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ドストエフスキーPart46 [無断転載禁止]
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0535吾輩は名無しである垢版2018/05/22(火) 02:37:26.98ID:yqcs1J7T
スレチだけどトルストイの民話集読んでみたけど面白かった
話も面白かったしトルストイだなーという所もあっていい作品だった
今は、イワンのばかの最初だけれどいずれドストエフスキーとの比較でもしてみたい
0536吾輩は名無しである垢版2018/05/22(火) 10:15:09.31ID:GUp5aNKq
>>535
> スレチだけどトルストイの民話集読んでみたけど面白かった

スレチではないので、この断り書きは必要ない。トルストイとドストエフスキーは

相互に大変な影響を与え合っていたはず。
0538吾輩は名無しである垢版2018/05/23(水) 00:38:54.84ID:O3IvnlGU
>>528
哲学的、あるいは厳密性をもって、正確性で、書けない。その前置きをしておいて、

ヘッセとドストエフスキーでは、おそらくは人生で見聞したものの量が違うのではないか。

たとえば、白痴であるが、死刑囚のイメージと思考について、縷縷書かれているが、

「それらはすべて、まさに彼自身のじっさいの体験と思考」に由来している。

またたとえば、カラマーゾフで、ゾシマと民衆のやりとり、これも実在の人物じっさいの会話が下敷きにあるのではないか。
0539吾輩は名無しである垢版2018/05/23(水) 00:45:07.32ID:O3IvnlGU
>>523
>イワンが物語の進行につれて、文明人からカラマーゾフ人に、ヨーロッパ人からロシア人に、形のととのった歴史的タイプから、未来のための無形式的素材になってゆく
最初彼の身をつつんでいた落ちつき、悟性、冷静、科学性の威容からずれ落ちていった、もっともぐらつきそうにもなかったカラマーゾフ族のひとりが、ヒステリー、ロシア性、カラマーゾフ的なものへ移行していった
ロシア的人間、カラマーゾフとは、殺人者であって同時にもっともデリケートなたましいの所有者である
それは申し分のない利己主義者であり、また申し分のない献身の英雄である

イヴァンについてひとつの見地を与えてくれる。

ところでこれは、そのままラスコーリニコフにもあてはまるではないか?

そしてまた、われわれ自身にも。「カラマーゾフとは我自身のことなり。」

ロシア的人間とは、即 日本的人間なり!!
0541吾輩は名無しである垢版2018/05/23(水) 00:52:10.52ID:O3IvnlGU
>>503
> だから生存の維持に必要な物質的欲求が満たされた利子生活者になったら
> 名誉心などに起因する価値闘争から身を護るために孤立する
> いわゆる「地下室人間」のイメージが提示される

最近数ページ、カラマーゾフのホフラコーヴァとゾシマの対話のところを読んだ。

そのとき、ゾシマが「ある医者の告白として」人類全体を愛するが、身近にいる具体的人間を

愛せないという、話を持ちだした。そのとき、きみのこの「「地下室人間」のイメージ」という言葉を思い出したよw ああ、これだな、と。
0544吾輩は名無しである垢版2018/05/23(水) 22:51:31.35ID:O3IvnlGU
>>543
ほんとにね。現実は、リアルは、いつもきびしいね

でもそれさえも、強い生命力があれば、乗り越えられるとおもうんだ

隣人が狂人であることの出現頻度が15%と仮定する

だとすると、職場でパワハラを受ける蓋然性は、75パーセントだろうか?

... そうだ、そうなのだ。僕達が生きてるこの世界は、そういう風にできてるのだ。

だから、ゾシマは「実践の愛」がいかに厳しいものか、説いている。

そもそも、宗教が創始され、必要とされる最大のワケは

人間関係の悩みなんだよ。もっとこれについて、書きたい気持ちもあるが、ドストエフスキーと離れるのでとめておく。
0545吾輩は名無しである垢版2018/05/25(金) 23:09:17.23ID:b5S+4Rxd
ゲーテファウストをゲット。岩波。

マシンの机に置き、手すきのときに、読んでいく心づもり。

まだ巻末の解説を読んでいるところ。

「凱歌をあげるのは止すがいい。
お前たちは人類と知識とに対して勝利を得たのではない」
0546吾輩は名無しである垢版2018/05/25(金) 23:11:59.58ID:b5S+4Rxd
Wir sehnen uns nach Offenbarung,
Die nirgends würd'ger und schöner brennt
Als in dem Neuen Testament.
Mich drängt's, den Grundtext aufzuschlagen,
Mit redlichem Gefühl einmal
Das heilige Original
(行数の都合で最初のみ)

森鴎外訳(1913年)

啓示がほしいとあこがれる。
あのどの傳よりも尊く、美しく
新約全書の中に燃えてゐる啓示がそれだ。
原本を開けて見て、
素直な感じの儘に、一遍
神聖なる本文を
好な獨逸語に譯して見たい。
かう書いてゐる。「初(はじめ)にロゴスありき。語(ことば)ありき。」
もうここで己はつかへる。誰の助(たすけ)を借りて先へ進まう。
己には語をそれ程高く値踏することが出來ぬ。
なんとか別に譯さんではなるまい。
霊の正しい示(しめし)を受けてゐるなら、それが出來よう。
かう書いてゐる。「初に意(こころ)ありき。」
軽率に筆を下さぬやうに、
初句に心を用ゐんではなるまい。
あらゆる物を造り成すものが意(こころ)であらうか。
一体かう書いてある筈ではないか。「初に力ありき。」
併しかう紙に書いてゐるうちに、
どうもこれでは安心出來ないと云ふ感じが起る。
はあ。霊の助(たすけ)だ。不意に思ひ附いて、
安んじてかう書く。「初に業(わざ)ありき。」
0547吾輩は名無しである垢版2018/05/25(金) 23:15:24.65ID:b5S+4Rxd
相良守峯訳(1958年)

その啓示は、
新約聖書に示されているものほど、
貴(とおと)く美しく輝いているものは外にはない。
あの原典をひもといて、
誠実な気持でひとつ、神聖な原文を
好きなドイツ語に訳してみたくなった。
こう書いてある、「太初(はじめ)に言葉ありき。」
軽率に筆をすべらせぬよう、
第一句を慎重に考えなければならぬ。
一切のものを創り成すのは、はたして意味(こころ)であろうか。
こう書いてあるべきだ、「太初(はじめ)に力ありき。」
ところが、おれがこう書き記しているうちに、
速くもこれでは物足りないと警告するものがある。
霊の助けだ。おれは咄嗟に思いついて、
確信をもってこう書く、「太初に業(わざ)ありき。」

日本語の格調は、時代を下るごとに、落ちていくのか。或いはまた、
鴎外が別格総本山なのだろうか。
0548吾輩は名無しである垢版2018/05/25(金) 23:26:57.88ID:F8DrRvdx
聖人ともなれば周囲に煩わされたりしなくなるんですか?
例えば毎日の隣人の騒音とか
0549吾輩は名無しである垢版2018/05/25(金) 23:42:38.26ID:b5S+4Rxd
>>548
> 聖人ともなれば周囲に煩わされたりしなくなるんですか?
> 例えば毎日の隣人の騒音とか

そんなこと、ないと思いますよ?

それにいわゆる「聖人さま」などというものは、存在しない

ゾシマといえど、凡夫です。ぼくらと同じく凡夫で、隣人の騒音にもいらつくし、

逆に「ウルセーッ」って文句言われたら、ビビりますねw

ただ、われわれと違うのは、一流の人格者で、深い信仰によって鍛錬されている点です。

あなたの疑問いっさいは、カラマーゾフ本文をたんねんに読めば、一点の曇もなく氷解するでしょう
0550吾輩は名無しである垢版2018/05/26(土) 01:50:16.20ID:Mc7gFTqy
>>545
ファウスト読むのなら「時よ止まれ、お前は美しい」が何を意味するか考えて全体を読むと面白いよ
まー一つの読み方のオススメにすぎないけど
0551吾輩は名無しである垢版2018/05/26(土) 01:54:22.64ID:Mc7gFTqy
あーあと言い忘れた
ヨブ記にすごく似ているということ
ヨブ記の構想を受け継いでいるので概要だけても知ってるといいと思う
0553吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 14:06:06.15ID:QGADTz9k
>>552
> ヨブ記厨か

クズねらーかw? ドスト自身がだれよりもヨブ記厨でしょ?

わしらジャップには関係ないけどもおWWWWWWW
0554吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 14:11:01.90ID:QGADTz9k
ヨブ記は読んだことないんだけども
前に、
------------------------------------------------
ある金持ちがいた。彼は紫の衣や細布を着て、毎日ぜい沢に遊び暮らしていた。ところが、
ラザロという貧しい人が全身でき物でおおわれて、この金持ちの玄関の前にすわり、その
食卓から落ちる物で飢えをしのごうと望んでいた。その上、犬が来て彼のでき物をなめていた。
この貧しい人がついに死に、御使い達に連れられてアブラハムのふところに送られた。
金持ちも死んで葬られた。そして黄泉(よみ)にいて苦しみながら、目を上げると、アブラハム
とその懐にいるラザロとが、はるかに見えた。
そこで彼は声を上げて言った、『父アブラハムよ、私を哀れんでください。ラザロをお遣わし
になって、その指先を水で濡らし、私の舌を冷やさせてください。私はこの火炎の中で苦しみ
もだえています』。
 アブラハムが言った、『子よ、思い出すがよい。あなたは生前良いものを受け、ラザロの
方は悪いものを受けた。しかし、今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦しみもだえている。
そればかりか、私たちとあなたがたとの間には大きな深遠が置いてあって、こちらからあなた
方のほうへ渡ろうと思ってもできないし、そちらから私たちの方へ越えて来ることも出来ない』
そこで金持ちが言った、『父よ、ではお願いします。私の父の家へラザロをお遣わしください。
私に5人の兄弟がいますので、こんな苦しい所へ来ることがないように、彼らに警告して頂き
たいのです』。
アブラハムは言った、『彼らにはモーセと預言者がある。これに聞くが良かろう』。
金持ちが言った、『いいえ、父アブラハムよ、もし死人の中から誰かが兄弟達の所へ行ってく
れましたら、彼らは悔い改めるでしょう』。

アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみ
がえって来る者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』」。

------------------------------------------------
はそのイメージの鮮烈さに感動した。

こうした背景を知らずに、カラマーゾフ読んでいたことは、少しもったいなかった。
0555吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 14:51:13.18ID:RX3jslBc
聖書では創世記が重要である
創世記には、兄弟の争いがたくさん出てくる
ぜひ読んでおくべきは、カインとアベル、ヤコブとエサウ、ヨセフとその兄弟たちのところである
どれも兄弟たちは、親の愛と財産をめぐって争う
どれもカラマーゾフの兄弟に出てくる
0556吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 20:27:20.36ID:X0luJpuD
トルストイのイワンのばか・人はなんで生きるか、が読み終わったよ
トルストイ民話は、まるで子供の時に読んでいた童話のような世界になっていて楽しくてとても読みやすかった
それでいて主題は、どう生きるべきか、人間に与えられているものは何か、与えられていないものは何か、など哲学的な内容も含んでいてとてもよかった
0557吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 20:29:13.62ID:X0luJpuD
ドストエフスキーとトルストイの比較について思ったことは、両者とも「許し」について敏感であったという事がある
トルストイのこれらの民話では一番の主題がある
それは聖書の一つの聖句からきている、曰く、

「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
イエスは言われた。
「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」
(マタイによる福音書十八章)

トルストイならではの、少し極端とも言える徹底した主張を感じた
やはり文豪だね
0558吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 20:29:25.72ID:X0luJpuD
トルストイを読んでいて、ドストエフスキー愛好家の自分としてまず思い出したのは悪霊だった
ステパン氏の言葉であった
他の作者を読んでいても、こういう風に頭の中で思考が繋がっていくから読書は面白いね

「まずすべての人を、常に赦しましょう……そして、ぼくらも赦してもらえるという希望をもちましょう。そうですよ、だれでもみなおたがいに罪を犯しているものですものね。万人が罪人(つみびと)なのですから!……」(悪霊ステパン氏)
0559吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 21:52:01.74ID:QGADTz9k
>>557
> トルストイのこれらの民話では一番の主題がある
> それは聖書の一つの聖句からきている、曰く、
>
> 「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
> イエスは言われた。
> 「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」
> (マタイによる福音書十八章)
>

これは君の文にしてはめずらしく論旨不明確だ。聖書のきわめて有名な箇所であり、たいへんに重要性を含んでる核心的思想であるが


> トルストイならではの、少し極端とも言える徹底した主張を感じた
> やはり文豪だね

トルストイが「どうそれを表現したか?」書かれていない。
0560吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 21:59:41.30ID:QGADTz9k
>>555
> 聖書では創世記が重要である
> 創世記には、兄弟の争いがたくさん出てくる
> ぜひ読んでおくべきは、カインとアベル、ヤコブとエサウ、ヨセフとその兄弟たちのところである
> どれも兄弟たちは、親の愛と財産をめぐって争う
> どれもカラマーゾフの兄弟に出てくる

おっしゃるとおり、でしょう。... しかし私どもの信仰では「ぜったいに聖書等の外道の典籍を読んではいけない」という核心的教えがある。

それは、文化的狭量さなどではなく「なにが正しくなにが劣っているか」この世界と宇宙を明確に説明し、
行動しゆく規範なんです。

ふうつ一般人にはとうてい信ぜられぬが、もしこれを犯せば、想像もできないほどの罰がある。

ではなぜ?「君はカラマーゾフなどを読むんだい?」と問われれば、ここにもうひとつ秘密がありまして、

「開く」という義があり、それは生命の一瞬のあり方次第なんです。「カラマーゾフであれ、なんであれ、

仏法の眼(まなこ)から拝読している。」
0561吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 22:04:24.16ID:QGADTz9k
> 「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」

なぜなのか?

ぼくは「人間はすべて幼子(おさなご)だから」だと思う。
0562吾輩は名無しである垢版2018/05/27(日) 22:12:42.16ID:QGADTz9k
教えの表面だけ見れば、日蓮仏法とキリスト教はぜんぜん別物に見える。

前者は、厳しく父の愛と言われる。悪人は(この場合の悪人とは、たとえば世間一般の殺人犯などではない

そのような世俗の善悪ではないのだ。もちろん世間一般の常識的なふるまいとして、「良く生きる」ことを

きびしく大聖人はすすめる)「殺」せよ、という部分もある。

後者は、一見して優しく「母の愛」に見える。ところが.... つまるところは一緒なのだ!

ところが、なぜいっしょなのか?については、ぼくごときの筆力で伝えられるはずがない。

これこそ、まさに「実践の愛」「信仰実践」によってしか体得できない。
0563吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 00:11:57.25ID:/G3A30h2
>>559
感想をアバウトに書いてしまったね、わるい
具体的にいうと、民話の中に「火を粗末にすると消せなくなる」という物語があるんだ

主人公イワンは農家で鶏を飼育していて、ある時その家畜が卵を産む
ただし産んだのが隣の家の庭であったため所有権で争いに発展してしまう
最後には放火されてしまうまで争いは拡大してしまう
イワンには年老いた父がいて、彼はこういう
「火ははじめのうちに消さなくてはならない、燃え上がってしまったらどうすることもできない」、「面倒なことがあっても心穏やかでいるためには何でも許してあげなければいけない」と
最後にイワンは火をつけられても黙って何もしないでいる
そうすると憎い心がお互いに消えてしまい、結局は仲直りする物語になっておわる
0564吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 00:15:10.57ID:/G3A30h2
つづき

問題はこの物語の冒頭は(マタイによる福音書十八章)から始まるということ

思うにトルストイが言いたかったことは、「火を小さい時に消す=争いは小さい時になくす」ではなくて、聖句をわざわざ持ってきた理由にこそあるんだと思うんだ
要するに徹底した無抵抗主義
七の七十倍とは限りなくということ
火をつけられて奪われてしまうなら奪われてしまえばいいということ
もっと言えば、これがトルストイのいう「人間に与えられていないもの、すなわち自分に何が必要なのか人間は知ることはできないから何でも放っとけばいいということ(神に任せてればいいという自我の完全放棄を現実に遂行する)」
まるで狂人の発想のごとく端的な主張だとは思わないだろうか?
0565吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 00:22:32.40ID:pH6Xa/dz
ヨブ記が明らかにするものは神と人間との関係であり、
信仰とはどういうものか?ということ
どんなに行いが正しくて慎み深い人でも酷い目にあうことがある
しかし、それでも神を信じなければならない
というのは神を信じるということは世俗的利益とは無関係の
人間の本質にかかわることだから

そういう意味では逆境に陥った惨苦の果てに真の信仰が獲得できるという
ドストエフスキーの人生観の根拠たるテキストでもある
しかしけっこう悲惨な末路をたどる人物が多いのも
ドストエフスキー作品の特徴であり
彼らが悲惨なのは信心が足りないからなのだ、
とは言い切れないので悩み深くくなる
0566吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 00:30:30.09ID:/G3A30h2
>>565
>しかしけっこう悲惨な末路をたどる人物が多いのも
>ドストエフスキー作品の特徴であり
>彼らが悲惨なのは信心が足りないからなのだ、
>とは言い切れないので悩み深くくなる

書こうと思ってたことを書かれてしまった
ここがトルストイ物語とドストエフスキーの物語の違いだと思う
トルストイはどこかで正しい人は現実でも報われなけれならないと思っているのがひしひしと分かる
ドストエフスキーは悲劇的な結果の方が現実的と思っているのがひしひしと感じられる
0567吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 01:17:35.35ID:HUuuzoIM
>>565
> ヨブ記が明らかにするものは神と人間との関係であり、
> 信仰とはどういうものか?ということ
> そういう意味では逆境に陥った惨苦の果てに真の信仰が獲得できるという

日蓮でいえば開目抄に相当する書ですね。

> どんなに行いが正しくて慎み深い人でも酷い目にあうことがある

とがなくして、死ぬる。古来からすべての日本人の宿命です。眼前の東日本大震災を見よ。

法律や社会システム、カネでは、解決できない。ぜんぜんちがう。

無辜の民が、またわれわれが苦難にあう。どんなに激しい信仰を貫いていても。いや、
信心強きものこそ、とうぜん大難雨あられのごとし。

ではなぜなのか? イヴァンが考えたように、幼女だってむごく死ぬ。そこには、この宇宙の背景を貫く秘密のシステムがある。そこを解明しきって説明しきっていく。信仰によって。

>>563
我こそ支離滅裂だねw
0568吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 02:17:58.95ID:/G3A30h2
あと同時に今読んでいる1864年のメモが数ページで読み終わる
子孫繁栄を否定していたり、地下室の原型があったりとすごく詭激で賛否ありそうな内容なのであとでまた勝手に載せてみるよ
いい加減寝なくてわ
0569吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 19:19:34.94ID:pH6Xa/dz
>>567
>そこには、この宇宙の背景を貫く秘密のシステムがある。


たとえば「白痴」の第4篇では
エリザヴェータ夫人が愛娘であるアグラーヤとムイシュキン公の仲について
煩悶するくだりがある
夫人はムイシュキンの人となりには好感を持ちながらも
娘の将来や名誉、利益という極めて世俗的な理由から否定しようとする

しかし胸の奥底に「うごめくもの」に抗うことはできない
これは理知をこえた感情であり
現代風に言えば一種の深層心理とも言い得るものだからだ
この「深いところ」から沸き起こる感情こそが人間行為の原泉であり
神や信仰をめぐる秘密でもある、とうのがドストエフスキーの考えだろう

理知よりも感情(とその深層)に神秘を見出す
ドストエフスキー流のグノーシス主義なのだ、ともいえる
ただ、これをフロイト風の精神分析学的に受け取って
「父殺し」と解釈すると作品を読み間違う
フロイトよりもユング、あるいは仏教思想における阿頼耶識システム
のようなものと考えた方が分かりやすいのだと思う

ナスターシャはロゴージンの情熱の奥底に悪魔的なものを見出す
この悪魔的なものとはレーベジェフによると人知を超えた「偉大な力」と定義される
狂女ナスターシャがアグラーヤに送った3通の手紙では
自身を犠牲にしてこの秘密の一端を「天使」アグラーヤに開示することを予言して
物語は破滅的な終局へと向かう
0570吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 19:37:37.51ID:l4DZMSd8
>>569

> 夫人はムイシュキンの人となりには好感を持ちながらも
> 娘の将来や名誉、利益という極めて世俗的な理由から否定しようとする


なんだかんだ言ってもムイシュキンは公爵なのだから
それほど悲惨なことにはならないような気もするのだが、どうなんだろ?
0571吾輩は名無しである垢版2018/05/28(月) 22:53:21.78ID:HUuuzoIM
一体詩人はなんでみんなの胸を波立たせるのです。
なんで地水火風に打ち勝つのです。
その胸から迫り出て、全世界をその胸に
畳み込ませる諧調でないでしょうか。

自然は無際限なる長さの糸に、
意味もなく縒を掛けて紡錘に巻くに過ぎない。
万物の雑然たる群は
不精々々に互に響を合せているに過ぎない。

そのいつも一様に流れて行く列を、
節奏が附いて動くように、賑やかに句切るのは誰ですか。
一つ一つに離れたものを総ての秩序に呼び入れて、
調子が美しく合うようにするのは誰ですか。
誰が怒罵号泣の暴風を吹き荒ませるのです。

夕映を意味深い色に染め出すのです。
誰が恋中の二人が歩む道のゆく手に
美しい春の花を蒔くのです。
誰が種々の功を立てた人のために
見栄のしない青葉を誉の輪飾に編むのです。

誰がオリンポスの山を崩さずに置いて、神々を集わせるのです。
人間の力が詩人によって啓示せられるのではありませんか。
0572吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 00:22:11.88ID:lUXTHLw0
>>569
>理知よりも感情(とその深層)に神秘を見出す
キルケゴールを連想した
0573吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 00:32:53.08ID:lUXTHLw0
人間の最終目標は個性の最高度の発達であった
しかしそれが示すものは人類の発達の無意味性であった
1864年のメモはドストエフスキーの心理がとてもあらわれていると感じられた
ウンザリするほどレスが長くなるが、意味を取り違えないために、そのまま載せてみる
0574吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 00:35:31.16ID:lUXTHLw0
マーシャは台の上に横たわっている。
マーシャと再会できるだろうか?キリストの教えに従って、人を自分自身のごとく愛することは、不可能である。地上の個性の法則に縛られる。われ が妨げる。キリストだけが出来た。
しかしキリストは太古からの人間の理想であり、人間がそれをめざし、自然の法則からいってもめざさざるをえない理想である。
しかしながら、肉体に宿った人間の理想としてのキリストが出現して以来、白昼のごとく明らかになったのは、個性の最高度の最終的な発達は、まさしく次の点にまで(発達の極限、目標到達の最終地点で)達しなければならないということだ。
すなわち、人間が自分の個性、自分のわれの完全な発達に基づいて出来る最高の行為は、そのわれを滅却し、万人と個々の人に差別なく、献身的に自分を完全に捧げることであると悟り、自覚し、自分の本性のすべてをかけてそう確信することである。

これこそ最大の幸福である。このようにして自我の法則はヒューマニズムの法則と合流し、この両者の合流のなかで、相互に敵対しあうわれも万人も(一見して、極端に対立しあうこの二つが)、同時に各々の発達の最高目標を実現する。
これこそキリストの天国にほかならない。」
0575吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 00:36:05.67ID:lUXTHLw0
「しかし、もしこれが人類の最終目標(それが実現されれば、人類は発達する必要がなくなる。
すなわち実現の努力も闘争も、自分の堕落の時に理想に目覚める必要も、永久にそれをめざす必要もなくなる―とすれば生きる必要がなくなる)であるとすれば、当然、人間がこの目標を実現せんとする暁には、自分の地上的な存在も終わりを告げることになる。
だから、人間は地上においてはひたすら発達の過程にある存在であって、従って、完結的な存在ではなく、過度的な存在である。

しかし私の考えでは、この大目標に到達すると同時に、すべてが消失、消滅するとしたら、すなわち目標の実現とともに人間の生活がなくなるとしたら、このような目標に到達することはまったく無意味である。だからこそ、未来の、天国の生活があるのだ。」
0577吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 18:28:43.24ID:t9guOB2Y
>>569
> ただ、これをフロイト風の精神分析学的に受け取って
> 「父殺し」と解釈すると作品を読み間違う
> フロイトよりもユング、あるいは仏教思想における阿頼耶識システム
> のようなものと考えた方が分かりやすいのだと思う

フロイトが天才なのか、否なのかも、わからない。彼のドスト批評も。ユングや阿頼耶識が、実相をとらえているのかも、もちろんわからない。おれごときには。わかるのは、文学としてのドストエフスキーのすばらしさのみ。もっとも難解にしてもっとも簡易なる。

>
> ナスターシャはロゴージンの情熱の奥底に悪魔的なものを見出す
> この悪魔的なものとはレーベジェフによると人知を超えた「偉大な力」と定義される

もししからば、我の如き薬物中毒者の、曇りきった精神の奥底にも、人知を超えた「偉大な力」が眠りおるか。
0578吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 18:45:21.93ID:t9guOB2Y
>>563

トルストイは比類なき大文豪です。これは「戦争と平和」を読んだ人ならだれでも認めること。

その大前提を忘失ぜずに、「トルストイの民話」を未読のぼくが、あえてあなたのカキコだけを読んだ印象を書くと、

>まるで狂人の発想のごとく端的な主張だとは思わないだろうか?

狂人というより、端的に「偽善」。また「現実錯誤」に感じられる。

ところが、「偽善」と「そんなはずがない」というのは、信仰の世界の内側にいるものと、外では、まったくちがうのだ。
0579吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 18:57:33.77ID:t9guOB2Y
狂人の発想のごとく端的な主張

---------------------------------------------
たる、根本原因は、その「実行不可能性」にある。

トルストイをまともに読んだこともないのに、不遜の誹りを免れないが。

ですから、とにかく代表作を読まないとダメです。あれを読みました。薬物で思い出せんのです。タイトルを。
裁判官が...「。。。。の死」という題名。あの作品は、ドストエフスキーですら、書けないでしょう。

まさにトルストイこそ、悪魔的イメージ創出力であり、「人知を超えた偉大な力」をもっている。

トルストイの思想を切り文で、説明はむずかしい。知らない人が聴いたら「しょーもな!」でおわる。
0580吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 19:03:20.88ID:t9guOB2Y
キリスト教文学のヴァリアントとして、(カッコつけて難しい言葉ばかりつかうけど、誤用してたらゴメンネww)
ドストエフスキー、トルストイを比較すれば、(後者は比較できるほど読んでないけど)

ドストのゾシマ長老の思想や、カラマーゾフこそ、最高度の到達点ではないか?
0581吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 19:28:05.25ID:t9guOB2Y
>>574

例によってあなたの引用文のみによって、ドストエフスキーに対して、ぼくがコメントをつける。

> キリストの教えに従って、人を自分自身のごとく愛することは、不可能である。地上の個性の法則に縛られる。われ が妨げる。キリストだけが出来た。

おいドスト! 「キリストだけが出来た。」ってなんやねん?そんなのキリスト教徒だけの感想やろ。

> しかしキリストは太古からの人間の理想であり、人間がそれをめざし、自然の法則からいってもめざさざるをえない理想である。

ハァ?

> しかしながら、肉体に宿った人間の理想としてのキリストが出現して以来、白昼のごとく明らかになったのは、個性の最高度の最終的な発達は、まさしく次の点にまで(発達の極限、目標到達の最終地点で)達しなければならないということだ。
> すなわち、人間が自分の個性、自分のわれの完全な発達に基づいて出来る最高の行為は、そのわれを滅却し、
「われを滅却 」って原始仏教みたいだな。

万人と個々の人に差別なく、献身的に自分を完全に捧げることであると悟り、自覚し、自分の本性のすべてをかけてそう確信することである。
>
> これこそ最大の幸福である。このようにして自我の法則はヒューマニズムの法則と合流し、この両者の合流のなかで、相互に敵対しあうわれも万人も(一見して、極端に対立しあうこの二つが)、同時に各々の発達の最高目標を実現する。
> これこそキリストの天国にほかならない。」

思想が... 生硬な形で表白されている。アレクセイがまとめあげたゾシマの言行録と連続しており、ドストの青年期から暖めてきた思想と信仰であることがわかる。

もちろん彼独自の思想ではない。無数の民衆から聖人までが、古代から考えぬき、目指しぬいてきた、希望と理想を、詩人の力によって「文」として、この地上にあらわれた。

そうしてそれを、そのまま「寸分も違わず」読み共有することが可能なのだ。すべては受け取るこちら次第だ。
0582吾輩は名無しである垢版2018/05/29(火) 19:42:38.01ID:t9guOB2Y
ひとつ口実を書かせてください。

わたしは、仮にもドスト、ゲーテ、ダンテ、シェークスピア、トルストイを「目を通したことがある」

文学愛好家です。

ですから、彼らが「世界歴史になにゆえ名を残したか?」その一分を知っています。

つまりぼくの批評ごときは、屁のつっぱりにもならん、ハエの足についてるバイキンみたいなレベルです。

たとえばトルストイなら「偽善」と言われることなど、百も承知で彼は書いてるということです。

また、ドストエフスキーを山に例えるなら、k2 でしょう。(しったかw)

登山に成功したものは16人、生きて帰ってきたものは4人という世界です。

いいじゃないですかっ!! ここは2ちゃんなんだから
0583吾輩は名無しである垢版2018/05/30(水) 01:21:23.74ID:r91/ZLZI
>>581
仏教とキリスト教を同列には語るのは難しいんじゃないかな
仏教は仏に「なる」ことを目指すとするならば、キリスト教(ユダヤでもイスラム)は神にどう「跪拝」するか、どこまでひれ伏すかを目指すものになる
キリスト者が神と同じに「なる」なんていったら冒涜になってしまうよ(まるでニーチェのように)
だからこの場合の自我の滅却は、仏教でいう滅却とは本質が異なると自分は理解している

もちろん仏教について無知だから誤解かもしれないけどね
0584吾輩は名無しである垢版2018/05/30(水) 02:09:57.51ID:eBLOCtuv
>>583
> 仏教とキリスト教を同列には語るのは難しいんじゃないかな
> 仏教は仏に「なる」ことを目指すとするならば、キリスト教(ユダヤでもイスラム)は神にどう「跪拝」するか、どこまでひれ伏すかを目指すものになる
> キリスト者が神と同じに「なる」なんていったら冒涜になってしまうよ(まるでニーチェのように)
> だからこの場合の自我の滅却は、仏教でいう滅却とは本質が異なると自分は理解している
----------------------

これに対するぼくの答えは

「1864年のメモ」を読む。しかも君以上の集中性と真剣味をもって。
0586吾輩は名無しである垢版2018/05/30(水) 18:08:20.67ID:eBLOCtuv
>>585
読んだよ。直後の印象として「このテキストについて考えることを放棄して」

カラマーゾフのゾシマの口を借りて出る文を元に、思索したほうがよい。
0588吾輩は名無しである垢版2018/05/30(水) 21:53:48.41ID:nBO/9Q3F
「未成年」は中途半端に面白いと思うんだが。

処世術のノウハウを感じる。
0589吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 00:42:10.26ID:Aug9bf3i
>>583
>仏教は仏に「なる」ことを目指すとするならば、
>キリスト教(ユダヤでもイスラム)は神にどう「跪拝」するか、
>どこまでひれ伏すかを目指すものになる

成仏する(悟りを開く)ことを求める者を仏教では菩薩という
その段階において僧院内でも厳然たる階層秩序が存在する
これはカソリックや東方教会内でも似たようなもので
教団には聖人というものがやはり存在する
たとえば東方教会では仏教の様な曼陀羅風の図像がある

人間が悟りを開く(凡我一如)/唯一絶対神に跪拝する
という教義上の違いがあっても
教団内の階層秩序や運営方式がどういうわけか似てしまうのは
結局、仏や神ならざる人間の事情で存在する宗教だから
ドストエフスキー作品では神や信仰はもちろん
この聖人の説法も問題になる
たとえばチホンやゾシマとかね

というのはこの存在こそが神と人間の中間項であり
上述の信仰上の問題(つまり人間そのもの)を示す良いテスターだから
信仰は基本的に人間の事情に過ぎないのだけど
そんなのは神様の知ったことではないので
0590吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 01:58:47.28ID:tAXuXNXm
>マーシャはテーブルの上に横たわっている。私はマーシャとまた会えるだろうか?

