64用にM31擲弾を運用していた以上、
89の開発段階から並行して擲弾の選定も行ってたはずだが
よくいわれる不発率を理由にNATOの40mmが不可になったのなら
M31を使えるように設計変更するか国産擲弾の開発を開始したはず
でもそれをしなかったうえに代替擲弾の開発は00年代に入ってやっと始まった

つまるところ、40mmの試験を89の最終仕様が決定された後に行うほど
体制が杜撰なだったとかでないかぎり、不発率は主だった理由ではなく
もっと重大な理由が他にあっただろうということ

だから06式が万が一にも不発率高かったとしても、驚かない
陸自は端からそれを問題視してないんだから