ムーという馬鹿にこの言葉を送る
誰もが知るように、ヴェトナム戦争時代のゴダールがアメリカに惹きつけられる理由など何一つないはずである。
にもかかわらず、アメリカ映画は彼の心を深く揺り動かさずにはおかなかった。
(中略)それは小津安次郎が戦時下においてマレーシアでアメリカ映画を楽しみながら日々をすごしていたのを知らない。
(中略)「アメリカ的」なものは戦前の日本にも充満していたのであり、そんなことは近代日本の歴史を振り返ってみれば当然のことはずである。その「アメリカ的」なものの充満が途切れたのはほんの短いー「小泉政権」よりもはるかに短いー期間でしかない。

小泉政権罵倒しまくっていたり、安倍政権を罵倒するモブノリオを全肯定している蓮實を体制側とはしたない言葉で形容するおろかさを自覚していないのだろう。
サイードを含む知識人どもがパレスチナについて論争しようとするさまを、「ただ醜い」と言って済ませなくてはならないといったつつましさも含めて評価するべし