ドストエフスキーは、どういう心で、このメモを書いたのだろうか?

同じ一文、同じひとことでも「その瞬間のどういう生命で」表出されたか。そこを見ぬかなければならぬ。
0591吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 02:09:57.24ID:tAXuXNXm
>ただキリストのみが、それを為し得た。しかしキリストとは、太古から人間がそれを目指してきた、また自然の法則によっても当然目指すべき、永遠の理想である。

今、ファウストのごとく、窓からま〜るい月天子が、タイプしてる俺を、優しく眺めている。

俺はお前に語りかける。こよい、真実の言葉を書かせておくれ、と。虚飾や、ウソはたくさんだと。

... 信仰とは、このように「まず、こうだと決めて」そこからスタートするのだ。わたしたちは迷う。

しかし「俺はこうだ」と決められる一点があるはずだ。それは北極星のように昏く、見えたり見えなかったりするかもしれない。
0592吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 02:21:17.61ID:5uMJt3oY
>>589
厳密にいうと(というより選ぶべき言葉を間違った、ごめんよ色々と言葉の背反を思惟させてしまった)、キリスト教ではなく「あのキリストの教えでは」と理解してもらいたい
キリスト教という組織では、なくすべき階級や役職や権力の繁栄がどうしてもあるし、世俗的な聖人を求めようとする、またそうしてきたし今もそうしているのかもしれない
いいわるいではなく、組織である以上において、機械的にも有機的にも人間がそこに実存する以上は世俗で力を可視化させる必要がある、役職とかのようにね
でも、ドストエフスキーはこいうのも批判的ではなかっただろうか

ここからは個人的感想ではあるけど、ドストエフスキーはキリスト教会の教えではなくてキリストの教えの方をうったえたかったのではないかと思っているよ
0593吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 02:25:11.47ID:5uMJt3oY
>>590
アリョーシャの言葉はドストエフスキーの心の叫びだったかもしれないね
「きっとまたみんな会えます!」
0594吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 02:26:36.33ID:5uMJt3oY
>>588
>処世術のノウハウを感じる。
ムイシュキン以外はみんなかなりしたたかだもんねw
0595吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 08:24:46.59ID:CZIIFvPj
>>594

でもムイシュキンは劉禅や今川氏真みたいに最後まで生き残るんじゃないかという気はするね。

天寿はまっとうできるタイプとみる。
0596吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 08:25:13.73ID:CZIIFvPj
あと「未成年」にはムイシュキンは登場しないっす。
0598吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 10:27:45.07ID:5uMJt3oY
ロスチャイルドになりたいって、言い方はわるいが平たく言えば成金になりたいってことだよね
社会では成功しそうだけど
0599吾輩は名無しである垢版2018/05/31(木) 16:35:14.78ID:v2QWW32y
>>598

「未成年」の主人公は家柄コンプレックスがあるが
カネがあれば外国の爵位を買って家柄ロンダリングができる。

日本でも下級の官位や、御家人の位はカネで買えた。

勝海舟の先祖もカネ詰んで御家人になったはず。
0600吾輩は名無しである垢版2018/06/01(金) 01:11:26.95ID:01y3H8Yw
アルカージイは極度の節約とか貯蓄癖があるのに一気に賭博ハマったりで面白い
めちゃくちゃ具合も未成年ならでは
0601吾輩は名無しである垢版2018/06/01(金) 02:01:33.21ID:krMvihsK
今頃ある本を読んでいて気がついた
ソーニャを書くにあたりマグダラのマリアを念頭においている(らしい)
ソーニャは娼婦であり聖女でもあった
マグダラのマリアが悔い改めた娼婦というのはそう聖書に書いてあるのかな
聖書が分かる人がいたら聞きたいです
0602DJgensei artchive gemmar垢版2018/06/01(金) 10:53:46.36ID:y+y9Re5x
DCQ4
0604吾輩は名無しである垢版2018/06/01(金) 21:29:36.45ID:t2MXIhCM
生きることを考えた時にどう生きるかの2択がもしあるとするならば、個として苦ではあるが自由であるのと、全体として盲目であるが幸福であるのと、どちらがいいのかなんて久しぶりに大審問官を読み返してふと考えた

「われわれ羊飼いは、羊の群れである彼らの手で収穫されたパンを、取り上げて分配する。彼らはパンそのものよりも、われわれの手からパンを受け取れることの方がうれしいからだ。
われわれは、彼らを働かせはするが、労働から解き放たれた自由な時間には、彼らの生活を、子どもらしい歌や合唱や、無邪気な踊りにあふれる子供の遊びのようなものに仕立ててやるのだ。
われわれは、彼らの罪も許してやる。われわれは、彼らが罪を犯すのを許してやるので、彼らはまるで子どものようにわれわれを愛するだろう。
彼らは、われわれに対してどんな隠しごとも持たなくなる。
彼らは、自分の良心がかかえるもっとも苦しい秘密を、われわれのところに持ち込んでくるだろうし、われわれがそのすべてを解決してやる。
そして彼らは、われわれの解決を大喜びで受け入れるだろう。
なぜならその解決は、すべて自分一人で解決しなければならない現在の大きな心労や、恐ろしい苦しみを取り除いてくれるからだ。」

大審問官もまた別の方法で人類を憐れんでいたのかもしれない
0605吾輩は名無しである垢版2018/06/01(金) 23:29:22.28ID:PhkZIeMD
>>604
自由についての大審問官の定義とゾシマのそれはちがう。世間一般のわたしたちが憧れる「自由」は大審問官
の自由だ。

こんなものは「自由」ではない。ゾシマの言うとおり「束縛」である。

ドストエフスキーの真意は、ゾシマにあり。大審問官はアンチテーゼとして表現された。

ただし、この最終行については、わからぬ。
> 大審問官もまた別の方法で人類を憐れんでいたのかもしれない
0606吾輩は名無しである垢版2018/06/02(土) 02:38:17.51ID:e0OiwZf0
大審問官は小説の構成上ゾシマへのアンチテーゼで作られたというのは確かにそうだね
ドストエフスキーが得意とした弁証法として考えるとそうなるね
やはり小説は全体を通して読んだほうがよさそうだ
わるい癖でついつい部分で完成させようとしてしまいます
0607吾輩は名無しである垢版2018/06/02(土) 04:30:04.51ID:Fbgz+GRv
>>606
> 大審問官は小説の構成上ゾシマへのアンチテーゼで作られたというのは確かにそうだね
> ドストエフスキーが得意とした弁証法として考えるとそうなるね
> やはり小説は全体を通して読んだほうがよさそうだ
> わるい癖でついつい部分で完成させようとしてしまいます

こんばんわ。またしても、夜ふかし。至急寝るよ。いつもあえて「断言口調」で書いてる。

あれを書いた時も、よく大審問官の引用部を読み思索して書いたわけじゃないんだ。

「ゾシマへのアンチテーゼ」などというのも、どっかの巻末の解説文の記憶から書いただけなんだ。ほんとうに自分の心で実感してカキコしてない。

青春時代、カラマーゾフ熱読中のころも、大審問官の章はよく分からなかった。その後時を経るにつれ、ぼくはカラマーゾフの中でも、特に第六篇第七篇を愛した。折りにふれ、なんどもゾシマの教えを再読した。

ぼくは、あなたと、また他のたいせつな同志の皆さんと、「プロとコントラ」や「ミーチャの裁判」について、深く読み、「いったいカラマーゾフがどういう風にぼくの人生に影響を与えたか」や、この書が示す真実を、わがものとしたい。

いっしょに、このスレを、他に類例なき異次元のスレとしていこう!
0608糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/06/02(土) 09:48:54.77ID:VxAeaw4r
中国・朝鮮を植民地とすることは「女心の定義」(垂加神道・政治)をコントロールすること、
「男が女を愛する気持ち」(経済)をコントロールすることを意味するが、
これは「王」(トマス・アクィナス)が「詩の世界のヒーロー」となる舎弟(イノセント9世)を
中国・朝鮮に作り出すことから可能になる。
日本人が中国・朝鮮の「いじめられた人間模様」(神学大全)を書くことから、
外国で「詩の世界のヒーロー」になれるし、詩のモデルになるということは「巨額なマネー」
を生み出すことを意味する。
そのためには、朝鮮語・中国語で「垂加神道」を書くことと、いとこの女の子との関係などの
「自伝」を書くことが必要になる。
これが、「中国・朝鮮の外交防衛を引き受ける」「人的交流が自由になる」「恋愛が自由になる」
ことから「連邦制」へと発展的解消を遂げることもある。
スタンフォード大学は、いったいどこの国の味方かは分からないが、「いちばん熱心な読者」
である私のことしか考えていないようだ。

詩の世界のヒーロー。
https://www.youtube.com/watch?v=7DwAwNNHaW8
0610吾輩は名無しである垢版2018/06/03(日) 16:40:13.87ID:ZphMhL7j
「怒り」と二等大尉は引きとった。
「まったく怒りでございますな! 小っぽけな子供のなかにも偉大なる怒りがありますで。

あなたはこのことをみなまでご存じないでしょうから、ひとつくわしく説明さして頂きましょう。
他でもありませんが、あの出来事のあとで、学校のこどもらが、あれをへちまと言って、
からかいだしたんでございます。

学校の子供らは残酷なものでしてな。ひとりひとりのときは、天使のようでも、いっしょになると、
ことさら学校でいっしょになると、残酷な場合が多うございますよ。
(入力者注 以上、米川駅手入力。ここより以下コピペ、別翻訳者なり)

みんながイリューシャをからかいだしたとたんに、あの子の胸に崇高な精神が
むらむらと頭をもたげてきたんでございますな。

これが普通の男の子なら、めめしい息子なら ―― 尻尾をまいてしまって、自分の父親を恥ずかし
がりだすところでしょうが、あれはひとり敢然とみんなを向こうにまわして父親のために立ちあ
がったのでございます。

父親のため、真理のため、真実のためにね。なぜといって、あなたのお兄さんの
手に接吻をして、『おとっつぁんを堪忍してあげて、おとっつぁんを堪忍してあげて』と叫んだとき、
あの子がどんなつらい思いをしたか、それを知っているのは神さまと私だけでございますものね。

まあこんなふうにしてわれわれの子供たちは ――
つまりあなた方のじゃなくてわれわれの子供たちは、軽蔑されてはいるが心の気高い貧乏人
の子供たちは、まだ生まれてから九年にしかならないのに地上の真理を知るのでございますよ。

金持ちなんかにはとてもとても、一生かかったってあんな深いところまで究めつくせるものじゃ
ございませんが、うちのイリューシャはあの瞬間、あの広場で、お兄さんの手に接吻をしたとた
んに、あの瞬間にあらゆる真理に通じてしまったんでございますよ。

そして、その真理があの子の血肉と化したとたんに、あの子はその真理のために永久に打撲傷を
負ってしまったんでございます」 ded chi
0611吾輩は名無しである垢版2018/06/03(日) 18:53:09.13ID:qz9fVrIK
カラマーゾフのスネギリョフはなんか好きなキャラなんだよ
マルメラードフのような飲んだくれのどうしようも無さがないけど
違うベクトルの駄目人間さ加減がいい
0612吾輩は名無しである垢版2018/06/03(日) 20:28:49.54ID:bnSyYzxZ
>>592
>でも、ドストエフスキーはこいうのも批判的ではなかっただろうか
>ここからは個人的感想ではあるけど、
>ドストエフスキーはキリスト教会の教えではなくて
>キリストの教えの方をうったえたかったのではないかと思っているよ

だからムイシュキンにカトリックを批判させている
これは暴力を根拠とする世俗権力と癒着して成立する政治宗教への批判であり
こういう欺瞞の体制下で虐げられた民衆の素朴な信仰心こそ
スラムで魂の救済をといたキリストの教えに即したものとして評価する
イエズス会よりも鞭身派の方を崇高とするのはそういう事でしょうね

民衆救済という点では初期の社会主義的作風よりも更に深化していく
これが憐れみと赦しを二枚看板とする「謙虚な巨人」の思想であるが
情熱に生きる「人間」ロゴージンや本質的に傷ついた幼子であるナスターシャ
の破滅に随伴する形で地上から霧のように消えていく

で、この原罪と崇高性の織り成す悲劇を見せつけられた
もう一人の主人公たるロマンチストのアグラーヤは
世俗的価値で固められた壁の中の世界に取り残される
つまり一種の絶望だけがのこるわけです
世俗的価値を踏み越えようとして
虚栄心や嫉妬などの理由から越えられなかった人間の哀れさも
同時に描かれているわけです
0613吾輩は名無しである垢版2018/06/04(月) 02:13:30.89ID:e90xiE9t
>>612
アグラーヤが環境的習慣によってつくれた自己の内面性に縛られて、そこから外に出ることのできないでいる絶望ははかりしれない
おそらくは彼女はムイシュキンにその手伝いをして欲しかったのだろう、自己を抜け出す救いを彼に託したのだろう
が、結果ムイシュキンは違う結末に落ち着いてしうのがドストエフスキーらしくて悲劇的だよね

>>612
>もう一人の主人公たるロマンチストのアグラーヤは
>世俗的価値で固められた壁の中の世界に取り残される
>つまり一種の絶望だけがのこるわけです
言われてみて思い出せたよ
0614吾輩は名無しである垢版2018/06/06(水) 02:06:33.16ID:6/z3/T0f
さて読みたい本がない時期になってしまった
こういう時は再読するか適当に読んでみるかなやむ
0615糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/06/06(水) 17:00:26.47ID:obAt3GVf
福祉国家について述べよ(模範解答)
http://hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com/thirdroundthriller/2018/06/post-5dd4.html

地球のエネルギーを最大化するためには「テレビ」という夢がなければならない。
しかし、「絶対」つまり、ステージの上の女の子を笑わせることは出来るのか?
これが成立していないのならば、教科書もないし、芸能人一家というものも存在できない。
病人続出の芸能界と福祉の関係について。
0616吾輩は名無しである垢版2018/06/06(水) 21:14:11.92ID:Lk/h9LPx
>>613
>アグラーヤが環境的習慣によってつくれた自己の内面性に縛られて、そこから外に出ることのできないでいる絶望ははかりしれない

アグラーヤ(偉大、名誉、輝き、美)
アデライーダ(高貴)
アレクサンドラ(防御、男性名アレクサンドルの女性形)

であり、長姉アレクサンドラが末妹アグラーヤを守るために
楯となって婚期を逸している理由でもある
次姉アデライーダも似たような覚悟ではあるが
エパンチン家の流儀として上流階級への仲間入りを望み
実際、Ш(シチャー)公爵という婚約者がいる

こういう鉄壁の中で箱入り娘として人工的に培養された
アグラーヤの対極にいるのが
地主貴族の娘でありながら幼くして両親と兄弟を無くし
亡父の友人から慰み者として扶養・造形された
ナスターシヤ(復活)フィリッポヴナ(愛・馬)バラシコーワ(子羊)ですね
愛馬(すなわち乗り物)であり子羊といった玩弄物から
これまた勝手な趣味性に基づく教養教育によって「人間」として蘇生した「女」である
「地獄からよみがえった」とも「磨かれざるダイヤ」ともいわれるのはそのため

ロシア名門貴族の末裔でありながら天涯孤独の身の上で
おまけに重度の癲癇から成人になって奇跡的に蘇生したムイシュキン公は
無垢の人という意味ではアグラーヤに
腐敗したロシア社会や現実社会の彼岸から蘇生したという意味では
ナスターシャに近い
それゆえムイシュキン公をめぐるナスターシャとアグラーヤの対決は凄まじく
二つに共通項によってムイシュキンの心は引き裂かれていく
0617吾輩は名無しである垢版2018/06/06(水) 21:42:41.31ID:Lk/h9LPx
面白いのはアグラーヤの悪手によって
ムイシュキンを手中に収めたナスターシャは
結婚式の形式性(ウエディングドレス・ダイヤ・ブーケ)で身を固め
最初は批判的だった群集を圧倒した段階で
突如、世間(と教会)に反旗を翻し
「墓場」と自身が形容していたロゴージン家へ遁走する

あらゆる社会慣習やドレス・ダイヤに代表される虚飾も脱ぎ捨てて
「墓場」でロゴージンに体を開く行為は
イポリートの「告白」とは別の意味での勝利
すなわち自由獲得と自尊心の回復でもある
しかし勝者として安らかな眠りについている間に
その心臓にかつては歴史書を切り裂き、
ムイシュキン公爵の頭上に閃いたナイフが突き刺さる

「人間」ロゴージンによってその骸は「モスクワのあれ」と示唆された
聖骸として顔も体も白いシーツで隠された「もの」へと変貌する
彼女が「人間」だった唯一の証はシーツからわずかに見えるつま先と
その足元にころがる「レースの塊」(下着だろう)のみで
これを見たムイシュキンは恐怖する

というのはムイシュキンの掲げた「謙虚」「憐み」「赦し」「救い」
では到底及ばない「何か」が横たわっていたからだ
これがアグラーヤ/ムイシュキンに宛てられた手紙で予言されていた
「一端」の正体であり、情熱的な「人間」ロゴージンは発狂し
「賢者」ムイシュキンの知能も粉砕される

まあ真の勝者はナスターシャでしょうね
そしてこの勝利は即破滅であり
その骸も人間の及ばない物として隠ぺいされる
0619吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 01:26:57.46ID:KEoASMsU
神の姿をそのままに写された己は、
永遠なる真理の鏡に逼り近づいた積で、

下界の子から蝉脱して
享楽の自己を天の光明のうちに置いていたのに、
己は光の天使にも増して、無礙自在の力が
既に宇宙の脈のうちを流れ、
創造しつつ神の生を享けようと、

窃かに企てていたのに、なんと云う罰せられようだ。
0620吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 01:37:16.33ID:KEoASMsU
不断は空想が大胆なコウ翔を擅(ホシイママ)にして、

希望に富んだ勢を以て、永遠の境まで拡がっても、
「時」の渦巻に巻き込まれて、狙った幸福が一つ一つ毀れると、
さすがの空想も萎靡して、狭い空間にせぐくまる。
その時直ぐに心の底に、「憂」と云うものが巣を食って、
ひそやかな痛の種子を蒔き、

自分も不安らしく身をもがいて、人の安穏と歓喜とを破る。
この憂は種々の仮面を取り換えて被る。
家になり、地所になり、女房になり、子供になる。
火になり、水になり、匕首になり、毒になる。
貴様は常にその中らぬもののために戦慄して、

その離れ去らぬもののために泣かなくてはならぬ。
いや。己は切に感ずる。己は神々には似ておらぬ。
塵芥の中に蠢く蛆に己は似ているのだ。
その塵芥に身を肥やして、生を偸んでいるうちに、
道行く人の足に踏まれて、殺されて埋められるのだ。

ゲーテファウスト「夜」ファウスト独白
0621吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 01:42:55.69ID:KEoASMsU
はてさて、己は哲学も
法学も医学も

あらずもがなの神学も
熱心に勉強して、底の底まで研究した。
そうしてここにこうしている。気の毒な、馬鹿な己だな。
そのくせなんにもしなかった昔より、ちっともえらくはなっていない。
マギステルでござるの、ドクトルでござるのと学位倒れで、

もう彼此十年が間、
弔り上げたり、引き卸したり、竪横十文字に、
学生どもの鼻柱を撮つまんで引き廻している。
そして己達に何も知れるものでないと、己は見ているのだ。
0622吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 01:43:53.90ID:KEoASMsU
もう彼此十年が間、
弔り上げたり、引き卸したり、竪横十文字に、
学生どもの鼻柱を撮つまんで引き廻している。
そして己達に何も知れるものでないと、己は見ているのだ。
それを思えば、ほとんどこの胸が焦げそうだ。

勿論世間でドクトルだ、マギステルだ、学者だ、牧師だと云う、
一切の馬鹿者どもに較べれば、己の方が気は利いている。
己は疑惑に悩まされるようなことはない。
地獄も悪魔もこわくはない。
その代り己には一切の歓喜がなくなった。
0623吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 01:44:51.07ID:KEoASMsU
一廉ひとかどの事を知っていると云う自惚うぬぼれもなく、
人間を改良するように、済度するように、
教えることが出来ようと云う自惚もない。
それに己は金も品物も持っていず、
世間の栄華や名聞も持っていない。

この上こうしていろと云ったら、狗いぬもかぶりを振るだろう。
それで霊れいの威力や啓示で、
いくらか秘密が己に分かろうかと思って、
己は魔法に這入った。
その秘密が分かったら、辛酸の汗を流して、

うぬが知らぬ事を人に言わいでも済もうと思ったのだ。
一体この世界を奥の奥で統すべているのは何か。
それが知りたい。そこで働いている一切の力、一切の種子しゅしは何か。
それが見たい。それを知って、それを見たら、
無用の舌を弄せないでも済もうと思ったのだ。
0624吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 01:50:40.29ID:KEoASMsU
ああ。空に照っている、満ちた月。
この机の傍で、己が眠らずに
真夜中を過したのは幾度だろう。
この己の苦をお前の照すのが、今宵を終であれば好いに。
悲しげな友よ。そう云う晩にお前は

色々の書物や紙の上に照っていた。
ああ。お前のその可哀らしい光の下に、
高い山の背を歩くことは出来まいか。
霊どもと山の洞穴のあたりを飛行することは出来まいか。
野の上のお前の微かな影のうちに住むことは出来まいか。

あらゆる知識の塵の中から蝉脱して、
お前の露を浴びて体を直すことは出来まいか。
0625吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 02:05:09.37ID:KEoASMsU
いつの世、どこの国でも人間が自ら苦んで、
その間に罕(マレ)に一人位幸福な奴があったと云うことを、
己に万巻の書の中で読めと云うのか。
空洞な髑髏奴。なぜ己を睨んでいる。
お前の脳髄も己のと同じように、昔迷いつつ軽らかな

快い日を求め、重くろしい薄明の中で、興味を以て
真理を追うて、みじめに失敗したと云う外はあるまい。



己に用のない古道具奴。お前達は父の手沢(シュタク)のお蔭でここにいる。
火皿を弔る滑車奴。お前はこの机に濁った燈火がいぶっている限、
夜な夜な煤けて行くばかりだ。
この少しばかりの物を、疾っくに売り飛ばせば好かったに、

己は重荷のようにそれを背負って汗を掻いている。
貴様の先祖から譲り渡された物を、
貴様が占有するには、更にそれを贏(カ)ち得んではならん。
利用せずに置く物は重荷だ。
刹那が造ったものでなくては、刹那が使うことは出来ない。
0626吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 02:06:55.60ID:KEoASMsU
長大引用ありがとうございましたっ!!

最後の段落のあたりを引用するつもりでしたが、どの箇所をとってもあまりに見事のため、

つい、こうなりましたw
0627吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 02:08:06.38ID:KEoASMsU
ゲーテ閣下ありがとうございます

鴎外先生ありがとうございます!
0628吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 02:21:05.26ID:heIfmuNZ
>>623
>一体この世界を奥の奥で統すべているのは何か。
>それが知りたい。そこで働いている一切の力、一切の種子しゅしは何か。
>それが見たい。それを知って、それを見たら、
>無用の舌を弄せないでも済もうと思ったのだ。
ドストエフスキーを読んだことがあるならば、悪魔の手を借りてでも秘密を知りたいと思うのはイワン的だと感じても別に不思議なことではないと思えるだろうw
0629吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 02:50:02.86ID:heIfmuNZ
>>617
悟性で物語を再構築する描写の表現がうまいね

>というのはムイシュキンの掲げた「謙虚」「憐み」「赦し」「救い」
>では到底及ばない「何か」が横たわっていたからだ
ふと思ったのは、ラスコリニコフ(男性)がソーニャ(女性)に求める条件に上の引用に当てはまるが、ナスターシャ(女性)がムイシュキン(男性)に求める条件には当てはまらないということ
この弁証法から一つ無理矢理にでも説明をするならば、この何かとは、とりも直さずナスターシャが選んだロゴージンとは「存在(もの・実在)」である

と思ったけど、ナスターシャがロゴージンについて行ったのはあくまでムイシュキンのためでもあったとするならば、以上の結末は正反対になる
まったく難しいw
0630吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 10:50:46.94ID:KEoASMsU
>>616
> アグラーヤ(偉大、名誉、輝き、美)
> アデライーダ(高貴)
> アレクサンドラ(防御、男性名アレクサンドルの女性形)

あなたの白痴の解説はやばい。「白痴」ぜんたいの結構がすーっと見えてくる。

「ああ、そうだった。確かにそうだ!そうだったのか?」の連続です。

すいませんけど、翻訳は何で読みましたか?

それと、白痴を最初の方読んで、「しょーもなかった」と感じてしまう方が

わりといるみたいですが、そう感じがちな理由について、どう思われますか?

どっちにしろ、白痴も熟読せにゃならんな!忙しすぎんぞコレw

いま、ゲーテ読んでます。読みやすさが段違いだよ!なんでかってゆーと、

「文字数が少ない」つぎに「とにかく凝縮されている」
0631吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 10:54:45.92ID:KEoASMsU
>>611
> カラマーゾフのスネギリョフはなんか好きなキャラなんだよ

ありがとうございます。スネギリョフのこのシーンぜんたいが好きです。

まだまだ引用してまいります。スネギリョフとは「われわれ」のことでは、ないでしょうか?

さぁいったい、もうひとりの「私たちである」アレクセイは、どう答えるのでしょうか?
0632吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 22:40:38.65ID:KEoASMsU
>「いえ、いえ、いえ、神様は決してわたくしどもからあなたを奪いは
なさりません。あなたはまだ長く長くお暮らしなさいますとも。」
と母夫人は叫んだ。

母夫人がかく叫んだのは、「長老を文字通りに救世主と、われらが救い手、民衆にとって夫人にとって、母にして父と、われらが守護者と、真底考えているからです。

>「それに、どこがお悪いのでございましょう? お見受けしたところ、
大変お丈夫そうで、楽しそうな、幸せらしいお顔つきをしていらっし
ゃるではございませんか。」

彼女には、老病と戦う長老の、表面しか見えていなかった。
楽観視し、幼児のごとくであった。

>「わしは今日珍しく気分がよいが、しかしそれはほんのちょっとの間
じゃ、それはわしにもよう分かっておりますじゃ。今わしは自分の病
気を間違いなしに見抜いておりますでな。

死の近きことを覚悟されている。その上で、このことを夫人に言い置くのは何のためか?

>あなたはわしが大変楽しそうにしておるといわれたが、そのようなこと
を言うて下さる程、わしにとって嬉しいことはありませんわい。

------------------------------------------------
なぜといって、人は幸せのために作られた者ですからな、じゃによって、
本当に幸せな人は、『わしはこの世で神の掟を果たした』という資格がある。

すべての正直な人、すべての聖徒、すべての殉教者は、みなことごとく幸福であったのですじゃ」
------------------------------------------------
0633吾輩は名無しである垢版2018/06/07(木) 22:41:13.11ID:KEoASMsU
この言葉を受けて、

>「ああ、なんというお言葉でしょう、なんという大胆で高遠なお言葉でございましょう!」と母夫人は叫んだ。

シンプルな表現であるが、何という深い思想であろうか?これこそ思想そして信仰というべきでないか?

