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アラン・ロブ=グリエ3
0064吾輩は名無しである
垢版 |
2014/03/09(日) 09:57:29.79
 
0067吾輩は名無しである
垢版 |
2014/03/11(火) 01:36:43.64
アラン・レネが先日死んだが、ここでの話題はなしか
0068吾輩は名無しである
垢版 |
2014/03/11(火) 01:40:41.01
あの幻の名作が今春ついに封切「去年真理江はパートで」
0069吾輩は名無しである
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2014/03/11(火) 04:00:28.61
本日公開「去年ありえんアパートで」
0070吾輩は名無しである
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2014/03/11(火) 09:39:32.34
nibuya ‏@cbfn 10時間
或る意味窮地にあるのに朝から意味もなくベケットの『名付け得ぬもの』
の冒頭十ページくらいを仏語から訳したりしている! ベケットの難解
というより妙に下世話に切迫した文章は、どうもこの人がついに「二流
作家」だったと感じさせるが、でもこの閉所恐怖症の不気味さは大好き
だ・・・
0071ソルダード
垢版 |
2014/03/12(水) 14:06:11.34
筆頭すべき特徴が「客観的事物描写の徹底」という点にあるならば、やはり個人的に一番好きなのは「迷路のなかで」である。
デビュー作にあたる「嫉妬」もまた、これでもかといわんばかりのしつこいバナナ園の描写等素晴らしい。

アラン・レネの冥福を祈る。
0073ソルダード
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2014/03/15(土) 15:28:32.72
これは失礼しました。
新潮社の海外文学紹介のなかでそう明記されていたのでつい。
0074吾輩は名無しである
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2014/03/16(日) 00:01:01.37
デビューが『消しゴム』で
最初に書いたのが『弑逆者』だったっけ?
0075吾輩は名無しである
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2014/03/16(日) 01:33:19.91
処女作なら『弑逆者』やね
0076吾輩は名無しである
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2014/03/16(日) 01:35:42.86
新潮社はロブ=グリエの版権を全部ほかの出版社に譲るべき
0077吾輩は名無しである
垢版 |
2014/03/18(火) 22:08:35.41
新潮社の海外文学を取り扱っている編集部はクソ
0078吾輩は名無しである
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2014/03/19(水) 09:35:45.84
マンローなんかは評価できるけどね
0079吾輩は名無しである
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2014/03/19(水) 13:29:09.08
消しゴム→光文社古典新訳文庫
迷路のなかで→講談社文芸文庫
快楽の館→川出文庫

ロブ=グリエの代表作で新潮社が版権持ってるの嫉妬だけじゃね
あ、あとニューヨーク革命計画か
0081吾輩は名無しである
垢版 |
2014/03/19(水) 16:14:26.78
「快楽の漸進的横滑り」も新潮
「新しい小説のために」も新潮
0082吾輩は名無しである
垢版 |
2014/03/19(水) 17:32:43.90
覗くひと (講談社文芸文庫) アラン・ロブ=グリエ、 望月 芳郎
0084吾輩は名無しである
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2014/03/19(水) 19:30:04.05
新しい小説のためになんて懐かしいな
0085吾輩は名無しである
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2014/03/23(日) 13:13:16.10
大江がいっていたフランスの発明家というのは
この人のことなのかな
0086吾輩は名無しである
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2014/05/14(水) 14:48:32.30
ナボコフもロブ=グリエを評価していたな。大長編は書けなかったが、中編では他の追随を許さない出来だった。
特に、『嫉妬』の客観と思われた描写がいつの間にか主観へと移っていったメビウスの輪のような文体の官能性
には陶然とさせられた。これこそ、どこかが早く文庫を出すべきだろう。
0087吾輩は名無しである
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2014/05/14(水) 20:53:43.02
>>86
禿同
0088吾輩は名無しである
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2014/05/31(土) 21:30:15.14
『嫉妬』・・・
リンゴの木の陰で妻を観察して嫉妬するマスターベーション的小説、ダメだったわ
0089吾輩は名無しである
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2014/06/01(日) 06:56:01.69
近東の古代から中国の中世までにある、淫樹譚の存在を
知らないと十分に味わえない?
俺は『嫉妬』を読んでないから、当てずっぽで言うんだが。
樹や森が本来、持ってるオカルティックな力を日本人は
あまり感じたことがないのもあるかも。
今の、杉の植林ばかり見てたら無理もないが。
欧米の昔のアニメに良く出て来る、広葉樹の巨木のお化けは
水木しげるでさえ、手が出ない?
西方文明の樹や庭にはエロティックなイメージが元々あるんだよ。
日本ではそれはない。ほとんど全くない。
0090ソルダード
垢版 |
2014/06/05(木) 10:44:27.35
ナタリー・サロートもヌーヴォーロマンの範疇に入るのかな?
「プラネタリウム」のモノローグ調の文はなんじゃと思った。
0091吾輩は名無しである
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2014/06/21(土) 18:13:44.21
少年の男3人 ウサギでサッカー 蹴り殺す
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1401587387/
1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/06/01(日) 10:49:47.37 ID:tgp+RL9Li● ?2BP(11000)
東京都江東区の小学校で飼育されていた
ウサギをけり殺したとして、
警視庁は15日、同区内の
無職少年3人(いずれも18歳)
を動物愛護法違反などの疑いで逮捕した、と発表した。
少年らはウサギをボール代わりにサッカーをしており、
「面白半分でやっていてエスカレートした」
などと供述。
発覚を免れるため、ウサギの死体を重しと
一緒に袋に入れて運河に捨てていたという。
調べでは、少年3人は昨年5月8日早朝、同区立辰巳小学校に侵入。
小屋で飼われていたウサギ1匹を持ち出し、
約1キロ離れた公園でけるなどして殺した疑い。
公園内のすり鉢状になったローラースケート場で、
はい上がってくるウサギを交代でけったという。
3人のうち2人は同小学校の卒業生。
ウサギは児童らが「ゆきのすけ」
と名付けて可愛がっており、
行方がわからなくなってからは
児童らがポスターを作るなどして捜していた。
http://m.blogs.yahoo.co.jp/sannposusunnde_nihosagaru/25770824.html
0092吾輩は名無しである
垢版 |
2014/06/22(日) 08:19:52.90
新潮社は『嫉妬』を文庫で復刊せい。
シンプルな文章で書かれた小説だから旧訳で充分。
0093吾輩は名無しである
垢版 |
2014/07/14(月) 12:49:29.58
消しゴムおもしろい
0094吾輩は名無しである
垢版 |
2014/07/21(月) 02:43:08.77
石の縁−ふたつの垂直な平面が交わってつくられた斜めに走る鋭い稜線、
垂直な壁はまっすぐ海岸の岸壁のほうに伸び、突堤から傾斜路が海面に下っている−は、突堤のてっぺんで、その上端が水平線となって、まっすぐ岸壁に伸びている。
一種のパースペクティブのため、ずっと遠くに見える岸壁は、この主要な線の両側に、しだいに不明確とはなるが
0096吾輩は名無しである
垢版 |
2014/09/04(木) 05:24:12.42
『覗くひと』意外と名作
0097吾輩は名無しである
垢版 |
2015/08/09(日) 01:11:19.72
『嫉妬』新訳が出る気配がないので、旧訳の一部だけでも載せておく。
「いま、寝室側の露台の角にある、南西部の柱の影が、庭の土の上にまで伸びている。
太陽は東天にまだ低く、日光はほとんど斜めに谷間に射している。谷間の軸に対して
斜めに並んだバナナの樹の列は、この照明を受けて、いたるところではっきりと姿を現わす。」
0098吾輩は名無しである
垢版 |
2015/08/09(日) 10:41:39.55
ロブ=グリエの作品群の中心ともいうべき名作だけがぽっかりと文庫化(古典化)の
流れの中で取り残されている。生前、彼は自身の作品はすでに古典として世界中で
出版され続けているのに、日本ではどれも絶版になって読めなくなっている状況を
痛烈に批判していた。その後、4,5作が文庫化され、日本の出版界も少しは商業主義の
行き過ぎを反省したようだが、『嫉妬』がいまだ文庫化されないのはやはり異常
ではないか。わたしはロブ=グリエから1作を選べといわれたら、まず間違いなく
これを選ぶ。理由は>>86に書いた。その文体の官能性は他の追随を許さない。
0099吾輩は名無しである
垢版 |
2015/09/03(木) 15:55:57.81
『嫉妬』が復刊されないのは何か版権上の理由でもあるのかな?
0100学術デジタルアーカイヴ
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2015/09/03(木) 17:53:47.46
綺麗だった。描写が。
0101吾輩は名無しである
垢版 |
2015/09/04(金) 18:54:11.85
しかし小説の翻訳状況がこれでは
映画のBOX版の日本語版なんて夢のまた夢だなあ
0102吾輩は名無しである
垢版 |
2016/01/26(火) 08:04:21.83
蔵臼 金助
『囚われの美女』
フランス人はこんな感じのエロティックな幻想譚が大好き。
これはマグリットの絵画をモチーフに吸血鬼とデューク・エリントンを絡めて描いた、アラン・ロブ=グリエならではの難解なサスペンス。
#1日1本オススメ映画
http://pbs.twimg.com/media/CZSnU2UWAAI8iSb.jpg
http://pbs.twimg.com/media/CZSnU2VW0AM1MFF.jpg
http://pbs.twimg.com/media/CZSnU2YWQAkeruL.jpg
http://pbs.twimg.com/media/CZSnU2YWQAg5Y9Q.jpg
2016年1月21日
0103吾輩は名無しである
垢版 |
2016/01/28(木) 01:56:52.72
『嫉妬』は明らかに『きことわ』に影響を与えている。
0104吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/08(日) 21:48:01.41
ABCアート

