>>383
ソビエト軍はWW2の戦訓から「戦車戦は基本的に3,000m以内、ほとんどは2,000m以内で発生する。遠距離砲撃戦は滅多に起きるものではないので、長射程で威力を発揮することを考えなくても良い。そのため射撃照準装置も遠距離性能を重視しなくていい」って結論にしていた。
なので砲弾の有効射程は西側に比べて短かったし(射程内での威力が低いわけではない)、照準装置も精度をあまり追求していなかった。
技術の問題ではなく「必要無んだから凝らなくてもいい」って考え方だったわけだ。

実際欧州の大半の地域は「だだっ広い」といっても意外と起伏はあるし、森や林も多いので、そんなに見通しが利かないって地形が多い。
平原ではあっても「平ら」ではないって土地が殆どで、ソビエトの考え方もそれはそれで正しかった。
NATO軍が西ドイツで行った大規模機構演習では予想していたような遠距離砲撃戦(の状況)がほとんど発生しなくて、平均的には1,000m以下、酷いのになると直前までお互い林に隠れてて相手がわからず、出会い頭に数十mの距離で撃ち合った、なんていう結果になったり。

しかし戦後の世界で演習ではなく実際に東西の戦車が戦車戦やった場所は主に中東地域の、それも本当に「地平線の彼方まで見通せる」場所があるとこだったりして、そんな環境だと遠距離砲撃性能の低いソビエト戦車には不利だった。
見通しがいいので遠くから一方t系に撃たれる上に、車高が低いので砲の俯仰角が取れず、ちょっとした起伏でも隠れてる敵戦車を撃てない、ってことになり、遠距離から一方的に撃たれまくる例が続出した。

一方、西側の戦車は「数が多い相手と戦うことになるだろうから地形がなんだろうととにかく遠くから叩いて接近戦になる前に数を減らしたい」と遠距離戦闘を重視してたのと、弾速の遅い成形炸薬弾をメインにしてたので精度の高い射撃指揮装置が必要で、そうした性能の高さは想定外の戦場でも有利だった。