松浦寿輝
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
無かったって?どこ見てるんだよ脳無し。
オメェみてえなブタの自己宣伝スレにゃあ事かかねえよ(嗤) 半島を今読んでいる。
一気に読むことは出来ないので、就寝前に。
まどろんでいるときに読むと、ちょうどよい愉悦を味わえる。 あれ?こないだ東大で最終講義やってたけどよく見たら定年までまだ随分あるはずだよ >>4
研究に専念するんじゃないかな
新潮読んでないから詳しくはしらないけど そこでゆっくりと死んでいきたい気持ちをそそる場所は
射精の描写が好きだった(小並感) Eテレで演ってるアニメ、つまらん
かつてこんな奴の映画批評でも読んでた自分が馬鹿だった
今はこの周辺の連中、すっかり息を潜めたな >>11
あれは俺も見ていない
あれは松浦寿輝の本来のキャラじゃない話だから >>5
違う。単に大学の雑用がウザくて辞めた
ソースは週刊文春 多分、研究に専念とかじゃなくて、のんきに本を読んで映画観て小説書いて暮らしたい、みたいな感じ >>15
マジで!?
文春読むわ 図書館に置いてるかな
>>16
本当に半島で隠遁生活ですかね 週刊文春は、れいの橋下の下半身スキャンダルの号だったかな
基本的に駒場にいる限りフランス語教えたり雑用やらされたりするから、
そういうのも嫌いじゃないがもうやーめた、みたいな感じ 地元の図書館で「そこでゆっくりと死んでいきたい気持ちをそそる場所」を
10回ぐらい借りてたけど、
とうとうAmazonで中古本を買ってしまった 半島早く読み終わりたいけど仕事が忙しい
半分は読んだ
あやめ 鰈 ひかがみが一番好き 不可能早く安くならんかな
まだ700円前後だ
送料含めたら950円だしなぁ 松浦寿輝に似た作風でオススメ教えてください
出来れば日本の作家で! >>24
吉田健一
松浦さんって偏愛が強いから
古井・吉田と挙げたら
日本の作家でもう似ている(似てしまう)人って
いないんじゃないか。
本人が好きと言っているのは他に大岡、日影とか? 庄司薫もたしか好きだよね
最近文庫の新装版が出揃ったから入手は楽
でも松浦が一貫して巡っているのは
老いと性愛についてだから真逆か こーゆーの見ると丸山健二なんてかわいいもんだって思うなw
さっさと死ねよ、ブタ野郎っ!
嫌われてるな・・・
どっかで官僚的とかいうの聞いたけど 松浦さんのおかげで身体の旧字体にだいぶ詳しくなった えー、読みたくない
なんか「どうだ面白いだろう」みたいな嫌味なのになりそう
川の光すらきつい >>38
あれもできるこれもできるアピールはもういらんよね
でもそれを取ったら素朴過ぎてしまう恐れもあるんでない?
それで充分魅力的だとは思うけど
と言いながらも、どの作品が松浦さんの素に近いか、
俺にも分からんのだ
冬の本や半島辺りだと思ってるんだけど 川の光が素に近いんじゃない?
