あまりにも、変幻自在な文体を駆使して社交界に適したふるまいをする誘惑者と主人公を最終的に結婚させなかったことですさまじい批判を受けた理由がよくわかる
手紙を盗み読む誘惑者は、たまたま盗み読むことができなかった主人公への手紙に対して
「A line, a line for the kingdom!」とか(友人への手紙で)漏らす
お前はリチャード三世か、と思いつつも、なんだか余裕あるなあ、と思ってしまう
「なんという冷酷なあの忌まわしきcreature!」と書いてある同じ手紙に、(数時間後に書き足されている場面で)「ああ、なんと甘い淑女よ!」と出てくる
(監禁している女が一緒にご飯を食べることに同意しただけなのに・・・)

この一年で500通以上も飛び交う「手書きの手紙」、さらにそれを盗み見て「複写して」友人の手紙に添えるようなアクロバティックな小説はほかの時代には早々生まれない
影響を受けたルソーの「新エロイーズ」には13年間で200通くらい、こっちは一日1-2通、月に50通近くが飛び交う
これはロンドンの一日最大12回郵便配達されるようになった時代にしかありえないし、電信が出現する時代でもない
目と鼻の先の人にひたすら手紙を書き続ける人たちと言うのは確実にそれまで存在しなかった世界を小説に作り出している

リチャードソンはロンドンの印刷業者の元締めにまでのし上がった人で、法律の半分を印刷していたような実務にたけた人だった
ナポレオンやバルザックも、パミラをパロディ化したフィールディングも絶賛した小説を漱石が楽しめなかったとかはどうでもよくて、様々な観点から読み直されている作家と言える

エクリチュールと事実の関係を書いた小説、小説におけるメディア論として、作者と協力する複数のauthorによって作られた小説
誤字だらけから、英語に元からあった言葉を駆使する文体、貴族の使う外来語主体の文体に口語・俗語の混じる文体を縦横無尽に使い分けるさま
細部のおもしろみ、ドイツ・ロマン派やフランス・リアリズムに至るまでの影響といい、素晴らしい傑作と言っていいと思う