批評家、バーバラ・ローズが、『アート・イン・アメリカ』誌の1965年10月号に寄稿した論考のタイトルであり、
現在「ミニマリズム」ないし、「ミニマル・アート」と呼ばれる動向の別の名称。
ミニマル・アートという名称は当時すでに普及し始めていたものの、
ローズはこの潮流について記述する論考のタイトルとして、「ABCアート」なる語を使用した。
ローズは、60年代半ばから後半にかけて現象したミニマリズムの影響源として、
K・マレーヴィチとデュシャン、思想的・文学的な参照項として、L・ウィトゲンシュタイン、ロブ=グリエ、G・スタイン、
音楽からJ・ケージやE・サティ、ダンスからM・カニングハムらの名を挙げている。
http://artscape.jp/artword/index.php/ABC%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88

サウンド・トラック

音による演出はその映画のプロットと一体化し、時に音楽は画面のなかで起きていることを雄弁に語る。
だが、L・ブニュエルやA・ロブ=グリエのようにプロットそのものの構造が破綻している作品では、
フレームの内と外、時空間の斉一性が稀薄であるがゆえに、音楽もプロットや劇的演出から解放されて、より抽象的となる。
http://artscape.jp/artword/index.php/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF
0105吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/11(水) 20:26:34.11
2006.3.18日
対談◆若島正×沼野充義
http://toshoshimbun.jp/books_newspaper/old/SpecialIssuepages/Nabokov/review5.html

わ:ナボコフの比喩ってかなり突飛なんですよ。見たことがないような比喩がたくさんあって、それを取ってしまうと普通の文章に見える。
分かりやすくなるわけですね。だけど私の場合は比喩がすごく面白いのでそこは残す、ということです。
フランスの作家にロブ=グリエという人がいて、彼はわりとナボコフに近いタイプの作家ですが、
彼は、この小説を読んで筋書きが分かったところで何も読んだことにならない、それがどんなふうに書かれているかが問題なんだ、と言うわけです。
私はそれはやや言い過ぎで、もちろん内容も重要だと思いますが、
しかしどう書かれているかということはやはり、かなり大きな問題で、一つは比喩の使い方ですね。
0107吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/14(土) 00:38:46.72
この第二の時間イマージュを、 私達はロブ=グリエの中に、 一種のアウグ
スチヌス主義の中に見出す。 ロブ=グリエにおいては、 現在が順番に過ぎ去
ることは決してない。 その代わりに、 過去の現在、 現在の現在、 未来の現在
の同時性が存在し、それらは恐るべき説明不能の時間を表現している。(p.133)


それ[ロプ=グリエの映画世界の時間] は恒星の時間であり、 相対性の系で
あろうD そこでは、 人物は人間というよりは惑星のようであり[映画を支配
する]調子は主観的であるよりは天文学的であるD その中では、 複数の世界
が宇宙を構成しているのだ。 複数宇宙論においては、 いろいろな世界が存在
するだけではなく、 ただ一つの同じ出来事が、 異なる世界で共役不可能な形
で演じられるのである。 (p.l34、[ ]、 強調、 及び下線は筆者)

