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小、中、高と勉強してこなかったけど
今から勉強して良い大学行きたい >>1
今何歳なの?志望学部は?何を専攻したいの? 本居宣長も、勉強方法より、とにかく飽きずに勉強続けることが重要と述べていたねw
学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかゝはるまじきこと也 上智の神学部は、まず入信して教区神父の推薦受けなくちゃダメだよ
神学部は部外者のためにあるのではなく信仰のためにあるんだから 信者でなくても受験はできるけど面接で通らない
教理問答は把握してないといけないし信仰内容について聞かれる 部外者とはなんですか、失礼でしょう。
信仰は万人に開かれています、あなたの意見なぞ聞きたくないですね。
デ・ロヨラさんに訊きますから放っておいてください。 >>8>>9
あなた(たち?)はもっと素直でまっすぐな心を持ったほうがいい。
どうしたらよいか訊かれているのだから、
「もし入信していないとしたら、まず入信すること。そのうえで教区神父の
推薦を受けることが前提になります」
と、なぜいえないのか。
あるいは、
「面接時をとおるには教理問答を把握しておくこと。信仰内容についても
きかれますから、答えをしっかり準備しておく必要がありますよ」
と、なぜいえないのか。 まず、理性を捨て本能に身をまかせる術を身につける事だな。
上智の神学にどうしても進学したいというならばな。 上智の神学をめざすきみはまず「キリスト教おたく」になる必要があるな。
名前はど忘れしたが、銀座の4丁目の近くにキリスト教専門の書店がある。そこへ毎日のように通って、買えるだけの本を買いこめ。三食を二食に削ってもな。頭をまずキリスト教漬けにする事だ。 実際に教会に行ってみるのもいいかも知れないが、その方面は詳しくないな。 しかし、きみはどこに住んでいるひとなのかな? 東京に住んでいることを前提のように書いてしまったが。 上智の神学部を出た者は全員、本職の聖職者になるのか? 信じられないのだが。 >>20
当たり前だよ。仏教だって元々は妻帯禁止だったじゃない
宗教は権力でもあるから世襲化を防ぐ必要があったし
キリスト教は禁欲を美徳としているからね >>21
それが原則で、もちろん研鑽中に世俗に生きることを選ぶのもあり得るけど
それは防衛大学校出身者の任官拒否に近い感覚(今年は任官拒否多かったみたいね)
逆に神学部出て聖職者ではなく在俗の神学者になるとして、どんな仕事に就くんだろう 8の言うことがほんとうでまず入信してからでないと入学出来ないなんてナンセンスだよな。1は止めときな。同志社大学ってチョイスもあるぜ。 >>24
と言うか、日本でそんなに聖職者の需要があるとは思えないし。海外への就職が多いのだろうか? 入信を考えるなら最寄のカトリック教会(間違っても末日聖徒教会には行かないように)
でミサに与かり、神父様に相談して教理問答の手ほどきを受けるといい
教理を理解したうえで納得したら洗礼を受けることになる
生まれたときからカトリックの人は幼児洗礼を受けてるけど
やっぱり自分の意志で改めて先生を受けてる。これが堅信礼 >>26
こだわるようだが、教員の場合は結婚は可なの? >>27
どうなんでしょう。カトリックは世界最大の秘密結社(笑)で日本でも人口10万人当たり
ひとつくらい教会があるんじゃないかな。日本人で海外赴任してる聖職者もいるね
教会系のボランティア団体でアフリカとかに行ってる方も少なくない
「いい大学に行きたい」という希望が「(経済的に)いい就職」という将来を
目指してのものなら、学部の目的とはずれていると思う >>24
あなたは詳しそうだから、いろいろ質問するのだが、神学部では、英語のほかにイタリア語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、ラテン語、ギリシャ語、なども勉強するの? >>29
カトリック信者でも一般信者は結婚できるよ
因みに教理上、堕胎は罪なので子沢山だったりする
小説のメグレ警視で「自分は恥ずかしいが妻は子沢山を誇る」というのは
奥さんは「教理を守って、たくさんの子を育ててる」という自負があり
メグレは「禁欲できない」ことへの自嘲がある。カトリックらしい表現 国連難民高等弁務官事務所への就職なんてのも考えられるかな? やはりそれは、かなりな家系のひとじゃないと無理かな。 >>31
僕は一般信者で以前イグナチオ教会に通っていた時期がある(教区に住んでいた)
そして昔、神学部の人と交流があり、今も神学部での神父様の知人がいるだけだけど
古典語はやるだろうね。現代外国語はどこまでが必修なのかは分かりません
聖書の原文講読はあると思う >>33
どうでしょう。家柄とかは分からないけど知識や姿勢は厳しく問われそうですね
そのレベルの就職試験は東大入試より遥かに難関なのはたしかだと思う
そういえば徳川家広さんは一時、国連職員やってたな ラテン語とヘブライ語もやるんじないかな
ラテン語はイグナチオの三者会で神学部の学生や
神父様と購読会をやっていた ほかにも国連関係の仕事でなにか。。黒柳徹子が関わってる組織って何だっけ? 国連関係の就職を考えるなら東大か国際基督のほうが強いイメージがあるな >>38
あなた自身は、そうした古典語の勉強はしなかった、と? >>42
うん。僕は神学者じゃないからね。学部ももちろん違う
ただラテン語の講読会に出てただけ。信者だけど部外者だからね 言語についてはまず新約を原書で読むためのコイネー習得。
それと旧約の大部分の原書をヘブライ語で読めるように。
第三に、できればラテン語、という順番。
えっ、ラテン語が一番じゃないの?と訊いたら「昔かあ!」といわれました。 ヘブライ語のアルファーは、アレフって言うんだっけ? 1は東京近辺じゃないらしいね。もちろん、図書館を利用する手もあるけどね。 教えてくれないので、自分で調べたよ。やはりコイネーは古代ギリシャ語のことだな。 コイネーというのはギリシャ語。
おおざっぱに古代ギリシャ語というと「古典ギリシャ語」と「コイネー」と
わけて考えられてる。コイネーというのは時代が下ってヘレニズムの時代に
広まったいわば「共通ギリシャ語」で、新約ができたころは、ヘレニズムがおわり