松浦さん、ねずちゃんみたいな顔じゃん 花腐しと幽もamazonで買った
早く届かないかなぁつ 幽 は右眼だけで読んでいる
左眼は枕で圧迫しながら読んでいる
素晴らしき多幸感 幽が松浦さんの小説で一番感銘を受けたな。
今読むとどう思うか分からないけど。 半島があと4分の1で読み終わるんだが完全に読む気が失せてしまっている・・・
>>47
ググったら小谷野が悪口書いてるのが上位にきたけど、
コイツは悪口言うことが趣味みたいな奴だから。
松浦さん、一見怖そうに見えるが素朴だし人格者だぞ。 ひさきで寿輝って変換できないから辞書に登録しといた そんなに頻繁に使うわけでないので、
じゅ、てる、って打ち込んでるな 松浦さんのクロニクルとか読むと
舞城王太郎とかを物凄くボロクソに言ってたから
怖く感じるんだよなぁ・・・ 舞城王太郎 が三島賞をとった時、漫☆画太郎の漫画みたい と書いていたのは
憶えているな 東大仏文のある種の系譜に対する口の悪さをみると
やっぱり怖くて近寄りがたい印象は受けるなあ
井上究一郎、堀江敏幸を持ちあげる際、返す刀で中村真一郎、福永武彦
といった面々を切って捨ててている。
いずれも「青の奇蹟」から
>しばしば「文人」がその代名詞でしかない惰弱な好事家たち、すなわち
自分の思考について考えることにしか興味がない文学好きを輩出させてき
た東大仏文という学科に信頼を失いそうになるとき、しかし井上究一郎が
いたとわたしたちは呟くことができる
>中村真一郎だの誰某だののように、作品と具体的に出会うすべも心得ている
わけでもないくせに、ただ「文学」とか「おパリ」とかから立ちのぼる甘った
るい情緒に観念的に陶酔することが好きというだけの無教養な「文人」たちを
輩出させてきた日本の仏文業界から、堀江敏幸のような真の文学的教養の持ち
主が不意に出現したことに、わたしは或る感動を覚えずにはいられない。
>(前略)たとえば才能のない「文人」作家の典型と言うべき福永武彦がラル
ボーの『幼ごころ』に触発されその蒼ざめたパスティッシュとして試みた「夢
見る少年の昼と夜」などと比べてみるとき、(中略)『おぱらぱん』の中の一
遍「留守番電話の詩人」の、文学作品としての品位と志の高さが改めて明らか
になるだろう。
>…『シュールリアリズム宣言』を読み抜く語学力させ覚束ないくせに若い頃
は「おフランス」の近・現代詩にナルシスティックに陶酔し、年をとると日本
の古典についての趣味的なエッセーをちょこちょこ書いて悦に入っているとい
ったもの哀しい風景をよく見かけるが… この人の詩は悪くないけど
小説はどうしようもなく凡庸
通俗ですらある >>60
> 井上究一郎と堀江敏幸を持ち上げ、中村真一郎と福永武彦を切り捨てる
井上究一郎はともかく、堀江敏幸が本当に「真の文学的教養の持ち主」なのかあ?
ただの松浦の趣味だと思うけどなあ。
たとえ福永武彦の「夢見る少年の昼と夜」が出来の悪いラルボーの
パスティーシュにすぎなかったとしとも、だ。
福永武彦には福永武彦にしか醸し出せない、独特な叙情性がある。
ところで松浦寿輝って、開成中・高出身なんだよね。
西日暮里みたいな、あんな埃っぽい街の受験少年院みたいな学校で育っていながら、
「真の文学的教養が〜」とか「文学的叙情性」とかちゃんちゃら可笑しいのだが。w >>60
松浦は東大仏文じゃねえよ。ただの院ロンダ。 「真の文学的教養の持ち主」ってなんだ?
いっぱい小説読んだってことかあ?
そもそもで、教養ってのは自由7科のことだよ。
まず、それがあるのかあ?だよ。
で、その上で、それでソフイスティケイテッドに洒落られるってのが
「真の文学的教養の持ち主」ってやつだ。
だけど膨大な情報を処理しないとそれが教養ってもんにならない現代だ。
大変だよ、教養ってのでダンディーになってるってのはさ。
シッタカだけなら、あなたもネットで教養人、だけどね。(笑) 教養という言葉を使う人に限って教養がなかったりする >>63
松浦寿輝は駒場の教養学部フランス科卒だから「ロンダ」じゃないだろw >>63
堀江の間違い?
