirt(火遊び)をする女として、そしてその秘密を隠す女として現れる
翌日には、男に手紙を書き、「虚栄とambition」からうなづいてしまったと断る
男は、婚約者に全てを告白なさい、彼は許すでしょう、と最後の手紙を送るが、彼女は秘密の暴露がsimpleなDickには耐えられないと判断し、胸に秘めることを決意する
そして急速に俗人じみて、結婚式よりもミツバチを優先するような夫と、結婚式にも来ない継母と、土着的な村人たちの中で生きていくだろう
‘Tis to be, and here goes!

牧歌的、とされる素朴な村人たちは、自分たちの領分を侵すものには容赦のない反応を見せる
聖歌隊を廃止する牧師につめよるさまや、地主への悪態、男性のみの聖歌に参入してくる女子生徒たちの合唱への敵意は多彩なスラングで表明される
Fancyは「thee」とか「thou」なんてrespectableな人はいいません、とか舅に「ボクシンググローブのような」白い手袋をhallmark of respectabilityとして付けさせたりする
「見世物のように街に腕を組んで繰り出したくない」
Fancyの思いとは裏腹に、「昔からしてきたんだから」と慣習に囲まれ、肝心の夫は蜜蜂が思いもかけず巣分けできたから遅刻する
Fancyは最終的には「空気を読み」ほとんど全て夫と田園のしきたりに従う
夫は結婚前、両親を見て「どうして夫婦というものは愛情を表に出さなくなる?」と言っていた
Fancy, he and she would never be so dreadfully practical and undemonstrative of the Passion as his father and mother were.
既に結婚式と言うPassionの極地にあってさえ蜜蜂=富を優先するdreadfully practicalな男に変貌している
結婚式には牧師が欠席し、廃止されたはずの聖歌隊の昔ながらのどんちゃん騒ぎで、不気味なきのこが枝の間に自生し、鳥や動物が巣を作る巨大な緑の木の陰で結婚は完成する

この閉塞した共同体は緩やかに崩壊に向かうことが明らかであり、「テス」には数十年後に零落したらしきDick Dewyの家系が一瞬現れる
失われる農村を愛着を持って書き込んではいる、しかし常に美点と醜点を周到に書き込んでいるアイロニカルな小説だと思う

424名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 10:24:53.32ID:Z4taDOT7
ある意味では意図して荒らしている奴より厄介だな。

425吾輩は名無しである2017/10/22(日) 21:48:28.77ID:OMWQjQV5
おい、きてぃちゃん、あとどれらいで御主張をしゃべりつくせるのか教えてくれんかのう?

426吾輩は名無しである2017/10/23(月) 19:02:25.89ID:8+YnuwqK
「緑樹の陰で」にも熱のない人「ラオディキアの人」とLukewarmnessは出現する
A Laodicean lukewarmness is worse than wrongheadedness itself.
自ら恋物語の一員として現れる牧師(vicar) は熱のある人(hearty)であって、それゆえに主人公の所属する聖歌隊を解散させる
解散に異議を唱えるために現れた聖歌隊に言うのがこの言葉
「熱のない人たちの生ぬるさは考えなしそのものよりも悪い」、立場は違えど熱心さは尊重する、と
前の牧師(late vicar)は、融通無碍で聖歌隊に好きな歌を歌わせ、彼らの生活をほうっておいた人だった
新しい牧師Mayboldはしょっちゅう職人たちの家に訪ねてきたりする、熱のある人
決して弦楽器が嫌いなわけではないが、オルガンのほうが好きだから新しい、オルガン弾き一人でよいように聖歌隊を解散させる

この小説において、牧師(Parson)はFancyをめぐる三角関係の一人であり、プロットの上でも非常に重大な役割を果たしている
彼の前任者は「酒を飲みすぎたら教会には来なくてもいい」「聖歌も好きにやらせてくれた」「話の分かる人だった」
この小説の宗教的背景は、国教会牧師vicarが主役となり、微塵も非国教会・ピューリタン・メソディストの影がないことから重要だろう
1840年代、ロンドンでは国教会の腐敗改革が進んでいた
その端緒は1833年、長年国教会の牧師を育ててきたオックスフォード大学で始まった宗教改革
地方の国教会では「酒を飲んだら日曜礼拝に来なくていい」「聖歌も適当でいい」「牧師が訪問などしなくていい」という「悪弊」がはびこっていた
これは新任のMaybold牧師が改革しようとしたことであり、聖歌隊の面々からは嫌われた「改革」である
彼は明確に「信仰を立て直そうとする」、ともすればウェンズレーの流れを汲むメソディストを思わせるような、厳格な教会を建て直そうとする一員である