そしてぼくも、まったくこのとおりであると確信する。

「人は幸せのために作られた」

「すべての正直な人、すべての聖徒、すべての殉教者は、みなことごとく幸福であった」
今夜ぼくは、リキュールと各種睡眠薬でフラフラの状態でこの文を書いている。

言い換えれば、

正直であれば、幸福になる。
聖徒として、苦しい修行の人生の結果は、幸福である。
教えに殉じて、お上より死を奉ったものは、やはり幸福の極地を見た。

--------------
悪霊などを読んでないが、複雑な、またネガティブな、またエキセントリックな思想は、浅い。とこう予測する。

この二つの命題こそ、深きが中にも深く、真理の中の真理であると!! ded chi
0634吾輩は名無しである垢版2018/06/08(金) 01:36:53.71ID:FKKZNDjV
ドストエフスキーが反ユダヤ主義ってマジ?知らんかった。。

でもユダヤ人の天才たちが絶賛しているんだよな。。

アルベルト・アインシュタイン
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
ジークムント・フロイト
グスタフ・マーラー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC
0635吾輩は名無しである垢版2018/06/08(金) 06:23:52.63ID:lBKXFavj
「未成年」は登場人物のほとんどがテンション高いのに
作品全体としては寝技だけのプロレスのような地味な仕上がりになっている。

これは奥行きが深いと思った。
0637吾輩は名無しである垢版2018/06/09(土) 01:54:38.41ID:QAIqDIGQ
19世紀あたりはユダヤ人嫌いは結構当たり前だった
言われてみて気がついたけど、文学(物語)ではユダヤ人で有名な作家はとても少ないね
物理とかの著作なんかは多いのに
フロイトなんかは夢判断とか精神分析とか発刊されて有名だけど、文学とは分類が違う
有名でないということはそれが元々の文化として根付いていないということだろうけど、何が理由なんだろうねいったい

シェイクスピアもユダヤ人を、例えばシャイロックとか、悪役風の役で描き嫌いなんだろうなと思わせる節がある
悪霊ではシガリョフを超極端な社会主義思想(シガリョフ主義)を持つ役をユダヤ人にしている所なんかはなんとなく嫌いなんだろうなと感じさせるね
0638吾輩は名無しである垢版2018/06/09(土) 02:05:06.27ID:QAIqDIGQ
ちなみにまったく関係ないが、ロビンソンクルーソーで有名なデフォーは当時の中国人が大嫌いだった
中国人は計りを3つ持っているという会話が冒険記なのに出てくる
彼らが持っている計りは、「自分が買う時に軽くなる計り」「自分が売る時重くなる計り」「自分が計る正確な計り」だったかな
皮肉が効いてて面白いw
0640吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 03:15:53.42ID:s2UXCKfe
ゲッベちゃんとか崇拝してたろ
お前ら亀山訳嫌いそうだから買ってみた
0641吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 10:56:14.76ID:2uOhq6oB
「あなたのおっしゃることは、一々わたくしの心を突き通すようでござ
います。ですが、幸せ……幸せ……それは一体どこにあるのでしょう?
 ああ、もし長老様、今日わたくしどもに二度目の対面を許して下さる
ほど、ご親切なお方でございますなら、この前申し上げなかったことを、
――思いきって申し上げられなかったことをお聞き下さいまし。わたく
しの苦しみのいわれをお聞き下さいまし。これはもうずっとずっと前か
らでございます! わたくしの苦しみは、失礼でございますが、わたく
しの苦しみは……」こういいながら、夫人は熱した感情の発作に駆られ
て、長老の前に両手を合わせた。
「つまりなんですかな?」
「わたくしの苦しみは……不信でございます……」
------------------------------------------------

何でもない場面に見えるかも知れないが、これは絶対的な「勇気と相手にたいする信頼」だ。

「不信」だと、明確に言い切っている。そして彼女の語る内容は、ますます深くなっていく。
0642吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 11:14:17.72ID:2uOhq6oB
「神様を信じなさらぬかな?」
「ああ、違います、違います、そんなことはわたくし考える勇気もござ
いません。けれど、来世――これが謎なのでございます! この謎に対
しては誰ひとり、本当に誰ひとり答えてくれるものがありません



…全く、この来世という考えが、苦しいほどわたくしの心を掻き乱すの
でございます……本当に恐ろしいほどでございます……それでも、わた
くしは誰に相談したらいいかわかりません、どうしてもそんなことはで
きませんでした……ところがただ今、わたくしは思いきってあなたに申
し上げるのでございます……ああ、どうしましょう、今あなたは、わた
くしをどんな女だとお思い遊ばすでしょう!」と夫人は思わず手を拍った。

「わしの思わくなぞ憚ることはありませんじゃ。」と長老は答えた。
「わしはあなたの悩みの真実なことを全く信じきっておりますでな。」
「ああまことに有難うございます!
0643吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 11:17:41.83ID:2uOhq6oB
> ねえ、わたくしはよく眼をつぶって、こんなことを考えるのでござい
ます、もしすべての人が信仰を持っているとしたら、どこからそれを得た
のでしょう? ある人の説によりますと、すべてこういうことは、はじめ
自然界の恐ろしい現象に対する恐怖の念から起こったもので、神だの来世
だのというものはないのだそうでございます。ところで、わたくしの考え
ますに、こうして一生涯信じ通して、死んでしまえば急に何もなくなって
しまって、ある文士のいっているように、『ただ墓の上は山牛蒡が生える
ばかり』であったら、まあどうでございましょう。恐ろしいではありませんか!

特定の宗派の、特定の信仰についての疑念ではない。信仰というもの全般
について、そんなものは「ウソではないか?」という大疑念である。

『ただ墓の上には山牛蒡が生えるばかり』だというんだ!
0644吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 11:17:58.97ID:2uOhq6oB
> 一体どうしたら信仰を呼びもどすことが出来ましょうかしら? もっ
とも、わたくしが信じていましたのは、ほんの小さい子供の時ばかりで、
それもなんの考えなしに機械的に信じていたのでございます……どうした
ら、本当にどうしたらこのことが証明できましょうか、今日わたくしはあ
なたの前にひれ伏して、このことをお訊ねしようと存じまして、お邪魔に
上がったのでございます。

なんと夫人は(今回気づいたが)なんやかやの悩みのためでなく、「この
根本的疑念をはらすためにのみ」ゾシマ訪問したというんだ!
すごい求道心ではないか?(ただ問題は、現実遊離の観念になっていかな
いか?という点か。まさに彼女もその点を自覚していて、それで恥じてい
るのではないか)

>じっと立って周りを眺めましても、みんな大抵どうでもいいような顔を
しています、今の世の中に誰一人そんなことを気にかける人はありません。
それなのに、わたくし一人だけ、それが堪らないのでございます。本当に
死ぬほど辛うございます!」

ほんとうに、夫人の言うとおり「みんな大抵どうでもいいような顔をして
いる」ではないかっ
真実の哲学者はどちらなのか?夫人か、われわれか。
0645吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 11:24:36.72ID:2uOhq6oB
イワンだけが、神と不死について、考えているのではない。

登場人物のすべてが、彼以上の哲学者なのであった。

それこそ、カラマーゾフの秘密だ!
0646吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 19:13:04.72ID:/DzYFcbg
苦行と瞑想を柱とする信仰生活によって自我と自由を放棄し
神性と不死を獲得することがアリョーシャの主たる目的なのだ
と第一部第一篇で作者が述べています
しかしこの種の考えはキリスト教というよりはインド思想に近い

カソリックやルター派を批判してロシア正教の伝統に遡行する
とくに民間信仰の部分にまで目を向けて原理主義的になると
どういうわけかアジア的になってしまう
これが「一皮むけばタタール」と揶揄されるロシアの悲しいところ

これがインド思想だと個人の主体性が
自他、事物との関係性によって解体されていくわけだけど
ロシア風タタール方式だと
認識主体を残したままで全体と一体化するという矛盾律を前提としているので
かなり苦しいことになる
0647吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 21:30:59.90ID:2uOhq6oB
>>646
> 苦行と瞑想を柱とする信仰生活によって自我と自由を放棄し
> 神性と不死を獲得することがアリョーシャの主たる目的なのだ

翻訳文がちがうためか、該当箇所を発見できない。

近似の文として

> ところで、長老とは何かというに、これは人の霊魂と意志を取って、自分の霊魂と意志に同化させるものである。人はいったんある長老を選び出したら、全くおのれの欲望を断ち、絶対の服従をもって、長老に自分の意志を捧げるのである。

願かけをした人は長い苦行の後自己を征服し、かつ制御する日が来るのを楽しんで、こうした試練、こうした恐ろしい『人生の学校』を、自ら進んで双肩に担うのである。

この生涯の服従を通じて、ついには充実した生活と完全な自由、即ち自分自身に対する自由に到達する。そして一生涯のあいだ自己を発見することのできない人々と、運命をともにするのを避けることができる

>しかしこの種の考えはキリスト教というよりはインド思想に近い

そういうものと考えたことがなかったです。これこそキリスト教的なものだと、
思っていました。というのも、自分にとって「キリスト教」とはカラマーゾフで
読む「ゾシマやアレクセイの姿」ですから。
0648吾輩は名無しである垢版2018/06/11(月) 22:42:03.46ID:2uOhq6oB
>>646
> しかしこの種の考えはキリスト教というよりはインド思想に近い
>
> カソリックやルター派を批判してロシア正教の伝統に遡行する
> とくに民間信仰の部分にまで目を向けて原理主義的になると
> どういうわけかアジア的になってしまう
> これが「一皮むけばタタール」と揶揄されるロシアの悲しいところ

むしろ、いかなる宗教も「理の指すところ一致していく」と考えたい。

たとえば、インド人が開発したメールソフトも、イスラエル人が開発したそれも、飛躍的にちがうものとなり得るか? ただしこれは、一面的真理です。

事実において、>苦行と瞑想を柱とする信仰生活によって

>自我と自由を放棄し神性と不死を獲得すること

に成功しうるのか?すなわち>アリョーシャの主たる目的

は達成されたのか? それが、宗教の正邪の判定基準たるべき。

おそらくは、ドスト氏が>カソリックやルター派を批判 したのは「事実において」人間を善くしていないから、ではないか?
0649吾輩は名無しである垢版2018/06/12(火) 01:24:23.45ID:w6VKrt+F
そうかもしれないね
宗教組織に目をむけてしまうとそれぞれの宗義というかまたは人間の利益へと歪曲された個性という独特の解釈ができしまうが、その先駆者、ソクラテスやブッタやキリストやムハンマドなんかの言ったことはとても似ている
時代も文化も違う地面に生きていたのにもかかわらず

それが真ならば、正や善には普遍性があるということになる
真理といってもいいかもしれない

ただしドストエフスキーと同じくして思うのは、自我の放棄が成されたならば、それは人類の完成かもしれないが、完成しているという状態は何も必要としないということだから、自由というよりもはや自由を意思することも必要としない世界になって、
もはや生きる意味がなくなってしまうのではないか
なんててこういう話の時には思ってしまう
虚無思想にハマらないようにしなきゃだけど
0650吾輩は名無しである垢版2018/06/12(火) 03:03:09.65ID:w6VKrt+F
キルケゴールを最近読んでいて、ちょうど自由についても出てきたのでレスしてみるよ

「ちょうどそのように不安は自由の眩暈である。
精神が綜合を措定しようとする場合、
自由が自己自身の可能性の底をのぞきこみながら
同時におのが支えを求めて有限性へと手を差し伸べる時に、不安が発生するのである。」

自由には不安がつきまとうとしている
自由とは可能性を見ているが、可能性は現実していない無の状態を生んでしまい、この無に戸惑っている感情を人は不安と読んでいる、と彼に従うと自由とは不安ももれなくセットでついてくるらしい

「人間とは、神の前にただひとりで立つ単独者であり、神に対して責任を取るという仕方で、自由に自らの主体性の形成に踏み出すときに、真の人間らしさを発揮することのできる存在である。」

可能性が不安を呼ばないためにはどうするか
人間(精神)とは有限性と無限性の綜合であるから、これらの絶望回避のため、人間には永遠的なものを見つけける必要がでてくる
それは神と正しい関係を正しく築くことで可能だと言っている
単独で、神の前にして信仰している自己はもはや無限なのだ

なんかぼくにはアリョーシャをなぜだかイメージしてしまうんだ、なんでかは分からないので不思議なんだけど でわまたー
0651吾輩は名無しである垢版2018/06/12(火) 03:31:41.55ID:w6VKrt+F
>>640
>お前ら亀山訳嫌いそうだから買ってみた
読んだことあるけどいいところも結構あってし自分はみんなが言うほど嫌いじゃないよ
0652吾輩は名無しである垢版2018/06/13(水) 00:06:16.00ID:yfEPT5Qc
>>649
今夜もきみの文に批判を加えていくぞw!なぜ批判的に書くかって?

それはきみの考えをもっと深く理解したいからだ

>人間の利益へと歪曲された個性という独特の解釈ができしまうが、

この文がちょっと理解しにくい。

> それが真ならば、正や善には普遍性があるということになる
> 真理といってもいいかもしれない

ドストエフスキーは「真理よりもキリストとともにありたい」と言ったそうだね

> ただしドストエフスキーと同じくして思うのは、自我の放棄が成されたならば、それは人類の完成かもしれないが、完成しているという状態は何も必要としないということだから、自由というよりもはや自由を意思することも必要としない世界になって、
> もはや生きる意味がなくなってしまうのではないか

例のアレだね。あれの中で気になる箇所があって、今夜中に、ここへ持ってこれるか、わからないけど、近く質問するから。
0653吾輩は名無しである垢版2018/06/13(水) 01:31:35.97ID:uYezdjb9
>>652
先駆者は始めることを目的とするが、継承者は維持することまたは拡大することを目的とする
そこに継いだものの個性が混じると、先駆者の意図とはかけ離れてしまうことは往々にある
目的が違うならば望むことも違うし、そうならば解釈も違ってくるということ、が言いたかった
単純に、今の(作中なら当時の)キリスト教がキリストのつくりたかった組織とはだいぶズレてしまっている

>ドストエフスキーは「真理よりもキリストとともにありたい」と言ったそうだね
シャートフとイワンの会話であったね
ここはきみの言う方がドストエフスキーとして正しいね
とてもいい言葉だと読んでて思ったのに忘れていたよ
0654吾輩は名無しである垢版2018/06/13(水) 08:34:27.76ID:Hb8y2D75
米川訳の『悪霊』『未成年』(岩波文庫)再版しないかな?
0659吾輩は名無しである垢版2018/06/13(水) 20:14:07.90ID:8eZcYbn6
>>650
ソシュールが人間は自由の持つ非自由性という矛盾の中に生きるって言ってるね
ちょっと思い出したのでかきこしました
0661吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 02:16:56.04ID:tLqMOjoB
>>634
アインシュタインの日記は中国人差別だらけだった!…―英紙
http://news.livedoor.com/article/detail/14862445/

アインシュタインの日記。1920年代の日記ではアジア系を「汚らしい人びと」とレイシズム剥き出し。
その後1930年代、ナチスの興隆から逃れ米国に移住すると、人種差別に批判的に変わり、公民権運動を支持するように。
0662吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 02:22:28.17ID:P320lrQv
>>653
>先駆者は始めることを目的とするが、継承者は維持することまたは拡大することを目的とする
そこに継いだものの個性が混じると、先駆者の意図とはかけ離れてしまうことは往々にある
目的が違うならば望むことも違うし、そうならば解釈も違ってくる

そのことは...それこそまさに「信じる」ということだと思うよ。

>(作中なら当時の)キリスト教がキリストのつくりたかった組織とはだいぶズレてしまっている

ゾシマに体現される、現実の、ロシヤ正教の、この教会の、この自分が出会っている人びと、

「これらの良き人びとと伴にありたい」それこそ来世まで。永遠にと。そう心底願って、

「真理よりもキリストとともにありたい」をもじって言えば「キリストよりも、ゾシマとありたい」と。
0663吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 03:02:19.30ID:trOYR8dq
死の家読み直してるけどほんと面白いな
「親父もいらねえくらいだ!」ってお決まりのフレーズ何度も出てきて笑うわ
0664吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 03:22:13.05ID:P320lrQv
>>661
誰でも多少は差別主義です。それこそ、凡夫だから、仕方ないことなんです。
アレクセイやゾシマだって逃れることはできません。

アレクセイはカラマーゾフ最後のスピーチで少年たちに語った。

「みなさん、僕はみなさんにここで、ほかでもないこの場所でひと言言っておきたいこと
があるんです」  略
「みなさん、僕たちはもうじきお別れしなければなりません。

ここ、イリューシャの石のそばで、第一にイリューシャのことを、第二におたがいのことを
今後けっして忘れないという約束をしましょう。

そしてこれから一生のあいだになにが起ころうとも、またたとえおたがいにこれから二十年
も会わなくっても、あのあわれな少年をここで葬ったことを、忘れないようにしましょう。

... わたしたちはたとえ重大な仕事で忙しいときにも、―― 名誉をかち得たときにも、あるい
はまた大きな不幸におちいったときにも、とにかくいかなるときにおいても、 かつてこの町
でお互いに心をかよわせ、
善良な感情に結び合わされた、そしてそうした感情があのあわれな少年にたいする愛の行為
をわたしたちにつづけさせ、
そのあいだに、わたしたちをも実際以上にりっぱな人間にしあげた、このことを決して忘れ
ないようにしましょう


つまり、われわれが悪い人間になることを恐れるからなんです
0665吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 03:25:27.98ID:P320lrQv
長いアリョーシャの弔辞のごく一部をタイピングしながら、これは運命的なまでにぼく自身
の人生に影響をあたえた言葉である、と感じた。このアリョーシャのスピーチより、美しく
真実な賢い、人を良くするスピーチというものが、あり得るだろうか?

とくに
「かつてこの町でお互いに心をかよわせ、
善良な感情に結び合わされた、
そしてそうした感情があのあわれな少年にたいする愛の行為をわたしたちにつづけさせ、
そのあいだに、わたしたちをも実際以上にりっぱな人間にしあげた」

というところは、衝撃を受けました。ああ!そうゆうことだったんだ!と。

わたしたちは「実際以上に」りっぱな人間にしあげられたんだ!
0666吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 07:03:58.21ID:gcsJUbsW
死の家の記録で
A「あの時は死ぬかと思ったぜ…」
B「でも死ななかったんだよな?」
A「当たり前だろ。馬鹿かおめぇは」
ってとこは笑える
0668DJ 学術垢版2018/06/15(金) 09:00:40.31ID:aXEsfqYB
トルストイの農民信仰の全世界救済のお笑いよりは、都市型の方が
自分としてはいいなあ。
0669吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 13:42:57.17ID:aXEsfqYB
都市の方が隔離差別なく古典建築も学べて、一軒目ぐらいでいいから。良いんじゃないの?
0670dj 学術垢版2018/06/15(金) 13:44:24.92ID:aXEsfqYB
ついでに言っとくと、都市型住人は、インテリアや、戦争災害復興で、
自然文明から退避できるだろう。
0672吾輩は名無しである垢版2018/06/15(金) 18:06:28.79ID:lN5lO4OV
>>50
ヤスパースも座禅とかやってた
実存主義は人を実存としてみる
東洋思想のほうからきてる
0673吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 00:30:34.41ID:WZaYMbKe
>>634
ロシアはポグロムの盛んな地域でその反動としてシオニズムが生まれた
この流れに対してドストエフスキーは「未成年」で
国際的産業資本の興隆により通貨需要が高まるが
貴族層によって構成される君主国は国際市場への金流出を停止するので
貴族層とユダヤ資本との抗争が激化し、
やがて貴族層は打倒されてユダヤ王国が樹立されるだろうと予言している

そしてこの国際ユダヤ主義も労働者大衆を扇動する勢力によって打倒される
と付け加えた後に「そのあとはわからない」としている
実際ロシアではそうなったわけだね
「そのあと」がスターリン体制であり収容所群島だったことは言うまでもない

ドストエフスキーの偉大な点は単なる偏見ではなく
国際経済とリンクしたユダヤ主義の台頭と
その政治的過激化路線を予言した事ですね
0674吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 01:36:00.08ID:59hrznXR
>>673
悪霊のステパン氏が息子のピョートルにいいように追いやられるストーリーは、ユートピア的社会主義がやがて訪れる科学的社会主義にいいように扱われる予言だったのかな、なんて思う
0675吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 01:42:57.96ID:59hrznXR
ドストエフスキーの未来予測
21世紀を生きているという事で、ドストエフスキーにとっては未来であるが自分においては過去という、現在を知っているぼくたちには予言であったとひしひし感じる

人びとはやがて空中を歩いたり飛んだりするかもしれない。いま鉄道で旅行している速度の十倍の速さで、非常に広い空間をひとっ飛びということになるかもしれない。
土の中から信じられぬくらいの収穫をひきだし、化学によって有機体を作りだし、わがロシヤの社会主義者たちが夢みているように、牛肉が一人一キロずつ行きわたるようになるかもしれない。
一口に言って、さあ飲め、食え、楽しめというわけだ。「さあ」 すべての博愛主義者たちは絶叫するに違いない。
0676吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 01:43:36.01ID:59hrznXR
「今こそ人間は生活を保障された。今こそはじめて人間は本領を発揮することだろう! もはや物質的窮乏はないし、すべての悪徳の原因だった、人間を蝕(むしば)む《環境》ももはやない。
今こそ人間は美しい、正しいものになるだろう! もうこれからは、どうにかこうにか暮らしてゆくための絶え間ない労苦はなくなり、今やだれでも高尚で深遠な思想や普遍的な現象に関心をもつようになる。今、今こそやっと最高の生活がやってきたのだ!」
だが、おそらくこうした歓喜は人間の一世代ともつまい! 人びとは突然、自分たちの生命がもはやほろび、精神の自由も、意志も個性もなく、だれかが何もかも自分たちから一遍に盗んでしまったのだということに気づくだろう。
人間らしい顔つきは失せ、畜生のような奴隷の姿、形、畜生の姿が、やってきたのだ。」
0678吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 10:55:41.75ID:o8avfkK0
>>673
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%A0
1543年にプロテスタント運動の創始者の一人であるマルティン・ルターが著書『ユダヤ人と彼らの嘘について』においてユダヤ人への激しい迫害及び暴力を理論化し熱心に提唱した。

「ポグロム」とは何か?検索中に。教科書では、ルター「宗教改革」しか
習わず、こうした闇の面があることを。そしてまたこれさえも、表面であり、その深みを知るためには、生涯をかけねばならず。
0679吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 11:04:53.54ID:o8avfkK0
反ユダヤ主義とは、朝鮮差別みたいなものか?

もっと奥深いのか?
0680吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 11:08:50.82ID:o8avfkK0
紀元前4世紀のギリシアの哲学者アブダラのヘカタイオス[* 1]はモーセは人間らしさと歓待の精神に反する生活様式を打ち立てたと記した[11]。
0682吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 20:20:46.10ID:o8avfkK0
>>676
> だが、おそらくこうした歓喜は人間の一世代ともつまい! 人びとは突然、自分たちの生命がもはやほろび、精神の自由も、意志も個性もなく、だれかが何もかも自分たちから一遍に盗んでしまったのだということに気づくだろう。
> 人間らしい顔つきは失せ、畜生のような奴隷の姿、形、畜生の姿が、やってきたのだ。」

だがなぜ、こうした結論になると、予測し、考えたんだろう? ドストは
0683吾輩は名無しである垢版2018/06/16(土) 21:00:06.40ID:oCy3xtf9
>>681
でも小島君が本当に読んだかはわからないな
部屋に置いてただけで実際読んでないかもしれない
0684吾輩は名無しである垢版2018/06/17(日) 00:11:14.62ID:dIKZAj5N
>>679
もっと深くて差別というより敵意と言った方が合ってるかもしれない
アーレントの全体主義の起源で反ユダヤ主義をとても詳しく書いてあるよ
もちろんナチスの虐殺についてだけど
彼によれば、社会から疎外されたと多くの人たちが考え出した時に民主主義の中から全体主義が生まれる、らしい
0686吾輩は名無しである垢版2018/06/18(月) 00:06:17.87ID:Xl0VxGzA
アーレントって結局巨悪を防ぐために考えるのを止めるなみたいな事で終わるよね
0687吾輩は名無しである垢版2018/06/18(月) 23:25:34.68ID:CdZnxV+P
ハンナが言う様な公共が古代社会に存在していたとは思えない
実際は奴隷制を担保とする多民族・多部族社会であり
それが戦争時に共闘しただけであって
0688学術垢版2018/06/19(火) 07:31:05.67ID:mFlxwAPq
全体主義ってのは無理な発想でしょうね。ただ人類にそういうポテンシャルが
授けられることはあるかも知れない。各々違っててもね。
0689学術垢版2018/06/19(火) 18:43:49.44ID:mFlxwAPq
一人で世界全兵を倒す過激さが全体主義の次でしょうね。
0690吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 00:03:19.59ID:AwhQ/kYB
われわれがロシア文学を愛したその功徳によって

日本はロシアの地において勝てた。これは厳然たる事実である。
0691吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 01:42:35.93ID:AwhQ/kYB
>>915
> 書物は、装丁とか紙質、活字や奥付の記載自体に書誌的価値があったり
> 正文批判上の価値があったりするから、テキストだけを電子化しても
> その価値のごく一部しか承継できない。

俺はその考えに反対だな。このスレじゃ議論できないが。書籍の本質はまさにテキストである。そのような美術品的扱いは枝葉です。

問題はまさにその「テキストだけを電子化」こそが十全にできてないこと。君たちが読むような翻訳文学等では問題ないが。
0692吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 02:25:56.95ID:bWF96JFD
>>691
>書籍の本質はまさにテキストである。
これはその通りだと思う
ならば違う視点から考えて、紙の媒体でよむ利点はなんだろうか
本を読むのに必要なのは読むことである
そうすると紙で読もうが電子で読もうが内容が変わるわけではないので、両方とも目的は合っている
目的が同じであるならば、そうすると、その目的をよりよく果たすための手段がどういいかを見ればわかる

ここからは論拠がないつまりは人それぞれという話になってしまうけど、自分の場合は、記憶のしやすさという理由で、その重さや開いた箇所や残りのページで覚えたり、単純にはなんか味気ない気がして、本は本で読んでしまうよ
0693吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 02:45:31.96ID:AwhQ/kYB
おお!こんばんわ。早く寝たいよね。

ニュー速で、ちょっと議論になって、投稿しようとしたら、スレッドストッパー。

せっかく書いたから、自分のために、ここに貼った。そんなものに、レスつけてくれてありがとう。

俺が書きたかったのは、電子テキスト化が困難な書籍というものがあるんだ、ということだったんだ。

漢文で書かれたもので、レ点等がたくさん打ってあり、特殊な異体字が使われている。

関連文献への精密なリンク先や、注釈情報が大量に付されている。こんなものは、今の段階では、電子テキスト化が困難じゃないか?

>自分の場合は、記憶のしやすさという理由で、その重さや開いた箇所や残りのページで覚えたり、単純にはなんか味気ない気がして、本は本で読んでしまうよ

なぜなんだろう?たしかに、紙には負ける。匂いもない。。。それと目に負担かかるね。ディスプレイは。これがデジタルとフィジカルのちがいなのか?

それとも骨の髄まで昭和人間だからか。

ただ、検索性とコピペとネット連携、これはすごい。これがあるからこそ、2ちゃんで議論もできる。複数人で、みんなで考え、意見交換できる。これは夢の技術じゃないか?
0694吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 02:52:54.16ID:bWF96JFD
全体主義の要因をアーレントは敵意(彼の場合はユダヤ人憎悪でナチスをまとめるため)をまとめる過程で民主主義から全体主義が生まれ、全体主義国家になるとした、だいぶハショッたけどw

以下の言葉は個人的に共感しているのでレスしてみるよ
オルダスハクスリーは隷属を愛する人が多くなることを要因として、そういう国家は全体主義に傾倒すると言っている

「全体主義というのは、強大な権力をもつ政治的ボスの小集団と、それに奉仕する事務方の集団が、隷属を愛するゆえに強制されなくても働く奴隷の大集団を管理する国家である。」

もちろん全体主義の要因をこれだ!と的確に見つけるのは難しいけどね
むしろ全体主義と言われて、ドストエフスキーを読んでいるとまっさきに、監視社会を望んだ悪霊のシガリョフのシガリョフ主義を思い出すけど
0695吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 03:06:13.22ID:bWF96JFD
前にも載せたので重複で見た人には申し訳ない

シガリョフシュギ
「彼はスパイ制度を提唱してましてね。
つまり、社会の全成員がおたがいを監視して、密告の義務を負うわけです。各人は全体に属し、全体は各人に属する。
全員が奴隷であるという点で平等です。
極端な場合には中傷や殺人もあるが、何より大事なのは――平等です。
まず手はじめとして教育、学術、才能の水準が引きさげられる。
学術や才能の高い水準に達するには高度の能力が必要ですが、そんな高度の能力など必要ない!
高度の能力をもった者はつねに権力をにぎり、専制君主でした。
高度の能力をもったものは専制君主たらざるをえないし、これまでつねに利益よりは害毒を流してきたんです。彼らは追放されるか、処刑されます。
キケロは舌を抜かれ、コペルニクスは目をえぐられ、シェイクスピアは石で打たれる
これがシガリョフ主義ですよ。奴隷は平等でなけりゃいけない。
専制君主なしにはこれまでに自由も平等もあったためしがないが、ただし家畜の群れの中は平等でなけりゃいけない。」
0696吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 03:25:07.37ID:AwhQ/kYB
>「全体主義というのは、強大な権力をもつ政治的ボスの小集団と、それに奉仕する事務方の集団が、隷属を愛するゆえに強制されなくても働く奴隷の大集団を管理する国家である。」

そもそも問題は、なぜ「隷属を愛する」か?だね。しかもそれと同時に「自由を欲すること」も。
ドミートリイは「いや実に人間の心は広い、あまり広すぎるぐらいだ。俺は出来
る事なら少し縮めてみたいよ」と言った。

サルトルは「矛盾するふたつの価値を回転させて、その両方を実行する」と言った。これを回転装置(トゥルニケ)と呼ぶと。

自我が選択した決定を、どこまでも肯定する。周囲他人のいっさいが自分を否定するのに。裏切り者悪人として。しかし、他人の目線の中で溶けていき、彼らの考えるとおりの悪人としての自分を認め、許しをこい、処罰されることを受け入れる。

死刑囚の語った言葉などを読むと、こうした心の揺動が見える。

きみらは、イヴァンカラマーゾフの大審問官を熟知してるんだから、彼の見地から答えを書いてほしいな。

(ところで、ダスタイェフスキー、という感じの発音らしいw テレビで見た)
0697吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 03:33:23.69ID:AwhQ/kYB
>>695
今でも現に監視社会といえば監視社会です。

>社会の全成員がおたがいを監視して、密告の義務を負う

しかし一方で、そうではない辺もある。密告できても、しない。

このように現実は、観念よりも、数億倍複雑なんです。

外部から、ある社会集団を見たとき、かならず単純化する。

おやすみ!
0700吾輩は名無しである垢版2018/06/20(水) 21:25:33.87ID:pybcnGqw
>>694
>むしろ全体主義と言われて、ドストエフスキーを読んでいると
>まっさきに、監視社会を望んだ悪霊のシガリョフのシガリョフ主義を思い出すけど


あれは5人組制度による地域レベルでの相互監視と愚民化教育による同質化だから
大衆社会の出現と民主制の頽落を憂慮するハンナの考えとは違う
江戸時代の日本やポルポト体制あるいは現在の北朝鮮でも起こり得る監視体制で
個人の理性や良心を基礎とする民主的平等とは全く別物の考え

シガリョフのシガリョフ主義とは
農奴制から市民社会への移行に失敗して混乱したロシア社会で
自尊心の肥大した知的エリート層の考えた管理思想にすぎない
それも啓蒙への失望から一気に管理思想に転換したものだから
啓蒙という発想すらない後進国の近代化路線でよくみられる
独裁・管理手法と似通って来る

啓蒙への失望が原因なので本質的に家畜の管理程度の発想にすぎないのだが
それを隠ぺいするために神話や土俗信仰を総動員して権威付けを画策する
そうすれば無知な民衆が権威から権力に盲従するようになるからね
である以上「愚か」という意味合いで「同質」な方が
統治上の平等性と安定性は確保される

ドストエフスキーはこういう連中を作中で「腐肉に群がる蛆虫」と糾弾し
その発生原因を「大いなる存在」とのつつながり見失った絶望によるとして
民族の伝統に根差した正しい信仰を取り戻すことが重要だとしている
ここらへんがシェストフによって「絶望哲学の」として
ニーチェやキルケゴールとの関連によって論じられることになる
0701吾輩は名無しである垢版2018/06/21(木) 02:40:09.69ID:DB1VA45g
>>700
なるほど
たしかに無知によって扇動される事と理性に植えつける扇動では本質が違うわけか

ドストエフスキーは自由に対して、ただ単純に善いものとはしていないし懐疑しているといえないか
懐疑することを弁証法して自由の必要性を訴えてるといえばそれまでだけど
大審問官がいう幸福とは不自由という枠組みを与えてやって、そのなかで自由を楽しませてやることが、大衆にとっての幸福だとした
なぜなら人間はキリストが思っていたより弱く愚かだと
だとするならば、「不自由もしくは隷属の中にいることこそ幸福である」ということは人間的には真理かもしれない
キリストの真理によりそえる者にとっては、まったく逆の思想であり罪にすら思うんだろうけど
それが出来る者が少なくこともまた現実としてドストエフスキーはとらえているよね
0702吾輩は名無しである垢版2018/06/21(木) 02:43:36.39ID:DB1VA45g
ちなみににシェストフについては無知なので答えられないが、いずれ読もうと思う
ここでたまに名前があがるからね
きっとドストエフスキーの紐解きになるんだろうね
0703学術垢版2018/06/21(木) 07:00:17.97ID:z0O9qs6P
全体主義に全員が参加することはないしもし誰かが裏切ったらどうするんだい?
見果てぬ夢を見るよりは、現実を見ないと。
0704学術垢版2018/06/21(木) 07:01:33.17ID:z0O9qs6P
全体主義に全員が参加することはないしもし誰かが裏切ったらどうするんだい?
見果てぬ夢を見るよりは、現実を見ないと。
0705学術垢版2018/06/21(木) 07:01:36.19ID:z0O9qs6P
全体主義に全員が参加することはないしもし誰かが裏切ったらどうするんだい?
見果てぬ夢を見るよりは、現実を見ないと。
0706吾輩は名無しである垢版2018/06/21(木) 11:05:33.11ID:uD+Qc4gd
現実を正直に見て引きこもりになったやつが何人もいる。
0708学術垢版2018/06/21(木) 11:58:20.39ID:z0O9qs6P
全体軍事実戦式演習。先陣経験者の魔物もいるかもね、
上位上ランク以外の人間以外 つまり人類も全部含む以外は後列に並べとのこと。
0709学術垢版2018/06/21(木) 11:59:03.45ID:z0O9qs6P
全体主義はイデオロギーたりえるかということについてはアミエルが否定していると思う。
0710学術垢版2018/06/21(木) 12:00:02.97ID:z0O9qs6P
軍事、武装、訓練研究もいいよね。学術ののち。
0711吾輩は名無しである垢版2018/06/21(木) 12:25:30.24ID:+2dOfIMD
全体主義と独裁が切り離されるとは思えないな
0712学術垢版2018/06/21(木) 15:02:45.53ID:z0O9qs6P
凡裁
0713吾輩は名無しである垢版2018/06/21(木) 16:20:11.96ID:+2dOfIMD
ジョージオーウェルの動物農場のように気づいたら全体主義ってのがパターンだろう
0715糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/06/21(木) 18:22:06.68ID:ZVUh3Jvg
寺田屋事件の真実。
http://hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com/thirdroundthriller/2018/06/post-6c9e.html

髪の短い女の男兄弟(仁)にこだわる将軍家よりも、髪の長い女の持つ集金力
に目をつけた宮様の言葉の方がワシの心に響くのじゃ。
玉ぐし料、ナオビノミタマなど「髪の長い女」の集金力というお金の都合が
寺田屋事件にはあった。
0716吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 00:21:15.51ID:CiPv+wtm
>>711
全体主義には独裁者が必要だが独裁が全体主義国家になるとは限らないということかな?

