「言語学、文献学、論理学に裏打ちされたきっちり読む訓練」が必要なのは認めるけど、
そういう訓練を積むためには多読によって「読書アレルギー」を克服する必要がある。
齋藤孝がターゲットにしているのは専門的な訓練を受ける以前のレベルで躓いてる人たちなのでは?

「自己啓発」とか「コミュニケーション力」とかを持ち出して
読書に対する意欲を喚起したり日本語ブームを起こしたりした功績は認められてもいいかと。

齋藤孝ばっかり読んでるのもどうかと思うけどね。