夜の空から雪が降りしきる。
溜息と共に真っ白い息が上がる。
座るベンチにも雪が積もり、白いダッフルコートの肩にも薄く積もる。さっき作った雪だるまもうっすらと新しい雪を乗せている。
イルミネーションがぴかぴかと星の形や月の形で彩り、銀河鉄道の夜と名づけられて光る汽車が天へ向かって飾られていた。
光る汽車を囲う青に光るトンネルにはカップルが笑顔で歩く姿。
英子はぽろりと涙を流して鼻をこすった。
ガサガサ
音に横のベンチを振り返ると、そこには黒いコートのサラリーマンが座り、コンビニのオニギリを剥いていた。
寒さで鼻を真っ赤にして、「ひー」と言ってレンジであたためたのだろうおにぎりの蒸気に微笑みながら頬張ったのである。
「うう、うめえー」
サラリーマンは「くー」と言って涙をぽろりとこぼし、冷める前に食べきった。
ふと、じーっと見てしまっていた英子をサラリーマンが見た。英子はぱちぱちっと瞬きして、互いがはにかんで会釈をした。
「降りますね」
「ええ。けっこう積もってるし」
「どうです?おにぎり」
 まだほくほくのおにぎりを差し出した。ベンチは三メートルほど離れているので、サラリーマンは立ち上がって英子に言った。
「いいんですか」
なんか申し訳ないなと思って微笑んで受け取った。
「うう、おいしい」
英子も目頭をじーんとさせ、食べていた。サラリーマンは微笑んでそれを見ていた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
二人でしばらく無言でおにぎりを食べながらイルミネーションを見ていた。
「何か、あったんですか」
「え?」
英子はサラリーマンを見た。
「泣いてたな、と思って」
彼女はハッとして目元をこすった。実は、さっき彼氏から別れを告げられたばかりなのだ。
「ちょっと、彼氏と別れちゃって」
デートの帰りに、駅で別れを告げられて、彼の背は去って行った。英子は呆然と立ち通して、雪の地面を見下ろしながら、この憩いのワーイスーレ公園に来ていた。
この公園は、いつも仕事で上司に怒られたり、彼氏と喧嘩すると訪れて、木々や公園の猫を見ているといつのまにか心安らんできた場所だったのだ。そして、彼氏とよくデートしたのもこの公園だった。
サラリーマンは笑顔をなくし、英子を見た。
「それは悲しいね……」
彼はおにぎりに視線を落とし、口端をあげた。
「実は僕も今日は部屋に帰りづらくてね。こうやって一人公園で夕食さ」
「え」
英子がその彼の横顔を見た。
「すっかり記念日を忘れて休日なのに仕事入れちゃって、彼女がおかんむりでさ」
「そんな」
英子は立ち上がった。
「すぐ帰ってあげてください。仕事が終わったなら、今日という日はまだ五時間もあるじゃないですか!」
こんな見ず知らずの自分に施しなどしている暇は無いだろうにと英子は思った。
英子はまた泣いていた。今度は彼のために泣いていた。その先にいる彼女さんが寂しがっていることを思うと。
「うん、そうだね」
サラリーマンは微笑んで、何故かつられて涙をこぼしていた。
「トンネル、潜りましょう!」
英子が言った。
銀河鉄道の周りの青いトンネルをくぐって、その終わりのところで丁度月のイルミネーションが黄色から白に光ったら、願いがかなうというジンクスがあった。
二人はトンネルの入り口に立って、一か八か、もしも駄目でも諦めないと決めてトンネルを歩いていった。
彼は花屋で薔薇を買い、勇気を持って部屋に戻るときに彼女が笑ってくれるように、少女の優しさに感謝をして。
英子はこの辛さから早く立ち直れるように、この小さな出会いに感謝しながら。