ローマの時代に入っているが、パレスチナを含む地中海世界ではこのギリシャ語が
広く通用していた。 そして、アレフはヘブライ語の第1文字。ボルヘスなんかにもよく出て来るな。 >>53
ああ、どうもです。なるほど、コイネーと古典ギリシャ語とは、またすこし違うと。そして新約聖書の原書はコイネーで書かれている。。という訳ですね。では、コプト語と言うのは? 質問攻めというのもよくないですよね。自分でウィキとかで調べます。コプト語というのも割りとよく目にするんですが、エジプト語の一種ですよね。アレキサンドリアに大図書館があったという話に関係して来ると思うけど、それは紀元前の話だったかも。 >>56
あんたのようなもの知らずは気まぐれでウィキを漁り知識のカケラを
いくら拾い集めても三日たったらぜんぶ忘れてるだろうからムダムダ。 あれま。アレキサンドリア図書館は、4世紀頃キリスト教徒の攻撃によって破壊され、貴重な文献がたくさん喪われたんだ。いかんね、キリスト教徒も。取り返しのつかない事をしてはね。 >>57
コプト語とコプト教会とは、別物だと思いますけどね。 いや、そう簡単に忘れはしないですよ。それに私は純粋に知識を求めてるだけであって、特定の目的をめざしているという訳ではありませんからね。今日だって新約聖書が古典ギリシャ語とはすこし違うコイネーというもので書かれていたという事を学びましたからね。 それからですね、私はカトリック教徒でもなんでもないので、カトリック教会から見て異端だろうがなんだろうが、私には関係のない話です。 頭の良さイコール記憶力
一度読んだ本の内容を完全に覚えてて、自由自在にアウトプットできる人というのは根本的に記憶力がいい
自分は読んだ本の内容すぐ忘れるし、頭悪いなあと思うわ。
頭いい人との違いはその辺だろうな。 63さんは、1ですか? あのう書き込みの意図が今一つわからないんですよね。私も記憶力は悪くて、外国語も何もできないひとですけど。 私の場合、キルケゴールやドストエフスキーやトルストイにおけるキリスト教の関係とかが、メインの関心事ですね。まあ、読むのはこれからですけど。 >>63
私は、あなたよりも年がかなり上で、ずっと本好きだったから、知識量が違うというだけの話なんですよ。 まあ、1さんが上智の神学部というのは高望みだと思うけど、それより好奇心が旺盛な本好きになる事をおすすめしますがね。 勉強法スレがカトリックとコイネースレになったねw コイネーといえば、昔
ギリシャ語をちょっと囓ったときに聞いたことがあった言葉であるね。 それにしても勉強になりました。旧約聖書が(古代?)ヘブライ語、新約聖書が共通ギリシャ語(=コイネー)でのちにキリスト教がローマ帝国の国教とされた時点で、双方ともラテン語訳がされた。。という理解でいいのでしょうか? パウロの手紙は、いったい何語で書かれていたのでしょうかね? それがいまひとつわからないな。 いや、65の関心対象がプロテスタントとギリシャ正教という意味で コイネーが一種の共通言語として通用していた。。という訳なのかな? ヘレニズムの時代とは、イエスの時代も含まれる訳かな。 >>73
そういう意味ですか。いや、勉強途上の私にとっては、おおざっぱに言ってキリスト教のくくりなんでね。それにしてもおおもとがカトリックには違いないわけですよね。 1君は現役高校生なのかな?世界史は取らなかったの? 取ってたらコイネーは最初の方で出てくるから取ってないでしょ うーん。それなら世界史の教科書程度の本を読んでからの方がいいなあ ところで、パウロの手紙が何語で書かれたか、の方はどうでしょうか。 やはりコイネーというギリシャ語がローマ帝国での基礎的な教養として浸透していた。。という理解でいいのでしょうか。 >>838
名無しの書き込みをググっても誰が書いたのかわからないのは当たり前の
話で、そんなくだらないことで勝ち誇るおまえの精神のありかたがくだらなくて
矮小といってるわけだねw >>838
名無しの書き込みをググっても誰が書いたのかわからないのは当たり前の
話で、そんなくだらないことで勝ち誇るおまえの精神のありかたがくだらなくて
矮小といってるわけだねw >>83
いや、キリスト教ができたのがギリシア語圏だから
パウロが布教したのもシリアのあたり
基礎教養と言うか東方とローマ帝国の間の交流で使われていたのはラテン語<ギリシア語だけど
ローマで広まるにつれてギリシアから古ラテン語に翻訳されていって、その断片をきちんとラテン語で集大成したのがヒエロニムス
これがウルガタ聖書で380年くらい
>>84
おちつけ 純文学誌スレと間違えて書き込んじゃったよw コイネーってのはギリシャ語のアッティカ方言に
よって主として形成されたわけで、アッティカ方言の文学作品には、プラトンとか三大悲劇作者とか
ギリシャにおける最も重要な文学作品が含まれているわけだね。 ローマ人の教養にとって
もっとも重要なのはアッティカ方言の作品であったから、アッティカ方言にもとづくコイネーが
ローマで広まったのも当然のなりゆきといえるね。 いちおう、ローマ帝国の公用語はラテン語で、キケロとかもラテン語で書いている
あくまでローマ帝国が東方に進出したから準公用語としてコイネー(要するにアテネ訛り+イオニア訛り)が採用された
最終的に公用語になるのは西方を失ったあとでこの時にはコンスタンティノープルがメインになっているから
キリストの時代〜1世紀の経典成立のころにはカエサル・アウグスツスがギリシア領域に進展した時代
イタリア半島内でそんなにギリシア語話されていたかっていうとかなり疑問
ギリシア悲劇もラテン語訳で上演されたんでなかったかな >>86、87、88
みなさん、説明ありがとうございます。
きわめておおざっぱに言うと83のような言い方でもいいのでしょうか? たとえば、パウロはイエスの同時代人な訳ですよね? そこでパウロがたとえば「ローマ人への手紙」を書いたとき、すでに一般教養であったコイネーで書いたと理解して、正しいでしょうか。 コイネーで書いたと理解してもよさそうですよね。ローマのキリスト教共同体のなかで、ひとりでもコイネーに通じたひとが居れば、翻訳することが出来たわけでしょうから。 >パウロが布教したのもシリアのあたり
パウロやペテロがどこでいつ死んだとされているか君は知らないの?