オーウェルが1984年を書くにあたって大審問官の影響を受けたとされる話が本当ならば、ドストエフスキーから全体主義の何たるかを引き出せるかもしれない
そういう感じで読み返してみようかな
0717吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 02:22:33.37ID:CiPv+wtm
悪霊の第三の問いについて(もしおまえが、わたしのもとに来れば、すべての王国と栄華をおまえに与えよう」に対しては、「サタンよ、立ち去れ」とおまえは答えた。)

「実際のところ、お前はあのときすでに帝王の剣を受け取ることもできたはずだった。なぜお前はあの最後の贈り物をしりぞけたのだ?
あの力強い悪魔の第三の忠告を受け入れていれば、お前は人間がこの地上で探し求めているものを、ことごとく叶えてやれたはずなのに。
つまり、だれの前にひれ伏すべきか、だれに良心を委ねるか、どうすれば結局すべての人が議論の余地ない共同の親密な蟻塚に統一されるか、といった問題をさ。なぜなら、世界的な統合の欲求こそ、人間たちの第三の、そして最後の苦しみにほかならぬからだ。」

大審問官では、世界的な綜合の欲求、つまり同じところにひれ伏して同じところに委ねることを人間は本来的に望んでいるとしている
それができないために苦しんでいると
これはもちろん悪魔の言葉だけど、無神論者には最善の方法かもしれない
この辺も全体主義を解き明かすヒントにならないだうか
0718吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 02:42:16.71ID:CiPv+wtm
つまり全体主義には権威が必要で、ただしその権威が多くの者の同じ方角にあることがまず必要条件
条件は色々あって、敵意とか歴史修正とか利益を特定的に与えてやるとか

大審問官ならパンと奇跡(神格化の創造とか)も条件になる
パンなら自由を放棄して、そのパンを与えてくれる者に隷属するようになる
奇跡なら自由な思想(大審問官では信仰であるが)を放棄して考えなくていい圧倒的に見えている奇跡によって隷属するようになる
0719吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 02:48:05.36ID:CiPv+wtm
幸福とは苦痛のない状態である
とするならば、自由は不安を呼びその不安は苦痛の要素になってしまう
それなら最初に話が戻ってしまうが「権威に隷属すること」がどうしても必要になってくる

「しかし、人間にとって、自分自身で選択する自由は恐ろしく不安なもので、平安も幸せをもたらしてくれない。
だから、人間は自分の自由を進んで捧げられる主を求める。
それは、多数者が認める者でなければならず、おのずとその権威が備わっている者でなければならない。そういう権威こそが、人々をまとめることができ、平安を与えることができるからだ。」

さあ、自由か幸福か選べ!ってザミャーチンはいうけどほんとそんな感じだと思う
さあ、民主制か全体主義国家か選べ!になるのかな、もし政治で言い表わすならばだけどね
0720吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 08:47:17.43ID:/LT8Lv3q
大衆のホンネは「民主主義より、ゼニ」
0721吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 17:07:28.66ID:ntEfpdbs
>>717
> つまり、だれの前にひれ伏すべきか、だれに良心を委ねるか、どうすれば結局すべての人が議論の余地ない共同の親密な蟻塚に統一されるか、といった問題をさ。なぜなら、世界的な統合の欲求こそ、人間たちの第三の、そして最後の苦しみにほかならぬからだ。」
>
> それができないために苦しんでいると
------------------------------------------------------------------------------

> これはもちろん悪魔の言葉だけど、無神論者には最善の方法かもしれない
> この辺も全体主義を解き明かすヒントにならないだうか

これは「悪魔の言葉」というよりダスタイェフスキーの言葉であり、人間の実相ではないか?

「無神論者には最善の方法」というのもわかりません。宗教の本質ではないか?

そもそも隷属を愛するのは、「議論の余地ない共同の親密な蟻塚に統一され」れば、

そこには「親密さがあり」「心の平安があり」勇気や自己犠牲といった徳性も、そうした母体があってこそ、発揮されうるものだからです。

まさに「だれの前にひれ伏すべきか、だれに良心を委ねるか?」「議論の余地ない」共同の親密な蟻塚が、「存在しない」からこそ、われわれは苦しんでいる。

とげとげしく疎遠で個に分断され、精神は不安定で怒りっぽく、卑怯さと餓鬼のごとく食べ物を左手で隠す。他に奪われまいと。
0722吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 17:16:38.27ID:ntEfpdbs
>>718
> つまり全体主義には権威が必要で、ただしその権威が多くの者の同じ方角にあることがまず必要条件
> 条件は色々あって、敵意とか歴史修正とか利益を特定的に与えてやるとか
>
> 大審問官ならパンと奇跡(神格化の創造とか)も条件になる
> パンなら自由を放棄して、そのパンを与えてくれる者に隷属するようになる
> 奇跡なら自由な思想(大審問官では信仰であるが)を放棄して考えなくていい圧倒的に見えている奇跡によって隷属するようになる

まずいつから、このスレで「全体主義」について議論されるようになったか、不明だが。

ちょっと頭が混乱しちゃった。イヴァンの大審問官の物の見方と、ゾシマでは、どうちがうんだろう?

>自由な思想(大審問官では信仰であるが)を放棄して考えなくていい圧倒的に見えている奇跡によって隷属

の部分が該当すると思うけど。ゾシマの表現でないと、直感的に把握できないんだよね!
0724吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 18:17:31.21ID:CiPv+wtm
>>721
これは大審問官の言葉だからね
つまりすべて大審問官の主張はドストエフスキーの世俗的なもので信仰させようとしていた当時の宗教団体への皮肉ということじゃないかな

ドストエフスキーの信仰は、「自由な信仰」、自覚的な選択による信仰であって世俗的な権威や、物に執着するパンや、悪魔がおこしたのか神がおこしたのかわからないような奇跡、にとらわれず意思による信仰を目指していたように思われる
世俗ではなにも得られなくとも神を信じましょうみたいな
全体主義について考えてみたのは最近のスレの流れであって特に深い意味はないよw

ゾシマでいうと、死後に腐敗してもアリョーシャは信仰を捨てなかったところとかかな
奇跡は信仰に必要ではないということかな
0725吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 18:21:20.84ID:CiPv+wtm
>>722
皮肉として以下の大審問官の主張を読んでみると、キリストが本当に言いたかったこと(ドストエフスキーの考えるキリストだけど)が浮かび上がってこないかな?

「この地上には三つの力がある。ひとえにこの三つの力だけが、こういう非力な反逆者たちの良心を、彼らの幸せのために打ち負かし、虜にすることができるのだ。そしてこれら三つの力とは、奇跡、神秘、権威なのだ。
おまえはしらなかった。人間が奇跡を退けるや、ただちに神をも退けてしまう事をな。・・・そもそも人間は奇跡なしには生きることができないから、自分で勝手に新しい奇跡をこしらえ、まじない師の奇跡や、女の魔法にもすぐにひれ伏してしまう。
例え、自分がどれほど反逆者であり、異端者であり、無神論者であっても。
おまえが降りなかったのは、あらためて人間を奇跡の奴隷にしたくなかったからだし、奇跡による信仰ではなく、自由な信仰を望んでいたからだ。
誓ってもいいが、人間というのは、お前が考えているよりもかよわく、卑しく創られているのだ!・・・人間をあれほど敬わなければ、人間にあれほど要求しなかっただろうし、そうすれば人間はもっと愛に近づけたはずだからな。」

おまえとはドストエフスキーの考えるキリストだよね
0726吾輩は名無しである垢版2018/06/22(金) 19:21:48.59ID:TQLrDF6q
>>723
そうだね
幸せな感情ではなくて幸せな状態ということだからHappyではなくてComfortに近いかな
0727糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/06/22(金) 22:01:36.47ID:Ol933m7Q
時間。
http://hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com/thirdroundthriller/2018/06/post-3f4c.html

タイムマシーン2024年完成予定。
男はマスターベーションの記憶を残していない。
しかし、女たちの「快楽の記憶の回路」と「地球を高速で回転するロケット」
があればタイムマシーンは作れる。
児童殺傷事件とは「人類の滅亡の芽」を摘んでいるのか??
0728吾輩は名無しである垢版2018/06/23(土) 22:29:33.44ID:dZBkzHWZ
http://d.hatena.ne.jp/kinoshitakazuo/20101114

「兄さんが叙事詩を書いたんですか?」
「いや、書いたわけじゃないよ」イワンは笑いだした。「それに俺は生れ
てこの方、一度だって二行の詩さえ作ったことはないからな。でも、この
叙事詩は頭の中で考えついて、おぼえてしまったんだ。熱心に考えたもん
さ。お前が最初の読者、つまり聞き手になるわけだ。実際、作者としては
たとえたった一人の聞き手でも、失う法はないものな」イワンは苦笑した
。「話そうか、どうしようか?」
「大いに聞きたいですね」アリョーシャが言った。
「俺の叙事詩は『大審問官』という表題でね。下らぬ作品だけど、お前に
はぜひきかせたいんだよ」

この部分は、<大審問官>への導入部分と<大審問官>の本体中の本体を
橋渡しようとするものであろう

「この作品でもやはりどうしても前置きを、つまり文学的序文というやつ
を抜きにするわけにはいかないね、へっ」イワンは笑いだした。「いやは
や、大した作家だよ! いいかね、作品中の事件は十六世紀のことなんだ
、あの頃は――もっとも、こんなことはすでに学校の授業で知っているに
ちがいないけどね――その頃はちょうど詩作品で天上の神秘的な力を地上
に引きおろすのがはやった時代でな。いまさらダンテのことなど持ちだす
までもない。
0729吾輩は名無しである垢版2018/06/24(日) 00:08:30.90ID:RSC/ZUST
イヴァンカラマーゾフよ!

前にきみは幼女のことを書いたね。このぼくが、おまえの論拠の幼稚なることを証明してみせる!!
0730吾輩は名無しである垢版2018/06/24(日) 00:20:17.88ID:RSC/ZUST
>僕は人類一般の苦悩の話をはじめるつもりだったけど、それよりいっそのこと問題を子供の苦しみだけにとどめよう。そうすると僕の論証の規模が十分の一に縮小されてしまうが、子供だけにかぎったほうがいいようだ。このほうが僕にとって不利なことは言うまでもないがね。

適当にわけわかんないこと前口上言って誤魔化そうとしてるんだろ?見え見えだよw

>しかし、第一、子供なら近くにいたって愛せるからな、きたならしい子供だろうと、顔のまずい子供だろうとな(もっとも僕には、顔のまずい子供なんて絶対にいないような気がするがね)。

そんなこと決まってるかい!?子どもでも根性憎らしいヤツはいっぱいいるぜ?

>第二に、僕がおとなの話をしたくない理由は、おとなっていやらしくて愛される値打ちがないだけでなく、おとなには神罰というものがあるからなんだ。

大人がいやらしいなどというのは、精神未熟で不安定なきみの妄言だ。

>おとなは知恵の木の実を食べて善悪を知り、そして『神のごとく』になってしまった。そしていまも引きつづきそれを食べている。ところが、子供はなんにも食べていないから、まだいまのところなんの罪もないんだ。

それもキリスト教のおとぎばなしさ!罪があろうがなかろうが、先日の高槻の地震のごとく死ぬのさ。はっきり言っておくが、幼女にも罪が有るのだ。過去世にね!いや、もしかすると現世でもたくさん罪を犯してるかもしれない。

(まだまだつづく。イヴァンは昔から気に入らんかった)
0731吾輩は名無しである垢版2018/06/24(日) 02:30:32.78ID:S4+MLzr+
>>729
>前にきみは幼女のことを書いたね。このぼくが、おまえの論拠の幼稚なることを証明してみせる!!
それはそれで面白そうだね
0732吾輩は名無しである垢版2018/06/24(日) 02:39:50.76ID:S4+MLzr+
アダムって知恵の実を食べて善悪を知るようになったけど、なら食べる前は善悪を知らないくらい無知だったのかな?
だったら蛇にそそのかされて悪いと知らずに食べたことになるよね
無知でやったことに罪があるんだろうか
だって罪(sin)とはそれが悪いと認識して行うことで罪を侵したと思うようになるのではないんだろうか?

原罪を否定しているわけではないよ
ぼくが知らないだけできっと他に何か大きな意味があるだろうからね
だけど疑問だ
0733吾輩は名無しである垢版2018/06/24(日) 17:48:55.08ID:RSC/ZUST
>>732
> だったら蛇にそそのかされて悪いと知らずに食べたことになるよね
> 無知でやったことに罪があるんだろうか
> だって罪(sin)とはそれが悪いと認識して行うことで罪を侵したと思うようになる
のではないんだろうか?

悪いと知らずに、無知でやったことに罪があるんだろうか

この疑問自体が、西欧的な思考ではないのか? 

僕らの宗派では
衆生が過去遠々劫(かこおんのんごう)以来積み重ねてきた様々な悪業・罪業が
仏道修行を妨げ、成仏の障害となっていると説かれる。 この罪障は、例外なく誰
の命の中にもあり、宗祖日蓮大聖人も、過去世において多大な謗法罪障を積んで
いると、のべられた。
数ある罪障のなかでも、抜群の特異の罪障こそ「謗法」(法華経誹謗)である。

我身は過去に謗法の者なりける事疑い給うことなかれ、此れを疑って現世の軽苦忍
びがたくて慈父のせめに随いて存外に法華経をすつるよし・あるならば我身地獄に
堕つるのみならず悲母も慈父も大阿鼻(あび)地獄に堕ちて・ともにかなしまん事疑
いなかるべし、大道心と申すはこれなり。

自分が、罪を、罪障を、謗法に満ち満ちたものであることを「ぜったいに疑ってはあいならん」と。

悪いと知って「謗法」などだれも犯してこないのである。

またこれは、わたしたちの現実感覚にもマッチしてるではないか?たとえば自分が
交通事故で全身麻痺になったとする。相手が悪意をもってしてなくても、許せるか?
0734吾輩は名無しである垢版2018/06/24(日) 19:42:41.62ID:S4+MLzr+
>>733
罪が過去の誰かからやってきて相続してるなら、罪は外から来たまるで他人事になってしまわうように思えてならないよ
罪とは消極的ではなく自分自身で生み出すような積極的なものではないのだろうか
イワンの考えを借りるならば、罪とは神を信じて、その神がそれを罪と設定していること信じた上で、それを破る時に初めて罪が自己の中に発生する
「神がいないなら(信じないなら)、すべて許される(自己に罪悪感は発生しない)」

アダムの話についてはなにが言いたいかというと、神はあらかじめ「食べちゃダメ」と言った際に、何が善いか何が悪いかをはっきりと示している
その上で、それがダメだと分かった上でアダムはその掟に背いたので罪を犯したのだ、ということになる
それなら食べてはいけない善悪を知る実があること、その実を食べる前に、アダムは神から善と悪とを知らされていることにならないだろうか
だって知恵の実を食べる前の状態、善悪を知らない状態があったはずなのに
これが疑問なんだ
キリーロフのように生死の可能性に耐えかねて自殺しちゃった、やっちゃった、みたいな感じなら分からなくもないんだけどね
それともアダムもまた不安の中にいたのだろうか

>交通事故で全身麻痺になったとする。相手が悪意をもってしてなくても、許せるか?
「無知な子供」がやったなら怒りはするけど許せないという感情は生まれないのではないかな
0735吾輩は名無しである垢版2018/06/24(日) 23:40:15.35ID:RSC/ZUST
キリスト教でも、仏教でも、たぶんイスラム教でも、

「罪がある」「われわれは罪障にまみれている」という、この発想が、この機構があることが

大事だ。だからこそ現世において、大変な目に合うんだと。そしてそれを転換していける、

突破していけると。否、むしろ「罪障にまみれているからこそ」それを燃料として、より大きな幸福に到達するのだと。仏の境地をつかむのだと。

宗教とは世界解釈の仕方じゃないか? しかしそれは、哲学とはちがう。

「祈れる対境」があるんだ。そして「孤独」ではないんだ。この広い大宇宙の中で、

私は一人ぽっちではないんだ!
0736吾輩は名無しである垢版2018/06/25(月) 00:27:53.81ID:29RkrxrT
>>735
>「罪がある」「われわれは罪障にまみれている」という、この発想が、この機構があることが
なぜ、どうして、人間にもともと罪があるの?


私がそれを罪と認めた、自己同一性の中に私はアダムを一致させた、とこういう人は罪を規定するだろう
でもアダムを信じない者にアダムの罪を相続することは出来ないのではないかな
なぜなら、そもそもそれを規定した主を信じないのに規定された条文だけを信じることなんて出来ないのだから

この「なぜ」を解き明かすために、なぜアダムが罪を知らない状態で罪を侵すことができたのかを知ることができたなら疑問は解決するんじゃないかと思うんだ
理由は最初の人間であり、最近の罪が行われたから

この問いはイワンが担っているが答えはおそらくゾシマにあると思う
そう、ドストエフスキーは書いたはずなんだ
そーいう感じの思い当たる箇所が見つかったら教えてね!
ドストエフスキーの中で見つけてみたいと思うよ
0738吾輩は名無しである垢版2018/06/25(月) 22:17:22.82ID:L08IccQj
まず、前置きとして「あなたの知りたい問とはまったく関係がない答えを書く」ことを。

なぜなら相手の信仰、相手の興味に合わすのではなく、己心をそのまま直截に説き聞かすことをもって「折伏」となすからである。

>なぜ、どうして、人間にもともと罪があるの?

この問は、逆にわからない。あなたに罪はないのか? あなたは生まれてから、今この瞬間にいたるまで、もろもろの罪を犯さなかったか?

これは今世に限った話です。

罪と言っても、大小強弱がある。たとえば、万引きより殺人は罪が重い。

これは、世間一般の価値観にもとずく、一般的な罪障です。

しかし、根本的な罪とは

「いかなる事にや候らん。法華経をすつる人は、すつる時はさしも父母を殺すなんどのやうに、をびただしくはみへ候はねども、無間地獄に堕ちては多劫を経候。」

百千万億の父母を殺すよりも、法華経(御本尊)を捨てる罪は重く、 億万仏の仏を殺すよりも、ひとりのバカみたいな創価学会員さんをコケにする罪は重いということです!

それをひとり残らず、わたしも含め、日蓮大聖人も池田先生も、とにかく全員が、過去世
なんどもなんども生まれ変わり生まれ変わり、永遠の生命の中で、そのつど「信心してる人をいじめて、バカにしてきた」ということです。

あなたもです!!www

>でもアダムを信じない者にアダムの罪を相続することは出来ないのではないかな
なぜなら、そもそもそれを規定した主を信じないのに規定された条文だけを信じることなんて出来ないのだから

そんなことは関係がない。信じようが信じまいが、全世界の全人類が「謗法まみれのウジ虫」なんですっ
0739吾輩は名無しである垢版2018/06/26(火) 01:05:31.43ID:Zf+1zYkt
>>738
言いたいことは分かるんだけどね、も少し普遍的な罪とは何かを聞きたいんだ
法律に対する罪とか、古代ギリシャに設けられた罪とか、海外に行った時に発生する罪とか、そーいうんじゃなくて、「人間が罪を侵すとは何なのか」みたいな感じの罪
そしてドストスレだからドストエフスキーの中で見つけてみたいと思うよ
0740吾輩は名無しである垢版2018/06/26(火) 01:07:15.54ID:Zf+1zYkt
自分でスレに問いを投げかけておいて自分で答えを示すことはとても愚かで滑稽に見えるだろうけど、そして自分自身でも自分の答えに賛成できないんだが、一つ考えた結果がある

アダムが善悪の実を食べる前は善悪がなんなのか知らなかったにもかかわらず、禁止を侵すことができた
アダムの罪とは、実を食べたこと自体が罪なのではなくて、それより先に自由という可能性に手を差し伸べようとしたことにあるのかもしれない
つまり、神という絶対的な必然性をも、意思さえ持てば、この私はそれを自由に越えることが出来るかもしれない、と思ってしまった自分の可能性が罪の正体であったと
不安を抱いてしまったことこそが罪であったと

ラスコリニコフは不安であった
不安とは「これからどうなるのか」を考える時のみに起こらなければいけないことであるならば、彼は斧を振り下ろす瞬間に不安があったのではない
彼は計画を練っている時に不安を感じていたはずだ
自首した時に不安だったのではなくて、自首しようか迷っていたときに不安であったはずだ
罪と罰の多くの部分が迷っている描写だよね
また、ドストエフスキーはソーニャにはそれを与えていない
ソーニャはいつでも必然的に自己を置いていた
売春でさえそうであったはずだね

そうすると、自由意志賛成派の自分としては受け入れがたい結果であるけど、自由意志を持つことや可能性の中に自己を置こうとするのは、それ自体が果たして罪になってしまうのだろうか?、ということになる

回り回っっているのにいい加減、自分に疲れたよw
休憩しますーw
0743学術垢版2018/06/26(火) 14:53:02.74ID:OwEDrpGH
良くて 善いスレ 世界外/内文学科推奨。
0744吾輩は名無しである垢版2018/06/26(火) 18:00:58.00ID:UQhDTclt
>>739
> そしてドストスレだからドストエフスキーの中で見つけてみたいと思うよ

「ドストスレだから」などという縛りは天下御免の俺にはない。しかしドストエーフスキイこそ、僕らの共通項であることも、また事実。
ドストエフスキーの文脈にそって考えるから、相互理解が容易たり得る。きみの「アダムとイブ」論で、わからなくなってしまうんだ。ピンとこないんだ。

ぼくの頭の中には、仏教説話の世界しか、ないんだから!
だから以下の部分については、レスを書けるんだよ。

>ラスコリニコフは不安であった

あれは、不安ってゆーのかな?不安は不安だけど、なんかもっと適切な
表現があるような。

>不安とは「これからどうなるのか」を考える時のみに起こらなければいけないことであるならば、彼は斧を振り下ろす瞬間に不安があったのではない。彼は計画を練っている時に不安を感じていたはずだ
自首した時に不安だったのではなくて、自首しようか迷っていたときに不安であったはずだ

>罪と罰の多くの部分が迷っている描写だよね

そうだね!いわれてみれば。不安と混迷だね!

>また、ドストエフスキーはソーニャにはそれを与えていない
ソーニャはいつでも必然的に自己を置いていた
売春でさえそうであったはずだね

ソーニャは、ほとんど印象に残ってない。「罪と罰」においては、ラスコは突出した、唯一のスーパー主人公だね。

>そうすると、自由意志賛成派の自分としては受け入れがたい結果であるけど、自由意志を持つことや可能性の中に自己を置こうとするのは、それ自体が果たして罪になってしまうのだろうか?、ということになる

「自由意志」論もよくわかんない。この概念自体、日頃考えたこともない。
0745糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/06/26(火) 20:00:12.48ID:PDL7kYuu
【序文】
ビナリウム・ファモッシマムは、「たとえ詩の世界のヒーローであっても世界を二分割してしまう」とアクィナスの存在を見ていた。
「男と女がいる限り」
詩の世界のヒーローになるためには「ボランティア」で男女は参戦するだろう。
世界の初めから神は二人いた。
アポロンとゼウスだ。
しかし、アポロンだけが詩になったために、ゼウスは周りの男女を集めることに成功した。
アポロンはアクィナスであったし、ゼウスはスコトゥスであった。
敗北の文学、野党は常にゼウスとして存在したし、大政翼賛会などできる国ではなかった。
それが「男女に選挙権を与える」という意味だった。
しかし、アポロンは詩の世界のヒーローとしてどんどん賢くなっていき、しかも女たちにモテた。
ゼウスは錯誤に陥り、文字も読めなくなっていた。
みんな「頭が良くなりたい」という思いでゼウスの側についていたし、アポロンの側の人間はすでに賢かった。
「二大政党制が最も良い」などとは思わないことだ。
与党は常に詩の世界のヒーローとして歌われ、頭が良くなり、野党は必ず分裂の方向に向かう。
「詩」
それだけで二大政党制は成り立たなくなる力を持っていたのだ。
政治は無償で行われるものだ。
頭良くなりたい、詩の世界のヒーローになりたい、それだけだったのだ。
アポロンの側に立つものは賢く、ファモッシマムのように常にアクィナスに忠誠を尽くすものもいた。
人々は「知りたがっている」
このことからアポロン(アクィナス)はどんどん賢くなっていき、二大政党制を崩壊に向かわせた。
【音楽の力をあまくみてはならない】
https://youtu.be/7DwAwNNHaW8

詩の世界のヒーロー。
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1325367/439553/118785946
0747糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/06/28(木) 16:34:41.09ID:l3RdUukg
国会は「会期制」をとっている。
会期の枠内で野党はわがままを言って官房機密費からお金をもらっている。
みんな「詩の世界のヒーロー」になりたいからであるが、「通年国会」をやるほど「ヒーロー」も強くはない。
わがままというのはそれほど「なんでもあり」なものなのだ。
「内閣総理大臣の解散権にはいかなる制約もない」(藤波孝生内閣官房長官見解)。

首相の最大の敵は「役人」である。「私の方がもっとうまくやれるのに」という気持ちがあるのだろう。
https://youtu.be/khQuQuFF3IM
0748吾輩は名無しである垢版2018/06/28(木) 20:18:33.32ID:xk0ClANO
罪と罰のソーニャは特に美人とは書いてなかったよね
ブスではないが中の下くらいか
0750吾輩は名無しである垢版2018/06/29(金) 12:25:34.24ID:hNWrJAwP
http://img.5ch.net/premium/6931153.gif
【6月26日 AFP】フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Duterte)大統領が先週、神を「ばか」者呼ばわりする発言を行い、カトリック教徒の多い同国では怒りの声が広がったことを受け、大統領周辺は26日、対応に追われた。
ドゥテルテ氏は22日に行ったスピーチで、神はなぜアダムとイブを創造し、誘惑にさらしたのかという疑問を提起し、「このばかな神は何者なのか。完璧なものを創造しておきながら、自らの創造物を誘惑し、その品性をぶち壊す出来事を思い付くとは」と話した。
過去2000年の間、キリスト教神学者らが説明に苦しみ続けてきたのが原罪の問題であり、ドゥテルテ氏は独特の物言いで、この難解な教理を取り上げてみせた。
フィリピンは1億人を超える人口のうち、約8割がカトリック教徒。
同国のカトリック教会の指導部は大統領の発言を非難し、フィリピン福音教会協議会も26日、「国民の大部分が深く信じているキリスト教の神をばかにしたようにののしるとは、わが国の大統領としては全くもって不適切」と指摘した。
0751吾輩は名無しである垢版2018/06/30(土) 01:26:44.63ID:7Nk/OMsH
大統領が言うというのはさしおいて、わからなくもないね
完璧の世界に見合った完璧な人間のままにしておくことも神ならできたのにと思う
それはまさにドストエフスキーの考えと同じくする
願いみたいなもんだね
0752吾輩は名無しである垢版2018/06/30(土) 09:18:30.43ID:SZ/zLmH5
>>748

