>「復活」が歴史的時間においてなされる
>「受肉」ってのは超時間的なものなのじゃないかと
きちんと読んでいただいたうえで、申し訳ないのですが、おそらくわたしの記載に引きずられてしまっていると思います
上の記載では、たしかにイエス・キリストの復活は歴史的時間においてなされるもので、「ロゴスの受肉」は超時間的なものです
しかし、「イエス・キリストの受肉」は「歴史的に」歴史的な事件だと扱われてきました
受肉は超時間的なものだ、というのは2世紀初頭においては間違いなく正しいのですが、徐々にロゴス・キリスト論が成熟していくにつれ、受肉という言葉はイエス・キリストと切り離せなくなっていきます

では、何が超時間的な受肉なのかと言えば、「ロゴス」という抽象概念を実体化させるという試みです
この知識が人に与えられることは、キリスト教徒だけでなくプラトンや哲学者たちにも与えられていた、というのがユスティノスの「ロゴス・スペルマティコス」という考えです