427吾輩は名無しである2017/10/23(月) 19:04:15.20ID:8+YnuwqK
聖歌隊を解散させる理由は数人の弦楽器よりも一人で演奏できるオルガンの方が好きで、オルガンを演奏するのがFancyであることも重要である
しかし、それよりもクリスマスの前夜に数時間かけて聖歌を一軒一軒たずねていく(深夜に大音量で歌う慣習は、言ってしまえば迷惑だろう)
翌朝に酔っ払って教会での聖歌は決してよいものではなかったときに顔をしかめたことから、真夜中に賛美歌を歌い届ける習慣を廃止しようと考えたのだろう
ベッドから感じのよい応答をし、聖歌隊の直談判にも誠実に対応して賞賛されるような人物ではあるが、イギリス宗教改革の都会と田舎でのずれを象徴する人物である

ハーディの小説にはこの国教会の腐敗から厳格化にゆれるさま、ブルジョワが更に厳格なPuritan(Low Church、あるいはHigh Chapel)につくさまを描いている
「青い瞳」では国教会の牧師vicarは「時代遅れのTory」(50年で40年近くがホイッグ政権だった時代)で、世俗の出世を目指し、村民を侮蔑的に扱う
「Far from Madding Crowd」ではまさに二つの教会とチャペルに分かれ、舞台の牧師Thirdly Parsonは自らも貧しいのに村民に蓄えを分け与え、Fannyの棺への祝福も快く引き受ける人間味のある人物である
「熱のない人」ではvicarやparsonではなくピューリタンの牧師ministerが現れる。彼は熱心に清教への回帰を説き、質素な暮らしをしながら目の前で洗礼を拒否したポーラを心配する、熱心ではあるものの善良な人物である

「緑樹の陰に」に出てくる二人の牧師は国教会の二つの流れの典型的な人物像だろう
酒やタバコを許し、ミサにも来る義務もゆるい寛大な牧師から、日々訪問して信仰を訴え、聖歌にも厳格さを求める熱心で善良な牧師
ほかの長編小説の主な舞台から数十年前の、しかも辺境に設定されたこの小説では都会から来た新任牧師と学校教師は、唯一「respectable」な、都会を共有できる登場人物である
ウェセックスという地方で、都会から離れるほど国教会の権威的な人物が牧師を勤める
州都に当たるキャスターブリッジや、温泉地であるバースでは国教会とChapelが同時に存在している
新興のたとえば産業革命で始めて議席を得るようになったマンチェスターのような都市では資本家が権勢をふるい、禁欲的なピューリタンが牧師として割り当てられる

428吾輩は名無しである2017/10/23(月) 19:08:30.97ID:8+YnuwqK
Far from Madding Crowdで、本人はごく僅かにしか登場しないが、村民たちの会話に繰り返し登場するThirdly Parsonは引き裂かれた英国キリスト教の代表的な人物である
この人物は宗派に限らず、好意的に受け止められており、清貧と伝統に足の着いた、「無関心な世紀における」まっとうな牧師だろう

ハーディは数十年後、第一次世界大戦に際して、ルキアノスのようなサタイア(メニッポス的風刺)において彼を再登場させている

教会の窓がわれ、轟音がして、棺が揺れ動き、とうとう審判の日が来たのか、とざわめきだつ
犬はほえ始め、ねずみは咥えたパンくずを落とし、みみずは地面にはいずり戻る
牛はよだれをたらし、立ち上がりかけた私たちに神が語りかける