http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/3537/1/gallia_39_033.pdf
0108吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/14(土) 01:14:05.71
「いわばステロタイプの饗宴である。風景は絵葉書のように薄っぺらだし、人物は心理を剥奪された機械人形のようにぎこちない。
女たちはいずれも典型的な娼婦のイメージにおさまり、男たちもまた、性的偏執者の類型そのものだ。
想像力は豊かに飛翔するというより、むしろ涸渇し、物語は無理に辻褄を合わせようとする者の言訳のように矛盾と反復に充ち、
自分から罠に落ちて、訊ねられたわけでもない秘密を漏らしてしまう。
だからその物語は、隠されていたものが徐々に露呈されてゆくのではなく、
はじめから露呈されていたものが、そのあからさまな露呈ぶりを重層化してゆく過程をたどることになるだろう。
この重層化の過程が、決してひとつの真実の意味にはたどりつくことのないイメージの多声的戯れへと見るものを導きいれ、
表面という名の奥行を欠いた迷路の中の、距離と深さを奪われた表層的な彷徨へと駆り立てる。」
(蓮實重彦「映画作家としてのロブ=グリエ」 『シネマの記憶装置』(1979年)収録)
0109吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/16(月) 20:55:42.51
雪沼
アーバンギャルド好きな方には是非ロブ=グリエの映画を観て欲しい……(病的なまでにポップなので)。
布教大好き人間だからソフトお貸ししたい気持ちだけはいっぱいなんだけどなぁ……。
http://pbs.twimg.com/media/CiawpkeUUAAdiru.jpg
http://pbs.twimg.com/media/CiawpvjUUAEcdkd.jpg
2016年5月14日

sato
蓮實重彦の本は昔読んでました。『陥没地帯』という前の小説も読んでます。
でも今回三島賞を取ったからと言って『伯爵夫人』を読むのはちょっと・・。
蓮實の元ネタはどうせヌーヴォーロマンだろうから、仏語がある程度読めるなら原書でロブ=グリエやクロード・シモンを読む方がいいと思います。
2016年5月16日
0111吾輩は名無しである
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2016/05/20(金) 22:23:06.79
アラン・ロブ=グリエ(Alain Robbe-Grillet、1922年8月18日 - 2008年2月18日)
Un régicide 1949年(出版されたのは1978年). 平岡篤頼訳『弑逆者』白水社, 1991年

Les Gommes 1953年. 中村真一郎訳『消しゴム』河出書房新社, 1959年 中条省平訳 同左 光文社古典新訳文庫, 2013年
Le Voyeur 1955年. 望月芳郎訳『覗くひと』冬樹社, 1966年. 講談社文芸文庫, 1999年
La Jalousie 1957年. 白井浩司訳『嫉妬』新潮社, 1959年
Dans le labyrinthe 1959年. 平岡篤頼訳『迷路のなかで』講談社文芸文庫, 1998年

La Maison de rendez-vous 1965年. 若林真訳『快楽の館』河出書房新社, 1969年、河出文庫, 2009年

Projet pour une révolution à New York 1970年. 平岡篤頼訳『ニューヨーク革命計画』新潮社, 1972年
Topologie d'une cité fantôme 1976年. 江中直紀訳『幻影都市のトポロジー』新潮社, 1979年
Souvenirs du Triangle d'Or 1978年
<ロマネスク>三部作
Le Miroir qui revient 1985年
Angélique ou l'enchantement 1988年
Les derniers jours de Corinthe 1994年

Djinn 1981年.平岡篤頼訳『ジン』集英社,1990年

La Reprise 2001年. 平岡篤頼訳『反復』白水社, 2004年
Un Roman Sentimental 2007年

『不滅の女』 ("L'immortelle" 1963年)
『ヨーロッパ横断特急』(Trans-Europ-Express 1966年)
『嘘をつく男』(L'homme qui ment 1968年)
『エデン、その後』(L'Eden et après 1971年)
『快楽の漸進的横滑り』("Glissements progressifs du plaisir" 1974年)
『危険な戯れ』(Le Jeu avec le feu 1975年)
『囚われの美女』(La Belle Captive 1983年)
『狂気を呼ぶ音』(Un bruit qui rend fou 1995年)
『グラディーヴァ マラケシュの裸婦 』(C'est Gradiva qui vous appelle2007年)
0112吾輩は名無しである
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2016/05/23(月) 10:51:06.74
マグリット展を見てアラン・ロブ=グリエを想う
2015-07-13

ロブ=グリエは1961年、アラン・レネ監督のために『去年マリエンバートで』の脚本を執筆、
1962年の『不滅の女』からは自ら監督業に乗り出し、亡くなるまでに9本もの長篇映画を監督(共同監督含む)している。
『囚われの美女』は、彼の監督作中、唯一日本で劇場公開された作品だ。

なんでも原作版『囚われの美女』(1975)は、
ルネ・マグリットの絵画77点と21点のフィギュアを織り交ぜて制作した<大人の絵本>らしいが、邦訳は出版されてない。
が、1979年に文芸誌「海」が翻訳を掲載したという。

もともと、アラン・ロブ=グリエは作品に絵画を引用することが多い。
『迷路のなかで』(1959)は、雪の町をさまよう兵士と「ライヘンフェルスの敗戦」という絵画のイメージが交差するところから始まるし、
『ヴァナデ女神への廃墟の神殿の建設』(1974)は、ポール・デルヴォーの銅版画連作にテキストを提供したものだし、
『幻影都市のトポロジー』(1976)は、
デルヴォーのほか、ロバート・ラウシェンバーグやデヴィッド・ハミルトンら芸術家のために書いた短文を構成したもの、
さらに最後の監督作品となった映画『グラディーヴァ マラケシュの娼婦』(2006)では、主人公はドラクロワの研究者である。
0113吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/27(金) 09:52:44.00
「シモン・ルクールの物語を純粋な小説的フィクションの範疇に分類することを、誰にしろ、
可能ならしめるようなものは何ひとつ――つまり、どんな決定的な証拠も――存在しない。
むしろ逆に、この不安的で欠落の多い、というかひびのはいったテクストのあまたの重要な要素は、注目すべき執拗さで、
したがって悩ましいくらいに、現実(万人の知っているこの現実)に符合していると断定することができる。
そして、物語の他の構成要素が現実から故意に離れることがあっても、いつでもその手口はいかがわしいから、
そこに話者の組織的な意図を見ないわけにはいかず、まるでなにか秘密の原因が、彼のそうした手直しや捏造を要求したかのようなのだ。」
http://www.indierom.com/dengei/sp/arg/kimuchi05.htm
0114吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/27(金) 11:25:33.68
カフェの店内の暗がりで、主人がテーブルと椅子、灰皿、ソーダ水のサイフォンを並べている。午前六時。

主人はまわりがよく見えなくてもかまわない、自分が何をしているのかも分かっていない。まだ眠っているのだ。
大昔からの法則が主人の細かい動作を支配して、幸いにも人間の意志の不安定から守っている。ゆえに毎秒ごとに正確な動きが刻まれる。
一歩横へ、椅子から三〇センチ、布巾で三度拭いて、右へ半回転、二歩前へ進み、完全無欠、非の打ちどころのない毎秒が進む。
三一。三二。三三。三四。三五。三六。三七。毎秒が正確な場所に収まる。