いや、中の上か、上の下だろうな。
0754吾輩は名無しである垢版2018/07/01(日) 19:24:45.60ID:6YdZlnYM
>>752
イギリス制作のドラマ版観たら
ソーニャより女中のナスターシャの方が美人だったわw
0755吾輩は名無しである垢版2018/07/01(日) 22:41:22.53ID:5+wEkfKU
ロシア人は学校で14歳頃にゴーゴリの死せる魂と16歳頃には罪と罰が必読書らしい
16で罪と罰は早すぎな気もする
0756吾輩は名無しである垢版2018/07/02(月) 02:07:26.72ID:fdeNLQ0C
そんなのよりイワンイリイチの死を早めに読んどいた方がいい気がするわ
0757吾輩は名無しである垢版2018/07/02(月) 10:33:17.74ID:P7mbHHdk
ロシアは若い時に読むといい本が豊富だね
トルストイ読んでもいいしプーシキン読んでもいい
0758吾輩は名無しである垢版2018/07/02(月) 11:03:18.91ID:y5FEk9/n
>>755
5chだと「ドストエフスキーとかもう中学の頃から読んでたわ」とかいう人もいるけど
そういう人は特殊でやっぱ早いのかな
0759吾輩は名無しである垢版2018/07/02(月) 11:43:24.76ID:dhYfLxXm
ハイデッガーでいう死の先駆を早めにできれば人生変わるな
どんな良心の呼び声が聞こえるか分からないけど
0761吾輩は名無しである垢版2018/07/02(月) 21:49:36.81ID:P7mbHHdk
>>758
本を読むってことが少数でそこから罪と罰をえらんで読むとなると少ないだろうね
あとは読んでも理解できてるかは別問題だよね
0762吾輩は名無しである垢版2018/07/03(火) 06:17:28.39ID:JuIsWORT
翻訳があるから難しいだけで
ロシア人にとって簡単ってことはないの?
0763学術垢版2018/07/03(火) 17:12:17.74ID:CXOuHwOk
ロシア人にとってロシア文学を読むことは不可能なことだよ。

韻文 語順 語法 くだり、AAセンス スペース など、字形立案 字韻
日本人がロシア文学を育てていく時期が来てもいいよな。
0764吾輩は名無しである垢版2018/07/03(火) 21:02:30.54ID:8al8ZOoh
日本語による翻訳本は整理されていて
原文はロシア人ですら難しい(そうだ)
1センテンス1ページが基本ののアドルノですら
適当にに改行してコンパクトにまとめてしまう日本人だから
できる芸当です
0765吾輩は名無しである垢版2018/07/04(水) 01:04:27.42ID:Q72fFXvh
>>759
死の先駆が読書によってできた場合、いい方向になるかわるい方向になるのかでその後が分かれるだろうね
では生命とは何なにか、と考えてなにか大きな存在を意識して、その存在に従うアリョーシャのように生きれるか
死なんてただの肉体活動の停止じゃん、唯物論さいこうー、みたいにスヴィドリガイロフ になるのか
きっかけはきっとその時の自分を覆っている環境が特に影響となって、その後の人生が変わりそう

>どんな良心の呼び声が聞こえるか分からないけど
ほんこれだね

「人はいつかはきっと死ぬ、しかし当分は自分の番ではない。」(存在と時間)
0766吾輩は名無しである垢版2018/07/05(木) 09:14:27.65ID:Sc4jX8o2
ロシヤでは「14」に特別な意味があるのだろうか?
0768糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/07/05(木) 17:23:13.51ID:dXOfk9+K
時間。
http://hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com/thirdroundthriller/2018/06/post-3f4c.html

タイムマシーン2024年完成予定。
男はマスターベーションの記憶を残していない。
しかし、女たちの「快楽の記憶の回路」と「地球を高速で回転するロケット」
があればタイムマシーンは作れる。
児童殺傷事件とは「人類の滅亡の芽」を摘んでいるのか???
カンパネルラは復活祭の日に死んでいる。
河合その子「ジョバンニの囁き」公表!
0772吾輩は名無しである垢版2018/07/07(土) 01:01:41.54ID:8pEEj0/m
>>770
日本は文学好きが多いのかもしれないね
そーいえばアルゼンチンは本好きが多いというのは聞いたことある
0773吾輩は名無しである垢版2018/07/07(土) 06:12:00.18ID:qOv/Dwji
ゲバラ読書家だろたしか
0774学術垢版2018/07/07(土) 12:17:33.32ID:bksG/lMM
喰われたら、肉体活動は停止に終わらないよ。停止したら悲劇と言われることもなく、
喜劇的でもない 〜ギリシャの夕暮れ〜。
0775学術垢版2018/07/07(土) 12:17:55.57ID:bksG/lMM
全身が食われる必要はないけどね。
0776吾輩は名無しである垢版2018/07/09(月) 19:41:09.60ID:a6qnXamf
ドミートリィの「だいたい《あのこと》に金なんぞ必要としなかったしな」って
セリフの「あのこと」ってやっぱりセッ〇スのことですか?
第三編の4章のとこでアリョーシャに話すシーン
0777吾輩は名無しである垢版2018/07/10(火) 01:18:04.46ID:MeuTMvjM
マナーの問題もあるけど、
満員電車でリュック背負うなんて、
中に入ってる財布とかを盗ってくれ、って言ってるようなもんだよ
敏腕のスリ師にかかれば、後ろからチャック開けて中の物取るなんて訳ないよ
だから、俺はいつもギュウギュウの車内では、リュックを前に掛けて乗ってる
0779吾輩は名無しである垢版2018/07/11(水) 00:48:12.12ID:jHN39Lb0
ダンテの神曲よんだひといる?
これからおおよそ読書できる時間は限られてるのだから、世界の傑作を出来るだけ読もうと思う
どうせ一回じゃあ理解はできないから読み出すことに躊躇してもしょうがないんだけどね
0780吾輩は名無しである垢版2018/07/14(土) 02:06:04.83ID:Xro+wu31
ドストエフスキーに一度戻ろうかな
だったらなにを再読するかな
0781吾輩は名無しである垢版2018/07/14(土) 11:19:56.79ID:8vpTdz7/
3大長編、死の家。

久しぶりに『罪と罰』の再読。
サスペンス小説としても至高の文学。
0782学術垢版2018/07/14(土) 12:43:09.25ID:OiNvVJtv
カラマーゾフ 以外には売れてる要素
、場所が見当たらない、ドストエフスキーなのですが。
0783吾輩は名無しである垢版2018/07/15(日) 09:56:58.00ID:5XmBP9gj
>>781
「罪と罰」は凄いよね。特に心理描写は圧巻。
5回読んだけどまた読みたくなった。
0784吾輩は名無しである垢版2018/07/15(日) 18:06:57.50ID:rq5fW0j+
3大長編という場合は「罪と罰」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」となる
「罪と罰」と「カラマーゾフ」が傑作なのは良いとして
「悪霊」はそれほど完成度が高いとは言い難い
だから「未成年」のような作品で補足をしようとした

「白痴」は「罪と罰」のスヴィドリガイロフを復活させようとしていたが
どういうわけかそれと正反対の性格であるムイシュキン公を主人公にしてしまった
「白痴」と「悪霊」は作者の計画変更でブレまくった作品であり
その結果として書かれた「未成年」がカラマーゾフへの飛び石となる

だから3大長編というよりは「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」の2大長篇と
試作群としての中間3長篇ぐらいのものだと思う
ただ、この3作が無いとカラマーゾフは書けなかった
0785吾輩は名無しである垢版2018/07/16(月) 02:06:29.52ID:ShucOS+3
それぞれの作品ががつながっているんだね

>>783
5回はすごい
0786吾輩は名無しである垢版2018/07/16(月) 02:24:17.94ID:2FkJryYI
昔はカラマの未完成感が気になったけど今は気にならない
アリョーシャは誰とも対話を諦めてないのが良い
現実はなかなか難しいとしても
0787吾輩は名無しである垢版2018/07/16(月) 06:06:21.64ID:NIhNtZCE
何度読んでも面白いのは地下室の手記
読んでみて意外と面白かったのは死の家の記録
0788吾輩は名無しである垢版2018/07/18(水) 01:42:57.95ID:EZETa8lO
でも地下室読むとどっと疲れるよね
あれは短編でもいっこいっこの言葉が重くて難しい
0789吾輩は名無しである垢版2018/07/19(木) 01:32:58.69ID:4CxKV5Ui
イワンが話した悪魔とはどういう悪魔だったんだろうか
分かることといえばイワン自身であったということだけど、イワン自身がなんなのかを知ることは難しいよねw

悪魔と言われると、自分の読書経験からしか知らないため、人間チックな悪魔のメフィストフェレスかトルストイの民話に出てくるような滑稽な小悪魔たちを想像してしまう
どーせならミルトンの失楽園でも読んでみようかな
アダムについての物語も興味がわくし

この言葉は読書欲をそそられる
「君の生命を愛するな、また憎むな。ただ君が生きる人生を/善く生きよ。長きにせよ短きにせよ、天に許された生を。 「失楽園」」
0790学術垢版2018/07/19(木) 16:28:50.77ID:UAowYW/W
このスレぐらいしか稼働していないのか。
0791学術垢版2018/07/19(木) 18:32:54.75ID:UAowYW/W
マルテの手記もいいわけじゃないの。
地下の概念も単純じゃいけないけど要塞と洋裁は縁がありそうで。
0792吾輩は名無しである垢版2018/07/19(木) 20:59:53.81ID:SdZeRBQC
>>789
フェラポント神父が見たという悪魔と同じやつ
0793吾輩は名無しである垢版2018/07/19(木) 22:35:29.86ID:b0wrR1Xz
「真理は寒梅のごとし 敢えて風雪を侵して開く(真理似寒梅敢侵風雪開)」

新島襄
0794吾輩は名無しである垢版2018/07/19(木) 22:38:54.54ID:b0wrR1Xz
MARCELLUS
Something is rotten in the state of Denmark.

マーセラス
何かが腐っている。このデンマークの国では。
0795吾輩は名無しである垢版2018/07/19(木) 23:02:57.88ID:b0wrR1Xz
「神の小鳥、喜びの小鳥、 どうぞわたしを許してくれ。

わたしはお前らにも罪をおかしているのだ」


「ああ、わたしの周囲には、こうした神の栄光が満ちみちていたのだ。

小鳥、木々、草場、青空、――それだのに、わたしひとりだけは汚辱の中に住んで、すべてのものをけがしていた。

そして、美にも栄光にもまるで気がつかないでいたのだ」
0796吾輩は名無しである垢版2018/07/20(金) 15:55:09.06ID:LKQie6tq
「おまえは何のようで来たのじゃな?」
「わたくしの魂を救うてくださいまし」
「長老さま、わたくしは罪をおかしました、自分の罪が恐ろしゅうございます」
「懺悔の時に話したかな?」
「話しましてございます、二度も話しました。」
「聖餐を頂いたかな?」
「頂きました。長老様恐ろしゅうございます、死ぬのが恐ろしゅうございます」

「何も恐れることはない、けっして恐れることはない、くよくよすることもいらぬ。
ただ懺悔の心が衰えぬようにしたならば、神さまが何もかも赦してくださるのじゃ。
それにな、ほんとうに後悔しながら、神さまから許して頂けぬような罪業は、決してこの世にはありはせぬ、またあるべきはずもないのじゃ。また第一、限りない神さまの愛を使い果たしてしまおうとするような人間に、そのような大きな罪が犯せるものではない

.......... 略
------------------------------------------------
> 死の先駆が読書によってできた場合、いい方向になるかわるい方向になるのかでその後が分かれるだろうね

死の先駆」は読書によってなされるものではなく、文字通り「死」によって成立する。

> では生命とは何なにか、と考えてなにか大きな存在を意識して、その存在に従うアリョーシャのように生きれるか
> きっかけはきっとその時の自分を覆っている環境が特に影響となって、その後の人生が変わりそう

「 その時の自分を覆っている環境」は、「即」自分自身だとおもいます。
自分の生命が環境を作ってきたし、環境が自分の心と生命を形成してきた。無限の感謝しかありません。ゾシマ兄が、小鳥と木立と青空とに、泣きながら感謝したのは、そこだと。

>
> >どんな良心の呼び声が聞こえるか分からないけど
> 「人はいつかはきっと死ぬ、しかし当分は自分の番ではない。」(存在と時間)

「良心の呼び声」とは、究極的なもので、理解しがたいものでした。
0797吾輩は名無しである垢版2018/07/20(金) 17:45:03.41ID:ZDPQyYOZ
「ドゥイルカ海軍少尉」って知っているかい?

(『罪と罰』第六部二)
0798吾輩は名無しである垢版2018/07/21(土) 00:38:04.83ID:fVFdRiy+
>>789
>人間チックな悪魔のメフィストフェレスか
>トルストイの民話に出てくるような滑稽な小悪魔たちを想像してしまう

知恵の実を齧って中途半端な知恵を身につけた人間による悪意とでもいうか
0799吾輩は名無しである垢版2018/07/21(土) 01:40:49.95ID:c1EhXIMC
>>796
>自分の生命が環境を作ってきたし、環境が自分の心と生命を形成してきた。無限の感謝しかありません。ゾシマ兄が、小鳥と木立と青空とに、泣きながら感謝したのは、そこだと。
なるほど、そういう見方はとてもいい

>>798
イワンのセリフで好きな言葉があるんだ
「俺はこう思うんだ。もしも悪魔が存在しないなら、つまり悪魔を人間が作ったんだとしたら、人間は悪魔を自分の姿に似せて作ったという事さ。」
あとこれも
「ついでに言っておくと、悪魔は甘いものが大好きなんだそうだ。」
0800吾輩は名無しである垢版2018/07/21(土) 01:44:09.89ID:c1EhXIMC
小鳥のレスで思い出した、ゾシマの言葉はとても穏やかに感じてとても読んでいて気持ちがいい
だけどなぜか自分にはとても遠い言葉に感じて、何が言いたいかは分かるんだけど、理解が追いつかないよ

「すべては大洋のようなもので、たえず流れながら触れ合っているのであり、一個所に触れれば、世界の他の端にまでひびくからである。
小鳥に赦しを乞うのが無意味であるにせよ、もし人がたとえほんのわずかでも現在の自分より美しくなれば、小鳥たちも、子供も、周囲のあらゆる生き物も、心が軽やかになるにちがいない。
もう一度言っておくが、すべては大洋にひとしい。それを知ってこそ、小鳥たちに祈るようになるだろうし、歓喜に包まれたかのごとく、完璧な愛に苦悩しながら、小鳥たちが罪を赦してくれるよう、祈ることができるだろう。
たとえ世間の人にはどんなに無意味に見えようと、この歓喜を大切にするがよい。」
0801吾輩は名無しである垢版2018/07/21(土) 17:23:08.20ID:Rm+1Jaky
それとも神様の愛でさえ追っつかぬような罪があるじゃろうか! そのようなことが
あるべきでない。
ただもう怠りなく懺悔のみを心がけて、恐ろしいという気を追いのけてしまうがよい。

神様は人間の考えに及びもつかぬような愛を持っていらっしゃる、たとえ人間に罪が
あろうとも、その罪のままに愛して下さるということを、一心に信ずるがよい。十人
の正しきものより、一人の悔い改むるもののために、天国において悦びは増すべけれ
と、昔からいうてある。さあ帰りなさい、恐れることはない。

人のいうことを気にして、腹を立てたりしてはならないぞ。死んだつれあいがお前を
辱めたことは一切ゆるしてやって、真底から仲直りをするのじゃぞ。もし後悔してお
るとすれば、つまり愛しておる証拠じゃ。もし愛しているとすれば、お前はもう神の
子じゃ……

愛はすべてのものをあがない、すべてのものを救う、現にわたしのようにお前と同様
罪ぶかい人間が、お前の身の上に心を動かして、お前を憐んでおるくらいじゃによっ
て、神様はなおさらのことではないか。愛はまことにこの上ない尊いもので、それが
あれば世界じゅうを買うことでもできる。自分の罪はいうまでもない、人の罪でさえ
贖うことができるくらいじゃ。さあ恐れずに行きなさい。」 彼は女に三度まで十字
を切ってやって、自分の首から聖像をはずし、それをば女の首にかけてやった。
0802吾輩は名無しである垢版2018/07/21(土) 17:33:01.38ID:Rm+1Jaky
「四 信仰の薄い貴婦人」から抜粋
たとえ幸福にまで至らぬとしても、いつでも自分はよい道に立っているということを
覚えておって、その道からみはずさぬようにされたがよい。

何より大切なのは偽りを避けることじゃ、あらゆる種類の偽りを避けることじゃ、あ
らゆる種類の偽り、ことに自分自身に対する偽りを避けなければならない。自分の偽
りを観察して、いや一分間毎にそれを見つめなされ。

それから他人に対するものにせよ、自分に対するものにせよ、気むずかしさというも
のは慎むべきことですぞ、あなたの心中にあって汚く思われるものは、あなたがそれ
に気づいたということ一つで、すでに浄化されておりますでな。

恐怖もやはりその通り避けなければなりませんぞ、もっとも恐怖はすべて偽りの結果
じゃが。

また愛の獲得について、決して自分の狭量を恐れなさるな。それからまたその際に生
じた自分の良からぬ行為をも、同様恐れることはありません。どうもこれ以上愉快な
ことをいうことができんで気の毒じゃが、
なんにせよ実行の愛は空想の愛に比べると、恐ろしい気を起こさせるほど困難なもの
じゃでな。空想の愛は速かに功の成ることを渇望し、人に見られることを欲する。実
際なかでも極端なのは、一刻の猶予もなくそれが成就して、舞台の上で行われること
のように、皆に感心して見てもらいたい、それがためには命を投げ出しても惜しくな
い、というほどになってしまう。

しかるに実行の愛に至っては、なんのことはない労働と忍耐じゃ。ある種の人にとっ
ては一つの立派な学問かもしれぬ。

しかしあらかじめ言うておきますがな、どのように努力しても目的に達せぬばかりか
、かえって遠のいて行くような気がしてぞっとする時、そういう時あなたは忽然と目
的に到達せられる。そして絶えず密かにあなたを導きあなたを愛された神様の奇跡的
な力を、自己の上にはっきりと認められますじゃ、ご免なされ、もうこれ以上あなた
とお話はできません、待っておる人がありますでな、さようなら。」
0803吾輩は名無しである垢版2018/07/21(土) 17:57:18.66ID:Rm+1Jaky
>>801の引用文中において

殺人の罪による死後の報いを恐れる農婦に対して

> ただもう怠りなく懺悔のみを心がけて、恐ろしいという気を追いのけてしまうがよい。

これは、「御本尊に穴が空くほど」に、ただ題目のみをあげまくって、胸中の恐怖を
制覇せよ、と解釈した。

> 人のいうことを気にして、腹を立てたりしてはならぬぞ。

このことは、とくに今自分に戒めている。人が自分に対して愛想良い、親切だ、または
冷たく無関心だ... そのようなことは、もはや生死の一大事の前には、どうでもよいので
あった。

>もし後悔しておるとすれば、つまり愛しておる証拠じゃ。もし愛しているとすれば、
お前はもう神の子じゃ……

そうか... 「後悔しているのは愛している証拠なのか」

> 現にわしのようにお前と同様罪ぶかい人間が、お前の身の上に心を動かして、お前を憐んでおるくらいじゃによって、神様はなおさらのことではないか。

罪と罪障。悪業と恥辱。ゾシマ自身が、殺人者の農婦とおなじほどに、悪業を犯してきたというのだ。そうであるから「こそ」「身の上に心を動かし、憐れむ」のだと。

>愛はまことにこの上ない尊いもので、それがあれば世界じゅうを買うことでもできる。自分の罪はいうまでもない、人の罪でさえ贖うことができるくらいじゃ。さあ恐れずに行きなさい。」

ここでいう「愛」とはなにか?

>彼は女に三度まで十字を切ってやって、自分の首から聖像をはずし、それをば女の首にかけてやった。
言葉だけではなく、「身で」その宗教的しぐさによって、女に勇気を与えようと。
0804吾輩は名無しである垢版2018/07/21(土) 18:05:35.87ID:Rm+1Jaky
ひとりの創価学会員が、カラマーゾフをどう読んだか?を、この場を借りて記述しておきたい。
>「すべては大洋のようなもので、たえず流れながら触れ合っているのであり、一個所に触れれば、世界の他の端にまでひびくからである。

この自分の苦悩を、恐怖を、絶望を、自分ひとりに留めおくのではなく、それを乗り越える姿をもって、一切衆生の苦しみに対して、回向せん。

>もし人がたとえほんのわずかでも現在の自分より美しくなれば、小鳥たちも、子供も、周囲のあらゆる生き物も、心が軽やかになるにちがいない。

まさに「ほんのわずか」の「現在の自分より一歩成長」
0806吾輩は名無しである垢版2018/07/23(月) 19:17:19.73ID:4A5qcGrf
>>805
> 御本尊は偶像だが

あなたは、御本尊を知っていますか?

> ドストエフスキーは偶像をどうとらえてる?

ドストエフスキーは、おそらく釈迦の存在を知っていたでしょうが、日蓮大聖人を知らなかったでしょう。

そして、創価学会の信仰を、その純真さを、厳しさと激しさを、もし彼が知ったならば、
彼の信仰の根本的な転換を迫られたことでしょう。彼はキリストを捨てて、御本尊の絶対的な力に賭けたと思う。
こんなことをエラそうに書いているが、ぼくは怠け者で信心惰弱です。でも、長老もゆってるじゃないですか?「それから他人に対するものにせよ、自分に対するものにせよ、気むずかしさというものは慎むべきことですぞ」と。

弱い自分も受け止めましょうよ?だってそれこそ真実ですもん。
0807吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 00:04:21.48ID:YucPWZtV
>>805
ドストエフスキーは偶像崇拝について、大審問官に語らせることで皮肉っている
が、キリスト教の中でもマリア像崇拝とか聖像崇拝とかもあるから、どこからどこまでが偶像崇拝になるかは難しい問題だね
0808吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 00:08:44.85ID:WA+S1HXU
ゾシマの部屋にも神像があったことがちゃんと書かれている
崇拝の対象でない描写もあった気がする
絵画みたいな感じか
創価のは紙に書いた文字でもそれに祈る形態がほぼ偶像崇拝だし
聖書には「この天上この地上のいかなるものも崇拝してはいけない」と書かれている
石に祈るのも駄目
太陽に祈るのも偶像崇拝
0809吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 00:15:58.49ID:DBt+34Wh
なぜ人間は偶像を崇拝してしまうのか(大審問官より)

「自由になった人間にとって、最も苦しい、しかも絶え間なき問題は、一刻も早く自分の崇むべき者を捜し出すことである。
しかし、人間という者は議論の余地なく崇拝に値する者を求めている、万人ことごとく打ちそろって、一時にその前にひざまずき拝し得るような、絶対的に崇むるに足る対象を求めているのだ。
これらの哀れな被造物の心労は、めいめい勝手な崇拝の対象を求めるだけではなく、万人が信服してその前にひざまずくことのできるような者を捜し出すことにあるのだ。
どうしても、すべての人といっしょでなければ承知しないのだ。この共通な崇拝の要求が、この世の初まりから、各個人および全人類のおもなる苦悩となっている。
崇拝の共通ということのために、彼らは互いに剣をもって殺戮し合った。彼らはおのおのの神を創り出して互いに招き合っている。
つまり、おまえたちの神を崇めないか、そうしなければ、おまえたちもおまえたちの神も死あるのみだぞ!
というのだ。
これは世界の終わるまでこのとおりだ。神というものが地上から消え失せてしまった時でも、やはり同じことだ。
彼らは偶像の前にでも、ひざまずくだろうから。おまえはこの人間性の根本の秘密を知っていたろう、いや知らないはずはない。」

偶像なしで崇拝できるくらいになりましょう、ってのがドストエフスキーの思想だったと予想できるかな
0810吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 01:03:41.57ID:Zok8YRQv
ロシア正教だからカソリック、ユダヤ、イスラム教にくらべて
そのあたりはわりと寛容であって

大審問官で問題視されていることは
たとえばルター派の予定説などでも述べられている
救済される一部エリートとそうではない大多数の弱者の存在であり

信じても救われず、そのうえ教義上地獄の苦しみを背負わなければならない
大多数の弱者にとっては苦しみと隣り合わせである真の信仰よりも
心の平穏と公正な分配を約束する偽りの信仰の方が大切なのでは?ということ

仏教なら一部エリート層の修行生活による解脱を説く小乗と
凡夫でも可能とする大乗仏教との対立の様なことが説かれている
もっとも小乗仏教でも俗人へのおこぼれがあるし
宗教的権威を背景にした世俗統治という効果もあるわけです
0811吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 01:05:59.86ID:Zok8YRQv
キリスト教の問題点は人間キリストが神でもある事(非カルケドン派はそうでもないが)
その神性が万人に理性という形で共有されるがこの理性が
地上での物質生活にたいして欲望の禁止や究極においては生の否定につながりかねないことなど

凡夫にとっていろいろ厳しいものがあるわけです
もちろん挫折感やそこから派生するであろう虚無感、
自己否定の感情なども半端ではない
というかドストエフスキー自身の生涯がまさにこれであって
0812吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 01:12:14.04ID:Zok8YRQv
大審問官(=イワン)は自由の本質は反逆であり
この反逆も小学生の反抗程度の児戯で大人の様に自律的なものでもないが
大人も神に対しては似たようなもので
ようするに人間は一部エリートを除けば
できそこないの実験動物にすぎないと断定している
だから家畜を善導する偽りの信仰と盲従がひつようなのだ、と
カソリック的自由=神への服従に近い結論を持ってくる
もちろん神や来世を否定した統治上の擬制に過ぎないので
「悪魔との契約」とされるわけだ
0813吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 01:21:29.79ID:Zok8YRQv
仏教的には自由意志など存在しない
ただ物事の永遠のつながりがあるだけで
修業の目的とはそのつながりを自覚し偏狭な自意識を解体することにある
しかしその過程で余禄として一種の憐みの情が生じることもあるが
べつにそんなものは無くても構わない
それゆえ社会から隔絶されたエリート層にしか理解不能であり
そのエリート層にとって理解とは認識主体の解体を意味するもので
これは群としてのエリート層の消滅も意味する
だから自殺もまたおkとなるしそこに悲劇はない
まあ魂の永遠性と同時に死の恐怖を前提とする
キリスト教徒には到底受け入れられない発想
0814吾輩は名無しである垢版2018/07/24(火) 02:54:15.92ID:DBt+34Wh
>>810-813
あの長い大審問官をうまくまとめたね
イワンの反抗を小学生の癇癪に例えたくだりは面白い表現だ

ドストエフスキーは、(信仰に対して)自由になることより自由であり続けることの方がどれだけ難しいかを大審問官のもう一つのテーマにしたんじゃないか、なんて思う
「多数のものは自由に耐えられない」てよく作中に出てくるもんだから

余談だけど、失楽園のルシファーも神への反逆が子供のすねた感じで書かれていて面白い
ほんと余談だけどw
0816吾輩は名無しである垢版2018/07/25(水) 00:18:06.05ID:SsoAWxkz
>>809
> 「自由になった人間にとって、最も苦しい、しかも絶え間なき問題は、一刻も早く自分の崇むべき者を捜し出すことである。
> しかし、人間という者は議論の余地なく崇拝に値する者を求めている、万人ことごとく打ちそろって、一時にその前にひざまずき拝し得るような、絶対的に崇むるに足る対象を求めているのだ。

> これらの哀れな被造物の心労は、めいめい勝手な崇拝の対象を求めるだけではなく、万人が信服してその前にひざまずくことのできるような者を捜し出すことにあるのだ。

これを「哀れ」と書くのは、この大審問官の否定的な心がさせるのです。

> どうしても、すべての人といっしょでなければ承知しないのだ。この共通な崇拝の要求が、この世の初まりから、各個人および全人類のおもなる苦悩となっている。
> 崇拝の共通ということのために、彼らは互いに剣をもって殺戮し合った。彼らはおのおのの神を創り出して互いに招き合っている。
> つまり、おまえたちの神を崇めないか、そうしなければ、おまえたちもおまえたちの神も死あるのみだぞ!

こうしたことを語り終えた大審問官に、終始無言のキリストは、最後にキスして去るのだったね。ぼくの記憶では。

同じことでも、見方ひとつでぜんぶ変わる。

結論がちがう。「剣をもって殺戮し合ってない」このような歪んだ暴力性であると、宗教を認識してるのは、彼・大審問官がドストエフスキーの否定不信疑惑の芸術的表現だからではないか。

どのような信仰者にも「不信」と「弱い信心」と「疑惑や魔の誘惑」がある。それと戦うのが現実の信仰の姿だ。
0817吾輩は名無しである垢版2018/07/25(水) 00:29:34.64ID:SsoAWxkz
>>810
> 救済される一部エリートとそうではない大多数の弱者の存在であり
>
> 信じても救われず、そのうえ教義上地獄の苦しみを背負わなければならない
> 大多数の弱者にとっては苦しみと隣り合わせである真の信仰よりも
> 心の平穏と公正な分配を約束する偽りの信仰の方が大切なのでは?ということ
--------------------------------------------

大審問官もあなたも「頭で考えている」

「救済される一部エリート」も「大多数の弱者」もありません。

「信じても救われない」「教義上地獄の苦しみを背負う」そんなもんは観念論です。

「苦しみと隣り合わせである真の信仰」「 心の平穏と公正な分配を約束する偽りの信仰」

大審問官の物の見方自体が、不信と混迷と疑惑だ。大審問官の言葉で思索してはならない。

ゾシマの言葉を借りて考えるならば、実りあるものとなる。
0818吾輩は名無しである垢版2018/07/25(水) 00:44:01.41ID:SsoAWxkz
ひとつ言えるのは、ゾシマやアリョーシャには、宗派教義のちがいを超えて

感銘をあたえ、そこから学ぼうと思わせる、「いっしゅの宗教的エッセンス」がある。

否定的な物の見方が、いったい人生にどんなよい影響をあたえますか?

大審問官や、ニヒリズムや、思想が精緻に構築されていても、現実の苦悩の前に何の役に立ちますか?