>イタリア半島内でそんなにギリシア語話されていたかっていうとかなり疑問
マルクス・アウレリウスの自省録って何語で書かれたか知ってるかい? いやでも、ローマ人への手紙は、ローマに届いたんじゃないのですか。
それに、マルクスの話が何か関係があるんですか。 だから、私はひとりでもコイネーに通じていれば、と書いてる訳ですよ。 対比列伝をあらわしたプルタークも、アテナイで哲学を学んだそうで、やはり
当時のローマの知識人にとって、ギリシャ的教養というのは重要だったわけだねw
キリスト教というのは、当時のローマの教養人にとっては、下層階級の信仰に
すぎなかったわけだねw どうやら、92は91への応答ではないみたいですね。それにしても、少し紛らわしいな。 >>96
89を裏付ける説明、ありがとうございます。 >>96
プルタークはそもそもギリシア生まれ
当時は一国一国語ではないのでラテン語圏とギリシア語圏がある
でもラテン語圏はギリシア語圏を学ぼうとするけどギリシア語圏がラテン語文献を学ぶことはほとんどない
日本人が英語圏を読むことはあっても英語圏が日本語文献を学ぶのはまれ、みたいなもの
パウロの「ローマ人への手紙」読めばわかるけど私はローマに行ったことがないって書いてある
ギリシア出身のパウロがラテン語を覚える理由がない
その後の巡礼やローマに送られて縛り首になるのとは別の話
当時のローマの「キリスト教徒」はユダヤ人と異邦人であって、そもそもパウロはユダヤ教徒のつもりだったと思うけどね >>99
パウロはユダヤ教徒のつもり >> それはその通りだと思うのですが、パウロはパリサイ派として遺されたイエスの弟子たちを迫害していた。。ところが、例の回心体験のあとは、イエスの弟子たちを擁護する側に回るわけで、そこには大きな切断線が入っているわけですね。 だから、もうパリサイ派の立場を離れて、イエスをメシアと認める立場に大転換した事は疑えないわけですよ。そこでキリスト教という名称こそなかったにせよ、パウロが教会と呼ぶものはもはやユダヤ教の共同体とは違う新しいものと意識されていた、とは言えるのでしょう。 最古のパウロ書簡写本と言われるパピルス46番が西暦200頃のもので
これはギリシア語が主体なのだけど古ラテン語風の誤記がみられるそうです。
ちなみに発見場所はエジプトです。
2世紀後半から3世紀前半にかけての拡大期のものでしょうね。
エジプトのものだから布教地域拡大に伴い
グノーシス風の解釈がテキストに混入した可能性は否定できない。 >>99
プルタークの時代のギリシャは完全にローマの支配下にあったわけで
政治的には完全に従属状態であったが、文化的にはローマより優位だった
わけだね。キケロだって、その思想にはギリシャの影響があるので、キケロの
思想はストア哲学の影響受けてるとか、アカデメイア派であるとかいわれるが
ストア哲学にしろアカデメイア派にしろ、起源がギリシャなのは明らかなわけだねw
ストア派の哲学の祖はキティオンのゼノンとよばれるので、プラトンの対話編に
登場もするエレアのゼノンとは別人だが、どっちもギリシャの哲学者であったことには
変わらないね。 だからアレク3世以降、あのへんぜんぶひっくるめて
ヘレニズム世界というくくりで語られるわけだ。 なるほど、アレク3世=アレクサンドロス3世
は、俗にいうアレキサンダー大王(前356〜前323)の事で彼の大征服後の世界を、ヘレニズム世
界と呼ぶわけですね。フォローありがとうござ
います。・・って、自分は1じゃないんだが。
1さんは、勉強の仕方がわかったのかな? 確かに、パウロ批判という視点もわからない訳ではないんですが、パウロの働きがなかったらカトリック教会も成立したかどうかも、わから
ないですよね。歴史を否定してみても仕方がな
い。。と思うわけです。 パウロの事績と現存するパウロ書簡の記述内容や成立年代に
重大な問題があるということ。
後世に異邦人の土着思想が書簡を介して混入し、
それが聖典にとってかわった可能性があるわけ。 関係ないけど神、神、ヤハウェってのは肌に合わなかったよ。行き着く先が神への信仰ってのはさ。
いまは中国の古典読んでる。こっちのが肌にあうわ。 >>109
すると、パウロはべつにオーケーだが途中で何
か混じった可能性があり、それだけが問題だと
言うわけですかね?
