片渕須直

四式戦がP51に対して互角の戦いが出来ると印象付けられたのは「一般的に」というよりも、
19年夏から秋にかけて22戦隊、85戦隊が在支米軍に対して善戦したことによるように思います。
四式戦としてはようやく増加試作から抜け出したばかりの頃であり、米軍側もまだこの機種の登場を
十分に認識していなかった時期のことです。

まだ低性能に甘んじている四式戦が19年夏の中国大陸でP51とそこそこやれているのに、四式戦の性能が
持ち直してきているはずの20年前半になると今度は対P51用に五式戦待望論のようなものが出てきている。
こういうことも良く考えてみなければならないと思います。