ベティに、屋敷に戻ってすぐに、主との関係が彼女に感づかれたことを、メイベルは悟った。
しかし、不思議なことに、ベティは何も言ってはこなかった。
そして昨日の夜。
―お前はもうお下がり。
この厨房で、彼女はティーポットをメイベルの手から奪った。
―今日の給仕はあたしがやる。
口調はいつものぞんざいな調子であったが、様子は明らかにいつもと違った。
いつもは無遠慮なくらいな視線を向けてくるはずのベティの眼は
彼女を通り越してずっと遠くを見ていたし、
その横顔には今までにないような焦燥が見て取れた。
―何をじろじろ見ているんだい。
ベティがそう言ってこちらを向くと、彼女の心臓は縮みあがる。
しかし強い罪悪感と恐怖を感じながらも、メイベルは不思議でならなかった。
なぜ彼女が何も言わないのか。言及することも、怒鳴りつけることも、しないのか。
すると、彼女は独り言のように呟いた。
―愚図だよお前は。だから気をつけろと言ったのに。
その時、ようやくメイベルは、彼女がずっと前から
自分たちの関係を察していたことに気がついたのだった。
>>555>>556>>557>>558>>559
言葉に詰まるメイベルに、ベティは不気味なほど静かに言った。
―お前は何にも知らない。でもあたしは、あの方のことをようく知ってる。
ポットの蒸気の向こうで、彼女は決意を固めるように唇をかんだ。
―あたしは、お前が生まれるよりも前から、あの方のことを見てきたんだ。
屋敷の長く、暗い廊下。
ワゴンを押して歩きながら、彼女は不安を感じる。
なにかがおかしい。
ベティのいない空っぽの屋敷。大きな歪んだ変化。
自分の知らないところで、何かが起きている。
少しずつ、ズレのように。
日常に入り込んだ悪意のような不純物が、じりじりと、隠れたところで膨らんでゆき。
取り返しのつかない大きなものとなっていくような、違和感。