猛威をふるう85戦隊の「疾風」
<中略>(62ページから引用)
 10月末、同じく二式単戦で編成されていた9戦隊の1個中隊が広東に移動、同地区の防空戦力は大いに増強された。
10月31のB-24、13機による香港空襲以来、11月上旬から中旬は85戦隊の防空担当である広東、香港方面の空襲は途絶え、
戦隊は戦力回復を進めることができた。11月13日、85戦隊の保有機は二式単戦17機、四式戦10機、計27機まで回復していた。
この頃、中国の陸軍戦闘機隊は消耗甚だしく、25戦隊は一式戦9機、四式戦3機を保有、9戦隊は二式単戦がわずか5機、
衡陽で大打撃を受けたばかりの48戦隊にいたっては一式戦2機を保有してたに過ぎず、85戦隊は当時、最大かつ最強の
戦力を保っていたのである。
 一方、4日の空戦でP-51を一挙に4機も失った第76戦闘機隊にとっても10月は厳しい月で、この一ヶ月間の戦闘と事故で
22機のP-51と10名もの操縦者を失っていた。