0722吾輩は名無しである
2019/07/06(土) 02:57:39.69ID:Cu5XDM4zかつて創価大学にサリンを散布しようとし、失敗した新実智光死刑囚は誤って毒ガスを吸引して
意識不明の死の淵に立った際、これまで体験したことのない快楽を感じたといいます。
また『悪霊』のキリーロフはてんかんの発作で死にかけた際に、同様の快楽を感じたようです。
そのような「感覚」、あるいは恋愛感情や覚せい剤による神経作用「高揚感」を、人間は特別なものと思い込みがちです。
したがってキリスト教が崇拝する聖霊(神秘的感覚)とは、足の裏をくすぐれば笑うような必然的な神経作用あるいは
幻覚・精神現象を特別視している認識の集団内における共有に過ぎません。その意味において、集団的唯我論なのです。
――あなたの、あしたを、あたらしく!