それらはぜんぶまちがいです。このことは、確実です。ことごとく長老の言葉を借りて論破されている。

信心強きものは強く、そうでないものはワラのごとし。そう思いませんか?
0819吾輩は名無しである垢版2018/07/25(水) 00:51:35.67ID:SsoAWxkz
そもそもが、キリスト教と仏教。創価学会。

また、ドストエーフスキイというロシア文学。そしてネット上のこの場。

話が噛み合うのがむずかしい。そこを無理矢理に、力技で、ひとつの俎上にのせている。

あなた方が親切で寛容だから。ぼくが真剣であることを認めてくれているからだと思っている。

それはまた、あなた方も真剣だからです。道を求めているからだ。 
0820吾輩は名無しである垢版2018/07/25(水) 00:57:25.29ID:jKDdQ+wJ
昔の東南アジアなんて無法地帯だったからな
たいていは、山村の貧しい家庭の娘(主に10代前半くらい)のが、
ホーチミンのエビ工場での仕事っていう嘘の契約に騙されてバスに詰め込まれ、
そのまま売春宿に直行
エゲつないのは、何も知らされてない無垢な少女が、部屋で待つように言われた後、
客が乗り込んで来て強姦プレイ(プレイじゃなくて強姦か)で処女喪失
物価もまだ高くない頃だったし、5〜10ドルで中高生くらいの子とやれたから、ロリコンには天国だっただろうな

インドの山奥あたりは、今でも、普通に少女をさらって売春宿に売り捌いてるよ
識字率が一桁%台のような土地柄だと、
人が居なくなっても、「神隠しに遭った」と思い込むだけだから、
防犯措置を講じようが無く、野放し状態
処女と性行するとエイズが治る、って噂もあるから、
まだ初潮も迎えてない子なんかも狩られてる
0821吾輩は名無しである垢版2018/07/25(水) 01:39:08.07ID:G6Ts2JEN
そーいう悲惨な現実をみると、イワンが天国への入場料が高すぎると言い出す気持ちも分からなくはなくなってくるね
許すということがどれだけの葛藤と矛盾があることか
いずれにせよ、問題提起したカラマーゾフはやはり大作だったといえる
0822吾輩は名無しである垢版2018/07/25(水) 01:42:13.80ID:G6Ts2JEN
>>819
かならずしも同じ意見である必要はないね
読書は読者の受け方に委ねられていることを除くことはできないのだから
ただその普遍性というやつは見つけてみたいとは思うけど
0823吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 00:29:10.01ID:+fyNnMUp
>>813
私は、この文に、噛みつきたいと思うw

> 仏教的には自由意志など存在しない
> ただ物事の永遠のつながりがあるだけで
> 修業の目的とはそのつながりを自覚し偏狭な自意識を解体することにある

ある意味、仏教の一側面をとらえた表現かもしれない。
しかし以下の疑問を感じた。「このひとは、仏教徒なのだろうか?」と。「または別の信仰をもっている人だろうか?」

> しかしその過程で余禄として一種の憐みの情が生じることもあるが
> べつにそんなものは無くても構わない
> それゆえ社会から隔絶されたエリート層にしか理解不能であり
> そのエリート層にとって理解とは認識主体の解体を意味するもので
> これは群としてのエリート層の消滅も意味する
> だから自殺もまたおkとなるしそこに悲劇はない

このあたりを読むと、皮肉的であり、いったい何を書いているのか?と感じる。
大切なことは、すべての宗教の本来的役割は、なんですか?
人間に希望をあたえ、人生に意味を与えること。民衆も、あなたが書くような
エリートもへったくれもない。エリートも民衆である。人間である。
キリスト教もイスラム教も、おそらくはオーム真理教も、元来目指したのは、そこのはず。
0824吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 00:29:35.96ID:+fyNnMUp
各宗教に個性があり、違いがあっても、たとえばゾシマの言説には「人間の幸福を実現するための洞察と真実」があり、それはそのまま創価学会の信仰にも、転用できる。
われわれは多くをそこから学び取る。

そもそも世界宗教として、キリスト教であれ、仏教であれ、一生かかっても
極め尽くせるものでなく、数千万、無数の民衆が、なにゆえ信仰に生きてきたか?
信仰を、学問的に考え、観察して理解できるものではなく、命がけの場面でしか、ぜったいに体得できない。

ドストエフスキーはカラマーゾフにおいて、「イヴァンやそのほかの人物がたとえ大知恵」をもってしても、疑惑と不信では、最後は滅びしかないことを描いている。これこそメインテーマでしょう。

私は、あなたを論破するために、わざわざ2ちゃんを開いているのではない。
「信仰を実践するのだ」「体得するのだ」といっても、今すぐできるわけではない。
あなたの状態は「求めている」状態だと思う。だからこそ、あなたの、また他の方の宗教理解は「違うんだ」ということを、書いておきたい。
0825吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 01:06:48.14ID:MD892e9G
>>823
ミリンダ王時代の上座部ならそうかもしれない
生まれた時にすでに人生の結果が決まってるとその時代最高の長老は言ってる
大乗には関係ないが
0826吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 01:18:04.20ID:QXiXMEcs
カラマーゾフは長かった!
しかし、まさかアリョーシャが犯人だとは思わなかったな。
0828吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 02:16:35.02ID:vzkHEr8q
>>824
ところで自分は仏教には詳しくないから分からないんだけど、仏教的に自由意志とはどんなあつかいをしているの?
カラマーゾフを読むなら自由意志は外せない問題になるんじゃないかな
人間のもつ気概とかじゃなくて、神に与えられた自由な意思(理性)の方だけど
0829吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 07:10:41.38ID:SZi1wMCn
仏教的に言えば生きている限り自由はない。
みんな何かに縛れている。
この世は一切皆苦なので解脱を目指さねばならない。
0830吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 09:22:05.34ID:ht8bJ/w3
『罪罰』再読終了。
まぁ、ありそうもない話だよな。
悪人というか狡猾なゴミはルージンで、
それより悪いのが主人公ラスコーリニコフ。
ロージャが精神病質なのは母親からの遺伝。
スヴィドリガイロフは普通の男だろ。
あいつくらいの性欲は健康な男なら普通。
0831吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 09:39:40.94ID:ht8bJ/w3
『白痴』再読開始。
今回のメインテキストは望月訳。
期間はひと月。
0833吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 23:19:36.28ID:+fyNnMUp
>>825
> ミリンダ王時代の上座部ならそうかもしれない
> 生まれた時にすでに人生の結果が決まってるとその時代最高の長老は言ってる
> 大乗には関係ないが

みんなと夜寝る前に、ひと時語ることは、幽かな楽しみだ。それが、ゾシマの言う「大海の一端」となりうるのか。

「生まれた時にすでに人生の結果が決まってる」というこの思想は、一側面、完全なる真実に感じられます。とくに最近、痛切に感じるのです。

教学上からではなく、感覚として。仏教思想などではなく、「すべては約束事」だと。

どんな不幸も、どんな幸福も、です。

日蓮大聖人の「がんけんおごう願兼於業 」の法理を、心の底から「そうだ」と捉えられるのか?


「私がもし生まれてくるとしたら、不可触賎民として生まれてきたい。悲しみや苦痛や彼らに与えられた侮蔑を分かち合い、みずからと不可触賎民をその悩める境遇から救い出すように努めるために」

ガンジー
0834吾輩は名無しである垢版2018/07/26(木) 23:26:16.44ID:+fyNnMUp
>>828
> ところで自分は仏教には詳しくないから分からないんだけど、仏教的に自由意志とはどんなあつかいをしているの?
> カラマーゾフを読むなら自由意志は外せない問題になるんじゃないかな
> 人間のもつ気概とかじゃなくて、神に与えられた自由な意思(理性)の方だけど


ごめんねw ぼくは、かなり前に睡眠薬飲んで、もう考えられないし書けない。

カラマーゾフで自由意志って外せない問題だっけ??w

なにも考えず素朴に書くけど、ぼくら自由じゃないか? 善をするのも、悪を選ぶのも自由じゃないか?

がんばるのも、がんばらないのも。

またこんど。
0835吾輩は名無しである垢版2018/07/27(金) 01:37:15.01ID:7nWv+JiF
ドストエフスキーを読むとどうも物事を難しく考えてしまうけど素朴な答えが以外といつでもいいのかもね
そー言われればいつでも自由がある

「正しく立てる者も自由に立ち,堕ちた者も自由に
堕ちたのだ。」(失楽園)
0836吾輩は名無しである垢版2018/07/27(金) 15:33:01.18ID:2QURHOB7
「色と欲と殺人と癲癇」のドストエフスキー文学。
0837学術垢版2018/07/27(金) 20:10:40.27ID:Pa0eaHyM
ドストエフスキーは地獄肯定って感じするけど、自分は現世宗教やってるからなあ。
キリストの天の国もあやふやに目指してただけで門前払い扉が閉じられてしまったし、
天国なんてほんとにあるんだろうか、あるんでしょうねという感じだよなあ。

僕は二度地獄に落ちたことがあります。
0838吾輩は名無しである垢版2018/07/27(金) 22:43:36.83ID:L8sPttKH
自由は放縦とはちがい自己陶冶によって神にいたるための手段なのだ
というのがシェリングあたりの自由観だけど
ドストエフスキーの場合はちょっと違う

たとえば唯一全能の神にっとっては
地上でもっとも信仰心の篤い
義人ヨブとその家族たちを悪魔のなぶりものにすることも善であり
「ユークリッド的認識」という限界を持つ人間にとって
何が善で何が悪なのかは判断できない

だからヨブのようにひたすら運命を受容するしかないが
その場合の自由とは修行や選択意志ですらないわけだ
でもまあ得体のしれない存在にひれ伏して
被造者感覚を悦ぶのは信仰の根源なのかも知れない
0839吾輩は名無しである垢版2018/07/28(土) 00:26:10.13ID:vwVp8Mdz
>>837
みなさん、私は『地獄とはなんだろう?』と考え、『もはや愛することができない
という苦悩』とこう判断する。

時間的にも空間的にも測ることのできない無限の存在中たった一度、ある精神的な
生きものに、この地上に出現することによって「われ在るがゆえにわれ愛す」と自
分に言える能力が与えられたのである。

一度、ただ一度だけ人間に実行的な《生きた》愛の瞬間を与えられ、そのために地
上の生活が、それと同時に時間と期限が与えられたというのに、どうしたことだろ
う? この幸運な生きものはその尊い神の恵みをこばんで、それを大事にせず、愛し
もしないで、嘲笑的な一瞥をくれただけで、依然として冷酷無情で通してしまった。

「いまになってやっとわかった、いまさら愛することを熱望したところで、もはや
愛の偉業をたてることもできないし、犠牲になることもできない。なぜならもう地
上の生活はおわってしまって、アブラハムもたとえ一滴の生ける水(つまり昔の実行
的な地上の生活の恵み)ももたらしてくれない、そしてその生ける水で、地上にいた
頃は蔑視していたが、いまは大いに燃えさかっているこの精神的愛の渇望の炎を消
してはくれないからだ。もはや地上の生活はないし、これ以上その時間もないのだ!
自分の命も他人のために喜んで投げだそうにも、もはやそれはできない、というの
は、愛の犠牲にささげることのできたあの生活は過ぎ去ってしまい、いまではあの
生活とこの暮らしのあいだに底知れぬ深淵が横たわっているからだ」
0841吾輩は名無しである垢版2018/07/28(土) 01:26:17.29ID:lbkJc838
>>839
過ぎ去ってしまったものは何もなかったのと変わらない、と言えてしまったメフィストフェレスはその地獄を知りはしなかっただろうね
自己の中に後悔という良心があるの人ならば、過ぎ去った時間の存在を肯定するだろうし、そのことで後悔がある自己自身から逃げられないために、その人は地獄というような時間を知らされるのかもしれないね
0842吾輩は名無しである垢版2018/07/28(土) 01:44:32.13ID:lbkJc838
>>838
>でもまあ得体のしれない存在にひれ伏して
>被造者感覚を悦ぶのは信仰の根源なのかも知れない
もし完全服従の状態が信仰の最上であると仮定するならば、イワンとゾシマの関係は一つのテーゼになる

神秘を受け入れられない理性のひとイワンとヨブ的信仰を神秘として受け入れたゾシマ、というテーマが隠されているように感じる

ゾシマはそれを神秘として受け入れているが、これは誰にでも出来るようなことではないので、自分にはドストエフスキーにとっても一つの理想だったと感じだ

「そこに神秘があり、移ろいゆく地上の顔と永遠の真理とがここで一つに結ばれる点にこそ、偉大なものが存するのである。
地上の真実の前で永遠の真実の行為が行われるのだ。そこでは造物主が天地創造の最初の日々に、毎日「わが創りしものはよし」と讃めたたえながら、仕上げをしていったときのように、ヨブを見つめ、あらためて自分の創造を誇りに思う。
またヨブは、主を讃えることによって、単に主に仕えるだけではなく、子々孫々、末代まで、主のあらゆる創造物に仕えることになるのだ。」
0843学術垢版2018/07/28(土) 09:14:46.20ID:4ygB6tnq
天使か鳥をほふる。嘆き悲しんでな。僕はハラミ串でもそんなもんだと思う。
0844吾輩は名無しである垢版2018/07/28(土) 18:03:59.46ID:vwVp8Mdz
http://www.magister.msk.ru/library/dostoevs/karama00.htm

b)ゾシマ神父の生涯における神聖な聖句について



「母の胎内から裸のまま飛び出したのだから、裸のままで大地に帰ればいいのだ。
神さまが授けてくだすったものを、神さまがお取り上げになったまでだ。

どうか、主のみ名が今より永久に祝福されますように!」と叫んだ。
0845吾輩は名無しである垢版2018/07/28(土) 18:05:38.68ID:vwVp8Mdz
>>842
ここはきわめて重要なところなので、自分の慣例をあらためて

電子テキストを買ってくる
0846吾輩は名無しである垢版2018/07/28(土) 18:30:51.28ID:vwVp8Mdz
>>842
> もし完全服従の状態が信仰の最上であると仮定するならば、イワンとゾシマの関係は一つのテーゼになる
> 神秘を受け入れられない理性のひとイワンとヨブ的信仰を神秘として受け入れたゾシマ、というテーマが隠されているように感じる
>
> ゾシマはそれを神秘として受け入れているが、これは誰にでも出来るようなことではないので、自分にはドストエフスキーにとっても一つの理想だったと感じだ
>
> 「そこに神秘があり、移ろいゆく地上の顔と永遠の真理とがここで一つに結ばれる点にこそ、偉大なものが存するのである。
> 地上の真実の前で永遠の真実の行為が行われるのだ。そこでは造物主が天地創造の最初の日々に、毎日「わが創りしものはよし」と讃めたたえながら、仕上げをしていったときのように、ヨブを見つめ、あらためて自分の創造を誇りに思う。
> またヨブは、主を讃えることによって、単に主に仕えるだけではなく、子々孫々、末代まで、主のあらゆる創造物に仕えることになるのだ。」

-----------------

あなたの引用箇所と自分の手打ちの文のみで、書いてみる。

まず「偉大にして神聖」と形容されたヨブの苦難とは、特別なものだろうか?

どうしてどうして! 全人類共通の苦難だと思います。わたしたちは順繰りに「つぼのかけらをもって自分の傷口からうみをくみ取らねばならぬ」恐ろしい業病と対峙する。
そして莫大な富を蕩尽させられ、子供らをことごとくほろぼしつくされる。
その人その人の境界の違いによって、たしょう形は異なるが本質は同じ。

ヨブが
------------------------------------------------
「母の胎内から裸のまま飛び出したのだから、裸のままで大地に帰ればいいのだ。
神さまが授けてくだすったものを、神さまがお取り上げになったまでだ。

どうか、主のみ名が今より永久に祝福されますように!」と叫んだ。
------------------------------------------------

彼は、業病になった瞬間、子どもたちが死に絶えたその瞬間に、こう叫んだのだろうか?

彼は怨嗟した。「なぜ、おれが?」しかし、長年の信仰生活が (以下あとで)
0848吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 00:25:38.35ID:gkki9CL1
>>844
 親愛なる諸師よ、今の私の涙を許したまえ。なぜなら、私の幼時が再び眼前に
髣髴して、当時八歳の小さな胸で呼吸したと同じ呼吸を、今も私はこの胸に感じ、
あの当時と同じ驚異と惑乱の喜悦とを、現にまざまざと感じているからである。
実際そのとき駱駝の群と、神に話をしかけた悪魔と、自分のしもべを滅亡に追い
やった神と、『ああ、神様、あなたはわたくしに罰をお下しなさいましたが、そ
れでもあなたのお名が祝福されますように』と叫んだしもべとが、私の想像を一
杯に充してしまったのである
――それから『わが祈りは聞かるべし』という静かな甘い唱歌の声が堂内に響き
渡って、煙は再び僧の持っている香炉から立ち昇った。やがて人々は跪いてお祈
りをはじめた。

------------------------------------------------
今夜も薬がきいてしまった。それで、上を引用するだけにとどめる。ここのところは、ほんとうに重要だと思う。

キリスト教ではあるが、人生において苦難を受ける、それも最高度の大難を受けるとき

「いかにしてこれを、乗り越えるか?のりこえたか?」というテーマです。
0849吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 01:25:07.24ID:82MPWJpL
ドストエフスキーに限らずヨブ記は世界文学、とくにおおくの名作の原型になっているから読んでおくといい
しかしとても難しいので読んでも正確には理解が追いつかない
0850吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 02:42:31.94ID:82MPWJpL
旧約のなかではぐんを抜いて難しいと思うんだけど
自分だけかな
0851吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 11:00:42.94ID:gkki9CL1
>>849

> しかしとても難しいので読んでも正確には理解が追いつかない

「難しい」という点について、もう少し書いてほしい
0852吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 11:03:38.29ID:gkki9CL1
では、逆にこう考えたらどうか?

ヨブが大苦難を受けた。彼は神とおのれの信仰を怨嗟した。人生の価値を否定して、絶望して死んだ。

それなら、理解可能で、難しくないのか?
0853吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 11:04:50.15ID:gkki9CL1
幼いドストエフスキーは(もうドストエフスキーと書いてしまう。実質そうなんだから)

なぜ、そんなに感動したんだ? その理由は?
0854吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 11:09:27.84ID:gkki9CL1
「母の胎内から裸のまま飛び出したのだから、裸のままで大地に帰ればいいのだ。
神さまが授けてくだすったものを、神さまがお取り上げになったまでだ。
どうか、主のみ名が今より永久に祝福されますように!」

-----------------------
この言葉はキリスト教というひとつの信仰と教義から出た形であって、その奥底の本質は

「自分に与えられたこの苦難には深い意味がある!」という叫びである。

長年の、50年もの、信仰生活によって、若い時から「この時のため」培われてきた覚悟である。
0855吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 11:23:13.87ID:gkki9CL1
>>842
> 神秘を受け入れられない理性のひとイワン

「理性のひとイワン」というより、彼は「口ばしの黄色い青二才」だからではないか?

彼は後年において、究極の理性、つまりここでいう「 神秘を受け入れる」ということを知るのでないか?

ヨブのごとき苦難に遭遇したとき、奇跡と神秘を起こすしかないではないか?そうでないなら、絶望して死ねというのか?そんなことが、わたしたちにできるだろうか?

> ゾシマはそれを神秘として受け入れているが、これは誰にでも出来るようなことではないので、自分にはドストエフスキーにとっても一つの理想だったと感じだ

たしかに「誰にでも出来る」ことではないと思います。
0857吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 17:24:51.80ID:82MPWJpL
>>851
理解ができるというのはある程度の答えが出ている状態にならないと理解したとは言えない
そうならば、理解されるためには解答の天秤はどちらかに傾いていなければならない

この世界の起こる現象が何が善で悪かは人間には分からない
神のみがそれを知っている
最高の知恵とは受け入れることのみこそと悟るべきだ
そう言われたら、難しいと言いたくなるよ

恐らくは、今持ってるヨブ記の理解がこれでも誤読になるのだろうね
だからもう一度読んでみたいと思う
0858吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 21:13:45.68ID:p5OyDESx
全肯定だね
「われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」ヨブ2-10
0859吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 22:06:45.88ID:Oo0NKrwB
現代日本で大審問官なんて論じる意味あるか?
0860吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 23:02:13.30ID:uaOQzQ/J
中途半端な知恵に由来する苦しみに対しては
たとえ偽りであっても信仰で対応すれば良いという処方だから
自由意志やその派生たる虚無感と我欲で
相互不信と敵対感情に苦しんでいる
現代人にはそれなりに意味がある

ただ、あの考えかたで行くと
たとえばオウム真理教のようなインチキ教団であっても
誠実で確信犯的な信者が先頭集団に1人でもいれば
その他大多数の一般人は救われるということになる
そんな事は無いと思うね
0861吾輩は名無しである垢版2018/07/29(日) 23:09:06.95ID:uaOQzQ/J
たとえばアリョーシャやゾシマは
民衆の素朴な信仰心こそが大切なのだと力説するのだけど
そういう民衆が善であるという根拠はない
母親の見ている前で猟犬に八つ裂きにされた少年の話でもって
イワンもアリョーシャも専制君主然とした地主の蛮行に憤るのだけど
実際のところはこの野蛮さは地主だけではなく農奴にも分有されている
「罪と罰」のラスコーリニコフはこの部分を鋭く突いているのだけど
イワンの場合はどうだろうか
0862吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 00:16:08.95ID:VNhC2jm5
>>857
> 恐らくは、今持ってるヨブ記の理解がこれでも誤読になるのだろうね
> だからもう一度読んでみたいと思う

ヨブ記というものを、カラマーゾフの記述以外で知らない。しかしこれを、
読んで理解するというのは、おそらく誤りだろう。

たとえば、ヨブさんと同等の苦しみを受けた無数の庶民がいる。その人の
体験を読解しても「ああ、そうなんだ」としかならない。
「同じ苦難を受ける」「せめて5分の1の苦難を受ける」しかない。

ややそれるが、聖書であれ、他の聖典であれ「精魂込めて読むことによって、
自分独自のインスピレーションを得る」と考えがちだが、それはありえない。
なぜなら、聖書であれば、古代より、無数の民衆から聖者と呼ばれるほどの
天才的宗教家まで、幼い頃より反芻して思考してきた。単に考えてきたので
はない。体得せんと、身を切り裂く修行をしてきたひとまでいる。それこそ
「限界極まるまで」

わたしたちは、平凡人の中のひとりです。ところが、ある方法によって、天
才さえ超えられる。それは自分自身が「ヨブとなること」です。

またそうならないなら、信仰をやっている価値がないではないですか?
0863吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 00:20:25.62ID:VNhC2jm5
>>859
> 現代日本で大審問官なんて論じる意味あるか?

現代日本と19世紀ロシアでは、どのように時代状況が変わって、ドストエフスキーの大審問官で論じられてる内容が無効化したと、考えますか?
0864吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 00:22:19.07ID:VNhC2jm5
>>858
> 「われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」ヨブ2-10

ひじょうに示唆的というか、シンプルな言葉のなかに、考えさせられるものがあるね。
0865吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 00:33:04.78ID:VNhC2jm5
>>860
> 中途半端な知恵に由来する苦しみに対しては
> たとえ偽りであっても信仰で対応すれば良いという処方だから

大審問官というのは、信仰者ではないですね。いかなる意味においても。

> たとえばオウム真理教のようなインチキ教団であっても

オウム真理教がインチキ教団であるかどうかは、いかなる判定基準で判断するか。

殺人を犯したからか。リーダーと幹部が、殺人を犯し、死刑となった。なるほどふつう一般的にインチキ教団と認識されている。

ではどの教団が、すばらしい教団なのか? ゾシマがリーダーをつとめる想像上の教会か?

アメリカで最大のプロテスタントがそうか? カトリックか? わたしたちの創価学会か?
0866吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 00:45:48.02ID:VNhC2jm5
>>861
> たとえばアリョーシャやゾシマは
> 民衆の素朴な信仰心こそが大切なのだと力説するのだけど
> そういう民衆が善であるという根拠はない

「民衆が善であるという根拠」は一目瞭然です。見ればわかる。アリョーシャやゾシマは
それを知っていた。イヴァンももちろん知っていたが、臆病であったがゆえに、認められなかった。

適切な言葉が見つからないが、うまく表現できぬが、信仰で大事なのは、教義上のあれこれなどではないのは、確かだ。

地主の蛮行、農奴の非人間性、ラスコーリニコフの卑劣かつ残虐な殺人、そんなものをはるかに超えて、宗教的真理はあるはずだ。

というのは、われわれは皆、そういった非人間性をもっているからだ。ラスコーリニコフが
新生し回復していくように、極悪の底辺から、最後は人間としての真の幸福をつかむはずだ。そのための信仰だと思います。
0867吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 00:51:48.69ID:VNhC2jm5
>>857
> この世界の起こる現象が何が善で悪かは人間には分からない

これはほんとに その通りですねえ!
0868吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 01:03:22.73ID:pgV8Svuk
>>862
>わたしたちは、平凡人の中のひとりです。ところが、ある方法によって、天
>才さえ超えられる。それは自分自身が「ヨブとなること」です。
この考えはイイと思った
0869吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 01:27:10.54ID:pgV8Svuk
考え方の視点を一般化に重点を置いて大審問官を読むならば、つまり当時のジェスイット批判という意味を省いて読むなら、>>860にあるように正しいリーダーがいれば従属しているだけの無垢な従者達は救われることになる
最初から最後まで「欺いている」のは、トップたちだけだからだ
そうするならば、現代の社会であり、多くの集団組織、さらに国にさえも、当てはまる
そーいうインスピレーションを受けてオーウェルもまた1984を作るに至ったと言えるだろう
0870吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 01:27:28.91ID:pgV8Svuk
ちなみにアリョーシャ達が民衆を正しいとしたのもそーいう理由もあったのではないだろうか
民衆は無知であるがために余計な知識そのものを持つことが原理的にそもそもできない
ただ信じるだけでありる
ただ反面として無知ゆえの節度のなさで暴走する可能性は常に持ちうるが

>>861
>イワンの場合はどうだろうか
イワンはそもそも階級なくすべての人間に懐疑的だからその辺はラスコリニコフとは属性が違うよね
0871吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 01:31:52.53ID:VNhC2jm5
またヨブが神を讃美した時、彼は単に神一人に仕えたのみならず、神の創造、しかも代々永久の創造にまで奉仕することとなった。それは初めからそういう使命を授けられていたからである。
0872吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 01:36:06.56ID:VNhC2jm5
>>871

彼は単に「神一人に仕えた」だけではないと。世々永久の創造にまで奉仕することとなった。
初めからそういう使命を授けられていたから!
0873吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 01:54:24.34ID:pgV8Svuk
>>871
ヨブ記の世界観でもう一つ思うのは運命づけられたというこの「運命」の意味について

人間から見た運命とは、人間は未来を知ることはできないためという理由によって過ぎ去ってはじめて自覚する
偶然であったか必然であったか自分なりに分析することはできても、選ぶことはできないという不条理がそこには確かにあるね
結果を意志で選択できる時もあるだろうし、もっともできないことの方が多いが、ただ運命に強制されただけの時もある
神にとっての運命とはおそらく偶然も必然もないのだろうね(とても不遜だけど神のことを想定すると)
決めたことが運命になる

そんな感じの、神から見た運命−人間から見た運命、という視点もヨブ記に含まれるのではないかなんて思ったんだ
聖書に詳しい人には笑われてしまうかもしれないけどね
0874吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 02:04:39.33ID:pgV8Svuk
ちなみにそういう運命を考えたのはこのへん
考え疲れたのでまたー

「全能者を見だすことはわたしたちにはできない。神は優れた力をもって治めておられる。憐れみ深い人を苦しめることはなさらない。それゆえ、人は神を畏れ敬う。ひとの知恵はすべて顧みるに値しない。」 ヨブ記37章23,24節
0876吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 23:09:35.08ID:VNhC2jm5
>>873
> 聖書に詳しい人には笑われてしまうかもしれないけどね

知的に、教義的に「聖書に詳しい人」などというものはいらぬ。あなたが今強い関心を寄せている「神について」「信仰について」思いを巡らせたことこそ、大事なのだ。
0877吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 23:26:07.03ID:VNhC2jm5
>>869
> 考え方の視点を一般化に重点を置いて大審問官を読むならば、つまり当時のジェスイット批判という意味を省いて読むなら、

これは初耳です。大審問官というのは「ジェスイット批判(カトリックのこと?)」などという狭い意味に限定されているのですか?人類の普遍的運命について書かれているものと、解してきた。

>>860にあるように正しいリーダーがいれば従属しているだけの無垢な従者達は救われることになる

>誠実で「確信犯的な」信者が先頭集団に1人でもいれば
その他大多数の一般人は救われるということになる
そんな事は無いと思うね

誠実で「確信犯的な」リーダーなどいても、糞の役にもたたん。人生はそんな甘くないです。失礼な言い方ながら。

正しい信心で、トップから最前線の民衆まで「ひとり残らず」正義を信じきっていて、はじめて、その宗教は大きな力、庶民の絶対的幸福に寄与する存在となるはず。
わたしたち学会員は「一点の疑いもなく」上記のことを確信しています。

> 最初から最後まで「欺いている」のは、トップたちだけだからだ

なにを想定し、なにを根拠に「最初から最後まで「欺いている」トップ」などというのか?
大審問官でしょうけど、そのような見方は信仰と無関係で、ゾシマ長老の「ロシアの僧侶」について書かれているところを、考えるべきでは。
0878吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 23:27:29.10ID:hkWSUnBj
科学に後塵を拝し、インテリジェントデザインなんてものまで考えだして
る時代に神学論争?
0879吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 23:39:05.58ID:VNhC2jm5
>>870
> 民衆は無知であるがために余計な知識そのものを持つことが原理的にそもそもできない
> ただ信じるだけであり
> ただ反面として無知ゆえの節度のなさで暴走する可能性は常に持ちうるが

--------------------------
この考えを捨てるべきです。いや正確に言うと、もしあなたが創価学会に入り「純真な信心を
つらぬく庶民」といものを、真に知ることになれば、いつかふっとわかる日が来るでしょう。
長い年月がかかります。これは絶対です。ぼくも最近わかった。

青年ドストエフスキーも、イヴァンも、若いがゆえに理解できなかったと、こう推測します。
人生の辛酸を嘗めて、わかるんです。自分の胸中だけで、信仰や美徳や正義について、考えているうちは、決して到達し得ない。
0880吾輩は名無しである垢版2018/07/30(月) 23:43:39.70ID:VNhC2jm5
>>878
こんばんはw 科学と宗教について、カラマーゾフには、ゾシマ長老の教えという形で
明確に説かれている。

こんど引用するから、待っててやw
0881吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 00:45:26.05ID:fB3gKgTr
そう言えば先日刑が執行された
元オウム信者豊田亨死刑囚の発言がネットに掲載されていたが
この人はマルクス主義者かと思うぐらい科学的な見方をする人で
どうしてオウム真理教に入信したのかさっぱり分からない

豊田の発言を要約するのなら

社会で発生する犯罪は犯罪者個人の特性に由来するのではなく
社会構造の欠陥によって順次発生するものだが
日本社会では大衆による集団ヒステリーと
これを受けた法律行政上の処罰が何度も繰り返されるだけで
根本的解決はなされない

ということであり

一連のオウム真理教事件における豊田の関与は
「根本的解決」を「救済」と置き換えたものだったかもしれない
であるならば、鳥瞰的な視点で「社会」の改造=救済を目指した
豊田の思想における宗教的視点が非常に興味深い
おそらくそこでは科学と宗教が奇妙な形で同居していたのだろう

