ハサン中田による都知事評
「中東人の発言というのは、すべて“ポジショントーク”なんです。小池さんはそれを日本に持ち込んだ人。言ってしまえば、
小池さんは中東人なんですよ。本来“ポジショントーク”というのは経済用語らしいですが、この場合は自分に有利な話
ばかりをするという意味です。そこは彼の地ゆえの争いの多さ、一言でも失言すれば死んでしまう状況が育んだ気質です。
たとえば、“イスラーム国について現地の声を聞きたい”とテレビ局の人間が来れば、現地の人はイスラーム国の悪口をいう。
その場ではインタビューの意図を察し、話すわけです。でもこれはマスコミを前にしたときのポジショントークであって、
本音ではない。そもそも彼らに本音なんてないんです。日本人の感覚からすれば理解しがたいかもしれませんが……」

“ポジショントーク”が飛び交うカイロ大学で4年間を過ごし、また“ポジショントーク”の人間を相手にビジネスをしていた父の
影響もあったのだろう。日本新党から新進党、そして自民党と“ポジション”をコロコロ変えてきた小池氏は、その都度“トーク”も
使い分けてきた。
(中略)

〈小沢党首にはパラダイムを変える力があります。ああいう政治家が、日本に100人いればいいんです〉(「AERA」99年11月29日号)

 なんて小沢氏をヨイショする。ところが自民党に転身すると、

〈小泉氏の「明」に対し、小沢氏の「暗」。言い換えれば、外へ向うエネルギーの大きい小泉氏に対して、小沢氏はひたすら内向き
のエネルギーが充満する〉(「文藝春秋」08年1月号)

 こんな体である。コロコロ変わるその発言のほどは「週刊新潮」10月12日号でも紹介したが、これも中田氏が解説するところの
「本音のない言葉」ということ?  “中東人・小池百合子”観は、現状にも通用するのか。

「私はテレビも見ませんし、新聞も読まないので詳しくは知りませんが、総理を目指すのかと問われた小池さんは『インシャラー』
とアラビア語で答えていたそうですね。これは“神が望めば”という意味で、自分の考えは脇に置いて返答できる、
便利な言葉なんです。やはり中東ですよ……。大学の先輩ということで、小池さんには親近感を抱いているのですけどね」
ttps://www.dailyshincho.jp/article/2017/10121508/