日本の小火器って大正のころまで銃身命数が小銃で600発とかとんでもない事になってて整備不良と判明して整備する様になって段々と命数が延びて行ったのか。最初は灯油とか使ってたみたいだがスピンドル油を使うようになりでも戦場だとその量がすごくなるので最終的に銃身にクロム加工するようになったらしい。