確かに、堀江敏幸は、早稲田から東大の院に行っている。
でも、それを隠しているわけじゃないし。
むしろ、東大文学部は二流のエリートといった内容の本を書いている
高田理惠子という人。
「東京大学大学院博士課程(ドイツ文学専攻)単位取得満期退学」
という学歴しか出ていない。
別に本の内容が内容だけに、本人はどうなのかと気になってしまう。
http://www.chikumashobo.co.jp/author/001120/result?p=&g=&order=&desc=false 文学的教養なんてもはや存在しないと誰もが思っていたが、確かに堀江には当てはまるな。本当に驚いたよ。だが再び死語になるだろう。 <<60
よく考えたら井上究一郎と並べてるということは手放しの賛辞だよな。堀江の方が10も年下なのに。なんか韜晦が多いイメージだがこの辺の素直さは大したもんだ。俺は小説はほとんど読まないから松浦の小説も読んだことないけど。堀江は大したもんだ。これは確かだ。 だいぶ前、何の予備知識もなく白水社のユルスナール
選集の解説を読み、すばらしいと思った。
堀江敏幸という人、そのときはじめて知った。 「半島」を今読み終ったけど、吉田健一風の文体でこういう通俗的な小説を書かれると嫌な気持ちになるな。まあ、時間潰しでしかない。
本物の作家でないことは本人も自覚してるだろうから小説なんかやめたらいいのに。堀江に任せたらいいんだよ。 しかしその後書きで、小説には地名の出てくる作品と地名の出てこない作品の2種類しかない、と言っているのは面白いな。
でもやっぱりというか、主人公の名前が気になってしようがないんだよな。吉田健一もそうだけど、別に大河小説じゃないんだから名前がない方がどれだけいいかと思うんだが、私小説への嫌悪なのか、あるいは私とか僕という言葉を使いたくないのか。
とにかく名前があるかないかで分けたい。 長編小説の主人公の名前がないのは「こころ」とか村上春樹も途中まではそうだったな。
吉田健一は「東京の昔」では主人公に名前はない。で、私とも僕とも言わないで、「こっち」と言うんだよな。元々一人称代名詞を使わない人だけど、ユートピアみたいな小説だ。 何故、主人公に名前があると胡散臭いのか。主人公というのは所詮何ほどか書き手の分身であることを免れないのに、名前をつけることで他の人物と変わりないように装ってるような気がするんだよ。書き手と登場人物は全然違うあり方をしてるのに。
村上春樹の場合は、主人公に限らず、まともな名前を付けなかった。初めて出て来たまともな名前は直子で、死んだ人間だった。
小説が書かれてしまっている以上、登場人物は既に我々生者の
ように変化することを免れているわけで、いわば死者に等しく、死者こそが小説の中で名前を持つに相応しい。それで生者にも名前が与えられてノルウェイの森ができた。 >>81
通俗的かなあ?どういうとこが?
仮にお前さんのいう通り通俗的だとして、吉田健一云々というのはナンセンスだなあ。 蓮實門下風の「お前さん」はもう勘弁
ゲロ吐きそうになる 俺も半島には思索と彷徨の交錯するリズムみたいなところでは吉田健一を感じなくはなかったけど、ファウルズの魔術師辺りへの偏愛もあるんだろう。それはともかく明治の表象空間がどんな反響を生むのか楽しみだなあ。 松浦って既婚なんだな
奥さんってどんな人なんだ?
ブログやってるんだがなんか文章から察するに若い人にみえる なんかキャピキャピしてる感じしない?
ブログで夫の小説の宣伝するっていう発想も今風な気がして ああ…なるほど。でも女の人って、年取ってもああいうノリのいい人いるからなー
趣味のいい50代のオバサンを想像してたから、まさに「その発想はなかった」って感じ
実際にはどうなんだろうね 上品な美術館おばさんというイメージ
渋谷のBunkamuraをうろうろ なんか、今、嫁のブログとかいうのを見て来たら、
村上の多崎つくるを読んでて、いろいろ愚痴みたいなのをこぼしてて笑えたw
村上春樹の文芸評論本でも書いて、帯にでっかく「村上春樹」とか書いてやれば
勘違いして買うヤツもいるんじゃねえか、とかw村上みてえに時流に乗れたらなあ、とかw
てか、村上って、時流に乗ろうとして乗ってるわけじゃねえだろ。
むしろ、村上は、自分で世の中の時流を作ってる方だろ。松浦には基本的に頭の悪さを感じる。
開成出で東大卒だし、エリートっぽいんだけどなあ。まあ、んでも、コイツには文芸の才能は無いだろ。
大学受験の塾でも作って商売でもした方がよほど売れる気がするがw和田みたいにさw ほんま、過疎ってますな〜
ひとつ上のカキコで文芸の才がないと言われてましたが、まあ、たとえそうでも
秀才には秀才なりの屈折というか屈託があるんだな〜と
それを馬鹿正直に吐露する文芸作品には、それなりの味わいがあるってもんじゃないかなぁ。
いつの日か四方田犬彦と対談なり(調停役に今福龍太あたりを入れてw)鼎談なりやって
その時のビミョ〜かつ不穏な空気感を文面から味わってみたいです。ヨロシク! >>いつの日か四方田犬彦と対談なり(調停役に今福龍太あたりを入れてw)鼎談なりやって
その時のビミョ〜かつ不穏な空気感を文面から味わってみたいです。ヨロシク!
