引用しておきます。

中村真一郎「英国の疎開地にて」より

クリスティー女史は、長い作家経歴のなかで、いつもその時代時代の生活を舞台にして、小説
を書いてきた。だから、戦前のものには戦前の生活が、戦時中には戦時中の生活が、そして、戦
後は戦後の生活が、見事に反映している。
今もって、ぼくが感心しているのは、彼女が戦争直後に書いたある作品で、疎開生活を描いた
ものだった。その小説を読んで、僕は疎開生活というものを、これほど鮮やかに小説家したも
のは、我国にもないのではないかと思ったくらいである。
疎開者は、周囲の田舎の人たちにとっては異邦人であり、いつも周囲から一挙一動を疑いの目
で見られている。つまり、疎開者は探偵に取り巻かれているのと同じである。そこに犯罪が起こ
れば、どうしても田舎の人たちにとっては、経歴不明の、疎開者が睨まれる。そういう疎開地の心
理的状況を、そのまま、探偵小説として取りあげたというのは、女子の一大活眼というべきだろ
う。