「これは審判の日じゃなくて対岸で戦争をしているだけだよ、お前たちが生きていたときと世界は変わっていない
墓の中のお前たちが何にもできやしないように、信仰なんて血みどろの戦争をもっと血みどろに、帽子屋のように狂わせることしかできやしない
今日が審判の日じゃないのは彼らにとっては僥倖だろうね、地獄の業火に焼かれることになっただろうから
わたしが審判のトランペットを吹くときは(吹くかどうかは知らないが)もうちょっとあったかいだろうよ」

私たちはまた横になって「神が私たちを送り込んだような、無関心な世紀よりも正気な時代は来るのだろうか?」
と一人が言うと、多くの骸骨たちは首を振った
私の隣人My neighbour Parson Thirdlyは、「40年間説教をする代わりに、パイプとビールに埋もれていればよかった」と言った
ふたたび銃火が静寂を乱し、はるか内陸のStourton TowerやCamelot、星に照らされたストーンヘンジまで復讐の咆哮が響き渡った

9.11のあとにほんの少し取り上げられたハーディの戦争詩Channel Firing(海峡での戦火)

印象的な、ある意味「熱のない人」として描かれているThirdly牧師を、「隣人」 としているハーディには共感を覚える
この牧師はたしかに異彩をはなっており、凡庸であり、プロットにはほとんど関わらないにもかかわらず、重要な人物として書かれているように思う

429吾輩は名無しである2017/10/26(木) 07:38:38.62ID:Z5J/u1Od
一作目の「Desperate Remedy」を読み始める
ジョージ・メレディスの忠告を受けて、最初の出版された小説ということになるが、最初に執筆した小説ではない
作家の処女作に全てがある、という俗説に従うならば、おそらくハーディの処女作はこの作品ではなく「貴婦人と貧乏人」なる失われた小説だろう
あまりにも、過激すぎる、プロットに拘りすぎる、と出版を拒否された小説が、題材を同じくして分割され、三つの初期小説に結実する
それが「Desperate Remedy」と「Under the Greenwood Tree」と「A Pair of Blue Eyes」の初期三部作となる
おそらくハーディの中では人気のない、「Hand of Ethelberta」と「A Laodicean」という二つの小説につながるのがこのデビュー作にあたる

人気がないということは読むべき価値がないことからはるかに遠いことは、ハーディが追求していたテーマが強烈な形で表されていることからも分かる
一般的にいえば、作家の作品を追うごとに技法は成熟していくはずである
しかし、「検閲」のもとで書く作家や「売れること」を目指した作家には、異常に技巧的な小説でデビューする例が時折見られる

生のままのハーディというべき、後年詩において現れる「ハーディらしさ」が充満している

文章は読みやすくはなく、生硬と言え、留保、逆接が多用されている
一般論(usually)や断言(must be)や、先取りの手法が濃厚で、後の作品に比べて地の文と連続して出現する分、一読では誰がしゃべっているのか躓きやすい印象を覚える

全22章、The Events of Thirty Yearsに始まる、「○○日間の出来事」というタイトルで統一された21の章と結末(Sequel、後日談)に分けられており、それぞれが更に日付や時刻をもとに数分割されている
次の「緑樹の陰で」が4章「冬・春・夏・秋、結末」だったことからすると、季節による時間わけから時計による時間わけが徹底され、分単位での章わけにもなっている
1835年のクリスマス休暇から1867年の夏至の日までを細かく分断されてストーリーは進んでいく
1864年7月から1866年3月30日までが、メインのストーリーで、舞台はロンドンを離れたウェセックスの港町バドマス
プロットらしいプロットがほとんどなく、そのプロットも半ば途中で姿を消してしまうような二作目が、このようなプロットで凝縮された小説の次に書かれたことは興味深い

430吾輩は名無しである2017/10/27(金) 20:44:57.64ID:r/0WZeMs
「窮余の策」では、「青い瞳」と同じようにあっという間にプロットは進んでいく
教会の四角い窓から尖塔が見えて作業をしている建築家や石工が見える
シルエットが少しずつはっきりしてきて、父親であることが分かった直後、何かに気を取られているかのようなその影は足を滑らせて視界から消える
‘It is so dangerous to be absent-minded up there.’
When she had done murmuring the words her father indecisively laid hold of one of the scaffold-poles, as if to test its strength, then let it go and stepped back.
In stepping, his foot slipped. An instant of doubling forward and sideways, and he reeled off into the air, immediately disappearing downwards.

僅か数行で決定的な事件は起こり、主人公は失神し、気づいたときには奇妙な車に乗せられて家に運び込まれる
そのほんの少し前にはもうひとつの、より不幸な積荷が同じドアをくぐった後だった
through which another and sadder burden had been carried but a few instants before
あまりにも、淡々と流れるように絵画の説明をしているような描写で話が進んでいく

父親が負債を残していることを知り、兄と二人で暮らしていく主人公は、「零落した父をもつ娘」の常としてガヴァネスを目指す
しかし、地元を離れて交友もなく、18歳に過ぎない主人公は世間知らずそのものである
自分を高く見せるべきだ、という(これまた世間知らずの)兄の意見を受けて最初に載せた広告が
‘A YOUNG LADY is desirous of meeting with an engagement as governess or companion.
She is competent to teach English, French, and Music. Satisfactory references
<「若い淑女」がガヴァネスかコンパニオンとして契約するために会うことを望んでいる。英語フランス語音楽教授に秀で、満足のできる保証人あり>
‘That can’t be myself; how odd I look!’ she said
「この文面は私自身にはとても見えない、なんて奇妙な!」
言葉と対象の乖離は繰り返し出てくるテーマ

431吾輩は名無しである2017/10/27(金) 20:50:09.22ID:r/0WZeMs
ガヴァネスとして「役に立つ」バラ色の未来を夢見るも、連絡をくれる雇い主は現れず、降りていく階級を示唆するかのように、次々に広告の文面を変えていく
Cytherea was vexed at her temerity in having represented to the world that so inexperienced a being as herself was a qualified governess

2週間後に、より下層の謙虚な試みの文面humbler attemptが作成される
‘NURSERY GOVERNESS OR USEFUL COMPANION. A young person wishes to hear of a situation in either of the above capacities. Salary very moderate. She is a good needle-woman
<幼い子供のガヴァネスか、役に立つコンパニオン 若い人物が上記の役割のある環境について聞きたいと願っています。給金は安くてかまいません。針子も得意です。>

さらに一週間が過ぎ、自分の世間知らずさを自責し、「役に立たなさ」に苛まれた寂しい文面となる
‘LADY’S-MAID. Inexperienced. Age eighteen.
<女中。経験なし。18歳。>
Owen the respectable ? looked blank astonishment. He repeated in a nameless, varying tone, the two words? ? ‘Lady’s-maid!’
これなら応募が来るだろうと自信たっぷりに、悲しそうに、苦々しそうに見せた文面は兄を(respectableな) 驚愕させる
‘But you, Cytherea?’ ‘Yes, I? who am I?’
虚飾を捨て、自分にできることは淑女の小間使いでしかない
さらに兄の懇願で「経験なし」を削った三つ目の広告に、ようやく応募が来る
ただしその雇い主は「経験豊富な」小間使いを求めていたもので、せっかく自分の身の丈に合った文面を考えた妹を裏切るものだったが
(父や母がいたら、そんな常識の無いことはしないでしょう、とたしなめられ、さらに親戚の方とか、とあげ、全ていないと答えた娘は同情をえることになる)
‘But your mother knew what was right, I suppose?’ ‘I have no mother, madam.’ ‘Your father, then?’ ‘I have no father.’
‘Well,’ she said, more softly, ‘your sisters, aunts, or cousins.’ ‘They didn’t think anything about it.’ ‘You didn’t ask them, I suppose.’
‘No.’ ‘You should have done so, then. Why didn’t you?’ ‘Because I haven’t any of them, either.’