そういうのは東大新聞でやれば良いだろうね。外でやるべきじゃない。 松浦さんは90年代の表象系の仕事では
抜群の才覚を見せたタイプだと思うけどね
狂った天才を礼賛するのもいいけど、案外秀才の方が希有ですよ まあ、今度出るらしい『明治の表象空間』で、あらためて真価を問うって感じですか
何だかんだ言ってすっげー楽しみです。 松浦は完全に無視して大丈夫。
まったく必要なし、松浦、四方田を読むのは無駄。 松浦夫妻と奥泉夫妻ってすごく似ているような気がする。
夫同士のキャラ、妻同士のキャラ……。 嫁はハースト婦人画報社の元編集者?
その縁であまちゃんの記事が掲載されたのかな。 じぇじぇ。ブログの画像が差し替えられてる。
小言幸兵衛に「君は意地の悪い女だね。無精ひげだらけの汚らしい僕の顔を
世界に向けて発信するなんて」とでも言われたのかな。 明治の表象空間、ここまだインプレないの
読了したけどまず言いたいのは荒い
立論はいいのに行論、特に各テーマを結ぶときになると強引さが目立つ
この点を暗にながら指摘した書評が山城むつみ
しかも膝元「新潮」に書いたからなお立派
(ちなみに山城の新潮社からの新刊はすばらしい)
新聞はじめ他の書評はそれこそ表象的表層的
そしてそれよりなにより詩人小説家がやる論考なのに文が荒い
漱石二流、それを論ずる柄谷も二流、もちろん村上春樹は全否定
それはいい、それはいいがその際の文章には目も当てられない
評価対象も透谷、一葉論に光るものはあるも大江等には空疎な修辞もちらほら
このあたりのやり方は蓮實の徹底したねちっこさには到底かなわない
むしろ前半中盤の文学から離れた表象対象を論じてる時の方が
落ち着いた書きぶりで読むものを引き込む
内務省・警察・刑法・教育勅語、言海・植物園、諭吉・兆民のあたり
でも白眉はやっぱり透谷・一葉のところ。露伴は持ち上げすぎかな?
最後の方の朔太郎のところもすばらしい
総じていうと全体的には反近代論の枠をはみ出していくものではない
この大部にカネと時間をかけてまで読みこむ価値があるかは疑問 小谷野いわく「文学ロボット」
荒川洋治いわく「官僚的」
たしかにその感じは「明治の表象空間」でもありあり
俺が「荒い」というのもそういうこと
ロボットや官僚なら荒くないじゃんって言われちゃいそうだけど
そうじゃなくてこう論じとけばいいでしょ?って感じが松浦にはあって
それが批評に読みこみの深さを求めたい側としては荒っぽく感じる
その点上述山城とは対照的 山城に惚れ込んでその当て馬に使う批評ってどうしようもなく荒くないですか
前世代の批評のダメな部分丸出しにしかみえない
細部の粗さについては同意出来るだけに残念 当て馬とか穿つのがいかにも文学板だが
それより他人の感想に残念とか言うのが意味分からん こんなスレで「誰かをあげつつ誰かを下ろす」レトリックはイラネってことだよ
松浦寿輝だけを語れや 小谷野評なんかを聞きたがっている人からしたら
書評を書いた山城との対比も別に問題とならんだろ
「誰かをあげつつ松浦を下ろす」
これがよりによってこの松浦スレで「レトリック」として機能すると見るのが、現世代のスタイルなのか?