麻原に騙されたとか、洗脳されていたという次元ではなく
独自の信仰によって宗教と現代科学、そして倫理がつながっていたとも考え得る
そしてこの場合は無差別大量殺戮も容認できるものであり
これはイワンの大審問官に近いような気がする
もっとも豊田の場合はしっかりとした信仰があったのだが

獄中手記が公表されるのならそれはそれで興味深いものになるだろうね
0882吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 00:48:39.79ID:fip+Wi6r
マルクス主義が科学的?
セイの法則の経済学なのに?
0883吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 01:43:57.80ID:AYBNK3Cs
洗脳とは一体なんなのかを説明するのは難しいね
最初は強制されて続けていても、どこかで拒否していても、ある時から自発的な意思に変わることもある
それを共感とよぶのか洗脳されたとよぶのか
結局のところ、物事を受動的なものか能動的なものかの見方に過ぎなかったりもする

かくいう自分もまた、ドストエフスキーに洗脳されたのかただ共感しているだけの読者なのかわからない
なぜなら、完全に独立してまったく外からの影響を受けない自己を持つことはできないことを自分がすでに自分で知っているのだから
この自分もまた誰かの情報の影に過ぎないのかもしれない

じゃあ読書なんてやめればいいのにと思いつつ、今日も読書しているんだから自分がよくわからないw
0884吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 02:43:01.96ID:AYBNK3Cs
>>877
>正しい信心で、トップから最前線の民衆まで「ひとり残らず」正義を信じきっていて、はじめて、その宗教は大きな力、庶民の絶対的幸福に寄与する存在となるはず。
自由な理性で選ぶ決定を邪魔する気はないのだけれど、これは時にとても危ない考え方だよ
知るということが思い込んだということに変わった時、人は間違いを起こすことがある
それは歴史でありすでに何回も起こったことでもある

余談だけど、神曲でダンテは「地獄への道は善意で舗装されている」という諺を実際に皮肉として書いている
正しいと思い込んでいる人間は何をしようと、例え地獄につながる道であろうと、正しいと思い込んでいるので決して引き返しはしない
むしろ悪意ではないからこそ厄介なのだと

気を悪くしないで欲しいが、そういう客観性もまた反対の正しさであると言った人がいたということも知っておくのは悪くはないんじゃないかな
0885学術垢版2018/07/31(火) 14:44:06.74ID:NswQuy9O
干そうとされてある。ドライクリーニング。
0886学術垢版2018/07/31(火) 14:44:50.83ID:NswQuy9O
神曲をつむげるより神乳の方がよくないですか。たてまえ。
0887吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 21:39:53.96ID:VCyvRT/z
『ああ、なんたることだ! 以前の子供らがいなくなったのに、以前の子供らが
永久に奪い去られたのに、どうして彼はこの新しい子供らを愛することができた
のか? 
どんなに新しい子供らが可愛く思われるにもせよ、以前の子供らのことを思いだ
して、前と同じように十分な幸福を味わい得るだろうか?』

ところが、それが可能なのである。大いに可能なのである。

昔の悲しみは人生の偉大な神秘によって、次第次第に静かな感激に充ちた悦びと
変わってゆく。
若い時の湧き立つような血潮のかわりに、つつましく晴ればれとした老年が訪れ
るのである。
余は日々の日の出を祝福し、余の心は依然として朝日に向かって歌を歌うけれど
も、しかしどちらかというと、むしろ入日の方を愛する。斜めにさす夕日の長い
光線を愛する。
それを眺めているうちに、静かな、つつましい感激に充ちた追憶や、懐かしい人
の俤などが、長い祝福すべき生涯の中から甦ってくる、――そうしたすべてのも
のの上に、人を感激せしめ和解せしめ、かつ一切を許す神の真理がさし昇るので
ある! 
私の生涯はまさに終わらんとしている、それは自分でも分かっている。しかし、
わずかに残れる日の訪れごとに、私の地上の生活が既に新しい、限りない、まだ
知られない、とはいえ近く訪れるべき生活と、相触れんとしているのが感じられ
る。その生活を予感すると、私の魂は歓喜に震え、知性は明らかに輝き、感情は
喜悦に咽び泣くのである。……
0888吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 21:51:49.44ID:fip+Wi6r
アリョーシャVSドーキンスなら見たいな
0889吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 22:19:07.06ID:VCyvRT/z
この引用は、少年期 初めて読んだ日から、もっとも印象に残り、カラマーゾフ中でも最愛の箇所です。

どんな不幸からも、人は立ち上がるものだと。たとえすべての子どもたちを失った
としても新しい子供らを愛するのだと。そして幸福を味わうのだと。

たとえ老齢と病により、死が近づいていたとしても「わずかに残れる日の訪れごとに」

>余の地上の生活がすでに新しい、限りない、まだ知られない、とはいえ近く訪れるべき生活と、相触れんとしているのが感じられる。

>その生活を予感すると、私の魂は歓喜に震え、知性は明らかに輝き、感情は
喜悦に咽び泣くのである。……

------------------------------------------------
最晩年のドストエーフスキイの境地ではないか。ここのところには「真実」しかない。

ドストはじっさいに子どもを亡くして泣いたことだろう。妻も亡くした。彼は「別の子ども」を愛し、しかも幸福を感じた。ヨブの物語に書かれているとおりである。

子どもがいない人にも、愛すべき「別の子ども」があらわれる。

死と絶望との極限の戦いの祈りの中で、ある方が「三世の旅路の出発点にようやく立てたよ」と感じたという。それと同じことです。ここのところは。

ぼくも、なんとしても、この境地に立ちたい。必ず、この境地・仏の境地をつかんで、そして死ぬ、または生きる。生きたい... どこまでも。「しかし、わずかに残れる日の訪れごとに」太陽と青空と木々を祝福し、新しい生活の予感、そして

「魂は歓喜に震え、知性は明らかに輝き、感情は
喜悦に咽び泣く」
0890吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 22:22:31.85ID:VCyvRT/z
この引用は、少年期 初めて読んだ日から、もっとも印象に残り、カラマーゾフ中
でも最愛の箇所です。

どんな不幸からも、人は立ち上がるものだと。たとえすべての子どもたちを失った
としても新しい子供らを愛するのだと。そして幸福を味わうのだと。

たとえ老齢と病により、死が近づいていたとしても「わずかに残れる日の訪れごとに」

>余の地上の生活がすでに新しい、限りない、まだ知られない、とはいえ近く訪れる
べき生活と、相触れんとしているのが感じられる。

>その生活を予感すると、私の魂は歓喜に震え、知性は明らかに輝き、感情は
喜悦に咽び泣くのである。……

------------------------------------------------
最晩年のドストエーフスキイの境地ではないか。ここのところには「真実」し
かない。ドストはじっさいに子どもを亡くして泣いたことだろう。妻も亡くし
た。彼は「別の子ども」を愛し、しかも幸福を感じた。ヨブの物語に書かれて
いるとおりである。
子どもがいない人にも、愛すべき「別の子ども」があらわれる。

死と絶望との、極限の戦いの祈りの中で、ある方が「三世の旅路の出発点に
ようやく立てたよ」と感じたという。それと同じことです。ここのところは。

ぼくも、なんとしても、この境地に立ちたい。必ず、この境地・仏の境地を
つかんで、そして死ぬ、または生きる。生きたい... どこまでも。「しかし、
わずかに残れる日の訪れごとに」太陽と青空と木々を祝福し、新しい生活の
予感、そして

「魂は歓喜に震え、知性は明らかに輝き、感情は
喜悦に咽び泣く」
0891吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 22:44:02.80ID:fB3gKgTr
>>882
>マルクス主義が科学的?

本来は人間関係の束に過ぎない社会を
物のように分析して経済関係に基づく構造を抽出するのがマルクス主義であり
古典派経済学のような政策学としての経済学を否定し
史的唯物論(一種の進化論)を宣揚する
実際はマルクス主義もまたイデオロギーに過ぎなかったのだけど
志向は科学「的」に社会を分析・改造することにある
豊田死刑囚の考え方はこれに近い

ドストエフスキーの作品では
啓蒙主義知識人による自由主義思想がやがて
社会主義的改良主義に逢着すると指摘されており
それはキリスト教思想の信仰喪失に由来すると分析されている
また、この種の無神論的唯物論(科学主義)では
分配正義と統治上の安定性が重視される


しかし大審問官(=イワン)では科学ではなく
擬制的宗教政治による分配正義の実現が有効視される
これは啓蒙知識人に多大なる影響を与えたであろうルソーの考え方にも近い
単に神を否定するのではなく、信仰の効用を温存したままで
極めて現世利益重視の分配正義と統治の安定性が
科学によって実現されるわけでこれが「神秘」の正体なわけだね

ゾシマはそうではなく、美や愛情といった感情の原泉こそが
神であり信仰なのだが、それは地上では解明不可能な神秘なのだ、
とするのだけどこれでは政治は捉えられない
0892吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 23:17:02.46ID:VCyvRT/z
>>891
ゾシマ的なものと、イワン的なものと、どちらがドストエフスキーの信仰・理想・真意でしょうか?
0893吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 23:21:34.69ID:VCyvRT/z
答えを聞く前に、ぼくの感想を書くと、おそらくゾシマ的なもののなかに、イワンや大審問官が含まれているのだと。このようなつたない表現でも、あなたになら伝わると思う。
0894吾輩は名無しである垢版2018/07/31(火) 23:51:33.68ID:fip+Wi6r
互恵的利他主義で括れない愛ってどんなのがあるの?
0895吾輩は名無しである垢版2018/08/01(水) 01:31:33.62ID:qtBmk1md
>>894
> 互恵的利他主義で括れない愛ってどんなのがあるの?

そのことは、カラマーゾフ前半で、詳細に議論されている。

「互恵的利他主義」などというものは、ありえない。永遠の生命への信仰なくして。作中のキリスト教信仰でいえば「来世」ですね。とにかく信仰です。神なり仏法なり「だれも見ていなくても、正義の因果律が存在する」これが確信できなければ。

いやそんなことはない、>キリスト教信仰の喪失 があっても、われわれは「互恵的利他主義」をつらぬく」とミウーソフ等は主張します。

人間は利益を求める存在なのに、不利益を。賞賛され、愛されることを求めるのに、軽蔑と
迫害を。

剣で切られることを怖れるのに、死を覚悟させるものは、信仰しかなく、そうした諸々を

耐えてこそ、利他主義は可能となる、究極的には。ミウーソフ等がその点に思い至らないのは、ひとえに「実践の愛」と作中表現されていることを、まさに実践してこなかったからだ。 
0896吾輩は名無しである垢版2018/08/01(水) 01:40:23.69ID:qtBmk1md
エリートであるか、最貧困層の民衆であるか、または教養学問があるか、ないか。

そんなものは、無関係なのだ。

エリートで「実践の愛」を人知れず実行してる人がいる。無名の庶民で同じく人に尽くし抜いてるひともいる。

そのことは、まさに見えない隠れたところで行われている。信心とは、ドラマではなく、

誰も知らない、御本尊だけが知っているという世界だ。

人が自分を褒めても関係がない、「自分がダメな人間、噓の信仰をしてることは、自分が一番よく知っている」

人が自分をバカにしても、また関係がない。
0897吾輩は名無しである垢版2018/08/01(水) 01:40:29.41ID:gJmvgWht
>>894
イエスキリスト(ドストエフスキーが作家の日記で書いたようなという意味でのキリスト)
「キリストの教えに従い、己のごとく他人を愛することは、不可能なことである。
この地上では、皆が自我の法則に縛られているからだ。我が障害になるのだ。
ただキリストのみが、それを成し得た。」

人間が許されるために十字架になった、これは互恵的利他主義の外じゃないかな
と、宗教的な話を使わずに言えというなら探すのは難しいのも現実だね
ちょっとさみしい気もするけど
0899吾輩は名無しである垢版2018/08/01(水) 01:43:56.70ID:gJmvgWht
知らなくてググっただけだけど、上レスであったインテリジェントデザインて考え方は意外といいかも
少なくとも理神論なんかよりはずっと
0900吾輩は名無しである垢版2018/08/01(水) 02:02:30.53ID:qtBmk1md
もう夜中の2時。そろそろおいとまします。

素朴な感想をひとつ。

たぶんこのスレは、世界最高の思考の場です。なぜそれが、可能となったかというと

僕達はぜんいん「カラマーゾフの熱狂的な愛読者」だからです。とうぜん、おのおのの、人生経験も、立場も、信条も異なる。

カラマーゾフを愛するという一点において、3人4人が集い、それゆえに私達は、どんな有名人、どんな大学者も超えた存在となった。
0901吾輩は名無しである垢版2018/08/01(水) 11:07:18.57ID:yM3Z9EvS
>>895
自らを犠牲にして敵に立ち向かうなんてのは信仰のない虫でもやってるよ
0902吾輩は名無しである垢版2018/08/01(水) 19:39:24.32ID:qtBmk1md
>>901
> 自らを犠牲にして敵に立ち向かうなんてのは信仰のない虫でもやってるよ

言われてみれば、たしかにそのとおりだな。でもそれは「信仰」のためではないのでは。

ここでいう「信仰」とは、法華経信仰なり、キリスト教信仰なりですが。

人間も信心と関係なく、命を捨てる場合がある。敢えて不利益を選ぶ場合もある。

たとえが不適切だが、宅間守は敢えて殺人の大罪と、死刑を受けるという不利益を選んだ。

それは「永遠の生命」への信仰ゆえにか?

アメリカ映画の中で、主人公たちは、恋人への愛のゆえに、国家への忠誠のゆえに、容易に命を捨てる。
菅原文太や高倉健は、義侠のために、友のために、命を軽くし、懲役20年も平然と受ける。

それは「広宣流布」の理想のためか?あるいは、キリスト教の神への信仰のためか?

------------------------------------------------
とにかくに死は一定なり、其の時のなげきは、たうじのごとし。
「願はくは我が弟子等、大願を起こせ」「同じくは仮にも法華経の故に命を捨てよ」
つゆを大海にあつらへ、ちりを大地にうづむとをもへ
 
上野殿御返事[竜門御書]
 弘安2年(1279年)11月
------------------------------------------------
今夜も、薬飲んで、なに書いてるのか、論旨がわからなくなった。飲んでなくても、論理的文章書けないけどもw!
0903吾輩は名無しである垢版2018/08/02(木) 08:32:18.60ID:+jORxW4o
望月訳『白痴』
「カリーナの杖」って意味不明。
0904吾輩は名無しである垢版2018/08/02(木) 22:39:57.45ID:+1ITAz1i
>>891
>単に神を否定するのではなく、信仰の効用を温存したままで

これは、歴史上、実例があったのか。というのも、

>(内心で神を否定しつつ)信仰の効用を温存し、

こういう指導者はすぐ見破れてしまうのだが。民衆のまなこによって。

>極めて現世利益重視の分配正義と統治の安定性が

この文脈では、見当違いかもだが、「現世利益重視」とは、低級なもののように考えられがちだが、きわめて重要です。

現実に、この人生において「病気がなおる」「元気になる」「生活が向上する」

これは信仰の根本とも言える。

「花は開いて果(このみ)となり、月は出でて必ずみち、
灯は油をさせば光を増し、草木は雨ふればさかう、

人は善根をなせば必ずさかう。」

それだけじゃない、それを超えるものがあるのだが。
0905吾輩は名無しである垢版2018/08/03(金) 01:31:41.89ID:qghxJNou
ドストエフスキーは現世利益は奴隷的な信仰方法として扱っているようにも思うよ
自由な信仰とはー何々にならなくともー、まるでヨブのような理不尽な災難にみまられようとも、ただすること
パンとはあらゆる見返りをさす、と考えても意味は一致するよ

「荒野で40日間断食したおまえ(イエス)に対して、悪魔は「お前が神の子ならば、その石ころをパンに変えてみよ」と言い、「そうすれば人類は、感謝にあふれるおとなしい羊の群れのように、おまえのあとから走ってついてくるぞ。」と誘った。
しかし、おまえは「人はパンのみにて生きるにあらず。神の言葉によって生きる」と答えた。
なぜなら、パンのために、人間から自由を奪いたくなかったからだ。
しかし、おまえの言う自由はなにを約束してくれるのか。
それは、人間にとって耐えがたい重荷にしかならないではないか。
人間というのは、パンのためなら自由を放棄して、パンを与えてくれる者の奴隷になったほうが良いと考える。
自由よりも、パンこそが人間にとって価値があるのだ。」

立つのも堕ちるのも、自由な選択によるもの
パンか自由か、これこそドストエフスキーの求めた自由意志じゃないだろうか
理性はとても賢いがゆえに、時に、善ににたものを善いと思いそれを行う事を意志に命じてしまう
それでも意志とは自由になるように与えられている
だからこそ、自由な意志を持ち続けられるようにパンに騙されてはいけない、と思うのです
0906吾輩は名無しである垢版2018/08/03(金) 01:40:13.33ID:qghxJNou
ただ問題なのは、そういう自由な信仰は言葉であらわすのは簡単だけど実践できないということ
できないことに良心の呵責を感じるか、できないならそもそもなかったかのように秘密にしちゃえとする審問官であるか、これも一つの読者への投げかけかもしれないね
0908吾輩は名無しである垢版2018/08/04(土) 03:11:10.54ID:cIB4DFAk
>>905

こちらの表現が拙かったねw でもこのことは、意外にも伝えるのがもっともむずかしいことのひとつに思う。「功徳」とは何か?信心すると何が変わるの?と。

「現世利益」ということばに引っかかてしまうんだろうな。

イヴァンとアレクセイをくらべてごらん。イヴァンのようにではなく、アレクセイのようになる、ということさ。それが功徳なんだ。それが、「この現世において」受ける利益なんだよ。
そもそもいかなる宗教でも、その目的は「この現実の、生きている毎日を、より良く生きる」ということだ。

もちろん「信じらんねぇ」よな。「うそこけ!」と思うだろ? 「学会なんて、怪しい宗教で、ろくな奴いねーだろ?」って感じか。

ところが、ほんとに「幸福になる」しかも今すぐ体験できる。理屈なんかぜんぶいらん。
この創価学会のエッセンスはひとつしかない。それは「題目」だ。

こんど具体的にその方途を書いてあげる。
0909吾輩は名無しである垢版2018/08/04(土) 20:15:38.93ID:CNb07I5t
こんなとこで創価学会の話などやめなさい
創価が嫌い人もいるんですよ
0910吾輩は名無しである垢版2018/08/04(土) 21:52:13.35ID:i0vGaOWR
現世利益とかなんとかいってるけどフロイトのタナトスとっての利益を考えてみろよ
0911吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 00:02:58.01ID:fqWvdC6Q
ドストエフスキーと創価学会。この二つは完全に相通じている。

創価学会は世界宗教として、紛れもなく唯一無二の存在であり、もはやキリスト教など比較対象にすらならない。

ドストエフスキーもまた世界文学の最高峰である。

なかんずくカラマーゾフの兄弟は「信仰」がメインテーマです。したがって、創価学会のことを書くのは当然である。

> こんなとこで創価学会の話などやめなさい

ただし、あくまでもカラマーゾフを語る上での、信仰論であり、創価学会である。

創価学会だけを、単独で語らないので、ご心配なくw

> 創価が嫌い人もいるんですよ

好き嫌いなど言っていたら、損するのはあなたですよww
0912吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 00:04:36.68ID:fqWvdC6Q
>>910
> フロイトのタナトスとっての利益を考えてみろよ

タナトスって知らんから、ひまができたら調べて書くから待っとけ
0913吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 00:14:59.85ID:+5ipRqh2
ゾシマは誠実な祈りによって生じる感情こそが
新たなる思想と教えにつながるとし、
具体的には万物の連続性の知覚こそが
愛であり歓喜なのだと言っている

ある意味仏教に近い捉え方ではあるが
造物主という一者の存在や形而上を設定するという点では
やはりキリスト教であり
有限者たる人間の「信仰」と絶対者である「神」との亀裂が生じる

義人ゾシマの死に際して
遺体から腐臭が発生するというのは
ヨブ記的信仰の問題が示唆されているわけだ
0916吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 01:37:40.92ID:St3aiKIm
フォンゾーンだな、をリアルで使いたいが使ったところで( ゚д゚)ポカーンになるんだろうなw
0917吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 01:42:00.08ID:fqWvdC6Q
>>910
>フロイトのタナトスとっての利益を考えてみろよ

なるほど、きみは以前からこのテーマを考え続けていたんだな。

むずかしいから、もっと書いてくれ。
0918吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 01:43:59.48ID:fqWvdC6Q
>>913
> ゾシマは誠実な祈りによって生じる感情こそが
> 新たなる思想と教えにつながるとし、
> 具体的には万物の連続性の知覚こそが
> 愛であり歓喜なのだと言っている

そこのところは、ぼくの好きな箇所です。米川訳でコピペしてくる。
0919吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 02:03:48.13ID:fqWvdC6Q
 (G)祈祷 愛 他界との接触

 若者よ、決して祈祷を忘れてはならぬ。お前の祈りのたびごとに(もしその祈り
が真心より出たものならば)、新しい感情が閃くであろう。その感情の中に、これ
まで知らなかった新しい思想が生まれてきて、なんじに力を賦与するであろう。
こうしてお前は、祈祷が教育であることを悟るに相違ない。

(注、これはコピペではない。70年台の米川訳を再現した。なぜなら、自分はこの
通りに暗記しており、これらのアドバイスのとおりに「祈り」つまり題目をあげて
きたからだ。諸君に問う。きみたちは「祈らずして」カラマーゾフの心に到達する
と思うのか?)
0920吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 02:29:23.62ID:fqWvdC6Q
もう一つ覚えておかなければならぬことがある。ほかでもない、毎日暇のあるたび
に、『神よ、今日みくらの前に召されたる人々を憐れみたまえ』と心の中で念ずる
のだ。
なぜというに、毎時毎時、いや、一刻一刻、数千の人が地上の生活を捨てて、その
霊魂が神の大前へ召されて行く、――彼らの中の多数は、悲哀と憂悶の中にさびし
く人知れずこの土と別れて行くのである。しかもだれひとりとしてそれを憐れむ者
もなく、そのような人が生きていたかどうか、それすら知っている者もない。

その時、こういう人の後世を弔うおまえの祈りが、地球のまるで反対の側から神を
めざして昇って行く。お前とその人が互いに知りあっておらぬとしても、なんの障
りもないことである。

恐怖を抱いて神の大前に立った人の霊魂は、自分のようなもののためにも祈ってく
れる人がある、自分のような者をも愛してくれる人が地上のどこかに残っていると
思っただけで、その瞬間に感激の情を覚えるであろう。

それに神様もお前たちふたりをなおいっそう、慈悲深い目をもって眺めて下さるに
相違ない。じっさい、お前でさえそれほどあわれみを持っているのだから、お前よ
りも無限に慈悲ぶかくお優しい神様が、なおさら憐れんで下さるのは当然ではない
か。神様はお前のためにその人をも赦して下さるに違いない。
0921吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 02:34:17.33ID:St3aiKIm
ゾシマの兄の自然賛美は仏教的な全一性に見えるけど、この場合の自然とは「神の被造物だから」美しいと悟ることができた
本質は神の属性がそこにあるから、自然の中に神を見ている=神への賛美となる

もし「神の被造物だから」を、踏まえずにただ自然賛美であるとするならば、自然賛美の意味が変わってくるよね
すべていい、すべてがすばらしい、全肯定受認ができたのはキリーロフもそうだったはず
彼は世界の起こることすべてを賛美したが(一瞬)、根拠がないためその先に待っていたのは虚無だった
そしてその根拠を我意に求めて自殺する
0922吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 02:34:44.20ID:fqWvdC6Q
------------------------------------------------
回向のとき、このように祈るようにしてきた。自分の亡き親だけでなく。亡き友だけでなく。感激をもって、ここのところを読んだ。最近は忘れがちであったがw

「乃至法界平等利益自他倶安同帰寂光(ないし ほうかい びょうどう りやく じたぐあんどう きじゃっこう)」

と、ゾシマのこの教えの心を込めて、強く祈念してきた。あらためて今夜より、強く祈念するのだと決意した。

>>913
> 造物主という一者の存在や形而上を設定するという点では
> やはりキリスト教であり

わたしは「造物主」など、そうした教義上の違い、文化的違い、そうしたものは、この場合
枝葉だと考えます。

大切なのは、ドストエフスキーまたゾシマが提示してる、このイメージです。

地球の遠い国で、名も知らぬ無名のたくさんのひとが、一人さびしく死んでいく。今この瞬間も、です。これは厳然たる事実です。

そのひとを哀れむことは「即自分をあわれむこと」です。ぜんぶ自分に帰ってくる。

われわれの教えとまったく同じであり、仏法であり、日蓮そのものです。
0923吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 02:45:36.01ID:fqWvdC6Q
>>921
こんばんわ!おれは、大きな苦難をかかえている。

だから、今から、3時近くだけど、あと10分でも祈るよ。... その10分は、おれにとって永遠の

10分となるかもしれない。.... ああ!なに言ってんのかわかんねえなぁ。自分でも。
0924吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 03:11:19.07ID:iAJPSPcx
死を哀れむのは分かるけど、それをわざわざ宗教に結びつける必要あるか?

哀れむって宗教の教えがないと分からないほど難しいことだと思えないけど
0925吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 04:50:24.19ID:fqWvdC6Q
>>924
> 死を哀れむのは分かるけど、それをわざわざ宗教に結びつける必要あるか?
>
> 哀れむって宗教の教えがないと分からないほど難しいことだと思えないけど

-------------------
「哀れむ」こと自体は、信仰がなくともできるでしょう。
しかし「救済」はどこにありますか?

>自分のようなもののためにも祈ってくれる人がある

密かに自分のために「祈ってくれる」 祈りの対象は何でしょう? 

その死んでいく人も、地球の裏側から祈ってくれる人も、信仰をもっている。「祈りは届き、究極的な救いが、生きとし生ける物(一切有情)に、やがて平等に訪れる」

現在、生きてるいるメンバーにも、死んだメンバーにも。いま、青春と幸福に満ちたひとにも。そうでないひとにも。「乃至法界平等利益自他倶安同帰寂光」を解釈してみた。

宗教とは、特別なセクトなどではなく、人間にとって無くてはあり得ないものです。

なぜなら生老病死からだれひとり逃れられず、「底しれないほどの不幸」をその胸に隠していない人間は、この宇宙にひとりもいないからです。
0926吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 07:55:29.45ID:iAJPSPcx
信仰なんだから既存の型にはめるなよ
0927学術垢版2018/08/05(日) 08:16:31.75ID:+0+M2/bM
フロイトの父は半分ぐらいの齢の女性と結婚したらしい。
僕らには考えられないな。年上の方が・・・・。
0928吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 20:34:03.63ID:buwW82l1
ブランショは死にゆく者に寄り添い、他者の死の孤独を分かち合う事が共同体の役割だと書いてるよ

『…そうだ、確かに君は死んでゆく。だが、死に瀕してきみはただ遠ざかってゆくわけではない。
きみはなお、ここにいる。なぜなら、きみは今、この死ぬということを
あらゆる痛みの同意であるかのよう
にして私に委ねている。そして私はそこで、身を引き裂かれながらそっと身震いし、きみとともにことばを失い、
…きみのかわりに死に身を委ねて、君をも私をも超越したこの贈り物を受け取ろうとしているからだ…』
0929吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 20:51:13.21ID:+5ipRqh2
>>922
>わたしは「造物主」など、そうした教義上の違い、
>文化的違い、そうしたものは、この場合枝葉だと考えます。


大日如来を本体として明王や菩薩に生成変化していく信仰と
造物主と被造物、形而上と形而下に分裂する信仰とではぜんぜん違いますよ
0930吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 22:44:06.97ID:fqWvdC6Q
>>929
> 大日如来を本体として明王や菩薩に生成変化していく信仰と
> 造物主と被造物、形而上と形而下に分裂する信仰とではぜんぜん違いますよ

--------------------------

あなた自身は、どちらの信仰をお持ちですか?
0931吾輩は名無しである垢版2018/08/05(日) 22:56:30.99ID:fqWvdC6Q
>>926
> 信仰なんだから既存の型にはめるなよ

--------------------------

「既存の型にはめる」ことこそ、信仰とも言える。それも完膚なきまで、徹底的に自分の感覚を捨て去り、理屈以前に「それはそもそもなぜそうなのか?」問うことなく、指導者のいうとおりやってみる。

もしあなたが「別に現状の自分でいい」と思うなら、話は別だ。そういう人には、とりあえず信仰も宗教もいらぬ。

以上は、カラマーゾフ本文等にあたっていないので、ドストエフスキーの思想とは、無関係かもしれぬ。だがおそらく、ゾシマの説教にも、同じような内容があるはずと予測する。

キリスト教であれ、イスラム教であれ、教義上の違い、地域的違い、歴史的文化的経緯から、まったく違う外見をもっていることは、当然のことである。

ところが、そのエッセンスは、驚くほど共通している。この場合のエッセンスとは、

どうすれば「この人の世の苦しみを制御できるか?」ということです。

それは膨大な経験から生み出されたものではないか?




