>>203
ソ連の2代目フルシシチョフや3代目ブレジネフは、ある意味でウクライナが地盤だった。

それで、クリミアをロシアからウクライナに移した。

しかし、ソ連内の行政区画の変更であり、当時はそれほど大きな摩擦はなかった。

しかし、ロシアやウクライナがそのままの行政区画で独立したので、クリミアはウクライナ「国」の一部になってしまった。

もともと、クリミアの住民はウクライナに親しみもなく、ウクライナ人も少ない。歴史的にもウクライナになる要因はなかった。

現在も、クリミアの人々はウクライナ軍が戻ってくるのは望んでいない。

要するに、人為的な国境と、民族や宗教が違うと紛争になるということの一例にすぎません。