>249
>クラウゼヴィッツは第一章を見直している内に天啓があり

ダウト
クラウゼヴィッツは1編から書き続けた結果、次第に考えが変わってきており、すでに8編あたりで大きく考えが変わっていたと言われています。
そこで、一旦最後まで書いた後に、最初に立ち戻り1編を書き直したところで亡くなった訳です。

つまり1編の見直しで天啓がなどというのは戯言といわざるを得ません。

そして最終あたりは、既にクラウゼヴィッツの考えが当初から変わってきた部分が反映されているというのが、現段階の大方の見方
(クラウゼヴィッツ学会などは基本この方向)