それに、あなたの言い方だとヨハネ福音書も当
然、偽典とすべき。。という結論になりますよ
ね。グノーシス主義の影響は明らかな訳ですか
ら当然、削除ですよね? >当然、偽典とすべき。
なんで当然なんだろうね(笑
あるものを儀典と認定するのは一定の権威筋の意向・判断によるので、
一定の価値基準や倫理基準じゃないです。
当然、グノーシス主義の影響があるかどうかなんて関係ないです。 「いやならやめなさい。勉強は贅沢なんだからって言われたんですよ」
もともとは林先生が大学時代にゼミの先生が語っていたというこの「いやならやめなさい」という言葉。
このことについて、林先生は、世界中には勉強をしたくても、貧しさから働かなくてはいけない子どもたちが沢山いることについて言及する一方で、両親から面倒をみてもらい、学校に行かせてもらい、高い授業料を払ってもらえることがどれだけ恵まれているかについて指摘。
それだけ恵まれた環境にいながら「やる気がおきない」という生徒について林先生は「自分がいかに恵まれているかわからないような人間が勉強したって意味ないだろう。だったらもうやめなさい」と語っています。 「嫌ならやめろ」という発言をするなら、既得権をなくし公正な競争ができるようにしてから。
そこまで気が回らないバカだから偉そうなことが言える。
ようは、自分たちが既得権の上で特権が与えられていることを知らないバカ発言。
「嫌なら見るな」という芸人がいたがそれと同じレベル。
自分がいかに恵まれているか、いや、特権のなかにいるのか、その林という人間はわかっていない。
しょせんその程度のカスの発言。 まあしかし、いやな世の中だな。
たかがカジノに出入りしたくらいで寄ってたかって若い奴の未来を奪い取ってしまう。
あれはなにかな、スポーツ選手だからなの?カジノの他の客はいいのか?
芸能人なんかどうせいっぱい行ってるだろう。
てめえは安全地帯にいてしたり顔でコメントしてるテレビキャスターとか見てると
不愉快でしかたがない。かばったら自分が危ないからあわてて批判するんだろうな。 カジノはフェイク。
現実の社会は、手段を選ばない競争社会。
才能のない奴が這い上がるためには、才能のある奴を蹴落とすのが常套。
才能のない奴には未来がないのだから、そうするしかしょうがないのだろう。
だからこそ才能のある奴はその自分の才能をみずからの手でちゃんと守れ。ストイックに徹しろ。
才能に恵まれたのなら、その才能を開花させることで自分の人生を充実させ、満足しろ。
だいたいなんでカジノのなんかに入り浸っているんだよ。バカか。
カジノの以外にも足をすくわれるネタは世の中にたくさんある。
あらぬ噂を立てられるの序の口。ハニートラップに薬物中毒。
冤罪事件に巻き込まれ犯罪者の烙印をされるくらいならまだいい、背中を押され命を失う者だっている。
隙を見せるな。
テレビ? 今どきテレビなんか見てんじゃねえよボケが。ただの洗脳装置だろ。 不倫報道というのも、何か似たような構造を感じるねw 芸能人の不倫問題は
大々的にマスコミで報道されるが、あれだけ大々的に報道する必要がある問題なのか
ある種の不釣り合いさを感じるね。 おい俺がいない間にスレが変な方向にいってるじゃないかwww >>122
君の志望学科は上智大の神学部に決まったから >>122
隙を見せるほうが悪い。きみには上智大学神学
部を全力でめざすよう支援してる所だから。 >>121
今更そんなことを言っても遅い。回心して入信し聖職者を目指せ
このスレは神の啓示であり、君に降された恩寵なのだ! まず、基本を押さえると、当事の死海周辺の
地域には、パリサイ(またはファリサイ)派、
サドカイ派、エッセネ派、熱心党、などが居り
しかしこれはかなり、おおざっぱな分け方と
思われ、詳しく言うと、もっといろいろな集団
が居た。。という所から考えてみたい。 福音書にエッセネ派の記述が見当たらない事か
ら、イエスの出自がエッセネ派ではないか、と
推定できる。 また、メシアニズムとは何か? という点も押
さえておきたい。 当事の歴史的文脈をまず、固めておきたい。こ
れは自分自身に言ってる言葉でもありますが。 当事、この地域はローマ帝国の属州あるいは準
属州であった訳だが、なんと呼ばれていたかは
ちょっとど忘れした。 サドカイ派とは別に、大司祭たちというグルー
プも区別しなくてはならない。 サドカイ派、マゾカイ派の対立と同時に相互補完的な役割分担とでも
いうべき機能のしかたもおさえておきたい。 そうだな。異教徒としてのサマリア人とペリシ
テ人に関しては、ウィキを読んでおけば充分と
思う。 ファリサイ派の項は熟読すべきだろうな。何か
はっきり言ってないが、ファリサイ派=律法学
者と解して良さそうだ。律法(トーラ)とは、ユダヤ教徒の根本教典であるモーセ五書を
指す。具体的には「創世記」「出エジプト記」
「レビ記」「民数記」「申命記」の五書を指し
、いずれもモーセが書いたとされる。 ファリサイってほんとうは民族の名前なんですね。
いまのパレスティナに住んでいた民族で、パレスティナという名前もここから来てる。
つまりファリスティナだね。 >>1
わからない事があったら、まず質問だろ?
そんな事で上智の神学に行けると思うか? 139の情報は怪しい。ウィキペディアによると
パレスティナという名称はペリシテ人に由来す
る、とある。 ペリシテ人の項をみても同じだ。1よ、こうし
た妨害があることも覚えておけよ。 >>145
上智の神学ってなんだよwww
上智の神学になんていきたくないよww >>146
怖れることはない。君には啓示が下ったのだ
ところで君は白い花と赤い花のどちらを選ぶ? >>146
もう決まったことをつべこべ言うのは男らしくないな。
上智の神学だぞ? カッコイイとは思わんのか。われわれの
指導について来れば大丈夫だ。(たぶんな)
まさか聖書ぐらいは持ってるんだろうな? きさま。
それでも神学徒か!!!! われわれの今までの苦労を無にするつもりじゃないだろうな? よし。
まず、今日は新約聖書のコリント人への第一の手紙第13章
を開き、それを完全暗記するまで寝てはだめだ。名高い一節
だぞ? 短いから大丈夫だ。ちゃんと声を出して読むこと。
黙読ではだめだ。聖書きっての名調子と呼ばれている箇所だぞ。 じゃあ僕は、ラテン語の基礎に付き合うよ。まずは
Caecilius amicum salutat.
amicus est mercator.
coquus culinam intrat.
