記者:
前に中原(誠)名人が森内(俊之)さんにこういうことを言っておられたのを知っているんですが、
「羽生さんはどうしてやらないんだろうね」とおっしゃってたんですね。
それはなにかというと、名人戦に特化して、
いろんな研究の成果やひらめきやいろんなものを名人戦用にとっておいて、
それを中原さんの場合は名人戦にぶつけて、
それで名人の記録を確保していたという経験がおありなわけなんですね。
そして渡辺(明)さんも竜王についてはそういうような、
経験をそこに集中しているような、そういうふうに見ていたんです。
それに対して羽生さんは各7つのタイトルをどんどん真剣に闘ってお獲りになっていたので、
1つのタイトルに特化していないように私には思えたんですね。
それで、今回の最後のチャンスとお思いになったときは、やはり相当特化して、
今までの研究の成果を他で使わないでとっといてそこにぶつけたという対策をおとりになったのかどうか。
つまり、棋風が変わったって言うとおかしいですが、
そういうことがおありになったんじゃないかなと思いますが、そのへんの苦労とか、
そういうことがあったらお教えください。

羽生:
まあ、なんと言えばいいんでしょうかね。ここ最近はとくにそうなんですけれども、
けっこう流行の移り変わりみたいなものが早いんですね。
例えば、新しいアイデアで「次の大きな対局のときにとっておこう」と思っても、
そのとっておく期間の間に戦術が変わってしまっているというケースが非常に多いです。
またもう1つは、今本当に情報化の時代で、どんどん情報が流れていくので、
もし自分がある1つのアイデアとか発想を思いついたら、
それはすでに他の誰かが思いついているっていうふうに考えるようにしているんです。
実際そういうことも多いので、ですから出し惜しみしていても、ただ機会を逃してしまうだけなので、
一番近いそういう機会、タイミングがあったときにその手を指すというケースが多かったです。
今期の竜王戦に関していうと、それほど前から温めていた作戦、
新手みたいなものを指したというわけではないですけれども、
一応自分なりに最近のトレンドみたいなものを取り入れて、アレンジして、
一局一局迎えていったっていう背景はあります。