>>358
沖縄では透かしブロック(花ブロック)を塀や外壁部分に多用したコンクリ住宅はポピュラーであり、特に米軍占領時代に盛んにこれらの様式の建物が
作られていたそうで。 まぁ当時の沖縄は日本の建築基準法適用外でもあったでしょうしね。

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https://www.okinawa-familymart.jp/article/archive.html/5938
・”花ブロック”はいつ、どのようにして誕生したのでしょう?

戦前の沖縄はいわゆる木造の、今でいう“沖縄古民家”が建築の主流でした。
戦後、米軍が基地を整備するにあたって、アメリカからコンクリートやブロック製造機が持ち込まれた時、沖縄でもアメリカから機械のカタログを
取り寄せて機械を自作。
「沖縄は亜熱帯気候なので日差しが強く、その日差しを和らげるために、影を作って風を通そう」ということでブロックが広がったと聞いています。

そのブロックの積み方を変え、見える穴のカタチを空洞ブロック(楕円形小判型)から四角や丸に変えて意匠登録をしたのが建築士の仲座久雄さん。
これが”花ブロック”のはじまりです。

・名称がカワイイですよね。その名前の由来は?

製造が始まった当時は“異型ブロック”と呼ばれていたようです。 でも、いつの頃からか“花ブロック”と呼ばれるようになっていたようですね。
明確な理由はわかりませんが、一説によると、読谷花織(ゆんたんざはなうい)の模様のように幾何学模様が多いところから、そう呼ばれていると
文献(※)に記載がありますね。 先代の社長も「本当のところは、わからない」と話していました。

貴重なお話以外にも、実際に県内で今、見ることができる建築物の情報も得ることができた。早速、足を延ばしてみることにしよう。