>>368の懸念はドイツ軍も認識してて、それで言い出したマンシュタインが左遷された
その後ハドラー参謀総長がフランス軍の戦略を調べた結果マジノ線死守でそこから部隊を動かす可能性は極めて低い
またシュリーファンプランのトラウマからベルギー絶対死守で動かせる部隊は全てベルギーに投入するのでグデーリアンは
空っぽの北フランスを進軍するだけで危険はなくベルギーにいるフランス軍の退路を断てると判断してGOをかけた

マンシュタインの回想録を読むとポーランド戦から思いついたらしい
ポーランドもダンツィヒ回廊絶対死守で全軍を投入したんだがプロイセンとシレジアから攻め込んだドイツ軍にワルシャワとの連絡を絶たれ
無防備なワルシャワは降伏するしかなかった
フランスも同じでチャーチルからのパリ防衛部隊の兵力の問い合わせにフランス参謀総長はありませんと答えたというのが伝えられてる

その経験からマンシュタインは絶対死守というのは絶対やってはいけないと対ソ戦で主張してヒトラーに解任されてる