北京ダックの切り分けショーから始まるコース料理に、試合後で飢えている山田の食欲が強烈で、切り分け職人が焦る。白石の指令で、張(チャン)の客に不満を言わせるな、との指示を受けているからだろう。
 美世は笑いをこらえた。嬉しい笑いだ。自分の回りにはこんな気持ちの良い食いっぷりの男はいない。顔を青くして次の北京ダックを持ってくるよう叫ぶ給仕に美世が味方した。
「まてまて、アヒルが絶滅してまうがな、まだまだ美味しいもんはよーさん出てくるから」
 我に帰った山田が言う。
「すいません、おいしいもんで」
 そう言って頭をかく山田を満足気に眺めた。次は両国の相撲部屋御用のちゃんこ屋に連れていこうと考えた。
 
「しかし感慨深いな、タダのコンビニ店員やとおもてたお前がなぁ、全然繋がってなかったけどお前の事は前から知っとったで、敵やのに軽く興奮したもんなぁ」
 料理を食べる手を止めて山田がもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
「僕も前から美世さんの事は知ってます」
「ん?ああそらそうやろ、しょちゅう店行ってたしな」
「そうじゃなくて、人となりというか、その美世さん個人の事について
すいません、気持ち悪いですか?」
「いやべつにそうは思わんけど何を知っとんねん」
 山田は目線を落として何かを思い出すようにして言った。
「美世さんは優しいんです、僕も優しいってよく言われますが単に臆病なだけなんです、でも美世さんは違います、信念があるというか、迷いが無いというか、積極的なんです」
 美世は考え込んだ。首を右に左にひねったあと、言った。
「まあウチおせっかいやもんな」
 山田は軽く笑いを浮かべると言った。
「いえ、おせっかいというのは自己満足があると思うんです、そうじゃなくて他人に対する無償の愛というか、最初は駐車場にたむろする悪そうなやつらを追い払うのを見て
怖い人なのかなと思っていたんで、正直見た目も派手だし、でもある日、初老の男性と腕を組んで来店されたんです、覚えてますか」
「ああ、キヨちゃんな、あの人目が見えんねん」
「はい、わかります、美世さんは男性と談笑しながら入ってきて、あれこれとと男性の話しを聞きながら一緒に買い物した後、自分の物は買わずに一緒に出て行ってしまいました、そしてその後しばらくして店に戻られて自分の買い物をして帰って行きました」
「あれな、たまたま歩く方向が同じやってんけど、あそこらへん歩道が狭いやんか? ほんでウチ大阪人やろ? 世界一歩くのが速い種族やねん
杖でカタカタしながらゆっくり歩くおっさんに後ろからついていくのもうイライラしてしもてな、ほんなら一緒に歩いてリードしたら丸く収まるんちゃうんかと思てん
そしたら思いの外オモロイ人でな、ウチと同じでコンビニ行くっていうからそのまま連れてきたんや」
「そういうわけだったんですか、それから何度か一緒に買物しているのをお見かけしてました、普段は手触りでわかる物しか買わない人でしたが
美世さんと一緒の時はいろんな物をお買い上げで、本当に幸せそうに笑っていました、僕達も出来る時は案内を差し上げてるんですが、なかなか行き届かなくて、ああいう光景を見ると本当に助かるし、心が温まります」
「ああ、あの人らな、店員さんに声かけたら親切に世話してくれる事知ってんねん、でも自分らが店員さんを専有する事に遠慮があってなかなかそゆ事できんねん」
わかります、ほかにもたくさんありますよ、ベビーカーを押してきた奥さんが歩道のギャップに引っかかっていた時、後ろから追い越しザマにヒョイっと持ち上げて歩道に乗せるとそのまま歩いて来店してきたり
あまりにも自然すぎて奥さんポカンとしてました
小さくて腰の曲がったおばあちゃんが棚の上の方の飲み物を見つめている時も1秒も迷わないで
どれやばあちゃんって棚に手を伸ばしながら言ってました、二人で買い物をしていた幼い兄妹がレジでお金が足りない事が判明して愕然とした時も後ろから素早く小銭を出して
今日から値段が上がってたんやな、ちゃんと教えたれや山田君と僕にダメ出しをした後兄妹にニッコリ笑ってました」
「ああ、そやったかな、悪かったな」
「いえ、僕的には安心したんです、外にもいろいろありますが、印象的だったのは駐車場です」
「駐車場?」
 山田は美世の事についてエピソードを語り始めた。山田はその日、外のゴミ箱を整理していたが、美世が店から出てきた時ちょうど入り口の左側に止まった車から男性が出てきた。
 美世は男性とすれ違いざまに男性の肩を掴んだ。
「ちょう待てぇ、アンタここをどこやと思てんねん」
「は?」
「アンタが車停めたところや」
「なんですか?」