誰もいない午前0時のおひる時に、密かに飯テロ
つーか、>>768のリーマンさんに飯テロぶっかけようとしたのに、たったこれだけで2時間もかかっちまったい


トンカツといえば、まず思い浮かべるのはカリカリの衣と汁気たっぷりの肉。
最近は粗めにおろした生パン粉などを使い、ザクザクとした触感を楽しませるスタイルも増えてきた。
なるほど、これは確かに美味い。トンカツはあくまでトンカツでありステーキとは違う、肉も衣もダブルキャストで主役なのだという主張にも好感が持てる。

だがこの店のトンカツは、そんな今どきのスタイルとは一線を画していた。
衣はどこまでも薄く、肉はこれでもかといわんばかりに分厚い。ある意味超然とも言うべき佇まいだ。
揚げ方も独特。
高温でカラッと揚げるのではなく、低温の油で時間をかけてじっくりと揚げ切る。それも弱火でなどというケチなやり方ではなく、余熱で十分と完全に火を止めてしまう思い切りの良さだ。
そんなことをしたら衣が油を吸ってベチャベチャになってしまう、と誰もが思うだろう。
だがそんな心配は御無用。勝負は鍋を火にかける瞬間から始まっているのだ。
肉を浸すのに最適な温度とタイミング。そして火を止めるのは早すぎても遅すぎてもいけない。もちろん止めた後もだ。
わずかな狂いも躊躇いも許されない。全ての作業が完璧に果たされてこそ、この素晴らしい芸術が生まれるのだ。

盛り付けも絶妙。
皿には刻まれた香草が敷き詰められ、その上に一口大と言うにはやや大ぶりに切り分けられた肉の塊が、圧倒的な存在感をもって鎮座する。
隙間からのぞく肉の肌は、目にも鮮やかな薄紅色。いやそうではない、ここは桜色と言うべきだろう。
この色合いこそ、真の甲州富士桜ポーク!
瑞々しい緑と妖艶なピンクのコントラストが眩しい程の輝きを放つ。このままずっと眺めていたい。箸をつけるなど勿体ない。

だが、舌と胃袋がこれに異議を唱える。もう我慢の限界だ、早く早く、と。
ゴクリと唾を飲み込み、緊張に手を震わせながら箸を伸ばす。
もはやじっくり味わおうなどという心の余裕はない。真ん中の一切れをつまんだと思った次の瞬間には、その肉片はもう口の中にあった。
ハフ、と小さく息を吐きながら、グッと噛みしめる。分厚い肉の塊は思ったほどの抵抗を示さず、ブツッと小気味よく千切れた。
同時に溢れ出す肉汁。
ああ、なんという心地良さだ。
味ではないのだ。痛いような、くすぐったいような、とにかくそんな触感にも似た不思議な感覚が口の中一杯に広がるのだ。
そして特製ソースから立ち昇る仄かな大蒜の香りも、羽毛のような優しさで鼻の奥を刺激してくる。
かつて味わったことのない快感に、思わず頬が緩むのを感じる。
噛みしめるほどに、旨味たっぷりの肉汁がこれでもかこれでもかと際限なく沁み出してくる。
それは泉のように湧き出す唾液と交じり合いながら、私の心を桃源の淵へと押し流して行った。
そしていつしか私は、時が経つのを忘れていた。



目を閉じ、大きく息を吐きながら箸を置く。
はあ……

ごちそうさまでした。