『消しゴム』
0115吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/29(日) 11:45:22.36
 「物語形式のあらゆる技術的要素――単純過去形と三人称の使用、年代記的展開順序の無条件の採用、線状の筋立て、
情念の規則的な屈折、それぞれのエピソードの終局への指向、等々――
はすべて、安定した、脈絡のとれた、連続的な、包括的な、すみずみまで解読可能な世界の像をおしつけることを目的としていた。
世界の理解可能性は、疑義さえさしはさまれなかったから、物語るということは、なんら問題を生じなかった。
小説の文章(エクリチュール)は潔白であることができた。
 ところが、フローベール以後、すべてがゆらぎはじめる。その後百年たって、いまではその体系全体が思い出にすぎなくなっている。
この思い出、この死んでしまった体系に、なにがなんでも小説をしばりつけておこうというわけなのである。」

『ヌーヴォー・ロマンのために』
0116吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/29(日) 12:01:58.19
   / ̄ ̄ ̄ ̄ \ 
   |   (゜)(。).  | 
   |┌  ⊂⊃ ┐|   
   |  \___/ | 
    /       \
0117吾輩は名無しである
垢版 |
2016/05/29(日) 13:17:09.55
« Le monde n’est ni signifiant ni absurde. Il est, tout simplement. »

 世界は意味もなければ不条理でもない。ただ単にそこに « ある » だけである。

 ── アラン・ロブ=グリエ Alain Robbe-Grillet
    『 新しい小説のために Pour un nouveau roman 』 1963 年
0118吾輩は名無しである
垢版 |
2016/06/01(水) 22:09:58.98
韻踏み夫
今ロブ=グリエ読んでるけど、もうこれ「ソレならイイ」や「AREA AREA」で使われてる技術が盛りだくさんで死ぬほど面白いんだけど、
般若やMACCHOがヌーボーロマン読んでるなんて口が裂けてもいえない
2016年5月30日
0121吾輩は名無しである
垢版 |
2016/06/12(日) 11:02:47.32
コピペしかいないスレなどさっさと潰れてしまえ
0123吾輩は名無しである
垢版 |
2016/06/12(日) 12:43:53.26
とっくに死んでいるのに、きみは何がしたいのか。
きみはアラン・ロブ=グリエが好きなのか?
彼の作品が好きなのか?
どういうところが好きなのか?
もっとも見せられたのはどの作品のどういったところか?
そういったことを、自分のあたまで考えて、自分の言葉で語るようにしたほうが、
スレも、板も、おもしろく、意義のあるものになる。
「2ちゃんで何を言っているんだw」と開き直るなら、
そもそも、こんなコピペの羅列などする必要さえないはずだ。
きみが求めるものは何だ?
きみがしたいことは何だ?
コピペでネタを提供して、活性化させているつもりか?
きみの行為からは、ロブ=グリエに対する愛情も、
そして、文学に対する愛情も感じられらない。
さあ、コピペに頼るのはやめて、自分の言葉で語るのだ。
それができないのなら、立ち去ったほうがいい。
きみには、小説は、むいていない。
0126吾輩は名無しである
垢版 |
2016/06/16(木) 01:26:43.06
映画は、ロブ=グリエの小説のように、患者に対する治療のように始まり、実写映像から男女の抱擁への大胆なモンタージュ、
レネが愛着を抱く(ここでは病院の)廊下の映像へと移行する。
この監督にとって廊下は、無意識や記憶へと通じるたくさんの半開きの扉を表わし、
その記憶は、視覚的な閃光や往々にして奇妙な呪文のような発話、
そしてとりわけとらえどころのないエマニュエル・リヴァと
岡田英次(フランス語がわからないまま台詞を音声として発音する)の顔と身体によって再生される。
この閃光は伝統的な語りを壊し、いっそう漠然として不透明な精神の語りを再創造する。
超自然的幻視の観点が、音声―音楽は一瞬にして変化する―と反復を通じて、徐々にあらわになる。

Le film commence comme un roman de Robbe-Grillet, très cliniquement,
passant sans vergogne des images d’archives aux montages des enlacements, et aux couloirs (d’hôpitaux ici) que Resnais affectionne tant.
Car un couloir, pour le réalisateur, représente une multitude de portes entrouvertes vers l’inconscient, la mémoire,
reproduite par des fulgurances visuelles, une diction parfois étrange,
incantatoire et surtout les visages et les corps fuyants d’Emmanuelle Riva et d’Eiji Okada
(qui prononce son texte phonétiquement, ne connaissant pas le français).

La fulgurance détruit la narration classique pour recréer celle de l’esprit, plus diffuse, plus opaque.
L’idée de l’apparition se développe progressivement,
au fil des sons -la musique change parfois du tout au tout en une seconde-, et des répétitions.

http://afjn.jp/information/%E3%80%8E%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E6%99%82%E9%96%93%E3%81%AE%E6%83%85%E4%BA%8B%E3%80%8F%E3%80%80hiroshima-mon-amour/
0127吾輩は名無しである
垢版 |
2016/06/18(土) 10:34:26.09
人・文化・自然が奏でるハーモニー
しかし、ロブ=グリエの朝日新聞訃報は衝撃的だったよな

田舎者なので、朝日新聞の日曜書評は貴重な情報源ではあったんですが、
あの訃報読んじゃうと、文化デスクとはいったい……みたいな感情がわきあがらなくもなかった
2016年5月16日


アラン・ロブグリエ氏死去 仏ヌーボーロマンの代表作家
2008年02月19日
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200802180502.html

 フランスの前衛的な小説手法「ヌーボーロマン」の旗手として知られた作家アラン・ロブグリエさんが18日、
心臓病のため入院していた仏北西部カーンの病院で死去した。85歳だった。

 仏西部ブレスト出身。従来の小説の枠を打破し、ストーリーの一貫性に乏しかったり、心理描写を欠いていたりするヌーボーロマンの理論を確立した。
サミュエル・ベケット、クロード・シモンらとともに50〜60年代、実験的な小説を発表。代表作に「嫉妬(しっと)」「消しゴム」などがある。
アラン・レネ監督「去年マリエンバートで」では脚本を手がけ、1961年のベネチア映画祭で金獅子賞を受けた。自ら映画監督としても活動した。
0128吾輩は名無しである
垢版 |
2016/06/18(土) 10:40:49.19
きみは何がしたいのか。
きみはアラン・ロブ=グリエが好きなのか?
彼の作品が好きなのか?
どういうところが好きなのか?
もっとも見せられたのはどの作品のどういったところか?
そういったことを、自分のあたまで考えて、自分の言葉で語るようにしたほうが、
スレも、板も、おもしろく、意義のあるものになる。
「2ちゃんで何を言っているんだw」と開き直るなら、
そもそも、こんなコピペの羅列などする必要さえないはずだ。
きみが求めるものは何だ?
きみがしたいことは何だ?
コピペでネタを提供して、活性化させているつもりか?
きみの行為からは、ロブ=グリエに対する愛情も、
そして、文学に対する愛情も感じられらない。
さあ、コピペに頼るのはやめて、自分の言葉で語るのだ。
それができないのなら、立ち去ったほうがいい。
きみには、小説は、むいていない。
0129吾輩は名無しである
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2016/06/18(土) 12:00:10.43
自分の言葉で語るとかw
ロブ=グリエのスレで相応しいことだと思っているのかw
0131吾輩は名無しである
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2016/06/24(金) 20:56:17.20
仙田学