辞書を引いてみてね。僕も最初はここからだった Caeciliusは友人に挨拶した
友人は商人だ
コックが台所に入る それにもう少し大きな文字で書きこめないの?
小さすぎてよみにくいよ。
estは、なんとなくわかるね。とにかく発音を。
1のレベルを考えてやれよ。 あ、文字の大きさの件はいいわ。スマホでみた
ら普通にわかった。 どうも、先生のひとりから私は嫌われている
ようです。だから、1が質問すべきだと思う
んだが、まったくの無言だから歯痒いんだよ。
いまさら引き返せないからな? ラテン語は発音が残ってないから基本はローマ字読みでいい
それでだいたいはあってるから。人名はカエキリウス ごめんね。ちょっと出かけてたもんで
それにしても、ここは勉強家が多いなあww 1も頑張れよ
Caecilius non est in villa.Caecilius in foro laborat.
Caecilius est argentarius.argentarius pecuniam numerat. Caecilius non est in villa.
カエキリウスは村にいない
Caecilius in foro laborat.
カエキリウスは広場で?働く
Caecilius est argentarius.
カエキリウスは銀行家だ
argentarius pecuniam numerat.
銀行家はお金?を数える 私は、そのまんなかの所をキリと発音する
のがどうもよくわからないな。
でも、おもしろいね。 >>169
そうです!あとforoは広場であってるけど
ローマでは集会場を兼てたから集会公園とか討議場のニュアンス
銀行家も時代を配慮して両替商がはまると思う >>170
そうですよね。銀行家という訳はいま考えて
いる時代としてはそぐわない。。 ヌメラート(?)はお金で正しい?
両替商は、ラルジャンタリウスぐらい
かなぁ? お金で正解です。…しかし出題しちゃうと時々見に来なきゃ行けないんですね
でも付き合ってくださる方を、長く放置しては申し訳ないし
まあ、今後も迷惑じゃなきゃたまにやりましょう。でも歴史の話を教えてもらうのは有意義
このスレ、もしかして今、文学板で一番ちゃんと機能してるんじゃない? 英語で言うSVC・SVO・SV(M)の例文を教えてくれたのだな
ラテン語では語順が一応SCV・SOV・S(M)Vとなっていることを教えてくれた
三人称単数の際のVの語尾が語幹+atであること、目的格としての名詞の変化が-amか-um
補語の際は-orと-iusの場合があると教えてくれた これは女性名詞と男性名詞のちがいだろうか?
語順はかなり融通の利く言語と聞いたことがある >>1
わかってんのか?自覚が足りないな。
では、今月末までに田川建三の「原始キリスト
史の一断面」を読んで、レポートを提出する事
。寝ぼけてんじゃないぞ、きみ。 >私は、そのまんなかの所をキリと発音する
>のがどうもよくわからないな。
ラテン語ではCのあとにIやEがきてもK音で発音するんだよ、常識だろ。
CICEROはラテン語読みでキケロー、フランス語ならシセロンとなるがね。 きみこそ、いったい何を言っているのかな?
ここは、ラテン語入門者のための場所で
ラテン語入門者とはラテン語の常識を心得て
いない者を指すんだよ。 >>177
ラテン語についてのソノ程度の知識はある程度教育のある人々にとっては常識という意味でしょ。
あえてラテン語学習に入門せずともふつうに知っているということ。
きみはキケロをシセロと入ってるんですか?スキピオをスシピオと言ってるんですか?
だいいちいつからここがラテン語入門者のためのい場所になったかも不思議なハナシだ。 >>178
アイとかいうやつが成りすまして質問始めたときからでしょ ラテン語入門してない人でも常識で知っている
事? どうですかね、それは苦しい言い逃れで
すよね。その主張をあなたは証明できるんです
か。あなたは、常識とか言わずにふつうに教え
てくれていたら、ふつうに感謝されていたはず
なんですけどね? 確かに、175は誰かの成りすましだろうな。
上智の神学に入門するためにこんな知識は
必要ではないはずだ。ときどき、妨害者が
現れると警告した通りだ。1は175の指示に
従う必要は、まったくない。また、明日から
適切な指示を出していくので、それまで聖書
でも読んでいたまえ。175の言う事に耳を貸す
な。 1は、まず、ちくま学芸文庫にはいっている
キルケゴールの「死にいたる病」を購入しな
さい。キリスト教にたいするモチベーション
をたかめるための処方だ。 瞑想やると記憶力倍増するのでオススメ
TM(超越瞑想)いいよ。デビット・リンチもイーストウッドもスティーブ・ジョブズもやってたやつ。
やり方に関する情報はネットで流出してるから、金もかからん。本来なら10万くらい払って教えてもらうらしい。 >>184
もちろん、わかるはずだがこのようなレスは
当スレに対する悪質なサボタージュ行為の
一例である。ですけど カトリックも瞑想はするけど、むしろ観想かな
ロザリオをまさぐりながら主祷文や天使祝詞を心で唱え続ける
天使祝詞は「めでたし聖寵充満てるマリア…」ね
若い頃、女性に欲望を感じるとこれを唱えて反省したものだ
私は50を過ぎるが、おがけで生涯に肉体関係を持ったのは妻一人
何の罪も犯さずに来たとはいわないが(細かい嘘や怠惰、傲慢の罪は犯した)
たぶん私の死に際して、この一点で聖母マリアは主におとりなし下さるであろう
罪人なるわれらのために、今も臨終の時も祈り給え。アーメン
1君は何よりも聖書、アウグスティヌス『三位一体論』を読むといい
あとジャン・ダニエルー『キリスト教史』、『中世思想原点集成』の興味を持てる巻
後者二つは上智大学中世思想研究所が監修などをしています
神学部にいくからには他の学部以上に志望動機、進学への関心の深さが問われます
新婦にならないまでも信仰内部に立ち入って研究をする志を持っていないと
というわけで週末のラテン語入門編をひとつ
multi Pompeiani in taberna vinum bibebant.
