「なんだろ……美世ちゃんて敵と認識した人間には普通に残忍?」
「姉さんヒドイ!違うねん、アイツ目が獣やってん、ウチ怖かってん!」
「嘘つくな、お前単に早く帰って飲みたかったのに邪魔されて腹が立っただけだろ」
「ほ……ほんなんゆーたかてウチがおらん間にオモロイ話でみんなが盛り上がってたら悔しいやん
なんでウチだけ強盗と遊ばなあかんねん、ホッケも焼きあがる頃やったんやで?」
 雛子がため息をついた。
「ホッケと強盗が同枠て……まったくネジが一本飛んでるとしか思えないよ」
「だって姉さんだって姉さん」
 雛子に呆れられて焦った美世に少し泣きが入った。
「普通は逃げるか通報するもんだよ、それにあんな事したら相手だって死ぬかもしれないよ」
「姉さんあいつ包丁持って喧嘩売ってきよったんやで?ちゅー事は殺されてもええと思てるって事やろ?」
 美世はふてくされて泣きそうになっている子供のような声で言った。
「そんな事思ってないと思うよ」
「思てないとかそんな言い訳通用せんやろ、殺し合い仕掛けといて」
「だからもっと穏便な方法あったでしょ、あんなにいろいろ折ったり殴らなくても」
「なんで姉さんアイツの味方ばっかりするん!」
「あのね、敵とか味方とかそういう話じゃないのよ」
 美世の脳裏にはゴミ箱の底に落ちていたストラップが思い浮かんだ。この時何かの間違いと思いつつも疑いを捨て切れなかった
美世の心の闇が鎌首をもたげた。
「やっぱり姉さんはウチが邪魔なんや、ビール買いに行ったまま帰らんかったらええとおもてるんや」
「な……いい加減にしなさい!」
 雛子に一喝されて黙った美世だが恨めしそうに雛子を見ると唇をかみ締めてぽろぽろと涙を落とした。
「なんでウチが怒られなあかんのや、ウチはトモ兄と姉さんと三人でお酒飲んで楽しい話したかっただけやのに
アイツのせいや、強盗なんぞに情けかけるんやなかった、正当防衛装って殺したったらよかった!」
「ちょっと何言って……」
「あとテレビ局も山田もまとめて殺す!」
 美世は立ち上がって呪いの言葉を残すとドスドスと足音を立ててリビングから出て行った。
「まったく、物騒な事言って」
「雛子、あいつはあいつで手加減して最良の解決策を選んだつもりなんだよ、動きは封じるけど死にはしない所を狙ってさ」
「いや、私は早く戻りたいって理由で包丁持ってる相手に立ち向かうなんてムチャした事を言ってるわけで、言葉のアヤっていうか
強盗の味方をしたわけじゃないんだけど」
 その時、廊下をドスドスと歩いて美世が玄関に向かう音が聞こえた。雛子が慌てて廊下に出ると開いた玄関の向こうから
一瞬美世がこちらを見た。美世は憤慨して睨むような顔だったがすぐに悲哀の表情になった。そしてすーっとドアが二人の間を遮り
バタンと閉まると同時に鍵がガチャリと音をたてた。その直後に郵便受けにカランと何かが落ちる音がした。
 雛子はなんだろうと思い、玄関まで歩いていき郵便受けを開けてみた。鍵が一本入っている。雛子はあわてて玄関を飛び出して
エレベーターシャフトまで走り、ボタンを叩いたが、既に美世が1階に向かって降りているようだ。雛子は大急ぎで階段を降り
ロビーから外に出たが、ちょうど美世が駐車場から出てくる所だった。車は凄まじいホイールスピンでけたたましく悲鳴を上げ
あたりを真っ白にすると、尻を激しく振りながら走り去っていった。雛子は車で追いかけようかとも思ったが相手は500馬力のスポーツカー
あの勢いで飛び出して行った美世に追いつけるはずもなかった。

「どうしようトモちゃん、美世ちゃん戻らないつもりだよ」
 鷹山は電話を耳に当てながら雛子に手のひらを向けた。するとキッチンの方からブブブっと振動が聞こえてきた。
 雛子が慌てて見に行くとカウンターの上にある電話が振動している。美世の電話だ。雛子は電話を手に取ると
絶望した顔で鷹山を見つめ、そしてその場に崩れ落ちた。

 美世が出て行ってから一週間が過ぎた。鷹山が風呂から上がってくると雛子は両肘を突いて手を組み、額を乗せていた。
 美世が消えてから雛子は毎晩のように鷹山の家を訪れた。
「雛子……」
 鷹山は雛子の肩に手を置いた。
「ねえ、どうしよう私、そんなに言い方きつかったのかな」
「違うよ、あいつは身内との行き違いで煮詰まってくるとああなる、あいつはお前の事が好きなんだ、嫌われたとでも思ったんだろう
最近、頻繁にお前の美世に対する気持ちの事について聞かれたしな」
「そんな、嫌うなんて」
「思い込んじまったようだな」
「すぐに戻ってくるさ、大好きな雛子に怒られてちょっとヘコんだだけだ」