「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯(ただ)一つにて在らん。もし死なば、多くの果(み)を結ぶべし。」(ヨハネによる福音書12:24)

ふつーーーうの解釈だけど、
これはイエスが磔で死ぬことを悟ったときの言葉で、自身を小さな一粒の麦にたとえてる。

種のままだと芽も出ないし実もつけないけど、種じゃなくなることで(これを死と言ってる)実になるってことやで?
おれらの感覚だと種は生きててそれが発芽し実をつけるってイメージだけど、ここでは種が死ぬことで新たなもの(実)になるって意味。

ひらたく言うと、
「わたしが死ぬことによって残った大勢が生きる」って意味やで〜。
他にも
「イエスの死によって残った人々の罪が清算される」みたいな解釈とかあるけどなぁ・・・


でも、アリョーシャが言いたいことは他にもあると思うけどなぁ・・・