やはり、ソ連があの戦争に勝ったのは、国力の限界ぎりぎり、あらゆる面で本当にやっとの思いのこと
だったのではなかったでしょうか。(戦鳥)

「ソ連の戦車製造技術は意識が低くて未熟な工員たちによって優れた設計が
台無しになっている事例が多数ある。最大生産高を確保するために各工場に
極端なノルマが課せられた影響で、がたついた異音を発し、表面には亀裂が
走るまでに酷使された生産設備もその原因である。1945年に製造された戦車
を調査したところラジェーター部分のハンダ付け不良が原因で本来の性能の
半分しか発揮できていなかった」 (オスプレイ本 T34-85の西側分析)

「T34はペリスコープや無線の精度、鋼板の均質さなど工業製品・機械としてみた場合、
M4とは比べ物にならず、とくに大戦中に大急ぎで増産されたものほどカタログデータからは
かけ離れた低スペックであり、個々の車体のばらつきが大きかった」(奈良原裕也)

「いい加減な仕上げの部品が横行するのはT34で言えば後期の85に多く、ソ連が本当に
崩壊に瀕したのは戦争初期ではなくて、戦争末期には人的資源を筆頭に力尽きつつあったのではないかと、
ふと思いました。」
(BUN)

「またしてもSU-100の量産と実戦投入を遅らせる事態が生じることになった。期待された高性能のAPBC、BR-412Bの製造精度上の問題が
指摘されたのである。問題となったのは仕上げ工程の悪さで、量産品に期待されただけの装甲貫徹力が発揮されないということだった。
当時、戦車や火砲の工場を含むソ連の軍需工業では、出征した成年男子労働者の穴埋めで男女青少年や中高年女性の工員が採用されていた。
この結果、熟練工が不足し、大雑把な製造工程はともかく、旋盤などの切削機器を用いた仕上げ工程が不充分になりがちだった。」
月刊パンツァー201206 511号


歩兵の消耗と合わせて、こんな状態で「自前の兵器だけで」戦えるわけないだろw
レンドリースのおかげでなんとか勝利できたんだよ。