「自由度が高いゲーム」=「良ゲー」みたいな風潮
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最近は大枠の筋道は決まってるけど
その解法が複数あるみたいなのの方が流行りだと思う 人生と同じで、レールが引かれてると反抗したがるくせに、
まったく放置したらそれはそれでひきこもるんだろ 一本道ゲームは息抜きとか気分転換ができない感じがする >>158
そもそも発想の原点からして今の自由っていうのは逆
行ける場所や出来る事をいっぱい作った
けど、内容やゲーム進行は命令や指示によって成り立つ
本来の自由は逆
行ける場所は限られた今現在侵入可能な範囲だけ
けど、その内容はプレイヤーが自分から気になった場所へ行き気になった動作を試してみようとする事が出来る
というのが自由 今の自由度の発想というのは、出来る事をいっぱい作ってその中から選べっていうもの
でその選んだ結果、するとやらされる事が、どこどこへ行って何何をやれ、何を持ってこい
ってお使い
本当の自由っていうのは、行ける範囲は山々で囲まれ行ける場所を制限されたこの大陸だけ
でもプレイヤーはその大地の中を好きな場所へ行って好きな場所を見て好きな動作を試そうとできる
そこで試した行動によりゲーム作者によって織り込まれた出来事が発生する
っていうのが本来の自由
プレイヤーの好きな行いを試す事ができる環境 >>163
本来っていうならそれを体現したゲームの具体例出してくれ 壊レコに言っても絶対に伝わらないことを承知で言うけど
その条件に合うゲームならSubnauticaかな ゲームとは全般的にそういう構成
プレイヤーが自由に入力する→するとルール側から裁定される
プレイヤーはルール上可能な行動を何でも自由にとって来る
それがゲームでもともと言ってた自由度
どんなゲームでも共通
カードゲームでもスポーツでもなんでも
何故自由度の低いゲームができるかというとその前提にないから
プレイヤーのとっていい行動は命令系統に指示した行動だけですよ、とやるから
指示された行動のみをできるゲームになる
今言っている自由度の高いゲームという言葉で示唆されている自由度というのはその命令系統が複数存在するというだけで基本的その思考回路から抜けない 具体例で言ったら
カードゲームで手札のどれをプレイしてもOK
出した手札によってルールが裁定するよ
裁定された結果勝敗が、エンディングが決まるってのが本来ゲームで言っていた自由度
カードゲームでプレイヤーはカードAを出す事しかできないようになっている
カードAを出すと演出とともにムービーが流され次回はBを出すという指示がされる
その通りにこなすと感動的なエンディングが流れるのが今の自由度のないゲーム
さらにAを出すという一連のルート以外にもBCDを出すルートも作りました
好みで選んでいいよ、選んだらそれぞれのその後の指示に従え
ってのが今の人間の言っている自由度の高いゲーム 自由度ってのはだから二種類存在する
・今のゲームは自由度が低い、の自由度
指示されてやらされていて自由度が低い
自分の考えでプレイで来ていない、の意味
・自由度の高いゲーム、の自由度
行ける場所やできる事を複数作った
の意味 コンピュータゲームやってる以上作り手の選択肢から選んでるだけだと何度も
本来の自由度を持ったゲームが実在すんなら>>165みたいに具体的なゲーム名を出せよ こういえば分かるかな
○作り手の選択肢から選んでるだけ
サービスを打ち込めるルートは作り手の作ったの選択肢から選ぶ
○ゲームの自由
錦織やなおみがサービスを打ち込むのは当人の完全に自由
作者に作り与えられた場所ではない
選んだ場合どんな結果になるのか? SAOのシナリオクリエイトシステムが長文くんの理想的な自由度になるのかね
彼は知らなそうだからどんなのか言うとリアル世界のwikiやら神話伝承などあらゆるデータを
組み合わせてシナリオを無限に生成するランダムシナリオ形式
シナリオ進行にはある程度フラグ的な会話なりが必要だけど現実の言動と同レベルだし
シナリオを無視した言動を行ってもそれなりに反応する幅の広さもあるシステムだったと思う
スパコン並みのサーバーを使ってるって設定だから可能なシステムだけど
これでも製作者の作ったものしかできないとか言うなら長文んくん自身の存在否定になるかもな ”無限に生成する”
”ランダム”
って文言の入ったものはまず全然違う
現代人の好む自由度
現代人の好きなすごいプログラムでしかない まず本来ルール作り
というのは〔出来ない事〕を作る
(出来ない事以外の事は全て出来る)
今の人間の発想は〔出来る事〕を作る
だから作った事のみが出来る事
(それ以外に行こうとすると作られてないから出来ない) ゲーム名がひとつも書いてないレスは即アボーンしている >>171
>現実の言動と同レベル
そもそもゲームというのは現実とは対極の存在
現実の否定がゲームの実現
○現実
箱を左へ動かしたい
だったら左へ運べばいい
ただそれだけ
○ゲーム
箱を動かそうとすると出来ない
では箱を左へ動かすにはどうすればいいか?
ルールに従って答えを見つけ出す 選択肢が多いにこしたことはない
が、本筋がつまらなければ意味ないな 「自由度が高いゲーム」=面白いゲーム
「おつかい、一本道」=「悪」
で間違いない
けど
今の人間の指す自由度が高いゲームっていうのがゲーム本来の自由度じゃない
自由度がなきゃゲームがつまらないのは当たり前
だけど今の人は自由度の高いゲームを作ってない 「自由度が高い」ってのは結局「マップが広い」や「キャラが多い」といった特徴とたいして変わらない
広いこと、多いことに意味がないと面白くはならないし狭くても少なくても面白くはできる 新年早々何かのネガキャンしかやる事がないとは呆れたものだ 自由度って自由なゲームと自由じゃないゲームで極端すぎると思う
キャラメイクできるRPGは仲間キャラがキャラメイクキャラオンリーで
ストーリー上で仲間になるキャラが一人もいないし
中途半端に自由で中途半端に自由じゃないゲームがあっても良い思う
自由至上主義のゲームは自由に縛られ過ぎて逆に不自由に感じる事もある 自由度の高さを謳ってるゲームがさして自由でもなかったりするし 10億通り!!とか騙ってるゲームは超地雷ではあるな
膨大なキャラクリ謡ってたゲームで顔の輪郭、目鼻口セット、髪形が数種ずつの組み合わせだったこともある
しかも正規の組み合わせじゃないと明らかにおかしくなるのでまとも数種以外は全部色物とほぼ選択肢がない 自由って言っても何も無い空間でさぁどうぞって言うのは糞だし
お使いでもやらされてる訳では無く自分で選んだ結果なら望む所なんだよね
自由なゲームで個人的に大好きなのはARKやCONAN
お使いが楽しいゲームで有名なのはDEATH STRANDING
レールプレイングでもスクエニ系みたいなストーリー超重視なら有りと言えば有り 移動が自由なのかシナリオが自由なのか成長システムが自由なのか
一歩間違えるとめんどくさいだけのゲームになってまう 移動が自由 → 地図もワープも乗り物も無い、移動は全て徒歩 → 糞
シナリオが自由 → 進行のヒントが無い、同じ人間に何度も話しかける事になる → 糞
成長の自由 → 自由だけど限界値がみんな同じで個性がない → 糞
自由なゲームは作り手のセンスが問われる
5億年ボタンみたいな世界で放置されて自由ですと言われるゲーム
小さな箱庭だが沢山のおもちゃが有り、自由に組み合わせて使いなさいと言われるゲーム
不自由から始まり徐々に制約を解除する事に依り自由になるゲーム パンツ対策だかのせいでカメラ角度が制限されてるのは糞すぎるな 制限はするけどパンツは無駄に凝ってるとか割と多いもんな
クソニーお得意のポリコレへの過剰忖度が一番の癌だけど
何十億人って超巨大マーケットは忖度してでも欲しいのは分かる 自由って「期待の外に出られること」でしょ
それは技術的な進化でもあるし、
バグを見つけることでもあるし、
特定の対線ゲーが過剰加熱することでもある >>194
「期待」の外まで出られると言ってしまうと、当該ゲームは余計なことをしてるだけのように聞こえてしまうw
誰も期待しないものは与える必要がない 「期待」の使い方に違和感があるから、ふざけ半分にちょっとつっこんだだけだよ。
自由度云々の話をしたかったわけじゃない。
バグは不具合だから自由度とは関係ない。
もしこの点について言い争うことになると、おもしろくなりそうもないんで
他者が先に枠を作り枠内の話しているのに、あなたは一人で枠を拡大して
ずれた話をしてるように見える なぜ期待なんて言葉を出してきたのかがわからない
何も期待しないで始めるのと期待MAXで始めるのとで違ってくるの? >>199
「想定」でも「予期」でもなんでもいいよ 自由度とゲームバランスが反比例するってのはあるかもな ライブライブのSF編はむしろ自由度の低さが良ゲーになってたな
序盤は使えたエレベーターが途中から使えなくなるのも追い詰められてる感じがして良かった ここまでオープンワールドばっかりになると
むしろひと昔前のような1本道が恋しくなってくる 実際選択肢やランダム要素が多ければ楽しめるし飽き防止になってくれる
ただその分ストーリーなど他の要素が損なわれるわな 一度スーファミくらいのゲーム性に戻した方が良さそう 一本道がーとか言われるのはRPGばっかり
アクションゲームに横スクロールは一本道だとか
1-1から8-4に向かうだけの一本道だとか言うアホはほとんどいない
一本道とか言ってる奴がRPGにストーリー進行や疑似旅行しか求めていないだけなんだよね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています