とうとう 彼 は 出奔 し た 妻 の 行方 を 突き 留め た。 彼女 は、 かの 教員 とともに 流れ 流れ て ペ
テルブルグ に 落ち着い て、 放埒 至極 な『 解放』 に 耽溺 し て い た。

フョードル は 急 に 騒ぎ出し て、 自分 で ペテルブルグ へ 出かける 準備 を し た、―― なん の 為 か
という こと は、 むろん 自分 でも わから なかっ た が、 実際 その とき 本当に 出かけ かね まじ い 勢
い で あっ た。 しかし この 決心 を 採っ た とき、 彼 は 元気 を つける ため 旅行 前 に、 一つ 思い切っ
て 浮かれる のが 当然 の 権利 だ、 と すぐ に 考えつい た。

ところが ちょうど この 時、 妻 が ペテルブルグ で 死ん だ という 通知 が、 里 の 方 へ とどい た ので
ある。 彼女 は なんだか 急 に どこ かの 屋根裏 の 部屋で 死ん だ らしい。 一説 には チフス だ と いう
が、 また 一説 には 餓死 だ とも いっ て いる。 フョードル は 酔っ払っ て いる 最中 に 妻 の 死 を 聞く
と、 いきなり 往来 へ 駆け出し て、 両手 を 空 へ 差し上げ ながら 嬉し さの あまり、『 主 よ、 今 こ
そ、 あなた は み 言葉 の とおり に、 この 僕 を 安らか に 去ら せ て ください ます』と 叫ん だ という
話 も ある が、

また 一説 には、 小さな 子供 の よう に しゃくり上げ て 泣く 様子 が、 たまらない ほど 嫌 な 奴 では
ある けれど、 見 てる のも かわいそう なくらいで あっ た、 とも 伝え て いる。 おそらく 両方 とも
本当 なので あろ う。

つまり 解放 を 悦ぶ と 同時に、 解放 し て くれ た 妻 を 悼ん で 泣く、 この 二つ が ごっちゃ に なった
ので あろ う。 多く の 場合、 人間 という もの は( 悪人 でさえ)、 我々 が 概括 的 に 批評 を 下す よ
りも、 ずっと 無邪気 で 単純 な 心 を 持っ て いる。 我々 自身 だって そう なので ある。

--------------------------------------------------------------------------------------------
よくフョードルをゲスいという。これのいったいどこがゲスいのか?人間の真実でないか?