使用お題:『インターネット』『新人賞』『講演』
【故郷の錦】(1/2)
「ほうら、お父さんも、そんな怖い顔してないで……」
「煩い、地顔だ」
妻、節子の言葉に、隆正は不機嫌そうに言った。
街の人が勢ぞろいしているのでは無かろうか? そんな風に思える程に駅の前には人が集まっている。
駅前には横断幕が張られ、待ち人を今か今かと待っていた。
そうこうして居る内に駅に電車が到着する。鼠色のくたびれたスーツに黄土色のコート、手には土産の詰まった紙袋をこれでもかと持った男が改札から出てきた時、集まっていた街の衆がワッと沸いた。
「な、なんだぁ?」
驚きに目を瞠っていた男は、横断幕に書かれた文字を認め、羞恥に顔を染めると共に苦笑した。
――――横山 清太郎センセイ お帰りなさい――――
小説家、横山 清太郎の帰郷である。
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町長に注がれた、零れそうになる麦酒を清太郎は慌ててすする。
「いやぁ、清太郎センセイ、今回の講演を快く引き受けてくだすって、本当に助かりました」
「いえ、自分の話程度で良ければ……」
「はは、御謙遜を」
機嫌よく呵々大笑する町長とは裏腹に、清太郎は曖昧な笑みを浮かべる。
チラリと、横目で宴会場の隅で黙々と酒を呷る父の姿を確認し、小さく溜息を吐いた。
清太郎の父、隆正。彼も清太郎と同じ小説家である……いや、清太郎自身は自分が小説家であると言う意識は薄い。
彼の思い浮かべる小説家の姿と言うのは、一日中机に向かい黙々と筆を走らせ、時にはそれらを放棄し、また筆を進める。
そして書かない時は、行き詰まった思考を落ち着かせる為に少しだけ休んで散歩等をしている……と言う、父の姿そのものだったからだ。
それ故に、仕事の片手間に依頼を消化している様な自身をもって、“小説家”等と名乗るのはおこがましいとさえ感じていた。
そもそも清太郎は小説家になど成ろうとは思っていなかった。今やっている仕事のストレスが溜まり、それを発散させようとインターネット上に細々と小説の様な物を書いたのが始まりであった。
それがある編集者の目に留まり、「一冊にまとめてはどうでしょう?」と勧められた本が、何を間違ったか、文学の新人賞を取ってしまったのだ。
当初は、こんな短編とも連載ともつかない様な小説モドキが賞を取る等とと、受賞を辞退するつもりだったが、そこは海千山千の編集に言いくるめられ、あれよあれよと言う内に新人賞、そして2冊目の本を出す事まで決まっていた。
それ等の本が更に幾つかの文学賞を取り、話題と言う意味では都合が良かったのだろう。そうこうして居る内にエッセイの依頼なども来た為、それを受けたりしていたのだが……
今回、帰郷したのは、それらエッセイで述べた内容を講演する為だった。
既に故郷を離れ10年近く経つ。
少ないながらも連絡のやり取りはあったが、それまで一度も顔を合わせて来なかった両親に会うには、良い機会だとも思った為、この講演を引き受けたのだ。
嫁すら貰っていない、親不孝を続けて来た自分が少ないながらも孝行が出来るのでは? と言う思いもあったのだが、そんな両親とは駅で挨拶を交わした以降は、まるで話をしていない。
「はぁ……」
「おや、清太郎センセイ、お疲れですか?」
「え? あ、あぁ、そうですね、少し、疲れたのかもしれません」
「それは大変だ、旅の疲れでしょう、では、この辺で一旦お開きにして……」
「あー、いえ、それには及びません、少し、休憩してきますから」
盛り上がる会場を目にし、清太郎はそう言うと席を立った。