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石井さんとの出会い (島田誠「無愛想な蝙蝠』風来舎より抜粋)

     受話器の向こうで、内気な声が必死に訴えるようにしゃべっている。
     「突然、電話してすみません。」おたくのギャラリーは、時々拝見させていただい
     いますけど、先日『ギャラリー・インフォメーション』を読ませていただいて、
     信濃デッサン館への旅に感激しました。こんな文を書く方なら、私のことをわかってくれる
     かとおもいまして.......」時々、胸の病気を想像させるような咳をまじえながら、
     彼は延々としゃべり続けた。

     「石井一男。49歳。年老いた母親しか身寄りがなくて、内気な性格で、友人もいない。
     夕刊を駅へ届けるアルバイトをしながらひたすら絵を描いている。でも体調も悪い、
     あまり先がない予感もする。絵をみていただくだけでよいから」

     あまり暗い話ぶりに、途中で電話を切るわけにもゆかず途方に暮れてしまう。
     すがりつく声に「ともかく、一度資料か絵を持ってきてください」と電話を切る。
     やりとりに耳を傾けていたスタッフが「変な電話ですね」と肩をすくめてみせる。

          二枚、三枚と繰ってゆくうちに、今度はこちらが息を飲む番だった。
     これは素人の手遊びとはとても言えない。どれも三号くらいの婦人の顔を描いた小品
     だけど、孤独な魂が白い紙を丹念に塗り込めていった息遣いまで聞こえてきそうだ。