「美世さん」
「なんや今日はかしこまって」
 山田は言葉を失って、席につく美世を目で追った。
「なんや、顔になんかついとるか?」
 山田の顔に少し泣きが入ったようだ。感極まってさえいる。
「いえ、久しぶりなもので」
「そうか、しかしようやったな、凄まじい投球やったで」
 山田は顔を伏せ、思いきったように顔を上げた。
「苦しかったです
「そらそうやろな、全国大会やもん」
「いえ、美世さんの応援のない野球で勝つのは苦しかったです、でも約束は果たしました、答えを聞かせてください」
「まあそう焦るなコーヒーもう一杯いっとくか? 山田君」
 他人行儀に呼ぶ美世に山田は肩を落として力なく答えた。
「はい」

「今年の夏は特に暑いなぁ、甲子園も暑かったやろ?」
 そっぽを向いて適当な話をする美世に山田は少し憤慨しながら言う。
「美世さん僕はそんな話をしに来たんじゃないんです、本当の事を言ってください、僕の事は本当にからかって遊んでいただけなんですか?」
 強い口調で返答を迫る山田に美世は残念に思っていた。このまま白々しい話でもいいからしばらく山田と会話をしていたかった。しかし山田にはそのつもりが全く無い。山田をチラリと見てやはりそっぽを向いた美世が言った。
「そうや」
「目を見て言ってください」
 はぁっと大きく息をした美世は山田に目を向けて言った。
「退屈してたんや、ええオモチャが見つかったと思た」
 山田は泥棒を見つけたりと言わんばかりに鋭く疑いの目で眼光を強めた。
「そんなはずはない、あんなに朝早くからたくさんの弁当を作って、送り迎えまでしてくれて、僕が完食したと言えばあんなに嬉しそうな顔で笑って、あれがからかって遊んでいたと誰が信じますか」
 どこか聞いているような聞いていないような態度で空中を見つめていた美世が言う。
「ウチの遊びは凝ってんねん、スポーツでもホビーでもアウトドアでも、本気で遊ぶにはいろんな努力が必要やろ、そもそも、ウチもう28やし、結婚を考える年齢やねんな、結婚する前にちょっと変わり種で遊んどこうと思ただけや」
「僕だってもうすぐ18になって高校も卒業します、結婚だって出来ます」
 美世は鼻で笑った。
「何が言いたいんや、ウチと結婚できるとでもおもたか? 前にゆうたやろ、ウチ生駒シリコーンこと生駒化学の社長令嬢で、株式の1.6%を保有する大株主やねん、8月の決算も終わったし
もうすぐウチの口座には君が一生かかっても稼げん額が振り込まれるはずや、俗に言う億万長者や、相手はそれなりの人間やないとあかん、可能性で言うたら最低で年収5億からやろな」
 山田は膝をぐっと掴んで顔を伏せた
美世はその様子を見ながらコーヒーを一口飲んでから煙草を取り出して言った。
「なあ山田君、今からホテル行くか?」
山田は驚いて顔を上げた。美世は煙草を咥えて口を歪ませながらこもった声で言った。
「一発もやらんで女取り逃がしたでは男が立たんやろ、やろや、それで終わりにしよ」
 煙草に火を点けると山田に向かってふうっと煙を吐き出しながら美世は続けた。
「山田君の時分の男は気持ちより先に体が来んねやろ? ウチ知ってんねん
相手はウチでなくてもええんやろ?」
 山田は愕然としていたが顎を引いて上目使いに美世を睨むと、ワナワナと震えながら言った。
「アナタは誰なんですか」
「なんやそれ」
「美世さんは口は悪いけど決して人の気持を考えない下品な冗談は言わない
そんな諦めたような目で割り切った事は言わない、人を敬い、また自尊心を持っている誇り高い人だ、何より笑顔が可愛いんだ」
 山田は唇を震わせながら目にいっぱいの涙を溜めた。
「アナタは誰なんですか、美世さんを返してください!」
 美世は少し怯んだが気を取り直して言った。
 お前の言う女の方が誰やねん! そんな女は最初からおらん、童貞の幻想を押し付けんな気持ち悪い!」
 美世は立ち上がってレシートをグシャリと掴んだ。
「せえへんのやったら行くで、それとあの日の答えな」
 美世は煙草を消してバッグを肩に掛けた。
「お断りや、他を当たってくれ」
 山田は俯いて固く目を閉じると涙をこぼした。

 美世はコツコツと音を立てながら足早に駐車場を歩いた。
「危なかった、泣く所やった、おー危ない危ない、悪女のやんのも大変やで、でも思てたより極悪やったな、女優いけるかもしれん、しかしもしホテルの所で食いついてきよったら椅子と一緒にズッコケてたやろな、正解や、グッジョブ亮介」
 美世は足を止める。
「でもいっそんなヤツやったらよかったのに、そしたらこんな辛ぁないのになぁ」