戦中戦後の食糧難の食事というとさつまいものイメージだけど理由がある
まだ食糧難でもなかった1942年に食糧管理法で野菜の購入は一人二貫と決定した
さつまいもは野菜の分類で何故か市中にさつまいもが食えなくなるとパニックが発生
都市部では週末におかんジジババ子供の家族総出でさつまいもの買い出しが始まった

例えば東京の週末の鉄道利用者が10倍の18万人に膨れ上がり警察も二貫かどうか調べるのを諦める
警察が調べていないと知られると買えるうちに買おうと東京近郊のさつまいもは買い漁られ5倍に高騰
まだ安く買える地方への遠征となりさつまいもの価格が全国で2倍になった

さつまいもが儲かるので農家は政府供出分の作物以外はさつまいもを植え日本全国さつまいもだらけ
戦時中のさつまいも生産量はほぼ500万トンと横ばいなのは42年のさつまいもパニックで
さつまいもが育てられる場所は全てさつまいも畑になってしまったから
さつまいもしか食えないというかさつまいもしかない

戦争が終わると米の供出がなくなりさつまいもの方が儲かるので農家は米畑を潰しさつまいも畑にしだす
その結果さつまいもは生産量700万トンに増え米は半減近い600万トンを割る
米不足は一層拍車がかかり更にご家庭の皿の上にさつまいもが増えてしまった