明日また来ます。1君にも皆さんにも主のご加護を >>186
あなたの教育方針に賛成しかねるな。
そんなものを出すのは9月の予定だが? 私が言い直そう。もちろん、平凡社ライブラリーに入っているジャン・ダニエルーの「キリス
ト教史1 初代教会」は手に入れて置くべき本
と思うし、いずれは入手する事になるアウグス
ティヌスの「三位一体論」をいまの内に手に入
れて置くのも悪くはないよ。だが、1が後者に
取り組むのは、9月頃が適当だろうということ
さ。なにせ、物には順序というものがあるので
ね。徐々に段階を踏んでいく必要があると思う
。上の教師がなにを焦っているのか知らないが
無茶な教育方針には賛成しかねるな。 まあ、ジャン・ダニエルーの本を取り寄せて置
く。。という案には異論がない。 興味を深めるという目的から、前の雑談スレで
名前が挙がっていたウンベルト・エーコのミス
テリ「薔薇の名前」なんかを読んでみるのも良
いだろう。まず、入門者に過ぎない1にキリス
ト教の歴史に対する興味を持ってもらう必要が
あるのだからね。上の教師は、1の言動をよく
見てないのだろう。 ゴメンね。別に焦っているわけじゃないけど自分が若い頃に
読んで面白かつたものを挙げてしまったんだよ。でもまあ
大学に入ってからだったけどね。『三位一体論』は神学にとどまらず
西洋流の論理的思考というものがどのようにして培われたかが
察せられてとても面白かった。いちばん良い勉強法は
内発的な強い目的意識を持つことだと思っています
でも原典集成は高いし図書館でいいと思う >>191
そうですね。私も少し言いすぎたかも知れませ
ん。せっかく、1が稀な機会を得たわけですか
ら、力を合わせて導いていけばいいのだと思い
ます。まことに貴重な機会であると思いますか
ら。 multi Pompeiani in taberna vinum bibebant.
まず文法構造を考える
multi Pompeiani (S)
in taberna (M)
vinum (O)
bibebant (V)
出来るだけ辞書を引かず、Sは「たくさんのポンペイ人」
Mはすでに教えてもらった「taberna」で
vinumはワインを(-um)
bibebantは第3人称複数形の動詞、近い英語やドイツ語が分からないので辞書を引く
bibereの形で飲むという意味
あわせて「たくさんのポンペイ人がtabernaでワインを飲んだ」
Tabernaは居酒屋としてよいか 「たくさんのポンペイ人が居酒屋で葡萄酒を飲んでいた」で正解です。優秀!
居酒屋はタベーナで 自習
Case Singular Plural
nominative vīnum vīna
genitive vīnī vīnōrum
dative vīnō vīnīs
accusative vīnum vīna
ablative vīnō vīnīs
vocative vīnum vīna
名詞の格変化でーnumが主格としている文もあるようなので調べる。
-umは主格と呼格と対格(直接目的格・ドイツ語の4格)で使われる
主格は-usであっても対格は-umが多い
しかし複数形は変化が多くなる。 急にレベルがあがったような気がするけど。
前の先生のほうが優しかったみたいな気が。。
意味がわかんないし。
僕らまだ初心者なんだけど。。 急にレベルがあがったような気がするけど。
前の先生のほうが優しかったみたいな気が。。
意味がわかんないし。
僕らまだ初心者なんだけど。。 先生、1のプロフィール見てくれましたか。
僕ら、優等生グループじゃないんです。 もっと優しく教えてください。僕ら、劣等生だ
と自覚してますから。 ラテン語は俗ラテン語と文語に分かれる。これは、俗語と言うのが方言を含んだもので、ヨーロッパ各国でそれぞれ自国語とまじりあって生まれる。これを基調言語と呼ぶ。
スペイン語にもラテン語を基調言語として発展したという意味でロマンス語である。
一方印欧語族、具体的にはゲルマン語の影響を受けたフランス語・ドイツ語・英語はよりラテン語からの変化がドラスティックだ。
基調言語は複数の言語の流れを受けるとき、さらに口語文化の比率の高い国では簡略化される。ローマ帝国による征服とノルマン・コンクェストを経たイギリスでは格変化・性変化が消失したことはその一つの証左である。
日本語もまた、標準語と言う名の東京方言はイントネーションの平板化を必然的に伴う。国語における数詞の脱落は世界的にみられる現象であり、 非常におそまつな質問と思いますが、語族を
おおまかに分類すると、ラテン系、ゲルマン
系、アングロサクソン系の3つに大別される
。。という言い方は正しいでしょうか? ラテン語由来の言葉は英語やドイツ語にもたくさん残っている。
そのような言葉はなんとなく硬質である、と印象を受ける
それは音声上も正しい。たとえばパターナリズムとファーザリスムでは前者のほうが格式ばって聞こえるだけでない
pがfに変化して発音しやすくなっている。
pedestorian→footでもp→f
これを無声破裂音から無声摩擦音(帯気音)への変化という
これをグリムの法則、あるいは第一次子音推移と呼ぶ
日本語における和語と漢語においても、この子音推移は成り立つ
破裂音はハサツ音になり、さらに摩擦音になる
人間は、口を動かさなくなる ま、言葉御覚えるには今でも神話とか物語、絵本とかも使われるから、
外人が乳児のころから全過程を踏んで覚えることを簡略的に覚えてもしょうがない、
だから分量を時間をかけて、学ぶと語学はスピードに乗れると思うよ。
ラジオの洋楽でもCDやレコードでもいい。 いまちょっと思いついたんだが、ヘーゲルの
「キリスト教の精神とその運命」を読む、
というのは、いいアイディアかもな。 まあ、いまんとこ俺は超忙しくて、なかなか読めないんだけどね? つまりゴールデンウィークになるとさらに忙しくなる事が
予想されるわけで。上智大神学めざすにしても気分転換と
いうのは必要だと思うわけで。いわば安息日の思考なわけ
で!!!! 僕は早稲田大学法学部に2001年に入学して、5年で卒業したよ。 pさんはこのスレ、最初から読んでみたらおか
しな誤解をしないと思うのだけど。困るなぁ
これは上智大神学部入学『ごっこ』なんだから
変なことはもう言わないようにお願いします。 僕はネタに全力でマジレスする主義なので…でもして欲しくないという人の意見は尊重します。 と言う訳で、まじで上智大学神学部の入学を
めざしている1としては、Pのごときサタン
の誘惑者がたびたび現れることをもっとも恐る
べき試煉である事を心得えなければならぬ。
(Pのバカァ‼ 空気読めないやつが来るんじゃないよ‼‼) お前にイクストラン教えてやっただろ?
