田臥システムでお馴染みの成・申書房の朴さんは南朝鮮労働党の対日地下工作員。朴さんは年で数年目に引退したみたいだね。
北朝鮮を継ぐ男: 革命家・朴甲東の80年の軌跡 単行本 2003/1/1

嘘も百遍ついたら本当になるにだの元ネタはナチスドイツのヨーゼフ・ゲッペルス。亡命ウクライナ人も恩を仇で返しそうな悪寒。

創業者・朴甲東
1919年3月11日、朝鮮慶尚南道、ソウルの南約300kmにある丹渓里(ダンゲリ)で、名門両班の地主の次男として生まれる。 1941年、早稲田大学卒業後朝鮮へ帰国し、朝鮮独立運動に身を投じ抗日パルチザン「朝鮮独立同志会」を組織する。 戦後、朝鮮共産党機関紙「解放日報」記者を経て、南朝鮮労働党に合流。1948年、朝鮮民主主義人民共和国が建国されると、文化宣伝省ヨーロッパ部長になるが、 1950年、金日成の粛清により逮捕、監禁される。1956年、釈放されると翌年に北朝鮮を脱出し、日本へと逃れて金日成政権批判を続けた。同じ南朝鮮労働党出身の朴正煕とも親交があった。 朴正煕に、アメリカに秘密に、中ソとの国交回復のために北京・モスクワに赴く全権密使になることを依頼されるも、その直後に朴正煕はKCIA部長の金載圭に暗殺される。 1992年1月、朝鮮民主統一救国戦線常任議長。