日露戦争の海戦前、いよいよ国交断絶ときまったとき、天皇は皇后にだけ洩らしたという。

「いよいよ開戦と決まった。私の志ではないがやむをえない」

そして、しばらくしてから、なかば独語のように呟いた。こうした天皇の言葉は大事である。

「もしこれが失敗したら、何とも申し訳が立たぬ」

さらに、このとき天皇は和歌一首を詠んでいる。

ゆくすゑはいかになるかと暁の
ねざめねざめに世をおもふかな

現代文に訳すと、次のような意味になる


「これから先どうなるのだろうかと、夜明けに目が覚めては、繰り返し世の中について考えることである」

天皇ばかりではない、元老・閣僚はもとより陸海軍部もまた、勝利の成算はなかった。
勝敗は問うところではなく、期するところは、全知全能をふりしぼって全滅を期して徹底的に戦うのみである。
満洲派遣軍総司令官大山巌大将は出征にさいして、山本権兵衛海相に念を押すようにいった。

「戦さは何とか頑張ってみますが、刀を鞘におさめる時期を忘れないでいただきます」

二月八日、日露戦争はここにはじまる。