432吾輩は名無しである2017/10/27(金) 20:53:12.53ID:r/0WZeMs
Miss Aldclyffe showed her surprise.‘You deserve forgiveness then at any rate, child,’ she said, in a sort of drily-kind tone.
このchildという呼びかけに、女主人の「孤児への同情」が垣間見え、19世紀的な「感情革命」の一員であることが伺える

「緑樹の陰で」には、足を見れば誰の足か分かる、という靴屋が登場する
誰もが靴を作るときには彼のところに行くので看板が無く、女主人公の「美しい足型」を男たちでたたえるフェティッシュな場面がある
しかし、「秋」の最終章で無一文だったDickが「手を広げる」ために運搬屋として名刺を作成する場面があり、そうと知らずに恋敵に名刺を渡す(プロット上は不必要といってもいい)シーンがある
Furniture, Coals, Potatoes, Live and Dead Stock, removed to any distance on the shortest notice.
「どんなに遠い距離でも、家具でも石炭でもポテトでも生きてるものでも死んでるものでもご連絡しだいすぐに」
ここにも「知らないところまでも届いてしまう」広告や看板のいかがわしさがあり、ハーディにおいては「手紙・小説・書かれたもの」とauthorityのテーマにつながっていく

結局主人公を雇うことになる女主人もまた、実情と広告の乖離を咎めるとともに、どことなくいかがわしさを持っている
I want an experienced maid who knows all the usual duties of the office.’ She was going to add, ‘Though I like your appearance,’
「求める文面」と「実際に要求すること」、小間使いを頻繁に変え、身元保証人に確認しますといいながら、「あの顔が気に入った」という理由で確認の手紙を破棄する
She’s an extraordinary picture of womankind ? very extraordinary.’
She has had seven lady’s-maids this last twelvemonth
in her soul she’s as solitary as Robinson Crusoe
as proud as a lucifer
彼女もまた、「顔を見れば分かる」と広告のごまかしを無視する
Under the Greenwood Treeにおいて、
knowing people by their feetという靴屋に対して(足の形はひとつのcharacter)、
‘tis a face you can hardly gainsay. A very good pink face, Still, only a face, when all is said and done.”
「顔は、何か付け加えてくれることは無い、ただピンクできれいな顔だ、それ以上は無い」

433吾輩は名無しである2017/10/28(土) 12:00:45.84ID:e5xs6UX9
こういう人ってインプットとアウトプットがずれてる。
人の話を聞けないから空気が読めない。
受け取り手の都合を考えないから自分の言いたいことだけを一方的に言うので、やたら長文を書く。

434吾輩は名無しである2017/10/29(日) 23:02:05.36ID:YD5Jeqr/
「役に立つ」usefulという言葉はハーディの作品においてどのような意味を持っているのか
ありふれた言葉なのだけれど、彼の小説を読んでいく中で、不自然な単語に遭遇する
その周辺に繰り返し現れる単語は、作者の意図がきな臭く立ち込めている

自分が役に立つ存在であることを自覚するとき、過去は忘れられる
「役に立った自分」は、過去の自分と、そして未来の自分と食い違い、そのことを役に立っている間は忘れてしまう

本来役に立つはずの自分が役に立たない状況に立つ、あるいは本来役に立たないはずの自分が役に立つ状況
このとき、登場人物が変貌を見せる
特定の状況下では、過去や未来の時制が入り混じり、相対的な時間が支配する
状況は速やかに、役に立ったはずの自分は既に役に立たない、けれどひとたび役に立った自分を忘れることはできない
忘れるためには別の特権的な、相対的な時間が必要になる
‘NURSERY GOVERNESS OR USEFUL COMPANION.
ガヴァネスとして働く屋敷を想像し、「役に立つこと」を求める「窮余の策」
Dick Makes Himself Useful
「緑樹の陰」のなぞめいた章題
I’ll do anything for the benefit of my family, so as to turn my useless life to some practical account.
「青い瞳」で無価値な自分の命が少しでも役に立てるなら、という場面
“If I am useless I will go,” said Bathsheba, in a flagging cadence. “But O, if your life should be lost!”
“You are not useless; but I would rather not tire you longer. You have done well.”
トロイという男と結婚したBathshebaが、Oakと二人だけusefulとなる場面
何よりも、「青い瞳」で宙吊りになったKnightの命を救い、その成果を誇る
An overwhelming rush of exultation at having delivered the man she revered from one of the most terrible forms of death

役に立つ、ことの対義語は世間知らず
役に立つ、ことはwisdom、cleverであるが、性格をさす言葉ではない
「ロンドンにはいくらでもよりcleverな人間はいる」、しかし「(この村に)一人でもいるとすればcleverな男」
置かれた状況に対して「相対的に」賢いのであり、状況を捨象して常に「賢い」人間をハーディは書いていない
状況を離れた性質、「天才」という概念を描いたロマン派

435吾輩は名無しである2017/10/30(月) 06:10:49.79ID:bSw8EYKb
Owen the respectable . He repeated in a nameless, varying tone, the two words ‘Lady’s-maid!’
‘But you, Cytherea?’ ‘Yes, I - who am I?’

