ソ連軍最高司令部は、必死になって軍組織の再編成を進めていた。あまりにも早い
ドイツ軍の進撃の前に、前線部隊も後方支援部隊も重装備と共に壊滅していた。
15日、軍司令官は直接師団を指揮することとし、軍団司令部の機能を引き継いだ。
対戦車部隊、対空部隊、戦車、砲兵もそれらが必要とされる場所に柔軟に配置出来る
よう軍司令部が掌握することとなった。

機械化軍団も廃止された。自動車化狙撃師団は通常の狙撃師団となり、生き残った
戦車は各戦車師団に217台ずつ配置された。20を越える戦車師団が戦車旅団又は
独立戦車大隊に格下げされ、予備の戦車部隊は新編成部隊の骨格となった。

開戦時点でソ連には1400万人の予備役がいた。この時点でそのうち530万人が
動員され、抽出された軍団司令部要員を加え、新たに13の野戦軍が編成された。