>>478
南方作戦の後は
「陸軍は既定方針通り戦略的守勢」「海軍、特に山本五十六連合艦隊司令長官は〜あくまで攻勢作戦」
 『太平洋戦争 4―決定版 「第二段作戦」連合艦隊の錯誤と驕り』

より詳細な記事なら戦史叢書など参照

1942年3月7日 大本営政府連絡会議
・ 陸軍の主張は、開戦直前の連絡会議の「腹案」通り
・ 海軍の主張は、米国の戦意喪失をめざし積極攻勢。モレスビー、オーストラリア、アリューシャン、、ミッドウェー、ハワイ攻略ほか
 『戦史叢書 大本營陸軍部<3> 』P518-519

1942年4月18日ドーリットル空襲勃発

1942年4月29日 山本五十六長官の所信表明
「長期持久、守勢をとることは聯合艦隊長官としてできぬ。海軍は必ず一方に攻勢をとり敵に手痛い打撃を・・・」
「長官の熱烈なる訓辞あり・・・不敗態勢成るなど考ふるは痴愚に等しと喝破せらる。」
連合艦隊作戦参謀日記、その他より引用
 『大本營海軍部・聯合艦隊<2> 』P367-368

ドーリットル空襲も多少影響があるが、それ以前から海軍は「腹案」をくつがえし積極攻勢に方針転換している