「夢は台所の床に」中村光太郎

自分にもいっぱしの夢があると
川の流れのような人波に出ていって
あたりかまわず、河豚のように泳ぎまわった

だが、しょせん河豚は河豚にしかならなかった

だからサテンに入って、コーヒーを飲んだ
ウエイトレスが置いていった、三百五十円と書いてある伝票を見つめた

僕に残されたのは、そのまんまるい数字だけだった
何となくさみしかった

家路について、長い坂をのぼった
さみしい気持ちで坂をのぼった

玄関のドアを開け、何か食べようと台所にいった
すると、台所の床に転がっているものがあった
僕はひろって、手にとってみた

じっと見ているうちに
それが僕の夢だったような
僕の希望だったような気がした

(続く)