『快楽の漸進的な横滑り』ロブ=グリエ
『北京の秋』ボリス・ヴィアン
『蟲』江戸川乱歩
『パリの胃袋』ゾラ
『人生の親戚』大江健三郎
『関節話法』筒井康隆
『金色の眼の娘』バルザック
『弓と竪琴』オクタビオ・パス
『初恋』ツルゲーネフ
『女中(メイド)の臀(おいど)』ロバート・クーヴァー

#読みたくなる小説のタイトルを10個あげてみる
0132吾輩は名無しである
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2016/06/24(金) 21:17:41.43
>>130
バレたかw
0133吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/06(水) 16:54:56.86
気狂いじゃが・賢人みにゅい
遅ればせながら、蓮實重彦『伯爵夫人』を読了。
登場人物「高麗」は仮名「ボリス」(p.166)を名乗るが、これはどうみたって、ロブ=グリエ『消しゴム』の主人公、探偵「ボリス」への目くばせであろう。
2016年7月1日
0134吾輩は名無しである
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2016/07/06(水) 16:56:50.72
蓮實重彦は嫉妬コンプの知恵遅れ
0135学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
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2016/07/06(水) 17:41:11.44
迷宮より迷路のほうがいいよな。
0136学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
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2016/07/06(水) 18:12:29.76
エンデも怖いけど・・・。
0137吾輩は名無しである
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2016/07/07(木) 17:45:35.69
2013-09-26
ミステロイドがミステリになるとき〜ロブ=グリエ『消しゴム』(執筆者:ストラングル・成田)
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20130926/1380148383

帯に曰く、「世界を震撼させた〈ヌーヴォー・ロマン〉の嚆矢、ついに新訳なる!」

 ロブ=グリエの本書(1953)は、同じくフランスのヌーヴォー・ロマンの書き手ミシェル・ビュートル『時間割』と並んで、
日本でも、ミステリ方面からも言及されてきた作品である。

 60年代の評においても、「〈アンチ・ロマン・ミステリ〉の傑作」(石川喬司『極楽の鬼』)という評価がある一方で、
「終わりまで読めずにおりた」「この実験小説を〈新しい手法による新しい探偵小説〉として売り出した商魂のたくましさには舌を巻かざるを得ない」
(小林信彦『地獄の読書録』)という言及もある。

 などということもあって、多少恐れをなしていたのだが、この度の新訳を手にとってみると、冒頭のいかにも実験小説風の叙述をくぐり抜ければ、
現代の読者にとっては意外なほど読みやすいのではないだろうか。それに、明確なミステリ仕立ての筋書きがある。
0138吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/07(木) 18:22:34.10
アベノミクスで格差拡大しようず!www
0139吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/08(金) 00:26:12.72
カトリーヌ・ロブ=グリエ 『若き妻の日誌1957〜1962』より
二人が結婚した1957年当時、彼は35歳、彼女は27歳だったが。10代に見えるらしい。このことは彼のロリータ趣味を表している。
1957年11月1日の彼女の日誌には、彼は少年のように彼女を愛していて、主人と奴隷という契約を交わしているにもかかわらず、
彼は彼女の跡ばかりをついてきて、とても35歳とは思えない、まるで彼の方が奴隷であり、口実を作っては、彼女にキスしたり、触ってくるのだという。
彼は口で言うほどサディストではなく、彼が望めば何でもできるので、どのように虐められるかを最初は不安に思っていた。
しかし、彼は大切な玩具を壊すようなことはしなかった。彼が3P,4Pプレイを望んでも彼女は拒み、その内にプレイそのものを拒否するようになる。
そして、彼女は若い愛人を持つようにまで、彼と心が離れていく状況を綴っている。
http://blogs.yahoo.co.jp/sakurakouji17281728/63631379.html
0142吾輩は名無しである
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2016/07/09(土) 08:53:46.41
アベノミクスで格差拡大ウハウハときめきED勃起!
0143吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/10(日) 00:19:28.43
シークエンスの繋ぎは、音楽とかで繋げているところもあるし、まったく唐突に繋げているところもある。
2年後に書く『残響』ではイメージのゆるやかな横滑りみたいなことを使って、文芸評論家からは『残響』のやり方の方が評判がよかったけれど、
私はいまは『コーリング』のように唐突だったり強引だったり見え見えだったりと、かなりバラバラな繋げ方の方がよかったと思っている。
だって、世界ってそういうものだからだ。占いというのも一種の科学というか秩序を持った思考法で、
占いもまた科学と同様に世界の中から関連のある現象(形象)を探し出す。
つまりこれが文芸評論家にも評判がよかった『残響』のゆるやかなイメージの横滑りなのだけれど

(この「横滑り」という言葉は、わかる人にはわかるのだが、ヌーヴォー・ロマンの作家のロブ=グリエの「快楽の漸進的横滑り」(だったけ?)
という書名をイメージしていま私は使っていて、蓮実重彦の影響下にある評論家は全員ロブ=グリエに関する知識を共有している、
ということが、この「横滑り」という言葉には示唆されているわけ)、

人はもっとずっと無根拠に、または直観的に世界の連関を見つけ出す。
形象なんかどこにもなくても、ひとつの(はずの)流れでシークエンスが移れば、読者はそこに連関を見る。見なくても感じる。
それでじゅうぶん、というか世界とはそういう風に人間の開けてくるものなんじゃないかと思う。
http://www.k-hosaka.com/note/comment/ko-zan.html
0144吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/10(日) 06:43:40.83
カトリーヌ・ロブ=グリエ 『若き妻の日誌1957〜1962』より
二人が結婚した1957年当時、彼は35歳、彼女は27歳だったが。10代に見えるらしい。このことは彼のロリータ趣味を表している。
1957年11月1日の彼女の日誌には、彼は少年のように彼女を愛していて、主人と奴隷という契約を交わしているにもかかわらず、
彼は彼女の跡ばかりをついてきて、とても35歳とは思えない、まるで彼の方が奴隷であり、口実を作っては、彼女にキスしたり、触ってくるのだという。
彼は口で言うほどサディストではなく、彼が望めば何でもできるので、どのように虐められるかを最初は不安に思っていた。
しかし、彼は大切な玩具を壊すようなことはしなかった。彼が3P,4Pプレイを望んでも彼女は拒み、その内にプレイそのものを拒否するようになる。
そして、彼女は若い愛人を持つようにまで、彼と心が離れていく状況を綴っている。
http://blogs.yahoo.co.jp/sakurakouji17281728/63631379.html
0145吾輩は名無しである
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2016/07/11(月) 00:17:44.74
牧眞司(shinji maki)
拙著『世界文学ワンダーランド』(本の雑誌社)…のアラン・ロブ=グリエ『ジン――ずれた舗石のあいだの赤い穴』の項。引用しますね。

