ある年のタイトル戦で、私の師匠の渡辺東一名誉九段を大山さんが立会人に指名したことがある。 
私の師匠だから私に有利かというと、話はそう単純ではない。 師匠はマージャンが好きだから、夜はマージャンになる。 でも、好きだが強くはない。結局は負けて賭け金を払うはめになる。
じゃあ清算というとき、 すかさず、大山さんが言うのである。「渡辺さんはいいよ。ぼくの勝ち分から引いておいて」。 
 これが私にはカチンとくるのである。 心穏やかではない。なぜなら、周囲の人が、師匠の負けぐらい、なぜ弟子の二上が持たないのだろう、という目で私を見るからである。
大山さんはそこまで計算して、私の師匠を立会人に呼んでいるのである。 

 大山さんがマージャンの卓を囲んでいて、途中から私も加わったことがある。まだ若かった私が熱中してしまって、ふと気がつくと大山さんの姿がない。 とっくに自室にもどってやすんでいるということである。 
しまったと思ってももう遅い。 
 翌日、夜戦になり、こちらの疲労がまし、集中力がおろそかになる時間帯をねらって、大山さんの勝負手が飛んできて参った。私の疲労具合が私以上によくわかるらしい。そういった人間観察力は抜群であった。