T-38/F-5を導入しようという勢力は空自内にも大勢いたらしい
実際のところ導入の根回しも済んでたらたとのこと
それが当時の防衛庁長官が是非にも日本初の超音速機開発すべきと言い出して逆転のT-2/F-1開発になったそうな
これは少し禍根を残して決定後もT-38派がT-2/F-1反対運動を行って当時の政治家や大蔵官僚に働きかけていた
T-4の方はいざこざはなかったけどT-2開発に関しては国内開発に政治が味方して助かった
国内開発する場合は技術的な動機というのはかなりウエイトを占める事例
もう技術的動機で練習機開発をといっても流石に難しいと思う
かといって単なる利便性やコストだけで練習機開発に力を割いていくというのも考えにくい