サタンは去れ! はじまりは遊戯だったとしても神の啓示が与えられたのである
1 は白い花か赤い花を選びたまえ。つまり清貧か殉教かだ
聖なる決断の前に、あらゆる俗世の思惑は虚しいものである
永遠の命に通じる選択のみが真に賢明で人間的な決断である ごっこなどと言う220もPの仲間のサタンであ
る。誘惑者たちに惑わされてならない。
主の御名は讃えられてあれ。アーメン。 In principio creavit Deus caelum et terram.
「イン・プリンキピオー・クレアーウィット・デウス・カエルム・エト・テッラム。」と読みます。
principium>principio(単数・奪格)初め。
creavit は creo (つくる)の完了・3人称・単数です。
caelum(中性・単数・対格)=天、terra>terram(女性・単数・対格)地。
「初めに、神は、天と地をつくった。」という意味です。
この世の始まりについて語った『創世記』1.1の言葉です。 聖書の中に一人だけ死ななかった人間の記述があります。その名前は? エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなったとあり
他の人のように「死んだ」と書かれていない。創世記第5章24節
トーマス・マンの小説に「少年エノク」があるね >>231
でも、あのひとは? ベタニアのひと、ラザロ
はどうなんですか。一度、死の淵から甦った
ラザロがもう一度、死ぬということがあり得ま
しょうか? 一度甦った者も人であるからにはいずれ必ず死ぬ
故にイエズスは徴の虚しさをも説かれたのである
畏れるな。それでも人は永遠の命に入ることが出来る
道は既に示されている。あなたもそれを知っている
父と子と精霊の御名によりて。アーメン もうひとつ質問があります。先生。
先生はつねにイエズスとおっしゃるようですが
イエスではなくて、イエズスと言うべきなのでしょうか。
わたしはずっと、イエス、イエスと言ってきたのですが。
イエズスがただしく、イエスはあやまちなのでしょうか。
わたしには、その違いがわからないのですが。 恐らく、イエスの名を直接に呼ぶということは
畏れ多いことなのでしょう。ですから、すこし
ずらしてイエズスと呼ぶのでしょう。 カトリックではイエズスとお呼びし、プロテスタントの諸派ではイエスと
申し上げることが多いようですね。共訳聖書ではイエススとなっています
「吾は、天地の創造主、全能の父なる天主を信じ、またその御独り子、
吾らの主イエズス・キリスト、すなわち聖霊によりて宿り、
童貞マリアより生まれ、ポンシオ・ピラトの管下にて苦しみを受け、
十字架に付けられ、死して葬られ、古聖所に降りて三日目に死者のうちより
甦り、天に昇りて全能の父なる天主の右に坐し、かしこより
生ける人と死せる人とを審かんために来り給う主を信じ奉る… ついでに云うとフランシスコ・ザビエルやフロイスはイエズス会の人ですね
カトリックの修道会のひとつです。上智もイエズス会系です
これをジェズイットと呼ぶ輩もおりますが、それは英語読みというより
英国国教となどがカトリックを貶めて呼ぶいい方ですので
間違っても用いないよう。主の御心に反する罪深い差別表現です 正しいのは「イエスス」です。
20世紀にプロテスタントとカトリックの聖書訳を共同で行おうという素晴らしい試みがなされました。
でもイエスとイエズスのどちらかに決めると顔が立たないので足して二で割ってイエススになりました。
なぜか誰も使わないですが心の中ではイエススと読んでいます。
イタリア語ではGesuですからローマ語読みでゲスと読んでもいいですし、ドイツ語ではJesuです。、 では、単にイエスと言ってはいけないのですね。
不敬な感じがする訳ですね?
単刀直入にお聞きしているのですが? なぜなら、イエズスやイエススでは、なにか不自然な気がする
から、こうお尋ねしているわけですが。 あなたが使っている聖書に基づいてはいかがでしょうか
イエスと呼ぶ人にもイエズスと呼ぶ方にも敬意を払うこと、そこからカトリックとプロテスタントの和解は始まりました
分裂させる方向にいくべきではありません
イエススという、誰にも使われない呼称を採用した精神を汲んでください 宗教じゃなくて言語学の問題じゃないの
考古学専攻の人にでも聞いて、どうぞ うん、では、イエスと呼んでもかまわないのですね。
わたしは別に、ほかのひとがどう呼ぶか、とか呼ぶべきだとか
言ってるわけじゃない。わたし自身の習慣ではこうなのですが
と言ってるだけ。いろいろなひとがいろいろな呼び方をしても
かもわない。。こう、理解してよいのですね? Liber generationis Iesu Christi filii David filii Abraham.