兄の言うことなど聞かず、一人でも父母や姉妹、いとこ等の忠告を聞いていればこんな非常識はしなかっただろうといわれるOwenだが、すぐに妹は兄が正しかったと思うようになる
‘Owen knows everything better than I.’
淑女の小間使いとしてなら役に立てると考えたCythereaは、30近くも年上の女性の髪を自分と同じように結い上げてしまったり、ベルを鳴らされて、「ご主人がお呼びですよ」と言われても、「ええ、知っています」と答えてしまう

‘Don’t “lady’smaid” me: nobody is my mistress I won’t have it!’

436吾輩は名無しである2017/10/30(月) 06:19:23.91ID:bSw8EYKb
どこまでも「状況に合った」適切な行動をとることができず、翌日には再び屋敷を出て行くことを決意した晩に、状況は二転三転する
過去・現在・未来についての情報がが同時に変更され、屋敷を出て行く理由も、屋敷を出て行ってもやっていける理由も、出て行かなくてはならない理由も全て変更される

この三つがほぼ独立のものとして「状況」を変更し、Ladys maidはuseful Companionとして一応の居場所を得ることになる
時制の用法だけでなく、ひとつの出来事を複数の時制で同時に語る視点がこの場面に存在する

437吾輩は名無しである2017/11/22(水) 11:13:34.14ID:h5wBfOOG
ハーディの14長編すべて手に入れた
他にも読みたい作家が多いので、果たして全て読み切れるかどうか

438吾輩は名無しである2017/12/12(火) 19:42:52.48ID:mfD+h7at
ハーディの英語難しい
19世紀特有の仰々しい文体で書く作家では無いんだが、それでも難しい
はぁ〜ハーディの作品を原文で読めるようになりたい

439学術2017/12/12(火) 19:55:04.62ID:DrzM1k4r
情報処理の速度は英語の方が早いが日本語の方が情報量が多いでしょう。

440吾輩は名無しである2017/12/13(水) 21:38:38.83ID:qKd9XiXo
ハーディそこまで難しいか?

441吾輩は名無しである2018/03/17(土) 22:34:38.74ID:Adigt17L
「女」という制度―トマス・ハーディの小説と女たち
土屋 倭子 (著)
出版社: 南雲堂 (2000/05)

トマス・ハーディ全集〈3〉青い瞳
トマス ハーディ (著), Thomas Hardy (原著), 土屋 倭子 (翻訳)
出版社: 大阪教育図書 (2009/08)

トマス・ハーディの文学と二人の妻―「帝国」「階級」「ジェンダー」「宗教」を問う
土屋 倭子 (著)
出版社: 音羽書房鶴見書店 (2017/10/1)

442吾輩は名無しである2018/08/07(火) 21:35:19.11ID:a7y8YbS5
イギリスの土着派だよね
アメリカのフォークナー、フランスのシモン、日本の中上健次もそう

443吾輩は名無しである2018/09/14(金) 01:54:39.09ID:yspn/vho
帰郷、遙か群衆を離れて、が好き

444シャシャキ2018/09/14(金) 07:50:55.47ID:bJiFETB2
読みにくいか。
原稿には後からの挿入とか多いみたいだから、文章がゴツゴツしてくるのかな。

445吾輩は名無しである2018/09/18(火) 12:47:55.44ID:cs6dGug9
「日陰者ジュード」に出てくる繊細な少年が、義理の母親に対して言う言葉。
望まれることなく生まれてしまった子供は、小さいうちに殺してあげた方がいいんだ、
と訴える。

"I think that whenever children be born that are not wanted they should be killed directly,
before their souls come to 'em, and not allowed to grow big and walk about!"