 
0932吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 00:28:30.99ID:m7GG65xd
>>931
思考停止以外にも信仰はあると思うけどな
キルケゴールだって信仰してるよ
0933吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 00:32:18.41ID:eXhEi13c
>>932
> 思考停止以外にも信仰はあると思うけどな
> キルケゴールだって信仰してるよ

------------------

おれの駄文じゃ、おまえに伝わるはずない。カラマーゾフから引用してあげる。そうすれば、

おまえの固い心にも 何かが残るはずだ。
0934吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 01:10:56.75ID:wMmSXwP4
そもそも信仰とはある種の熱狂であり、ドストエフスキーやトルストイのいう最終形態(個性の最終目標)は個我の喪失であると言える(作家の日記より)
しかしながらそこで問題が発生する
キリスト教の神への信仰には一つ乗り越えなければならない大きなパラドックスがある
それは理性を持って尚且つ信仰しなければならないということ
なぜなら人格神であるがために、キリストもまた「言葉」で教えを示そうと受肉を持ってわざわざこの物質的世界にあわられている
言葉を理解するには人間として理性は省けない

しかし理性は理性であるがために理解できないこの世の不条理にすべての理由を要求する
理由が解決できないのに服従することはできないと
その矛盾のために多くのキリスト者が葛藤し、ドストエフスキーもまたその葛藤を小説家として問いかけているわけです

これがキリスト教が持つ最大の特性と考えているけどどうなんだろうね
理神論者ならこの壁はないと思うんだけど
0935吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 01:22:28.88ID:wMmSXwP4
なぜ悪が放置されているのか
なぜそれでも沈黙されたままなのか
なぜ善と悪が混沌なのか
なぜ、なぜ、なぜ、を越えて信仰があるならば、服従とは理解しないことにならなければならない
だったらなぜ自由な理性を与えられたのか
いつかはこの葛藤を超えたいが、難しいのも現実だね
だからぼくはドストエフスキーを読む、結局この結果でいつも終わるんだけどねw
0936吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 01:37:15.66ID:wMmSXwP4
しかしならがこの矛盾(自我の放棄と理性の対立)を越える方法がわかりそうでもある
恐らくは自由意志の神秘であろうと思ってる
0937吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 02:36:22.06ID:d6VmO4zt
ドスト愛好家ロシア愛好家(ちょいキモめ)の集会ってないんだろうか
0938吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 08:32:40.23ID:VZeXnrJz
なぜって神がいないからだろう
0939吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 11:06:53.41ID:+vUUrzm2
おまえら考えすぎw
キリスト教に改宗しろw
0940学術垢版2018/08/06(月) 15:24:27.68ID:zD4g5+7Y
キリストが墓から現れいで。
0941吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 18:19:37.89ID:ZrbwyO9i
この板で 例の小島を肯定してる少数派の方いますか

「罪と罰」を気に入っていた様なので
0942学術垢版2018/08/06(月) 19:13:06.42ID:zD4g5+7Y
ヒルティ― 眠られぬ夜のために とか トルストイ 言葉日めくり
も驚かされることが多い。そういうものを書きたいよな。
0943学術垢版2018/08/06(月) 19:18:27.52ID:zD4g5+7Y
メモリアル日記みたいなの。
0944学術垢版2018/08/06(月) 19:32:34.47ID:zD4g5+7Y
ときめかせたまふやふな。
0945学術垢版2018/08/06(月) 19:33:04.37ID:zD4g5+7Y
近くにときめき横丁ってのがあるから今度行ってみよ。
0947吾輩は名無しである垢版2018/08/06(月) 21:05:53.16ID:6jGkLiTc
ドストエフスキー作品はほぼ神学だから
それも弁証法や当時としては最新の学問だった心理学も使用しているので
独自の解釈になっている

たとえばゾシマがアリョーシャの夢中で復活を果たし
その夢から覚めたアリョーシャが泣きながら大地に五体投地をすると
「何か」が天から降下して霊的覚醒が生じて闘士に変貌するとか
普通に考えればカルトそのものの内容です
0948糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/08/06(月) 22:09:33.26ID:HtAO4j9k
台風撃退法。
http://hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com/thirdroundthriller/2018/07/post-fa5b.html

「世界の車窓から」「ちい散歩」「じゅん散歩」さえ見ていれば、「ステーションカバリッジ」
が広がり、暑苦しさがなくなる。
つまり、鉄道網の充実を示す番組さえ放送すれば、台風13号の上陸は防げる。
いざ、接近してみなければ国民はその気にならないだろう。
接近させて「ロールアウト」を仕掛ける作戦だ。
0949吾輩は名無しである垢版2018/08/07(火) 01:12:41.42ID:ATdfKr2M
>>941
彼は古典小説が好きだったみたいよ
罪と罰が好きというよりも何というかその内の一つみたいな感じだったのかも
創世記は手書きで書き写してたらしいから聖書マニアっていう印象の方がつよい
0950吾輩は名無しである垢版2018/08/07(火) 07:26:43.09ID:z/Vs/mtH
>>949

はえー凄い

彼がそんな凝ってた性格だからあの行為に繋がったのか
少し気になりますね

思想はやはりいいですね
それが世間的に悪い方向に向かっていたとして
0951糖質ですが ◆/dRpTBnZTC3y 垢版2018/08/07(火) 13:05:34.67ID:n7d8kPoQ
靖国神社に関する私の見解。
そもそも、国としては「戦死者が出ていかに周囲に不幸になる人をなくすか?」
という研究をしなければ「次の戦争は出来ない」ものだ。
そこで、靖国神社には「25歳を過ぎて、ニートで、周囲の女たちからも、死んじゃえばいいのに」
と思われていた男たちが「戦没者」となっているはずである。
そうでなければ、「侵略戦争への反省がない」「戦争準備として靖国を参拝する」
という発想は生まれない。
本当に、英霊を「神」として美化するのならば、靖国参拝は「平和への祈り」のための
施設に過ぎなくなる。
第二次世界大戦を宗教にした世界唯一の国としては、靖国神社が「侵略戦争への反省」
をする場所なのか、それでは「右翼が動いてもアウトにはならないのではないか?」などが、
國學院の連中には詰めきれていない。
もういちど、遊就館に残されている資料を精査してもらいたい。
私からの依頼であります。
0952吾輩は名無しである垢版2018/08/07(火) 16:04:56.35ID:RB0T5F9d
神がいるとした方が得なら、神がいるとするがいい

神が不要なものにとっては神はいない
それが真理だろう
0953学術垢版2018/08/07(火) 18:28:09.70ID:0BHxKze5
 MC yasukuni。 DJtorii
0954吾輩は名無しである垢版2018/08/08(水) 01:58:37.78ID:W0mpV2+j
神は存在する。神の存在を問いかけているが、なんで見たことも触ったこともないのに神を知っているのか。それは神という存在を認識しているからだ。
って、アウグスティヌスは神の概念を知っているから神はいるとしたけど、根拠としてどーなんだろ
お腹いたいごめんなさいと同じに見える
0955吾輩は名無しである垢版2018/08/08(水) 21:23:10.84ID:QUfWVdv7
小島のせいで一時期「(やっぱ)読書ばっかしてる奴は危険だ」みたいなこと書かれて嫌だったよな
0956吾輩は名無しである垢版2018/08/08(水) 22:19:09.08ID:WdoP0gm8
>>934
> そもそも信仰とはある種の熱狂であり、
熱狂だけではダメですよね!火のように燃えるだけでは。水のようにたゆまず流れ、
氷のように冷たい英知も必要だし。

>ドストエフスキーやトルストイのいう最終形態(個性の最終目標)は個我の喪失であると言える(作家の日記より)
「個我の喪失」というても、一般仏教的・哲学的に解釈してはダメだなって思う。それは観念論になってしまうから。次の箇所をみてください。
------------------------------------------------
長老とは何かというに、これは人の霊魂と意志を取って、自分の霊魂と
意志に同化させるものである。人はいったんある長老を選び出したら、
全くおのれの欲望を断ち、絶対の服従をもって、長老に自分の意志を捧
げるのである。願かけをした人は長い苦行の後自己を征服し、かつ制御
する日が来るのを楽しんで、こうした試練、こうした恐ろしい『人生の
学校』を、自ら進んで双肩に担うのである。この生涯の服従を通じて、
ついには充実した生活と完全な自由、即ち自分自身に対する自由に到達
する。そして一生涯のあいだ自己を発見することのできない人々と、運
命をともにするのを避けることができるのである。
この長老制は理論的に創設されたものでなく、現代のものについていえ
ば、すでに千年来の実験によって編み出されたのである。長老に対する
義務は、いつの時代にもわが国の僧院にあった普通の『服従』とは、類
を異にしている。ここに認められるものは、ここに認められるものは、
服従者の永久の 懺悔である、命令者と服従者との間の破ることのできな
い関係である。
------------------------------------------------
0957吾輩は名無しである垢版2018/08/08(水) 22:19:47.49ID:WdoP0gm8
そもそもなぜ「創価学会のほうが、キリスト教よりも圧倒的に優れている」と断言
できるかといえば、学会には組織と同志と民衆の城が巌のごとくそびえ立っている
からです。
これは創価学会の「もうひとつの秘密」です。
おのれひとりでは「個我の喪失」も、いかなる美徳もありえません。仲間との切磋琢磨、
リーダーの見本があって後輩はついてくる。極論すれば哲学に人がついてくるのではない。
そして、学会指導とは上に引用したゾシマの「人の霊魂と意志を取って、自分の霊魂と
意志に同化させるものである」というレベルの厳格さでもって、その指導を受けきり、
自分の生命に染めきって、はじめて意味をなす。相談ではない。「指導がまちがって
るか、正しいか?」そんなレベルではないんだ。
0958吾輩は名無しである垢版2018/08/08(水) 22:31:25.92ID:WdoP0gm8
>>934
> しかしながらそこで問題が発生する
> キリスト教の神への信仰には一つ乗り越えなければならない大きなパラドックスがある
> それは理性を持って尚且つ信仰しなければならないということ

> しかし理性は理性であるがために理解できないこの世の不条理にすべての理由を要求する
> 理由が解決できないのに服従することはできないと

まったくその通りですね。これは学会員も同じですよ。
「理解できないこの世の不条理」ですね。

ゾシマがヒントをくれている。「他人にかかわり」「他人につくすこと」
もちろん極限の祈りも絶対です。大前提です。
その上で、自分が地獄の時でも、他人のことを考え・祈る。ウソみたいな話ですが
これは可能なんです。
0959吾輩は名無しである垢版2018/08/08(水) 22:46:44.55ID:WdoP0gm8
>>935
> なぜ悪が放置されているのか

悪は中短期的には、勝ち誇る。長期的には、かならず悲惨極まる報いをうける。

そしてなぜそうなのか?は日蓮が明確に御書に書いている。

> なぜ、なぜ、なぜ、を越えて信仰があるならば、服従とは理解しないことにならなければならない
> だったらなぜ自由な理性を与えられたのか

あなたは「服従の対象」を、観念上にある「神」と、とらえている。先にぼくが引用した
カラマーゾフ中の文や、関連箇所を再読すべきだ。

服従とは、具体的、個別的、指導に対して服従するのでる。服従を「なにか土下座でもする
前近代的なもの」と、とらえてはなならない。

------------------------------------------------
実際、みずから案出した無数の欲望を満足させることにのみ馴れた囚われたる人間
が、どうして自分の習慣から離れることができよう、そうして、どこへ行くことが
できよう? 孤独の中に閉じこもった人間にとって、一体としての人類などというこ
とになんの用があり得るだろうか。

かくしてついに物質を蓄えると同時に喜悦を失う、という結果に到達したのである。
僧侶の歩む道は、これとまったく異っている。人々は服従や 精進や、進んでは祈
祷さえ冷笑するが、しかしこれらのものの中にのみ、真の自由に到る道が蔵されて
いるのである。我らは、無用の欲望を切りはなし、自尊心の強い倨傲な意志を
服従によって 鞭うち柔らげ、神の助けを借りて精神の自由と、それにつれて内心の
愉悦を獲得するのである!
0960吾輩は名無しである垢版2018/08/09(木) 02:29:24.98ID:DA5MGsVW
>>956
>長老とは何かというに、これは人の霊魂と意志を取って、自分の霊魂と意志に同化させるものである。

ドストエフスキーって多くの場面で理性より意志を重要視している会話が見られるよね
プラトンは魂について、理性-欲望-意志の構成をあげて、意志とは理性または欲望に命令される付随的なものと考えた(理性or欲望→意志)
理性が主人の人を徳と、欲望が主人のものを無節制と

もしこの法則を変えた時、人はどうなるんだろうか(つまり、意志→理性or欲望)
ゾシマやアリョーシャの場合は、信仰という意志に理性と欲望を従えて宗教的な世界に踏み入れるに至った
ラスコリニコフも意志に理性と欲望を従えて秩序を超えようとしたけども、殺人者に至った
キリーロフは意志の力に理性が薄れてしまって自殺に至った

ドストエフスキーのこの方法は、意志の力で理性を保ったまま信仰に至ればいいという方法、確かにこれは彼のいう究極の個性になれるかもしれないけど、とても危ういことだと思う
意志が何を選択するかで結果がものすごく変わってしまう
アダムもまた、彼の自由な意志によってリンゴを食べてしまったのだから
0961吾輩は名無しである垢版2018/08/09(木) 02:33:08.99ID:DA5MGsVW
>>955
人に聞かれて、罪と罰好きだから何度も読んでるよ!と言ったら悪いイメージを与えそうw
0962吾輩は名無しである垢版2018/08/09(木) 08:09:29.62ID:FNAHDDpN
>>928
> ブランショは死にゆく者に寄り添い、他者の死の孤独を分かち合う事が共同体の役割だと書いてるよ
>
> 『…そうだ、確かに君は死んでゆく。だが、死に瀕してきみはただ遠ざかってゆくわけではない。
> きみはなお、ここにいる。なぜなら、きみは今、この死ぬということを
> あらゆる痛みの同意であるかのよう
> にして私に委ねている。そして私はそこで、身を引き裂かれながらそっと身震いし、きみとともにことばを失い、
> …きみのかわりに死に身を委ねて、君をも私をも超越したこの贈り物を受け取ろうとしているからだ…』

-----------------------------------
ぼくは、この文を最初に見たときの印象として、もし強固な信仰が、永遠の生命への、がなくして。死んでいく当人と、死にゆく者に寄り添うひとと、双方に。

もしそうでないならば、虚しいと感じた。

死はたしかに個々人を超えたギフトだが、生命にとって最悪のギフトである。歴代の先輩方はぜんいん、この試練をのりこえた。

ぼくたちわたしたちが、高校受験をのりこえたが如く。
0963吾輩は名無しである垢版2018/08/09(木) 10:03:26.26ID:FNAHDDpN
>>921
二 故大主教ゾシマ長老の生涯
長老みずからの言葉をもといとして、
アレクセイ・カラマーゾフこれを編む
(A)ゾシマ長老の年若き兄

より。

>マルケールは 精進をしようとせず、口汚く 罵って冷笑するのであっ
た。『そんなことはみんな寝言だ、神なんてものは決してありゃしない』
などと言って、母や召使の者ばかりか、年少の私までも死ぬほど驚かせた。

政治犯の流刑囚の影響を受けて。母・召使・年少までも死ぬほど驚いたのは、
「常識に反する発言だからである」

>私の家の召使は四人いたが、みな農奴ばかりであった。彼らはことごとく知
り合いの地主の名義で買われたのである。今でも覚えているが、母はこの四人
のうち、下働きのアフィーミヤというびっこの老婆を六十ルーブリで売り払っ
て、その代わりに普通の小間使いをやとったことがある。

当時のロシア社会における穏健なキリスト教徒であるが、農奴を売り買いする
ことについては、なんの疑問も持たなかった。

なんとなれば、それもまた当時の彼らの常識だからである。
0964吾輩は名無しである垢版2018/08/09(木) 13:36:22.43ID:SyvuAeiB
>>957
宗教とは世俗からはなれることなのに政治に積極的に関わろうとすることについてはどう思ってるの?
0965吾輩は名無しである垢版2018/08/09(木) 22:26:24.94ID:FNAHDDpN
>「 宗教とは世俗からはなれること」なのに政治に積極的に関わろうとすることに
ついて

まずあなたの考えは根本的な錯誤があるので、カラマーゾフの文を引用して、理解
しやすくする。
イヴァン「... 僕が 論駁を試みた僧侶の 方の断定によれば、教会は、国家のなか
に正確な、一定した地歩を占めているというのですが、

我「創価学会が日本国の中で、「宗教団体としての一定した地位をしめていれば
よい。なぜ政治と国家権力に携わろうとするのか?」という疑問は、ちょうどこ
こに書いてあるイヴァンが論駁した通俗的な僧侶の意見と同じです。

イヴァン「僕は反対に、教会こそ自己の中に国家全体を含むべきであって、国家
の中にわずかな一隅を占めるべきではない。たとえ現代において、それが何かの
理由によって不可能であろうとも、将来、キリスト教社会の発達の直接かつ重大
な目的とならなければならない、とこう論駁したのです。」
0966吾輩は名無しである垢版2018/08/09(木) 22:26:44.50ID:FNAHDDpN
これは、ドストエフスキーの考えどおりをイヴァンに仮託して述べているところで
ある。創価学会の理想は、全世界広宣流布であり、それは「個人の幸福の確立なく
して、社会の繁栄はありえない」の体現である。また逆に「社会の繁栄なきところ
に、個人の幸福もありえない」これが政治の役目です。すなわち公明党である。

(日蓮)汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か

腐った世俗の政治家に、なにができるというのか?政治を含めてあらゆる現実社会
に、仏法の理想を体現せよ、全世界へ広宣流布せよ、これは大聖人の指令である。

あなたの考えは「教会と政治、国家権力は別物である」と世俗人であるミウーソフ
等が考えたのと同じことです。
引用が長くならないように、うまく要約して説明することができなかった。当該箇
所を読んでほしい。
ただ一つ言えることとして、学会と公明党は一体不二である。
正しい仏法によって数千万の民衆を「現実に幸福にしきった」のは、われわれしか
いない。
大日教も、キリスト教も、いかなる実績もない。
------------------------------------------------
マァ、多少論旨不明確なのはご愛嬌でw だいたい、こういうことなんですよ!
0967吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 01:16:09.01ID:ZKPucZPA
>>966
自分はイワンに惹かれるからその国家教会論は以外とすきだし、ただ現実それをやってるのはサウジアラビアとかイスラム国家になっちゃうからどーかとも思うけども
だけど君がそれを受け入れるとは少し驚いたよ
そのイワンが書いたのが大審問官の叙事詩だから
永遠とか聖性さを持つ宗教に対して有限と無永遠性を謳う政治と同価値に引き下げようとした審問官がやろうとしたのも宗教政治だったということを忘れてないかい?
0968吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 01:20:19.84ID:ZKPucZPA
二重人格が文庫で出版されてるの知らなかった
これ読んでみたい初期のだし
0969吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 01:28:04.74ID:laveiU1W
>>921
> ゾシマの兄の自然賛美は仏教的な全一性に見えるけど、この場合の自然とは「神の被造物だから」美しいと悟ることができた
> 本質は神の属性がそこにあるから、自然の中に神を見ている=神への賛美となる
------------------------------------------------
『そんなことはみんな寝言だ、神なんてものは決してありゃしない』などと言っていたマルケールは、なぜ
>兄は精進するために、教会へ赴くようになった。
『これはね、お母さん、ただ、あなたのためにするんですよ。あなたを悦ばして安心さ
せるためなんですよ。』と兄は母にこう言った。すると母は悦びと悲しみのあまりに泣
きだした。
と変わったんだろう? ... ぼくはあなたの考えは「逆」だと思う。(どういうことか徐々に説明していく)

母への愛、母への済まないという気持ちが「教会へ赴くように」させたのだ。上に書いてあるとおりです。「ただ、あなたのために。あなたを悦ばして安心させるため」

>『あなた方は優しい親切なお方です。一体僕はどんな値打ちがあって、あなた方
に愛して頂けるのでしょう。なんのためにあなた方は僕みたいな人間を愛して下さ
るのでしょう? そして僕はなぜ今までそれに気がつかなかったのでしょう? なぜあ
りがたいと思わなかったのでしよう?』

命が失われていくのが実感されたからこそ、「生きたいからこそ」、善行を積み、信仰に賭けようという最後のかすかな希望が出てきたんだ。今まで見えていなかった、見ないようにしてきた、自分の悪業も、善い行いも、すべて走馬灯のように、如実に見えたんだ。
0970吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 01:28:56.87ID:laveiU1W
>『神の小鳥、悦びの小鳥、どうぞ私を赦してくれ。私はお前らにも罪を犯している
のだ。』この言葉に至っては、私たちのうち誰一人了解し得るものがなかった。とこ
ろが、兄は嬉しさのあまりに泣き出しながら、『ああ、私の周囲には、こうした神の
栄光が充ち満ちていたのだ。小島、木立、草場、青空――それだのに、僕一人
だけは汚辱の中に住んで、すべての物を汚していた。そして美も栄光もまるで気が
つかないでいたのだ。』

>「神の被造物だから」美しいと悟ることができた

のではない。死の間際に、生と生命から、去って別れてゆかなければならなくなっとき、
生命の異常な美しさ、毎時毎刻の生きる瞬間の異常な貴重さが、ハッキリと知覚できるようになった。そのことをば、「神」「被造物」という概念に当てはめて表現した。

なぜそう言えるのか?「おれも同じことを体験したから」言えるんだ。

今夜も中途半端で、説得力ないな? 睡眠薬もメチャクチャ効いてるぜ。でも、おれは
今夜いま、書いておきたいとおもった。
もしもドストエフスキーやカラマーゾフが、「神学」や「キリスト教文学」(そんなものが存在してるのかわからんが)の範疇に収まるなら『決して、全世界に、人類の文化遺産として残らなかった』
特定の宗教・教義・民族・文化・地域・歴史の制限をはるかに超えたものが、描かれているから、屹立してるんだよ。
0971吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 01:35:07.98ID:L8gBjn6t
予審でミーチャが餓鬼を哀れむ場面に宗教は何か答えを用意できるのかねぇ
0972吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 02:00:57.00ID:ZKPucZPA
>>970
誤解させたかもしれない
言いたかったことは、彼は自然の中に神(神の恵み)を見たから美しいと思った
でもそれは自然を神が創ったというキリスト教の考えがベースにはなっていると思うよ
でもキッカケは自分の死がそれを与えたということは恐らくそうなんだと思う
いわゆる死の先駆ってやつかもしれない
だってもうすぐマジで死ぬんだからね

「ああ、私の周囲には、こうした神の栄光が充ち満ちていたのだ。-------」と言っているのはただの自然賛美とは異なると思うんだ
0973吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 02:07:03.89ID:ZKPucZPA
>>971
できないかもしれない
というより人間に備わった憐憫てやつだとおもう
憐れむことを彼自身が選んだ、人間がそうすることを人間にしている一つの行為になる
ドストエフスキーは必ずしも宗教に絡めるわけではなくて、人間そのものとその人間の関係を書いてるところもたくさんあるね
0974吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 02:14:20.50ID:L8gBjn6t
万有は死に帰す。されど神の愛は万有をして蘇しめん
0975吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 02:20:32.70ID:ZKPucZPA
>>970
お互い読者の一角なんだから必ずしも感想を一致させる必要はないということは、付けさせてもらうよ
君は普遍性を大事にして見つけたいと思うんだろうね
勘違いだったら悪いけどなんかそう思ったんだ
0976吾輩は名無しである垢版2018/08/10(金) 22:47:03.31ID:VUB+rz6X
あなた方、
ノンクリでもドストエーフスキーの真髄を理解というか経験できた
と思っているのかな?

大いなる勘違いですよー。
0977吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 01:11:36.68ID:GHm8APN9
>>976
自分はキリストを信じているし聖書の神も信じているがクリスチャンではないよ
教会はたまに知り合いに連れてってもらうけど所属はしていない、という事は信仰への意思は足りないという自覚も一方で持ってるけど
所属しない話は長く余計になるので割愛します
なのでキリスト教の知識は実際のクリスチャンよりは浅いのは確かだよ

でも、ドストエフスキーもまた教義より個人の体験を重んじていたようにみえないかい
そして知識(知性)と信仰を切り離す考えを持っていたように思われる
そうならば、ドストエフスキー理解の条件は最低限スレスレだけどいけないかな
もちろんクリスチャンの方がそれは容易いし、早いだろうと思うけどね
0978吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 01:33:58.13ID:GHm8APN9
団体は団体の特異性のために自分の団体しか救われないと主張する
もちろん団体維持のために当たり前の当然のことなんだけど
所属できない理由は、どーもこれが受け入れられない

カトリックだから救われないとかプロテスタントだから救われるとかじゃなくて、カトリックでも救われる人はいるしプロテスタントでも救われない人がいる
その逆と他宗派でもそう
信仰の度合いは神しか測れないと思ってる(予見説じゃなくて個人の意思も大事だと思うけどね)

理由としては、どの宗派も築かれた歴史から今の地位を確保しているに過ぎないと思うから
それを無視するならば、神が創ったキリスト教の歴史を軽視しているようにしか思えてならないんだ

じゃあ原始キリスト教の団体に所属すればいいじゃん、と詰められたらお手上げだけどねw
0979吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 06:48:22.07ID:kEaRaGJ3
次スレたのんます
0980吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 17:12:27.46ID:GMKPNSVH
救われる人間とそうでない人間は最初から決まっていて
あらかじめ救われるように設定されている人間に信仰はいらない
しかし救われない人間であっても信仰は必要
ただしこの救われる/救われないということは最後の審判までは分からない

これが予定説の概要であり
次兄イワンが救われない人間に地上での
心の平穏と平和を約束する偽りの信仰を肯定した理由でもある
親に虐待されながらも親を慕って悔悟する子供を出したのは
キリスト教における信仰(救われない信者)の比喩なわけだね

救われないが信じろ!その方が幸せだが見返りはない!
というのは苛烈な思想だからね
ヨブ記を好んで引用するのはそういう事だよ
0981吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 17:33:49.41ID:S+8+PIgJ
>>980

> 救われないが信じろ!その方が幸せだが見返りはない!


幸せならば、それはそれで一つの「見返り」になるのでは?
0982学術垢版2018/08/11(土) 17:54:05.30ID:HFsrAf8G
全ての人生のテーマともいえるものを小説や文学に詰め込むのは無理だが、
抜粋して引用できるようになると役に立つかもしれない。
思い当たる節があることが並んでいるのは、たぶん小説や文学より
他らしいスタイルを目指したからなんだろう。
0983学術垢版2018/08/11(土) 19:09:30.87ID:HFsrAf8G
地獄のオンナ見たさに悪びれてみる。天女に乞う、媚びる。
0984吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 19:42:21.16ID:EswHyQ+Q
>>980
> 救われる人間とそうでない人間は最初から決まっていて
> あらかじめ救われるように設定されている人間に信仰はいらない
> しかし救われない人間であっても信仰は必要
> ただしこの救われる/救われないということは最後の審判までは分からない
>
> これが予定説の概要であり
---------------------------------------------
予定説というものの概要はわかった。そしてそれは、偉大な思想家が述べたもので、ちょっと研究したくらいでは、奥義と深意はわからないことに同意しておく。

その上できみのカキコだけから印象を書けば、「馬鹿げた教え」であると感じる。

「救われる/救われない」この世での、現実の行為で決まる。当たり前だし、そう思いませんか?

> 次兄イワンが救われない人間に地上での
> 心の平穏と平和を約束する偽りの信仰を肯定した理由でもある

イワンは「偽りの信仰を肯定」などしましたか?それはどこに書いてあるんですか?
大審問官の章のことだと推測しますが。明文が見たい。

> 親に虐待されながらも親を慕って悔悟する子供を出したのは
> キリスト教における信仰(救われない信者)の比喩なわけだね

それは、気がつかなかった。すばらしい卓見だし、おそらくその通りでしょう。

> 救われないが信じろ!その方が幸せだが見返りはない!
> というのは苛烈な思想だからね
苛烈どころか、愚劣であり、そんものは信仰ではない。

> ヨブ記を好んで引用するのはそういう事だよ
ゾシマの章から、まったくそのように読めない。
0985P ◆.uKag/vUmY 垢版2018/08/11(土) 19:45:11.73ID:3TVZQNem
新スレたててー
0986吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 19:48:17.61ID:EswHyQ+Q
>>913
> ゾシマは誠実な祈りによって生じる感情こそが
> 新たなる思想と教えにつながるとし、
> 具体的には万物の連続性の知覚こそが
> 愛であり歓喜なのだと言っている
>
> ある意味仏教に近い捉え方ではあるが
> 造物主という一者の存在や形而上を設定するという点では
> やはりキリスト教であり
> 有限者たる人間の「信仰」と絶対者である「神」との亀裂が生じる
>
---------------

あなたは、ずーっとすばらしく、見事に深くカラマーゾフを読み、正しく語ってきた。

それなのに、とつぜん結論部にいたって、

> 義人ゾシマの死に際して
> 遺体から腐臭が発生するというのは

>「 ヨブ記的信仰の問題が示唆されているわけだ 」

否定的結論に、つまりドストエフスキーの伝えたい真意の逆を、提示するのか?
0987吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 20:22:02.65ID:GMKPNSVH
>>981
>幸せならば、それはそれで一つの「見返り」になるのでは?

だからゾシマは臨終の際に苦難も悦びに変わる、としている
このあたりがイワンの現世利益と信仰を結び付けようとする考えとの相違点で
イワンの考え方はカソリックやカソリック制度を共和制に利用する
ルソー流の考えに近い
0988吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 20:24:55.15ID:GMKPNSVH
>>984
>イワンは「偽りの信仰を肯定」などしましたか?それはどこに書いてあるんですか?

大審問官のくだりで神などいないという秘密こそが神秘だとしていますけどね?
「悪魔との契約」というのはそういう事ですが
きちんと読みましたか?
0989吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 20:36:38.61ID:GMKPNSVH
>>986
>否定的結論に、つまりドストエフスキーの伝えたい真意の逆を、提示するのか?

信仰とはあくまで有限者たる人間の考えに過ぎず
イワン流にいうのならユークリッド的認識(カントなら悟性的存在)なので
全能者たる神の思し召しに対して解釈を差し挟むことは難しい
世間的には道義の厚いゾシマの死に際しても腐臭が発するという事は
神からの懲罰的行為やその原因となる悪があったと「解釈」し得る
つまり「信仰」という人間世界の価値判断に基づく「解釈」が生じ、
この疑念がアリョーシャの心を大きく揺さぶる
つまりヨブも陥りかけた信仰上の懐疑


ただし、庵室に引き返した際に
イエスの復活にも似た霊示を受けることによって
単なる修道僧の青年から愛と信仰の闘士へと再生する
このあたりが神とその恩寵たる自然との合一(大地主義)
としてドストエフスキーには珍しく詩的自然描写で説かれている
まあ「理屈じゃない」ということなんでしょうね
0990吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 20:52:38.59ID:Yp12yLEQ
神は同性愛を禁じるとともに生来的同性愛者も同時に生み出している
神は悪を禁じると同時に生来的悪人も生み出し、むしろそれを祝福している

ゲイがいなければゲイにまどわされる(神の試し)人間がそもそもいなくなるから?
悪人がいなければそのきっかけが生まれないから?
もしくは人が何も考えなくなるから?
もしくは神そのものが悪で悪を推奨してるか
0991P ◆.uKag/vUmY 垢版2018/08/11(土) 21:43:41.74ID:3TVZQNem
次スレを立ててから書き込んで下さい
0992吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 22:14:31.30ID:GHm8APN9
たてたから保守よろしくー
0996P ◆.uKag/vUmY 垢版2018/08/11(土) 22:36:13.40ID:3TVZQNem
>>995
ありがとうございます!

>>993
死ね
0997吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 22:37:07.96ID:GHm8APN9
>>990
悪は善のために創られたから祝福される
そう予定された
悪は悪でしかないから拒否される
そう予定された
どちらも成り立つが、一方が成り立つならどちらも成り立たないことになる
神の御意思はつかみどころがないね
0998吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 23:14:15.55ID:IXNn3v+j
神はいないんだから、つかみどころあるわけねぇよ
0999吾輩は名無しである垢版2018/08/11(土) 23:29:44.41ID:GHm8APN9
>>998
神はいない、だからつかみどころがあるわけない
神はいる、だからつかみどころがあるわけない
同じになっちゃうよ
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