眉根を寄せて目をこらす。帯留めの現金だった。
僕は思わず、マジか、と呟いた。路に現金が落ちている。帯止めだから百万円。いた、もちろん玩具という可能性もある。それは確かめればすむことだ。
けれど、うーん。どうしよう。
思い悩む僕の脳裏には、職場での会話がリフレインしていた。
「このインチキ野郎があ!」
うちの組の仕事場、『建築現場』で兄貴は叫んだ。すっげえ迫力のある叫びかただ。巨体の肩を怒らせて、めっちゃこわい。ベンチプレス150kgはだてじゃない。殴られたら、絶対死ぬ。
椅子に縛り付けられた髯の仙人みたいな怪しいおっさんも負けずに叫んだ。
「インチキじゃありませんって! ビットコイン暴落したでしょ?」
「『思いっきり上がってさがりますから買うなら今です!』ってすすめたのはてめえだろうがあ!」
「だから買ってすぐ売れば良かったんですってば! 変な欲目だして持っとくからこんな事になるんでしょ」
「うっせえ! もっと上がると思ってたんだよお!」
「だからそれは俺のせいじゃないですってば! なんとか言ってくださいよ舎弟さん!」
ボルテージが上がりまくる兄貴。色々やらかして逃げ回ったすえにとっ捕まって椅子に絶賛拘束中の占い師(自称予言者)。
僕はどちらの方をもつか思い悩んだが、ちょっと試してみることにした。
「じゃあさ、俺に予言してみてよ。なんか得になること。それか、絶対やんない方が良いこと」
「あ、はい、ええと」
占い師は僕をじっと見た。胡散臭さが消えた真剣な瞳だった。こいつは本物かもしれない、いやいや、騙されるな、俺、と思った瞬間、おっさん占い師は叫んだ。
「整いました! 貴方は帰り道に帯止めの現金を発見します! が、そこが運命の分かれ道。拾ったら死にますからね。注意して下さい」
「何で現金拾ったら死ぬんだよ。あんぽんたんが。なめたことばっか言うとぶっ殺すぞ。」
「ビットコインのかもになる貴方の方があんぽんたんですってば」
ぷっつん、っという音が聞こえたきがした。次の瞬間、おっさん占い師の首は変な音と共にありえない方向に曲がっていた。兄貴が力任せにぶん殴ったからだ。
ベンチプレス150kgはだてじゃない。さすが兄貴。ぶっ殺すぞと思ったちょっと後には殺してる。
「け、くだんねえ。おい」「はい」「片付けとけ。俺は帰る」
僕は物分りよくイエッサーし、兄貴を見送ってから、おっさん占い師の死体にコンクリートを流し込んだ。まあ、定期的にこういう事はおきる。
この『建築現場』に埋まる死体は10を超える。昔はびびってた僕も、今は特にどうとも思わない。
が、問題は、である。帰り道、路上に本当現金が落ちていたのだ。拾いたい。けど拾ったら死ぬらしい。けど、自分の死すら悟れなかったおっさんだ。
現金だけが当たって、拾ったら死ぬのは間違っているかもしれない。
でも、うーん。さて、どうしよう。僕は現金を前に悩み続けた。