2回目の月命日
NEW! 2019-11-22 05:55:14
テーマ:ブログ

皆様おはようございます
昨日も沢山の心のこもったコメント・メッセージありがとうございます!!
大好きなちえが亡くなってから、なんだかんだで2ヶ月が経ちました
ちえがいない現実を受け入れられないような気持ちで日々を過ごしていると、ふといろんな記憶が急に浮かんできます。
付き合いたてのちえはすごくラブラブするのが好きな人で、よく口をとがらせて(キスして〜)ってねだってきました。
昨日の仕事の帰り、ふとそういう出会った時の記憶が頭をよぎり、歩道を歩きながらダラダラ頬に涙が垂れてきました。
ちえという最愛の存在全てが思い出になってしまった。
結婚して14年、365日言ってくれた
「いってらっしゃーい!」「おかえり〜!」
ニンニクが身体に良いからちえの料理はニンニクを使った料理が多くて、玄関入るといつも食欲そそる匂いがして。
少し捨てれば(笑)って言うほど分厚く積み重なったレシピのメモ。
私がちえに与えた愛情の何十倍も、ちえは愛情をくれました。
ちえが亡くなってから二度、三度、床におでこをつけて泣き崩れたのも、悲しさとは別に、そういったちえの溢れる愛情からきているのだと思います。
仕事から帰ってきて、夜ワンコの散歩をしていると、あっちこっちのお家からいい匂いがして。あ〜シチューかなぁとか、焼き魚かなぁとか、そんな想像をして。
そこに温かい家族の団らんがあるんだろうなぁって、そんふうに感じながら歩いています
姿は無くても心はいつも傍にいるとはいえ、そうは言ってもまだまだその境地には辿り着けそうにありません
毎日毎日、一緒にご飯食べて、週末のお休みを過ごしてたんですもの...
それがいきなり毎日姿も無く声も無く、料理も無く...
そりゃ〜頭おかしくなりますやん
今は毎日仕事が終わるとどっと疲れます。
「今日も1日仕事終わったよーちえー」
って毎日声に出して言うのが日課になりました。
とんでもない試練を与えられましたね。
闘病1年2ヶ月。病院に入院した期間は全部合わせても数週間程度の日数だと思います。
1年と1ヶ月ぐらいは家で共に過ごしました。
その中で、ちえが衰弱していき、段階を経て身体が動かなくなっていき、最期、目の前で息絶える瞬間を目に焼き付けた、この壮絶な悲しい記憶は私の心にしっかりと刻まれました。
これ以上悲しい出来事はもう人生において無いと言い切れます。
同等の悲しみはまだ控えているのかもしれませんが...
今こうして2人で過ごした全てを終えて出会った時を思い出したら、奇跡のような運命的な出会いだったんだなぁってつくづく思います。
韓国ドラマで「トッケビ」というドラマがあって、まだちえが癌だと知る前に一緒に見てました。
簡単に言うと、主人公が何百年も生きててずっといろんな人の死を当然見続ける訳なんですが、ちえに癌が見つかって少し経った時に僕は電話でちえに「俺はトッケビじゃないんだかんな、一緒にモコとぷぅ看とるんだからな」って声を詰まらせながら言いました。
ちえも電話越しで泣きながら「うん。」と一言言いました。
まだまだ奇跡や可能性に懸けていた時のちょっとしたお話しです。
05/31 まるで子供のように胸を踊らせていた宮古島の行きの飛行機のちえをよく思い出します
ガイドブック付箋だらけにして
ほとんど行ったね。
幸せだったね。
ちえに言われた人生の第2幕。
この笑顔を曇らせないように頑張らなきゃ
ちえが亡くなっても温かく見守ってくれる皆さんに支えられながら、これからも頑張って生きていくので宜しくお願いします
同じようにご家族や大切な方を亡くされてやり場の無い悲しみに包まれている方、少しずつ、みんなで集まる機会などを一緒に増やしていければと思います
それではまた