>>554
(続き)
時代も悪かった。この頃米国経済学界をケインズ経済学や財政政策を否定する新古典派や新自由主義派が席巻した。
当時はノーベル経済学賞を反ケインジアンのシカゴ学派の学者ばかりが受賞していた。この影響は日本にも及び、財政政策を否定し規制緩和を推進する構造改革派がブームになった。
この結果、「構造改革なくして経済成長なし」「財政出動しなくとも規制緩和で経済成長は可能」といった虚言・妄言が世間でまかり通ることとなった。
大蔵省の規律派は「規制緩和で経済が成長するのなら、財政支出を削減すべき」とこの流れに悪乗りした。当時、規律派は構造改革派と手を組んで、積極財政派を攻撃していた。

またバブル崩壊後、大きな財政支出を行ったが以前のようには経済が成長しなくなったという論者が出てきた。
彼等はこれは財政支出の乗数効果が小さくなったからと、非論理的なことを言っていた。
実際は、03/7/28(第307号)「設備投資の実態」で説明したように、バブル時代の大きな設備投資が、バブル崩壊によって激減したことが影響していた。
設備投資は名目GDP比率で5%以上も減少した(25兆円程度)。つまり財政支出を大きく増やしたと言うが、この設備投資減少分を埋めるのが精一杯だったのである(財政出動しなければマイナス成長に陥っていた)。
決して財政支出の乗数値が小さくなったという話ではない。

もっとも総じて大蔵省時代においても「柔軟派」より「規律派」の方が力があったと感じる。
「柔軟派」が発言力を持ったのは、景気が大きく後退した時に限られていたのも事実である。
消費税導入前、大蔵官僚は「整備新幹線」「青函トンネル」「本四架橋」の予算を「三大バカ査定」と決め付け内輪で盛上がっていたという。
おそらくこの中心はガチガチの「規律派」の大蔵官僚達であったろう。当時は、とにかく公共事業に反対することが日本でブームになっていた。
(続く)