〔人は物語ぬきに生きられない。物語が心を支えているとも言えるが、知らずしらず物語に依存しているとも言える。
たわいのない「最後に愛は勝つ」「もともと特別なオンリーワン」から、
愛国心や自己実現といった強烈なものまで、ぼくらのまわりは物語だらけだ。 →

ロブ=グリエは率直なひとだから、そんな虚構を漫然と受けいれている人々に対して、それは勘違いですよと教えてしまう。
彼の「世界は意味もなければ不条理でもない。ただたんに、そこに《ある》だけである」は、あまりにも有名なひとことだ。 →

→ だが、ロブ=グリエは物語をすべて排斥するわけではない。
たとえば、中期の傑作『幻影都市のトポロジー』や『ニューヨーク革命計画』では、 →

→ 神話の原型、探偵小説の常套など、すでにおなじみになった物語の欠片を、
いくつもいくつも集め、繰りかえして反射させ、イメージの万華鏡を構成してみせる。
もちろん、ひとつひとつの物語に内容などないことは歴然だ。そこにあるのは、意味が漂白された硬質なリアリティ。〕

ロブ=グリエがイイなって思うのは、「意味のある世界」のカウンターとして「不条理」とか「混沌とした世界」を持ちだすのではないところですね。
「人生は物語のようにはいかない」とかいうのは、べつなかたちの物語依存でしょう。

遠山純生
『去年マリエンバートで』が『羅生門』参照したとの説。レネにせよロブ=グリエにせよ『羅生門』に言及した発言見当たらなかったのだが、
山本喜久男氏遺稿集によればロブ=グリエが60年代に山田宏一氏に『羅生門』から霊感受けた旨語ったとの事(当時のキネ旬掲載記事より)。
日本人故告白したとか?
2016年7月9日
0146吾輩は名無しである
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2016/07/17(日) 13:04:11.76
河出書房新社(Kawade Shobo ShinSha)/河出海外小説選 1976-1982年
http://ameqlist.com/0ka/kawade/novels.htm

1976年
01 『ジュスティーヌ』 ロレンス・ダレル(Lawrence Durrell)
02 『バルタザール』 ロレンス・ダレル(Lawrence Durrell)
03 『マウントオリーヴ』 ロレンス・ダレル(Lawrence Durrell)
04 『クレア』 ロレンス・ダレル(Lawrence Durrell)
05 『大洪水』 Le deluge J・M・G・ル・クレジオ(J. M. G. Le Clézio)
06 『ブルックリン最終出口』 Last Exit to Brooklyn ヒューバート・セルビー・ジュニア(Hubert Selby, Jr.)
07 『心変わり』 ミシェル・ビュトール(Michel Butor)

1977年
08 『農場』 ジョン・アップダイク(John Updike)
09 『モデラート・カンタービレ』 マルグリット・デュラス(Marguerite Duras)
10 『わかってるわ』 ハンス・エーリッヒ・ノサック(Hans Erich Nossack)
11 『快楽の館』 La maison de rendez-vous アラン・ロブ=グリエ(Alain Robbe-Grillet)
12 『ソルジェニツィン小説集』 アレクセイ・ソルジェニーツィン(Aleksandr Isaevich Solzhenitsyn)
13 『見知らぬ男の肖像』 ナタリー・サロート(Nathalie Sarraute)
14 『路上』 ジャック・ケルアック(Jack Kerouac)
15 『ロリータ』 Lolita ウラジーミル・ナボコフ(Vladimir Nabokov)

1978年
16 『裸のランチ』 The Naked Lunch ウイリアム・S・バロウズ(William S. Burroughs)
17 『破壊しに、と彼女は言う』 マルグリット・デュラス(Marguerite Duras)
18 『海の百合』 アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ(Andre Pieyre de Mandiargues)
19 『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』 J・D・サリンジャー(J. D. Salinger)
20 『消しゴム』 アラン・ロブ=グリエ(Alain Robbe-Grillet)
21 『死の宣告』 モーリス・ブランショ(Maurice Blanchot)
22 『ゴーレム』 グスタフ・マイリンク(Gustav Meyrink)
0147吾輩は名無しである
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2016/07/18(月) 13:18:38.93
中川 正弘Masahiro Nakagawa

小説の制度とレトリック -ロブ=グリエにおける語りと動詞時制の問題, 広島大学フランス文学研究, 8号, pp.70-pp.81, 19890101
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/19638/20141016134012178032/ELLF_8_70.pdf


アラン・ロブ=グリエの小説におけるレトリックと虚構, 広島大学フランス文学研究, 6号, pp.109-pp.126, 19871001
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/19623/20150727153006152511/ELLF_6_109.pdf


Un Régicideにおける解体的隠喩, 日本フランス語フランス文学会中国・四国支部機関誌『フランス文学』, 15号, pp.59-pp.68, 19850601
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/25494/20141016151843374109/LitteratureFrancaise-ChugokuShikoku_15_59.pdf


『覗く人』における空白-存在と不在の弁証法, 広島大学フランス文学研究, 3号, pp.46-pp.56, 19841001
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/19601/201410161339531645/ELLF_3_46.pdf


『嫉妬』におけるテクストと虚構, 広島大学フランス文学研究, 2号, pp.46-pp.56, 19830901
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/19595/20141016133949991128/ELLF_2_46.pdf
0149吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/19(火) 21:08:49.29
 「現代の珠玉とも言うべき、真に偉大な二つの小説、ロブ=グリエの『覗く人』と『嫉妬』を読みましたか。」(ハリー・レヴィン宛 1959年7月 238番)
 
 「パリにいるあいだに、今日もっとも偉大なフランス語の作家(中略)、ロブ・グリエに(約束のうえ)会いました。
ぜひとも合衆国に来てもらうべき人物です――彼が同意すればの話ですが。彼の本、とくに『嫉妬』をぜひ読んでみてください。
『覗く人』と最新作『迷宮のなかで』も驚嘆すべき作品ですが。書いても話しても、まったく独創的な人物です。
文学賞の選考委員たちが、シュウオール・バールやビュトールのような、中身のないふくらし粉入りの連中をほめちぎる一方で、
なぜロブ・グリエを一顧だにしなかったのか、会ってみてよくわかりました。」 (モリス・ビショップ宛 1959年12月 247番)

  「六〇頁 プルースト、マン、ジョイス
 ここにマンが割って入ることには断固反対します。この重ったるい因習主義者(コンヴエンショナリスト)は、このそびえ立つ陳腐の権化は、
二つの聖なる名前のあいだでいったい全体何をしているのでしょうか。彼の名声はドイツの大学教授たちが膨らませたものです。
なにゆえ、マン、ゴールズワージー、フォークナー、タゴール、サルトルが「偉大な名匠」であると説いて、
学生たちを道に迷わせつづけねばならないのでしょうか? 」 (マイヤー・エイブラムズ教授宛  1958年1月 188番)

『ナボコフ書簡集1−2』(D.ナボコフ、M.J.ブルッコリ編 江田孝臣、三宅昭良訳 みすず書房 2000年2-7月)
0150吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/21(木) 00:52:35.31
特集 前衛からエンターテイメントヘ アラン・ロブ=グリエをミステリとして読む。
レビュワー/大城譲司
1968年沖縄県生まれ

覗くひと
http://bookjapan.jp/search/review/200812/001/01/review.html

ミステリファンにはおなじみ、ジュリアン・シモンズの『ブラッディ・マーダー』(新潮社)は、
1920年代の英米で花開いた「探偵小説」が、徐々に「犯罪小説」へと発展していく過程を追った大部の評論だが、
ここでシモンズ先生、ロブ=グリエの作品にも触れている。
それによると、ロブ=グリエのデビュー作『消しゴム』は、
「英国推理作家協会の同年度最優秀作品賞の候補になったものの不幸にして最後の選に洩れ」たらしい。


迷路のなかで
http://bookjapan.jp/search/review/200812/001/02/review.html

安部公房との対談「アレゴリーを越えて」(中央公論社刊「海」1979年1月号掲載)で、
ロブ=グリエは、ボルヘスの「二十世紀の偉大な小説はすべて探偵小説だ」という考えを引き合いに出しつつ、
ミステリというジャンル小説のありようを、こんなふうに分析している。
「探偵小説の役割は、そういった無秩序で乱雑な部分に、ある秩序を与えること、
しかもすべての要素を利用しながらいっさいの矛盾を解消すること、
そして全体が唯一の、決定的な意味、すなわち真実をあらわすようにすることにあります」


反復
http://bookjapan.jp/search/review/200812/001/03/review.html

『反復』の舞台は第二次世界大戦後のベルリン。隣国から送り込まれたスパイの五日間の行動が描かれる。
内容は、「謎の殺人事件あり、煽情的なうら若い少女売春あり、
網をはりめぐらした秘密組織や警察と風俗業者の癒着があり、サドマゾ的な拷問があり、
裏切りや処刑があり、最後も連鎖的な殺人と偽装で終わる」(平岡篤頼「訳者あとがき」)。
0152吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/22(金) 00:13:21.78
《ヴィスコンティの「仕事中」》

 『ボッカチオ'70』というオムニバス作品の中の一つだが、ロミー・シュナイダー主演の伯爵夫人が夫とのセックスを
「セックスというお仕事」にする悲しみがテーマという上野千鶴子好みの作品。
それはそれでいいのだが、シュナイダーのドイツ語とイタリア語の使い分けがとても面白い。
夫の伯爵はドイツ語が分からないという設定になっている。逆に執事の一人とはドイツ語が通じる。

 だが夫の伯爵はフランス語はできるようだ。読んでいる小説がロブ=グリエの『消しゴム』(当時の最新のフランス小説)
だというところがもう一つ面白いところだが、映画の内容と『消しゴム』の内容とが交差しないところが、いまいちと言えばいまいち。
ロブ=グリエの小説こそ表面をなぞる視線の繰り返しの無限性という(バロック的な)恐ろしさを現代化したものに思えるが、
その点から見ればヴィスコンティはまだ「人間的」な作家かもしれない。
http://25237720.at.webry.info/201607/article_7.html

Les Gommes 1953年

ボッカチオ'70 Boccaccio '70 (1962年) オムニバス
0153吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/29(金) 20:55:02.88
黒澤明が選んだ100本の映画

51.去年マリエンバードで
1960年 フランス
監督:アラン・レネ
出演:デルフィーヌ・セイリグ、ジョルジョ・アルベルタッツイ

「この人はヌーベル・バーグの先駆者でね、これは確かロブ・グリエっていう当時論争を
巻き起こした作家の作品を映画にしたものなんだけど、今と昔とか、
現実と非現実とか色々入り混じってて判りにくいんだけど、手法としてとても触発された。」
0154吾輩は名無しである
垢版 |
2016/07/31(日) 12:42:51.24
ルディ
小説の一節が好きだったりする。
ロブ=グリエの『覗く人』のマチアスが子供の時に椅子に本を敷いて鳩の絵を描いているシーンとか、
アリステア・マクラウドの『ボート』の文頭第一パラグラフとか。文章に散りばめられた宝石。
2016年7月30日
0155吾輩は名無しである
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2016/08/02(火) 15:34:07.92
去年マリエンバートでは始めは詩的で雰囲気もいいが、
だんだんどうでも良くなってくる。映画としては失敗だ。
0156吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/02(火) 19:17:46.62
それよりナタリー・サロートだよなと思っても、20代の頃のようにヌーヴォーロマンについて行けるか。
今なら文庫で出ていないのかと探すと文庫はおろか古本でしか手に入らないよう。
ロブ・グリエも何冊も買ったが、「消しゴム」は読んだはずだがくらいの記憶。
ビュトールは好きだったので特に「時間割」「心変わり」など。「時間割」は昔から文庫で出ていたが逆に今は出ていない。
50年代中過ぎてから60年代にかけてフランスではヌーヴォー・テアトル、ヌーヴォーロマン、ヌーヴェルヴァーグと新しい芸術が次々誕生した。
テアトルはベケットの「ゴドーを待ちながら」ヌーヴェルヴァーグならゴダールの「勝手にしやがれ」など有名。
今やもう半世紀以上前の出来事。いつも新しくていいものが生み出されるわけではないので、天才の出現を待ち望むしかない。
ウッディ・アレンが20年代、失われた世代の人間に20世紀初めはよかったと言わせたように古き良き時代なんてない。
今思えば、有名になる画家、映画監督、小説家たちがスタインの周りにたまたま集まっていただけで黄金時代とか名付けるのは後の人間。
50年代のアメリカが映画に出てくるようなティーンエイジャーばかりだったかなどわからない。
それをその通り信じて日本人が同じ格好したところで様になるわけがないなんて若い人間はわからないでまねする。
ディスコブームの時、みんな一列になって同じ踊りをしているのを見て自分も若かったけど、すごく気味悪かったのを覚えている。
もうヌーヴォーロマンを読む人間は限られている。最近ノーベル賞を取ったル・クレジオはヌーヴォーロマンよりまだ若い世代だが、
そういうときに少し本が出るくらい。映画で何度も観たレ・ミゼラブル。ユーゴー読んでみたいとふと思うが、
きっと買ったらそのまま積んでおくだけになるとわかっているからそんなことは忘れる。
学生の時大好きだったサルトルの「嘔吐」もなかなか読み返す気になれない。たぶん「嘔吐」は学生の時読むものであったのだろう。
というと新しい訳が出るたびに買って読んでいる、
しかも何度読んでも飽きないプルーストの「失われた時を求めて」は若いときに読んでもわからなかったのは当たり前ということだったのか?
http://blog.goo.ne.jp/maximus_poems/e/b7ca9ef93ba9d94e44377913ccd4ee15
0157吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/11(木) 21:30:35.76
ランドル・スティーヴンソン
「ポストモダニズムと今日のイギリス小説」
大熊 栄 訳
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/10114/1/kyouyoronshu_285_1.pdf

一九五〇年代以来,フランス文
学,特にアラン・ロブ=グリエとヌーヴォー・ロマンへの称賛を示し,しば
しば感謝の念を表明するイギリス作家たちの第五列(訳注:後方撹乱部隊)
ができた。大学でフランス文学を専攻したジョン・ファウルズは『フランス
軍中尉の女』の中で「実存主義哲学の教訓」(Fowles 1969 and 1977:63)に
ついて語り,さらには「ヌーヴォー・ロマンの理論家…アラン・ロブ=グリ
エとロラン・バルトの時代」(p.185)の文学について語っている。パリ大
学で英文学を教えるバイリンガルのクリスティン・ブルック=ローズはロブ
=グリエの小説をいくつか英語に訳し,自身の初期の小説のいくつか――例
えば『アウト』(1964)や『サッチ』(1966)――においてヌーヴォー・ロマ
ンの特徴を多少なりとも英語の書きものに移し変えようとした。
0158吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/11(木) 21:44:58.39
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0159吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/11(木) 23:12:36.89
>>153
黒澤も知っていたはずだが、「去年マリエンバートで」は黒澤の「羅生門」の影響を受けている。
0160吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/12(金) 21:40:31.44
第48回 2014年3月
映画館から出るといつも裸足だった
鈴木創士
http://www.gendaishicho.co.jp/news/n7881.html

ずいぶん前の話で恐縮だが、京都の日仏にロブ・グリエが講演にやって来たことがあった。
若かったわれわれは三人で冷やかしに(これは言葉のアヤです)行った。
講演の内容はまったく思い出せない態のものだったが、後の質疑応答の際のイザコザはよく覚えている。
(分身に聞いてみないとわからないが、というか私の知ったことではないが、この場合は、分身が講演を聞きに行ったのではないのよ)。
 「五月革命の興奮覚めやらぬ頃、あなたはシュルレアリストの極左であるジャン・シュステルや
モーリス・ブランショと一緒にカストロに会いにキューバへ行ったそうですが、いったい何をするつもりで行ったのですか?」
 われわれが礼儀正しく(だったかどうかは覚えていないが)そう質問しただけで、ロブ・グリエは露骨に嫌な顔をして、大人気なく怒り出した。
 「フランスにも君のようなゴーシストというか過激な若い連中がいるのを百も承知しているが、私はそういうのにうんざりしているんだ」
 なんて失礼な奴だと思った。度量がないだけならまだかわいらしいが、
顔も表情もただの意地の悪いインテリ・フランス人の典型といった感じで、かわいくないどころかみっともなかった。
不愉快でつまらないオッサンだ。知識人じゃないのか? えっ、何かコンプレックスでもあるのか? 
その後、少し言い合いになったと思うが、残念ながら、
いかにロブ・グリエの作品に見るものがないかという豊穣な文学的議論を交わすことすらできなかった。
 「あっ、そうですか、退屈だからもう帰るわ」と捨て台詞を残して、われわれ三人は早々に会場を引き上げた。最低限の礼儀として。
0162吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/14(日) 08:27:55.62
D’ailleurs personne n’aurait l’idée de louer un
musicien pour avoir, de nos jours, fait du Beethoven,
un peintre du Delacroix, ou un architecte d’avoir
conçu une cathédrale gothique. Beaucoup de romanciers,
heureusement, savent qu’il en va de même en
littérature, qu’elle aussi est vivante, et que le roman
depuis qu’il existe a toujours été nouveau.

Pour un nouveau roman
0163吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/15(月) 13:49:29.46
消しゴムは中村訳と中条訳どっちがいいですか?
0164吾輩は名無しである
垢版 |
2016/08/15(月) 20:06:02.61
実は私はいつも世界のあちこちで詩人諸君にこのことを言い、貧乏はおたがいだからお金などいらぬ、ぜひのせるだけのせてくれ、
という返事をいつも得ていたから、ロブグリエ氏もそんなふうに答えるだろうと勝手に決めていたのである。
しかし、ロブグリエ氏は雲のなかを歩む詩人ではなく、大地にしっかりと足をつけた小説家であった。

どこの国でも、ベスト・セラー作家などという幸運な、あるいは不幸な少数の例外を除けば、
文学者というものは、あまりお金に縁があるほうではないらしい。
ロブグリエ氏も有名は有名だが、出版社で働いているところを見ると、サガン嬢のようにはうまくゆかないのであろう。
いや、フランスとかアメリカとか、とにかく読書人口がかなりあって、ベスト・セラーが成立し得る国の作家は、まだしも幸福である。

「ベリー・グッド、彼はこの近くの出版社で働いている」詩人はすぐ電話をかけた。
彼がフランス語で何やらやりとりをしているあいだに、この「ロブグリエ」という名前が初耳でないような気がしてきた。 私は気がついて訊ねた。

ロブグリエ氏のつとめる出版社「レ・ゼデイション・ミニュイ」はすぐ近所だった。 えらく古い傾きかけた建物である。

ガタガタやっていたら、一人のチョビヒゲの男が三階の窓からヒョッコリ顔を出した。
それがロブグリエ氏なのであった。 彼が自分で降りて来て扉を開いてくれた。

彼の自室で話すことになった。 いかにも好人物らしい感じの四十がらみの男、それがロブグリエ氏なのであるが、たいへんなことが判明した。
彼はエイゴは何一つ話せないという。

フォークナアの原文を読めるのと、たとえば明日のお天気について会話ができるのとは、まったくべつの次元に属する。
その点で、ロブグリエ氏はまったく日本のインテリ的であった。

あんなに当惑した三十分間は、これまでの私の生涯においてない。 これは、ひょっとしたら、ロブグリエ氏にとっても同じことかもしれない。
えたいの知れない日本人が来たかと思ったら、そいつがオシとツンボに近い状態にいる。
小田実『何でも見てやろう』
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