そこで言われている「前世代」こそ「レトリック」じゃねーの?w 松浦って突飛なこと言ってるようで実は普通のこと言ってる人だろ >>62
中村真一郎も開成。
福永武彦を初めて読んだときのがっかり感を思い出した。 「そこでゆっくり死んでいきたい場所」と「半島」で迷ってる。
どっちおススメ? なぜか賞ばかりもらっている人
芥川賞んとき石原がけなしてたな受賞作よんだけど石原が正しかったと思う
半島は退屈で4分の1で飽きて放棄したからわかんね 少女怪談というアンソロジーに入っている「宝篋」という短編を
読んだけど、そんなに面白くなかった。 松浦が明晰な言い方を目指さないのは、現在では鈍くさいと言われてもしょうがない。 文學界1月号に新作「ポリンスキー監督の謎あるいは『ミッション:インポッシブル/ローグ
・ネイション』のあれをトム・クルーズはいったいどうやってやってのけたのか」
タイトル長っ >>8
「無縁」、「幽」
上手いと思った。
俺には書けない。 東大教授の肩書きを立てに、出版社から各種の賞をせびり取ってきたのではないか?
だから、後で出版社の社員が悪口を言う。
賄賂をせびる役人と同じ。 年令やキャリアに比しての貰った賞の数を見れば、松浦は当代随一の文豪で、春樹以上のノーベル賞候補なのかと錯覚するわなw
松浦は出版社から賞をせびり取り過ぎた。
だからバレたw
たぶん東大でも教授間で話題になり、問題化した。 新刊
幽 花腐し (講談社文芸文庫) 文庫 – 2017/1/11 新刊です。
『名誉と恍惚』新潮社
5400円(税込) >>139
以前にこの人の同期の先生の授業受けたことある。
まったくおんなじこと言ってたな(苦笑) 開成から東大文一のまさに文壇官僚
今ラジオで作家と対談する番組やってるけど心にもない誉め言葉ばっか
そろそろ本音で喋ってみたらどうだい そういうありがちなステレオタイプ化はどうかな。最近の俳人ものでも結構、バラエティーに富んでて面白いと思うけどな。 あなただってそういう番組任せられたら、ゲストを誉めるでしょ? これって、松浦さんが知人や作家に配る献本用の本とみたな。納得。 だけど、献本に意識が集中しちゃったらもう、上がりですよね。 昔、ちょっとした嫌がらせをして喫茶白樺で会ったことがあったっけ。その後は一度だけ神保町ですれ違ったこともあったな。結構、背たけがあるのですぐわかる。 注目したはじめは、ユリイカか現代思想に載った「口唇論」とかいうエッセイで、例のマン・レイの絵が効果的に使われていたっけ。 その頃は、詩人という肩書きで「ウサギのダンス」みたいな詩集を出してたね。朝吹や吉田たちと同人誌出してた。名前は失念。麒麟だっけ? でも、詩よりは散文のほうが上手かったよなぁ。散文のほうはなかなかのものと思ったよ。 麒麟の同人には林浩平というひとも居た。彼のwikiには麒麟の記載があるね。 林浩平さんのブログには、wikiから翔べますね。吉増剛造さんと奥さんによるセッションのお話しらしい。やっぱり、吉増剛造さんが現代詩唯一と言っていいほどの「勝ち組」なんです。 松浦寿輝と若島正(いとうせいこうもかな?)はチェス指しとして有名だけど、あまり仲がいいという噂は聞かないな? 全然、知らなかったが、チェスクラブで検索すると、都内にもかなりあるんだなぁ。
さすが、東京。 横綱白鵬がチェス好きだったとはな。想像しにくいねぇ。 林浩平さんのブログ「饒舌三昧」はけっこう面白い。親しいのか吉増剛造さんがよく登場しますね。 話変わって、現在最長手数の詰将棋は1986年に橋本孝治が発表した「ミクロコスモス」であり、1525手詰。この記録は30年以上破られていない事になる。 長嶋有って自信たっぷりにぺらぺらとよく喋るやつだなぁ。こういう奴、嫌いだな。 なるほど……ヴォルスか。いまで言うところのアール=ブリュットに近いな。勉強になった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています