昇華するって言うと子供の藤原が大人の藤原よりも儚いみたいだけど
大人の藤原にとって子供の藤原は自分の理想でもあると思う

例えば記念撮影に「君は知ってた 僕も気づいてた 終わる魔法の中にいたこと」ってあるけど
夢中になってる途中で終わりが来ることに気づける人間はそんなにいない
藤原が「気づいてる」のはどんなに夢中になっていてもいつか終わりが来るもんだと悟ってるというより
実際いつも周りの人達より先に魔法が解けてきたからだろうなと思う
100%自分に酔えない一方で100%計算だけでものを作るほど強かにはなりきれない性格が垣間見えるし
さらに才能があって魅力があって、魔法にかけることを期待される立場の人間だから

藤原にとって幼少期の自分というのは「周りの人と同じくらい長く魔法にかかっていられた期間」、「(家族とかから)魔法をかけてもらっていた期間」みたいな位置づけだと思う
で藤原は今でもその「魔法」をなにより大事に探し求めてる

魔法の料理は子供の藤原を昇華した大人の藤原の視点というよりは
大人の藤原は子供の藤原に「大人になると謎が解ける代わりに今みたいなずっと続くような魔法も解けてしまうけど、本気になれる仲間達と魔法のような時間を共有できるよ」と言い
子供の藤原は大人の藤原に「魔法にかけられている時の多幸感」を思い出させてくれてる曲

魔法の料理にしろウェザリポにしろ大人の藤原が当時の子供の藤原を昇華したというより
藤原が心が動く瞬間や動いた時の心境は子供時代からまったく変わってなくて
大人の藤原の中に今もそのままの形である少年性を抱きしめてるんだと思うわ