>>41
>若いころに「マルクスの悟達」という短文を書いてるけど、それを深化させることはなかった。
>論理を嫌うあるいは論理に弱く、感性に生きた人なんだろう。

  何がリアルなのか、という基準には忠実だったと思うが。論理的な思考も、そこを離れた
、リアルを離れた思考は「観念論」だとして否定しているでしょう。あの湯川秀樹との対談で
小林の言いたかったのもそのことであって、あのなかで小林に拠る
「観念論」の定義が出てきてる。言葉を構築すること自体が目的化している人間が観念論者
であって、そうではなく、言葉が何かから離れず、それは美やリアリティや己の世界だろうが、
駆使されることが言葉の役割。言葉自体が目的化している場合は、たとえそれが唯物論で
あっても、実質は観念論だということ。そう小林は定義している。それは今読んでも
説得力を持っているとしか言えない。

《唯物論だって、言葉を道具として使用できない人にとっては、空疎な観念論で・・・つまり
言葉が道具にならない人は言葉自身が目的で、手段ではないのだから。だから意識しなく
ても言葉自身が目的のように言葉を使っている男・・・観念論者のいちばんいい定義だと
思うのですがね》『直感を磨くもの』78頁 新潮文庫