自分の義理のきょうだい2人を殺したあとに自ら首を吊ったあとの場面。

At the back of the door were fixed two hooks for hanging garments, and from these the forms
of the two youngest children were suspended, by a piece of box-cord round each of their necks,
while from a nail a few yards off the body of little Jude was hanging in a similar manner.
An overturned chair was near the elder boy, and his glazed eyes were slanted into the room;
but those of the girl and the baby boy were closed.

出典: Thomas Hardy, "Jude the Obscure"
http://www.gutenberg.org/files/153/153-h/153-h.htm

446吾輩は名無しである2018/09/18(火) 13:09:03.06ID:cs6dGug9
Thomas Hardy "Far from the Madding Crowd" の冒頭からの翻訳の試み
https://awabi.5ch.net/test/read.cgi/english/1385330096/

447吾輩は名無しである2018/09/20(木) 11:02:48.36ID:t/kiCmg8
Thomas Hardy "Far from the Madding Crowd"
戦後これまで出版された2種類の邦訳の比較(第4章の冒頭)

角川文庫・高畠文夫訳・遙か群衆を離れて
「女がお高く止まっていても、本人がべつにそれを意識していないときだけは、男は
たいてい我慢ができるものである。しかし、意識していても、抑えつけられている男の方で、
なんとなく、いつかはあの女をわがものにできそうだという気がするために、満足する
という場合だってあるのだ。この目鼻立ちの整った美しい娘は、まもなく若い牧場主オーク
のこころの中へ、目にみえて食い込んできた。」

千城・瀧山季乃/橘智子訳・狂おしき群をはなれて
「相手の男性にとって我慢できる女性の唯一の優越感は、概して言えば、それに気付いて
いない場合である。しかしながら、それを知っていても、位負けしている男には、いつかは
ものにする可能性がありそうだと、それも時としてうれしいかもしれない。この器量よしの
娘はやがて、若い牧場主オウクの情緒面に目に見えて入り込んで来た。」

448吾輩は名無しである2018/09/21(金) 15:01:59.67ID:Gt90lj4k
大阪教育図書のハーディ全集がなかなか完結しない
『はるか群衆を離れて』の翻訳が難航しているのか

449シャシャキ2018/09/23(日) 18:56:44.51ID:YEUp+D1x
>>413
ハーディの小説は読んだことないけど、石工の扱いは面白い。
ミケランジェロは彫刻家だが、石工でもある。

450吾輩は名無しである2018/09/25(火) 20:17:00.27ID:MOLr4K2m
Far from the madding crowdsの原題についてこのスレで訳されてる、
「madding crowd=狂乱の群れ」だけど、ここでいう狂乱については当時の
イギリスでも社会問題として注目されていた、てんかんやてんかん的発作が割と
大きな意味を持っていたのではないか?
far from the madding crowdの前には出典的にはwilliam grayのエレジーがあり、
その前にはwilliam drummond of hwathornden(ホーソーンデンのウィリアム・
ドラモンド?)の詩があるらしい。
何でこんな蘊蓄披露をしたかというと、てんかんやその発作はペトラルカのsforzato
以来、文学やアートと深いつながりを持ってきたような。
sforzatoは不思議の国のアリスの変身(首長+短足)とも、関係あるらしい。
イタリア・ルネサンス時代の医者はそういう外見上の症状のことをsforzatoと
結び付けていた?

 

451吾輩は名無しである2018/09/25(火) 21:51:43.57ID:MOLr4K2m
現代でもsforzatoの意味は良く解っていない。

452吾輩は名無しである2018/09/26(水) 14:12:01.94ID:sHgT8+NN
「日陰者ジュード」という題名の日本語訳が
気にくわない、もっと良い日本語訳大募集!

453吾輩は名無しである2018/09/26(水) 19:31:23.89ID:0oQvec1R
「黄昏のジュード」

454吾輩は名無しである2018/09/26(水) 20:59:09.51ID:rqZ/Hcnu
暗黒のジュード

455吾輩は名無しである2018/09/27(木) 09:27:57.41ID:6YWNDfYz
陰気なジュード

456吾輩は名無しである2018/09/27(木) 10:13:16.39ID:VTxY2iS2
ヘイ・ジュード

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