ラテン語で
本 世代の イエス キリスト 息子の ダビデ 息子の アブラハム
ラテン語ではイエスと読めるが、このIesuが各国語に入るときにIとj、jとGの置き換えが起こる。
たとえばイタリア語ではそもそもjは存在せず、外来語にのみjが使われる。
J はフェニキア文字、ギリシャ文字、エトルリア文字の系列には無く、Iの変形から生まれた。
ラテン語ではそもそもIは子音の意味を持っていて、[j]という発音をされていたとされる。
俗ラテン語では、初期の[j]の音は、舌の位置が上へ移動することで、[j]>[dj]>[d]と変化した。
g が i と e の前では[d]の音を表わすように変化していたため、i と e の前では J と G が同じ音を表わした。
ラテン語が「ローマ字読み」出来る理由は文語にしか存在しないゆえに口語では各国さまざまで発音して困らないから、という理由がある。
ラテン語のIesuをどう発音するかは各国でことなる。 前にも書いたが俗ラテン語というのは存在せず、各国の方言にあわせて変化し続ける言語を総称している。
そのため、何世紀ごろのどこの地域での俗ラテン語と限定することが必要になる。
このような俗ラテン語の拡散に反発を覚え、ローマやギリシャに回帰することを訴える。
そもそもウルガタ訳もまた、当時の口語表現に毒されているために今ではより原点に帰る事で乗り越えられた。
この聖典探索の時代は同時により分化した文語表現としての各国語が生じる時代でもあり、、、 >うん、では、イエスと呼んでもかまわないのですね。
構わないも何も、これは純粋に日本語の問題でしかないので、現代日本で
学校の教科書だのなんだのでいちばん不通につかわれたのが「イエス」だから
一般の日本人ではそれに馴染んでる人が多いだろうというだけのこと。たんじゅんな慣用の問題。
人名などというものは日本人の姓の読みでさえ、本人に確認しないかぎり100%正確に読める
保証はないくらいで、外国のしかも2000年もまえの人名などわれわれがどんなに頑張っても正確な
「正しい」読みなどわからない。エス様自身はコイネーは日常つかえたとして、
日常にはアラム語を話していたと思われるそうだから、正確にエス様のお名前を
発音したいのなら、アラム語か、せめてヘブルを勉強しなければいかんだろうね。 そういう事ですよね。それでまったく異論は
ないな。他人に押しつけるのは問題だが、
自分で使うぶんには、一向にかまわないはず。
イエス様はイエス様で問題ないはずですよ。 >これをジェズイットと呼ぶ輩もおりますが、それは英語読みというより
>英国国教となどがカトリックを貶めて呼ぶいい方ですので
これってネタなの?それともバカなの?
ジェズイットjesuiteはフランス語でイエズス会士をさす言葉。ペジョラティフでも
なんでもなく、あたりまえに使える言葉です。
「偽善家」という意味もありますが、それは特別な文脈のなかでそういう意味に
使えるということで、ジェズイットという言葉を使うのに配慮を要することなどないです。 上智の神学部を目指すならイエズスと日頃から云う癖をつけたほうがいい
慶應大学の新島進准教授は昨日の「日経」書評で他の人は敬称なしだけど
福澤諭吉先生と創立者だけは自然に敬称をつけていた。そういうことだね フランスでジェズイットなんていうのはユグノーだろ
ジュスティアンかイグナチアンだろ フランスではふつう、ジュイフもジェズイットも差別語 まあ、ゴールデンウィークが明けたら、びちびち。。
じゃなかったぼちぼちはじめましょう。主のお赦しがもしあるならば。
アーメン 信仰の問題に「客観」はなく、神と教会に基づく教理が絶対的な価値(信仰内部においては)
なので、気をつけないと。ジェズイット問題は、この罵声と共に多くの神父や修道士、信者が
虐殺された歴史があり(プロテスタント側も異端審問やユグノー排斥の恨みはあろう)
信者ではない人にとっては教科書的歴史が「正しい」と思われても、信者にとってはそうではない
そのようにして殉教した方の幾人かを、今では聖人とお呼びしているのです
この問題は、安易に揶揄なさらないように。というわけでラテン語をひとつ
Atha Gebir Leilam Adonai 揶揄しているつもりは毛頭なく、ただ単に
知らないのですよ。先生。 そうですね。先生。僕は志望先を上智大にする
かどうか迷いが生じてしまいました。 先生の御指導のおかげで、やっと目を覚ますことができました。。。 ばかばかしい。
僕は、同志社大学神学部をめざします。
いままで、ご指導してくださったことの恩義は忘れません。 ただ、先生が説明されたカトリックって、最低だと確信しました。 僕は、プロティスタント神学をまなぶ事を目標にします。 先生、いままでのご指導、たいへんありがとうございました。 僕が、同志社大学神学部をめざすことを応援してくださいますね? 勉強?
そんなものいらん
自分が生きていくのに必要なものだけをチョイスすればいい
大学なんか必要ない
まして文学板にきてるんだから
文学と学歴は関係ない
センスの問題だ
学歴関係アルと言う奴は、無能な わたしがいつ学歴の事など申しましたでしょうか?
わたしは神学をまなぶために大学をめざしているのですよ。
あなたには、到底おわかりになれないでしょうが。 juifが「ふつう」差別語だなどとで言ってるやつは言語センスが低劣と言うしかないな。。 1は、志望校をミッション系からプロテスタン
ト系に変えましたが、1の意思を尊重しこれか
らも全面的に支援して行きましょう! やはり、私のミッション系という言葉の使い方
はおかしかったですね。詳しくは「ミッション
系大学」で検索してみて下さい。 1さん、壱にも、弐にも、
まず、整理整頓ですよ。整理整頓が勉強の
基礎の基礎です。
混乱しているものを整理整頓しましょう!! >>1
本を声を出して読む、いわゆる朗読というのも
お薦めですね。例えば、いま私は与謝野晶子訳
の「源氏物語」をそのようにして読んでいます
が、大変に優れた口語訳であることがよくわか
りますよ。 学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話[文庫特別版] (角川文庫)
坪田信貴 (著) ☆ 日本人の婚姻数と出生数を増やしましょう。そのためには、公的年金と
生活保護を段階的に廃止して、満18歳以上の日本人に、ベーシックインカムの
導入は必須です。月額約60000円位ならば、廃止すれば財源的には可能です。
ベーシックインカム、でぜひググってみてください。お願い致します。☆☆ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています