「である」は四迷、「です」は美妙ね。漱石より20年ほど前
言文一致は表記の問題であると共に思考法の問題でもあったから
内容にも関わっていたんだよ。漢文調だと儒学的価値観に引っ張られて
文学が自立できないと考えた逍遥は馬琴やロマンスなど波乱万丈の物語を
「古い」とし、人情を写す=内面を描くノベルを「文学」だとした
浮城物語論争では、魯庵は面白さを目指すのは文学ではない、人間を描け
と主張下。今日に至る「人間が描けていない」ってやつね