大塚英志が言うには欧米においては吉本バナナの本は無国籍な表紙で売られるのに村上春樹の表紙は日本的なものが多いから案外マージナルな興味で見られてるのかも、だってさ
それが確かなら向こうの人々は村上春樹を「原爆落とされてアメリカナイズされた極東の敗戦国」式のポストコロニアル目線で読んでるかも知れんのよ
その意味で村上春樹にも政治性やら社会性がないとは言い切れないだろう
しかもアメリカの被支配を意識せず軽妙にその文化と戯れてポストモダン的に消費社会を生きるんだからしたたか者なり
果たして村上春樹はこれを意識してやったのかただの天然か